〈生徒会室〉
謎の先輩男子生徒からの助言の意味を考える。
誤解を解く、犯人を捕まえる……君の目の前にある選択肢は、その2つだけかな?
アレはどういう意味なんだろう……そもそも、あの人は桃先輩を知っているみたいだったけど、自分の事を嫌われ者とも言っていた……会長なら知ってるかな?
「石上、居たのか……少し、面倒な事になっているみたいだな。」
「会長……」
いつの間にか、会長が生徒会室に入って来ていた。考え事をしていて気付かなかった……
「龍珠は大丈夫か?」
「はい、全然堪えてませんよ。放って置けばいいって……」
「まぁ、龍珠ならそう言うだろうな……」
「でも僕は、そんな事出来ません。くだらない噂を信じて桃先輩に侮蔑の視線を向ける人達も、桃先輩の事を何も知らないのに陥れようとする犯人も……許せない。」
ギリッと拳を握って歯を食いしばる。
「石上……俺の方でも色々調べてみよう。龍珠が悪く言われるのは、俺も気分が悪い。」
「会長……ありがとうございます。」
「いや、気にするな。俺もアイツには……恩があるからな。」
「……恩ですか?」
「まぁ、な……」
「あ、そういえば会長に聞きたい事が……」
「こんにちはー!」ガチャッ
「こんにちは。」
「あぁ、お疲れ四宮、藤原書記も。」
「……お疲れっす。」
藤原先輩の挨拶に遮られる。まぁいいか……また後で聞こう。
「……大変な事になってるみたいね、石上君。」
「石上くん、大丈夫?」
「えぇ、まぁ……」
「ここまで情報が交錯していると、意志の弱い人間は多数派に流れるモノです。そして、現時点での多数派は……言うまでもありませんね?」
「はい……」
四宮先輩の言葉に頷き答える。
「私もあの噂は信じていませんが、大衆からすれば正しい正しくないは問題ではないのでしょうね……友人と一緒になって盛り上がれる、ストレス解消になる、悪者を責めるのは気分が良い……そんなくだらない感情で他人を愚弄する……浅はかとしか言えませんね。」
「私の方でも、噂はデタラメだって言っておきますからね!」
「藤原先輩……お願いします。」
「……藤原なら交流関係も広い、直ぐに噂も終息するさ。」
「だと良いんですけどね……」
「石上君、伊井野さんが来ていない様ですが?」
「伊井野は……」
「すみません、遅れました。」ガチャッ
「あぁ、伊井野監査、お疲れ。委員会か?」
「はい、風紀委員長に現在秀知院で起きているイジメ問題についての報告をしていました!」
「態々悪いな、伊井野。」
「なんで石上が謝るのよ、風紀の乱れを正すのは風紀委員の絶対的職務よ! それに私、こういうの大っ嫌い!」くわっ!
伊井野も風紀委員って事で、中等部の頃から煙たがられていた経験があるからか、積極的に協力してくれている。
「わぁ、ミコちゃんが燃えてる……」
「でも、イジメね……」
(広域暴力団組織、龍珠組……四宮の力を持ってしても、無傷で掌握するのは不可能に近い……そんな人間に敵対するなんて、命知らずな人も居るものね。でも……)
「イジメ……か。」
(龍珠にこんな事を仕出かすとは、命知らずな奴も居たもんだ。でも……)
「……」
(確かに……イジメと言っても差し支えない状況なのだけど、
「……」
(起きている出来事は確かにイジメなんだが、龍珠がイジメられているイメージが一切湧かん。)
………
桃先輩の件は一先ず置いて、文化祭に向けた書類整理に従事する。各クラスが出し物で使う備品申請の処理、在庫に限りがある備品は数に制限を設け、必要書類が提出されていないクラスへの催促など……奉心祭当日に近付けば近付く程、仕事は増えて行く。前回の一度体験した記憶があると言っても、効率良く仕事を熟せるだけで別に仕事量が減る訳ではないのが痛い所だ。
「藤原先輩、このデータって……」
「それは新規に保存しなくても、上書き保存で大丈夫ですよ。」
「あ、そうなんですね……藤原先輩ありがとうございます。」
「全然良いですよ!ミコちゃん、わからない事があったらバンバン聞いて下さいね!」
「……」
(藤原……石上には先輩面出来ないから、滅茶苦茶嬉しそうだな……)
「あ、漢字ミスっちゃった。修正液っと……」
「……藤原書記、あまり修正液で塗り潰すとコピーを取った時に歪に見えるから注意しろよ。」
「はーい。」
「……ん?」
(なんだ? 今なんか引っ掛かった様な……)
「石上、どうかしたか?」
「いえ……なんでもないっす。」
「そういえば……藤原さんは、随分前に寝ている会長の額にイタズラで落書きした時も、漢字間違えをしていましたね?」
「え? そうでしたっけ?」
コテンと首を傾げる藤原先輩に視線が集まる。
「藤原先輩、いい歳して何やってるんですか。」
「藤原先輩……」
「うぅむ、俺も覚えてないな。四宮、どんな間違いをしていたんだ?」
「果肉入りと落書きしていましたが、果の漢字の木の部分の横棒が無かったんです。」
「うわぁ……いい歳して落書きしてたのも恥ずかしいのに、漢字ミスって二重に恥ずかしいヤツじゃないですか。しかも藤原先輩の役職書記なのに、何やってんですか……」
「ゆ、ユーモアですよ! ワザと間違えたに決まってるじゃないですか!?」
「あら? 笑いながら何の果肉が入ってるんだろうと、それは楽しそうに言ってましたが……」
「か、かぐやさん!? もうその辺で……」
「藤原先輩は、自分の頭の中に入ってる果肉が何なのかを気にした方が良いんじゃないですか?」
「ほらぁっ!
「完全に藤原書記の自業自得だろ。」
「……」
「藤原先輩を副会長にしなくて良かったな?」
「べ、別にそんな事思ってないわよ! 藤原先輩のイタズラは、生徒会役員同士の関係を円滑にする為の潤滑油みたいなモノで……」
「潤滑油って……就活生か。」
「それに、藤原先輩は凄く優しいんだから!」
「ミコちゃーん!」ダキッ
「この前はスイパラに連れて行ってくれたし、クッキーもチョコレートもくれるし、偶にプリンだって……」
「食いモンばっかじゃねぇか。」
「餌付けだな……」
「餌付けですね。」
「じゃー逆に聞きますけどね! 人に優しくする事は悪なんですか!? お菓子をあげる事は大罪なんですか!?」
「こっちを悪者にされてもな……」
(相変わらず、強欲な子……)
「食べ物で釣ろうって魂胆が透けて見えるのが問題なんですよ。あと伊井野は、道端でお菓子とか貰ってもついて……」
「行かないわよ!!」くわっ!
生徒会の仕事も終わり、寒空の下帰路に着く……生徒会がある事は、既に桃先輩には連絡済みだ。今日一日だけで結構な情報が集まった……家に帰ったら色々考えよう。そう思いながら、校門を通り過ぎ様とした時だ。
「……お疲れさん。」
「も、桃先輩!? 待っててくれたんですか?」
「……偶にはな。」
「寒くなかったですか?」
「……寒い。」
「えーと、じゃあとりあえずコレを……」
自分に巻いていたマフラーを外し、桃先輩の首に巻き直す。
「……サンキュ。」
「じゃあ、帰りましょうか。」
「……優、手袋はないのか?」
「手袋……すいません、持ってないっす。」
(次からは、手袋も用意しておくか……)
「なら、今日の所はコレで我慢してやる……」ギュッ
桃先輩は俯いたまま僕の手を掴むと、自分の手と絡ませた。ギュッと小さな力で握って来るその手に、僕も同じくらいの力で握り返す。お互い無言のまま歩き続ける……言葉を交わす代わりにギュッギュッと手を握って来る