次の日、依然として桃先輩の噂は秀知院に漂っているし、桃先輩と一緒に居る時にふと視線を感じる事がある。噂を信じた軽蔑の視線か、単なる興味本位の視線か、或いは真偽を確かめ様とする視線か……何れにせよ、ジロジロ見られるのは気分が良いモノではない。桃先輩は本当に気にしてないみたいで、自身に浴びせられる視線を全く意に介していないし、犯人探しをするつもりも微塵も無いらしい……僕だけが気にして、僕だけが噂を消したくて、僕だけが犯人を突き止めたいと考えている事に何とも言えない気持ちになる。もしかして、僕は無駄な事をしているんじゃないか? 桃先輩本人が気にしていないのに、奔走しているのはバカな行いではないのか? そういった思考がフツフツと湧き上がった。
「絶対そんな事ないよ!」
胸の前で拳を握り、僕の考えを力強く否定してくれたのはつばめ先輩だ。
「……そう思いますか?」
「そりゃそうだよ! 男の子が自分の為に頑張ってくれてるんだもん。女の子なら絶対嬉しいし、龍珠ちゃんだって嬉しい筈だよ?」
「だったら、いいんですけどね……」
「私のクラスでも少し話題になっててね……流石に噂を鵜呑みにする人は居ないけど、あんまり良い気はしないよね……」
団長やつばめ先輩経由で調べた所、3年生はこの噂に懐疑的な人も多いらしい。流石に最上級生ともなれば、情報に踊らされる事も無いのだろう。この前のアドバイスをして来た謎の男子生徒も、3年生の可能性が高くなった。
「そもそもの話……桃先輩がどういう人間か知らない人が多いから、コレだけ噂が広まったとも言えますよね……」
「龍珠ちゃん、あんまり人の輪に入る様な子じゃないからね……」
あんまりと言うよりは全く、なんだけど此処で指摘するのも野暮だと無言で頷くだけに留める。
「龍珠ちゃんがどんな子か……皆に知ってもらえたら良いのにね。」
「そうですね……」
お前がちゃんとわかってくれてるなら、私は平気だから。
桃先輩の言葉が脳裏を過る……
よく耐えたな、お前はおかしくなんてない。
会長のその言葉を聞いて……1人でもわかってくれる人がいるなら、周りにどう思われてもいいかなと思えたんだ。ただ……今なら会長の気持ちも良くわかる。会長は何度も……僕にその気があるのなら、弁明の場を用意すると言ってくれた。会長は嫌だったんだ、僕が謂れもない迫害を受ける事が……僕は嫌なんだ、家柄という一面しか知らない人間が桃先輩を好き勝手に罵る事が……黙って俯く僕に、つばめ先輩は背中をポンと叩き……
「何かあったら協力するからね?」
そう言ってくれたつばめ先輩に辛うじて、ありがとうございますと言葉を返し思考に身を委ねた。
〈中庭〉
つばめ先輩と別れた後も、僕はベンチに座ったまま考えを巡らせていた。頭の中には、ここ数日に見聞きした出来事が次々と浮かんで来る……
誤解を解く、犯人を捕まえる……君の目の前にある選択肢は、その2つだけかな?
どうせなら、もっと直接的なアドバイスが欲しかったなぁ……アドバイスするって事は、あの人にはどうすればいいかわかってるって事なのか?
「……」
じゃー逆に聞きますけどね! 人に優しくする事は悪なんですか!? お菓子をあげる事は大罪なんですか!?
ホント、藤原先輩を見てると真剣に悩んでるのが馬鹿らしくなるな、毒気が抜かれるというか……
「……」
龍珠ちゃんがどんな子か……皆に知ってもらえたら良いのにね。
結局の所、自分とは無関係だから好き勝手言えるんだろうな……名門秀知院学園とは言っても、所詮は子供……
「ッ!」
カチリと頭の中で、交錯する情報が噛み合った気がした。
………
暫し思考を重ねる。なんとかなる……か? 今回の問題点は……
1、桃先輩への攻撃的な噂を消す方法はあるか?
2、犯人を見つけられるか?
3、
1と3は、なんとかなると思う。問題は2の犯人を見つけられるかどうか……まぁ折角だ、アイツにも手伝ってもらおう。それと後で念の為、会長と四宮先輩には相談しよう。ただ、僕がこれからやろうとしている事は桃先輩との約束を破る事になってしまうし、桃先輩に泣かれる……事は流石に無いだろうけど、怒らせてしまうかもしれない。でもコレは、僕のエゴで、利己で、我儘で、自己満足だ。噂に踊らされ、桃先輩の事を何も知らないのに好き勝手言い放つ人達に、
偏見の目を向けられる事には慣れている。小等部の頃から現在まで約10年、その間全く味方がいなかった訳じゃないけど、基本的には