この世には、エメットの法則というモノがある。仕事を先延ばしにする事は、仕事を片付ける事よりも倍の時間とエネルギーを要するという法則である。夏休みまで残り数日と迫った今日、此処に1人……エメットの法則に翻弄される少女がいた。
「……!」
(もうすぐ夏休み……夏休みに入る前に、石上と連絡先の交換をしないと!)
伊井野ミコ! あの中庭の一件をキッカケに何かと石上優と関わるようになった中等部3年風紀委員である! 精励恪勤、品行方正を地でいく優等生であり、普段から言いたいことはハッキリと口にする伊井野だが……
「……」
(ど、どうやって聞けばいいの?)
男子に自分から連絡先を聞くという行為は全くの未経験!何故ならば、伊井野は自身の持つ正義感と責任感から他者に厳しく、そして何より自分に厳しくして生きてきた。そんな伊井野に男の友人は唯の1人もいなかった! それどころか女友達も小等部からの付き合いである大仏こばち唯一人! 故に、石上に連絡先を聞く事を今の今まで先送りしていたのである! 同年代の人間に対するコミュニケーション能力の欠如……その皺寄せが今! 正に!! 伊井野ミコへ襲い掛かっていた!
(どうすれば……ハッ!)
伊井野はスマホを取り出すと、ポチポチと検索画面へ文字を走らせる……
(……異性への連絡先の聞き方で検索っと、コレで大丈夫なはず!)
マジである。この女、スマホの検索能力を過信する余り、普通の人間が自力で到達出来る結論を検索機能に頼るこの体たらく。そんな事を検索しても……
(普通に聞きましょう……ってそんな当たり前の事が知りたい訳じゃないのよ!)
そんな検索結果しか出ないのは当然なのである。
「ミコちゃん、さっきからどうしたの?」
「こ、こばちゃん……」
「うん?……あー、なるほどね。石上の連絡先が知りたいんだ?」
スマホ画面を覗き見した大仏は全てを察する。
「べ、別にそういう訳じゃ……」
「違うの?」
「違っ…わないけど……」
「ミコちゃん……いい? そんなしょうもない事で悩んでたりしたら、無駄に時間だけ浪費して後悔する事になるんだよ?」
……時空を超えてどこかの誰かに刺さりそうな言葉である。
「う、うん……わかってるんだけど……」
「石上なら聞けばすぐ教えてくれると思うよ?」
「うん。そうなんだろうけど、でもぉ……」
「はぁ……」
(ミコちゃんはホント、こういう所はザコちゃんなんだよね……)
「うー……」
「夏休みが始まってからじゃ遅いんだから、聞くなら今からじゃないとダメだよ?」
「うぅ、はい……」
「そうと決まれば今すぐ行くよ。ザコちゃん!」
「え?」
「……じゃなかった、ミコちゃん!」
「こばちゃん今なんて……」
「ほらっ、はやく行くよ。」グイッ
「ああぁ、こばちゃん待ってぇ!?」
………
「石上、ちょっといい?」
「大仏? 何か用か?」
「用があるのは私じゃなくてミコちゃんね。」
「伊井野が?」
「い、石上……その、れ、れ……」
「……ッ!」
(ミコちゃん頑張って!)
「れ、連絡先!お、教えて……ほ、ほら勉強の事とか委員会の事とかで連絡するかもしれないし!」
「あぁいいぞ、コレが僕の番号とIDな。」
「う、うん。」
「でも態々僕に聞きに来なくても、大仏に聞けば良かったのに。」
「あ……」
マジである。この女、異性に連絡先を聞くという非日常イベントに冷静に物事を考えることが出来なくなっていた。本来なら大仏と会った時点で解決出来ていた問題である。
「こ、こばちゃん……」
「……どうしたの?」ニコッ
故意である。この女、その事実に気づいていたにも関わらず、その解決法を意図的に秘匿! 親友である伊井野ミコの成長を願う……というのは建前! 親友が何の苦労も無く、石上の連絡先を手に入れる事に若干の抵抗を覚えるお年頃である!
「こ、こばちゃあああん!?」
何はともあれ伊井野ミコ、石上優の連絡先ゲット。