奉心祭当日、文実の助っ人業務に精を出す。桃先輩と文化祭を回る時間を作る為せっせと働く。
「1年生は先に休憩入ってー。」
つばめ先輩の号令に作業を中断し、休憩を取る。適当に屋台で昼食を取ろうと歩き出すと、背中から声を掛けられた。
「お疲れ、今から休憩か?」
その声に振り返りながら答える。
「はい、桃先輩もですか?」
「私はずっと休憩みたいなもんだ。」
「アレ? 今年も天文部はプラネタリウムやるって言ってませんでした?」
「あー……一応やってる、私は今回自由時間多いんだよ。」
去年の客避けが原因で他部員からNGが出た事と、元々やるつもりがなかっただけである。
「へー、そうなんですか。じゃあ一緒に回りません?」
「おぅ……」
「桃先輩は、お昼食べました?」
「いや……まだ。」
「じゃあ、何処かの出店にでも……」
「な、なぁ……その、コレ。」
桃先輩は俯きながら、布に包まれた箱を掲げた……どう見ても弁当箱にしか見えない。
「も、桃先輩……まさかコレ……」
「お前、準備とか頑張ってるし……こういう時くらいは……その……い、要らないんならっ!」
「ありがとうございます! 滅茶苦茶嬉しいです!」
嬉しさのあまり顔がニヤける……いや、でもコレは仕方ない。誰だってニヤけるって。
「……何ニヤついてんだよ。」
「すいません、嬉し過ぎて……彼女がお弁当作って来てくれるって、男の憧れですもん。」
「ふーん……単純だな男って。」ニヘッ
と言いつつ桃先輩も口元が微妙に緩んでいる……全く、本当に可愛い人だな。
「……いつまでニヤついてんだ、中庭の端の方なら空いてるだろうしそっち行くぞ。」
「そうですね、行きましょう。」
………
暫し、桃先輩とお弁当を食べながら談笑する。
「今日はずっと仕事か?」
「いえ、3時から自由時間ですね。」
「ふーん、じゃあそれくらいにまた来るわ。」
「わかりました、じゃあ1年B組前で待ち合わせましょう。」
「別にいいけど……そういえば、優のクラスって何やってんだ?」
「それは……お楽しみという事で。」
「いや、なんでだよ。」
〈1年教室前〉
「あら、学園一有名なカップルじゃない。まさか、龍珠ちゃんに恋人が出来るなんて思わなかったわ。それはそうと、ちゃんと避妊はしてる?」
桃先輩と合流して話をしていると、近付いて来た女性にいきなりヤベェセリフを投げ掛けられる。
「……この人、なんなんですか?」
「……オカ研の阿天坊……先輩。」
「知り合いですか?」
「部活連の会合で、何度か会ったくらいだな。」
「あら、冷たいわね……折角、男子が喜びそうなテクを教えてあげようと思ったのに。」
「いらねぇよ!」
「あら? でも……彼はそうでもなさそうよ?」
「優、てめぇ……」
「僕は何も言ってません!」
「フフ、貴方可愛いわね……お姉さんと火遊びする?」
「はぁっ!?」
「ちょっ!? 何言ってるんですか!?」
トンデモ発言をする阿天坊先輩から身を引きながら叫ぶ。
「あら、照れなくてもいいじゃない。」
「おい! アンタいい加減にしろよ!」
「大丈夫よ。私、彼女持ち相手でも気にしないから。」
「何言ってんだ!!」
「……最低限の倫理観くらいは持った方がいいんじゃ?」
「あら、失礼ね……まぁいいわ、じゃあ行きましょうか。」
阿天坊先輩は僕の腕を取ると、暗幕で閉ざされた教室へ入ろうとする。
「ちょ!? 何やってんですか、行きませんよ!」
「ツレないわねー。」
「アンタ1人で入れよ!!」
桃先輩は僕の腕を取り返し、威嚇する様に阿天坊先輩を睨んだ。
「おばけ屋敷……ね。あぁ困ったわ、私……血とか怖いの苦手なのよね。」
(普通に入ろうとした癖に……)
「へぇ、そうなんですか? でも、女性の方がそういうのに耐性あるっていいますよね。」
「女は毎月血を流してるからって言いたいの? 流石男子、エロね。」
「言ってない!?」ガビーン
「もう相手すんな、行くぞ!」
「あ、はい……」
桃先輩に腕を掴まれ、おばけ屋敷へと入る。
「あら……逃げられちゃったわ。」
阿天坊は残念そうに、逃げて行く後輩2人を見つめていた。
「……いい加減その見境い無く誘惑するの、やめなさい。」
「あら、雫……見境い無くだなんて心外だわ、ちゃんと相手は選んでるのに……」
「彼女持ちの男子を誘惑しておいて選んでるなんてよく言えるわね……」
「男嫌いの雫に言われたくないわ。」
「はぁ……まぁいいわ。つばめの演劇、もうすぐ始まるわよ?」
「あら、もうそんな時間? 急ぎましょ、あの子拗ねたら面倒臭いから。」
「どの口で面倒くさいとか言ってるの?」
少女2人は小走りで体育館へと向かって行った。
………
「……桃先輩、怖いなら手繋ぎますか?」
「は、はあ!? 怖い訳ないだろ、舐めるのも大概にしろ。」ギュッ
「……そうですね、すいません。」
(制服の端を無意識に掴んで来る桃先輩可愛い。)
A組との合同企画であるホラーハウスは、前半と後半で種類の違う怖さを味わえる自信作だ。別に下心があって誘った訳では……いや、あわよくば抱きついてくれないかな、とか少しは思ったけど……
「お、おい! もっとゆっくり歩けよ!」ギュッ
「あ、すいません。」
制服の端を遠慮がちに引っ張られる……これはこれで可愛いからよし!
「皆、このロッカーに隠れて!」
前半のおばけ屋敷を通過すると、ロッカーに入っての立体音響体験となる。案内役の女子生徒に促され、桃先輩と一緒にロッカーの方へと押される。
「ロッカーに入ったら、このヘッドホンとアイマスクをしてお待ち下さい。」
「はぁ!? ふざけっ……」
「桃先輩、入りますよ。」
「お、おい!? 私は入るとはっ……」バタン
桃先輩を半ば無理矢理ロッカーへと引っ張り込む。ロッカーだけあってとても狭い……2人で入るとほぼ抱き合う形になる。
「無理矢理こんな所に閉じ込めやがって……覚えてろよ。」
「……怖かったら、ヘッドホンもアイマスクも付けなくて良いですよ。」
あまり強要しても後が怖い……十分、桃先輩の可愛い所は見れたし。
「……お前は付けろよ。」
「りょーかいです。」
アイマスクとヘッドホンを装着する……と言っても本番前のテストで既に体験してるんだよな、僕は何の気なしにヘッドホンだけを少しズラして付ける。
「……優、聞こえてるか?」
(……桃先輩?)
「聞こえてない……よな? 今だから、言うけどさ……」
桃先輩は聞こえていないと判断したのか、独白を続ける。
「私は……優があそこまでしてくれて、嬉しかった。」
トンッと桃先輩が体を預けて来るのを感じた。
「私の所為で優が傷付く事になってたかもしれない、私を庇った所為で優まで周りから嫌われる事になってたかもしれない。なのにお前は……」
今更聞こえているとは言えない。僕は、桃先輩の小さな体を壊れ物を扱う様に優しく抱きしめる。
「……私を、今もこうして抱きしめてくれる。凄く安心するし、幸せだって思う……だから、いつも素直になれない私だけど、これからもずっと……」
「終了でーす、お帰りは此方からお願いしまーす。」
桃先輩の言葉を遮る様に係員の声が響いた。トントンと胸を叩かれたのを合図にヘッドホンとアイマスクを外す。
「……終わったぞ。」
「……うっす。」
桃先輩と連れ立って教室を出る。
「……どうでした?」
「まぁまぁだな。」
「でも、桃先輩途中抱きついて来ましたよね?」
「……狭いからそう感じただけだろ。」
素直じゃない……でも其処も含めて桃先輩だし、そういう所も好きなんだと再確認する。それに……僕も同じ気持ちだ。
「……桃先輩。」
「ん?」
「桃先輩と居ると安心しますし、凄く幸せだと思います。年下で、頼りない所もあると思いますけど、これからも……ずっと一緒に居て下さい。」
「ッ!!? ゆ、優、お前……まさか、聞いてっ……」
「さぁ? 何の事でしょう?」
「おい、待て! ちゃんと答えろ!! ヘッドホン外してやがったな!?」
「……ハハハ。」
「ハハハじゃねぇ! 優!!」
桃先輩の追撃を躱しながら思う。きっと僕達2人はいつまでも一緒に居られるだろう。……だって、お互いがお互いに……ずっと一緒に居たいと思っているんだから、きっと大丈夫だと……僕は向かって来た桃先輩を抱きしめながら言った。
「すいません、聞いてました。許して下さい。」
「……ぜーったい許してやんねぇ!」
その言葉とは裏腹に、桃先輩は嬉しそうに笑っていた。
これにて龍珠桃√完結とします。
最後まで書けて良かった……読んでくれた方々、感想をくれた方々ありがとうございます(`・∀・´)