友人や先輩、後輩との話題……それは、千差万別。生徒とコミュニティの数だけ存在する。その話題の中には……
「……って事があってよー。」
ある時は、オチも無いくだらない実体験……
「私、今度の奉心祭で告白する!」
ある時は、高校生らしい恋愛話……
「本番に間に合うか微妙になって来た……」
またある時は、奉心祭についての近況報告……
「ねぇ、聞いた? あの噂……」
そして、根拠の無い……
「聞いた聞いた、ヤクザの子がマスメディア部の子を虐めてたんだって?」
故意に創られた、個人を攻撃する噂話が存在する。
その日は、朝から妙に視線を感じていた。いつもの様に、昇降口で靴を履き替えた時も、教室に向かう途中の廊下でも、私が在籍する2年C組の教室に入った時も……
「やだ……」
「ヤクザってやっぱり……」
ドアを開けて、教室に入った私をチラチラと見ながら、ヒソヒソと何かを言い合っている女子生徒が視界にチラつく。
「……?」
(なんだ? 何か、違和感が……まぁいいか。)
元々クラスの人間に大した興味もない……鞄を机の横に掛け、周りを見渡すとそこで初めて、この違和感の正体に気付いた。
「へぇ……そういう事か。」
正面に配置された黒板には、一枚の紙と写真が貼られていた。
〈ヤクザの娘である龍珠桃は、マスメディア部女子を虐めている〉
そう書かれた紙と、紀に詰め寄る私を写した写真を剥がす事もせず……私は椅子に座った。
〈同時刻、1年B組〉
「なんだよ、コレ……」
龍珠桃のクラスに貼られていたのと同様の紙と写真が、石上優のクラスにも仕掛けられていた。
貼り紙と写真を黒板から剥ぎ取ると、くしゃくしゃに丸めて握り潰す。一体、誰がこんな事を……ギッと無意識に拳に力が入る。ふざけるなよ、なんだよコレは……しんと静まり返った教室を見渡して問い掛ける。
「……コレ、いつから貼られてたか誰か知らないか?」
返事が帰って来ない事に苛立ちが増す。更に言葉を続け様とした時……
「石上、落ち着きな。そんな威圧してたんじゃ、答えたくても答えらんないよ。」
ポンッと小野寺に肩を叩かれて諭される。
「……威圧してた?」
「気付いてなかったの? 結構、圧凄かったよ。」
「……悪い。」
「……伊井野と大仏さん、今日風紀委員の用事で早く来てたみたいだから何か見てるかもしれないよ? とりあえず、2人が来たら聞いてみれば?」
「……あぁ、そうするよ。」
その後、教室に来た2人に何か見ていないか聞いて見たが、有力な情報は得られなかった。
………
チャイムが鳴り、休み時間になった瞬間に僕は教室を飛び出した。向かう先は、桃先輩が在籍する2年C組だ。途中、スマホのメッセージ着信音に足を止められる。それは、空き教室に来いという桃先輩からのメッセージだった。
〈空き教室〉
「放って置けばいいだろ。」
「で、でも……誤解なんですよ!? ちゃんと、説明すれば……」
「……わかってねぇな。他人を迫害する理由ってのは単純明解、それが楽しくてラクだからだ。全員がお前みたいに正しく在りたい訳じゃないし、あの写真を見れば殆どの人間は、紀が被害者で私が加害者だと思うだろ。この場合、大事なのは正しいかどうかじゃない……自分が多数派に入るかどうかだ。周りの人間と違う事を言えば、今度は自分が迫害されるかもしれない……そういう事なんだよ。」
「でも!!」
「優がそこまで怒る事じゃない。私は平気だし、優は信じてくれてるんだろ?」
「当たり前です、桃先輩はそんな事をする人じゃない。」
「……だったらいいよ。お前がちゃんとわかってくれてるなら、私は平気だから。」
「桃先輩……」
「それにな……私のクラスは大した問題になってないんだよ。」
「え? どういう事ですか?」
「それがな……」
〈中庭〉
昼休み、僕はもう1人の当事者から話を聞く為に、紀先輩と中庭のベンチに腰掛けていた。
「……なるほど、一連の流れは理解しました。」
先日の桃先輩と紀先輩の遣り取りの内容を聞き、暫し思考に沈む。
「ほ、本当にごめんなさい! まさか、ここまで大事になるとは思わなくてっ……」
「まぁ、コレに関しては……悪意を持って貼り紙を仕掛けた人間が悪い訳ですし……それに、桃先輩から聞きましたよ。教室に入って、黒板に貼られた紙と写真が目に入るや否や……」
コレは真実ではありません!!
「……って否定してくれたんですよね。ありがとうございます。」
「い、いえ! 本当の事ですし、当然の事をしただけですもの。あの……龍珠さんは何と?」
「……放って置けばいいって言ってました。」
「そうですか……龍珠さんは強い人ですのね。」
……あれから、桃先輩の噂は緩やかに、だけど確実に秀知院に広がって行った。少し調べた所、その噂は昨日の時点で存在していて、今日の朝にはある程度広まっていたらしい……まだ全部のクラスを調べた訳じゃないけど、あの貼り紙が仕掛けられていたのは少数のクラスだけみたいだ。その事に少しだけ安堵する……
「でも、これからどうすればいいのでしょう?」
「先輩が噂を信じている人全員に、ノートの中身を見せて説明すれば良いんじゃないですか?」
「……私、今遠回しに死ねと言われてます?」
「それくらいで死のうとしないで下さい。」
「いえ、もしそうするしか手がないのなら……私は死を選びますわ。」
「……冗談ですから。」
(そんなノートを普段から持ち歩いてるって、常にdead or alive状態なんじゃ……)
寧ろdead or die状態である。
「……決めましたわ!」
「……何か良い案でも浮かんだんですか?」
「ちょっと遺書を書いて来ますので、少々お待ち下さい!」
「死ぬ覚悟を決めないで下さい。はぁ……とりあえず、噂を広めた人間を突き止め様と思います。昨日の時点で桃先輩の噂が存在していたなら、放課後の2人の遣り取りを見ていた人間という事になります。噂の出処さえ調べれば……」
「……それは不可能に近いと思いますわ。」
「え? なんでですか?」
「……石上編集は、F.O.A.Fいうのをご存知ですか?」
「……なんですか、それ?」
「Friend of a friend……友達の友達という意味の言葉です。都市伝説や噂話が広まる時のシステムの様なモノですわ。例えば……会長がコレは友人から聞いた話なんだが……とかぐや様に話したとします。そしてかぐや様も藤原さんに同じ話をします。そして藤原さんも石上編集へ同じ話をします。こういった過程を踏んだ場合、藤原さんに誰からその話を聞いたと訊ねれば、かぐや様と答えるでしょう。石上編集に聞けば、藤原さんと答えます。」
「そりゃ、事実その通りですからね。」
「しかし更に進んで石上編集が友人Aに、更にその友人AはBに……と進むとどうなるでしょう?」
「え、何か変わるんですか?」
「友人Aは石上編集が藤原さんから聞いた事を知っていたとしても、態々藤原さんから話を聞いた石上編集に教えてもらった、とは言いません。省略してこう言います……コレは友達の友達から聞いた話なんだけど……と。」
「あ……」
「つまり、都市伝説や噂話の最初の1人を探る事は不可能に近いのですわ。まだ噂が広まる前なら、可能性は有りました。でも……こうも噂が広まった状態だと、誰から聞いたと虱潰しに調べても成果は得られないかもしれません……」
「……なるほど、確かにそうですね。」
「出鼻を挫く様な事を言って申し訳ありません。」
「いえ……無駄骨折る前に知れて良かったです。流石はマスメディア部ですね。」
「いえ、それ程でも……」
「妄想ばっかりしてる、残念ナマモノ先輩じゃなかったんですね。」
「……え?」
「とりあえず、色々考えてみます。」
「妄想ばっかり? 残念? ナマモノ先輩? 石上編集、ちょっとそこら辺詳しい説明を……」
しっかり地雷は踏み抜いた石上だった。