石上優はやり直す   作:石神

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龍の許しは頂けない

 

〈3年A組〉

 

ブツンという電源を切る音がスピーカーから聞こえて来たのを皮切りに、教室内は騒然とし始める。当然だ、噂を信じていた人への不満と罵倒、優君の龍珠ちゃんへの惚気と言っても差し支えない言葉、犯人への宣戦布告。幾ら3年生と言っても、いや……秀知院という場所で過ごし、嫌でも大人に成らなければならなかった私達にとって、優君の無鉄砲さ、青臭さ、彼女を守ろうとする誠実さは……羨ましく、そして……眩しく見えてしまう。

 

「いいなぁ……」

 

だから、そんな言葉が自然と出てしまうのも仕方のない事だと思う……騒がしさで誰にも聞かれなかった事に安堵していると、近くの男子2人の会話が聞こえて来た。

 

「フフ……ハハハ……」

 

「……随分と楽しそうだね?」

 

「三國か……うん、面白いと思ってね。」

 

「……面白い?」

 

「龍珠君の問題に彼がどう関わるのか……一応少しだけアドバイスはしていたんだけど、まさかこんな遣り方があったなんてね。」

 

「……アドバイス、ね。生徒会時代()の仲間の為かい?」

 

「……昔の? 僕は今も彼女達の事を仲間だと思ってるよ。」

 

「だったら君が解決してやればいいものを……」

 

「……あと3ヶ月で秀知院(ここ)を去る僕達が動いても意味がないよ。残る者達が自分で考えて行動し、解決する事に意味があるんだ。」

 

……その言葉を聞いて、確かにそうだと思った。私に出来る事は……さっきの放送内容が歪んで伝わらない様に行動でもしようかな? 優しい男の子が大好きな女の子の為に行動した……恥ずかしくて、むず痒くて、胸キュンで……とってもエモエモなお話の為に。

 


 

〈1年B組教室〉

 

スピーカーから聞こえて来た石上の発言を聞きながら、周囲を見渡す。全く、ここまでするなんてホント馬鹿。でも……そんな馬鹿だから私達も手伝ってあげたいって思ったし、困ってる友人を助けたいって思った。周囲を警戒しながら見渡していると、こばちゃんと麗ちゃんの声が途切れ途切れに聞こえて来た……

 

「……いいの?」

 

「うん……上が選ん……もん。それに……私も救われた……きになって良かった。」

 

クラスの喧騒で聞こえ難いけど、麗ちゃんと喋るこばちゃんの顔は……心なしか満足気だ。気になるけど、今はこの放送で動揺する人が居ないかを見なくてはいけない。後で聞こうと気持ちを切り替えて、私は再度クラス内を見渡した。

 


 

〈2年C組教室〉

 

石上編集の言葉にクラスは沸き立つ……という訳にも行きません。このクラスには当事者の1人……龍珠さんが居るのですから。学園という、ある種の閉鎖空間で過ごす私達学生にとって、刺激的な出来事や話題は常に求めているモノ……だからこそ、龍珠さんの噂も広まるのが早かった……石上編集は、その噂を別の噂で塗り潰すつもりだと言っていました。龍珠さん1人が的になっていた噂話を、石上編集と龍珠さん2人を的にした噂話で塗り潰す……しかも、その内容は石上編集だからこそ言える、龍珠さんの人となりや龍珠さんへの想いの吐露。周りを見渡すと、女子は顔を手で隠して恥ずかしがっていたり、友達と小声でキャーキャー言い合っていました。何故か……男子の殆どが目頭を押さえて下を向いていますが、それはいいでしょう。石上編集の行動によって、今日から秀知院に広まる噂は変わるでしょう……1人の女子生徒を攻撃する噂から、学園一のバカップルを見守る噂に。

 


 

あの後、生徒指導室に連行された僕は説教タイムを味わう羽目になった。説教内容が無許可の校内放送に関してだけで、僕の発言についてはお咎めはなかった。まぁ、先生達も桃先輩の噂に対して対応を取らなかった事に多少の罪悪感があったって事なのかな……僕の予想に反して、処分が反省文3枚の提出で済んだのもラッキーだった。生徒指導室を出ると、壁に寄りかかって此方を睨む少女……桃先輩と目が合った。

 

「桃先輩……」

 

「……私言ったよな? 付き合ってる事は言い触らすなって。」

 

「はい、言いました……約束破ってすいません。」

 

僕の自己満足で仕出かした事だ、頭を下げて桃先輩へ謝罪をする。

 

「噂に関しても放って置けって言ったよな?」

 

「はい……桃先輩、怒ってます……よね?」

 

「当たり前だろ! あんなっ……あんな恥ずかしい事をペラペラ全校放送で言いやがってっ……」

 

「……すいません。どうしたら許してくれますか?」

 

「絶対許さねぇ……一生許してやんねぇ。」

 

一瞬、僕の脳内に〈嫌われた〉という言葉がチラついた。ザワリと胸に嫌な感情が広がる……

 

「だから……罰として、一生私に謝罪し続けろ。」

 

桃先輩の言葉に、えっ? と呆けた返事をしてしまった。

 

「私がお前を許すまで、ずっと傍で……」

 

一生……謝罪し続ける……桃先輩が許すまで、ずっと傍で……その言葉の意味を理解した時、僕は反射的に桃先輩を抱き締めていた。

 

「勿論です! 桃先輩すいませんでした!!」ギュッ

 

「お、おいコラ! 私は怒ってるんだからな!? 一生許すつもりもないんだぞ!?」

 

「はい、一生傍で謝り続けます! ずっと一緒です!!」

 

「くぅっ……わかった! わかったから離せ!!」

 

「桃先輩がずっと傍に居ろ、離れるなって言ったんですよ!?」

 

「離れるなとは言ってない!」

 


 

……校内放送で優の声が聞こえて来た時は、心底驚いたし……全校生徒を敵に回す様な事を言ってバカな男だと思った。でも……私の為に行動してくれている事も直ぐにわかった……ここまでしてくれた奴は今まで1人も居なかった。

 

龍珠ちゃんのお父さんは悪い人だから、もう遊んじゃダメなんだって……

 

え、龍珠さん家ヤクザなの?ご、ごめん……私もう行くねっ……

 

別に、そう言われた事を気に病んでいる訳じゃない……ただ、私がいつまでもその言葉を忘れられないだけ……多分、これからも忘れられないままなんだと思ってた。

 

……んな訳ねーだろ、バァーーーカ!!

 

スピーカーを通して聞こえて来る、優のその言葉を聞くまでは……

 

桃先輩がそんな事する訳ないだろうが!! 親がヤクザってだけで、偏見で好き勝手言ってんじゃねぇよ!

 

私の記憶の中で、私を否定し囁き続ける……かつての同級生達に言っている様な気さえした。恥ずかしかったし、約束を破った事には怒ってるし、一生許してやらない。でも……

 

「一生傍で謝り続けます。だから、ずっと一緒に居て下さい!」

 

優は私を抱き締めながら、恥ずかしいセリフを吐き続ける……そういえば、恋人になった時に言われたっけ……

 

桃先輩も、さっきみたいに……偶にで良いので、言葉にして伝えて下さいね

 

……私の為にここまで行動し、周囲の人間を敵に回しかねない発言までして、私の身の潔白を証明しようとした……優の必死な声を聞いて……泣いてしまいそうな程嬉しかった事と、少しだけ……ほんの少しだけ優をカッコいいと思った事は……いつか伝えてやろうと思った。


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