奉心祭も問題無く終了し、秀知院学園は冬休み期間に入っていた。秀知院生である僕と桃先輩も、当然その恩恵を受けているのだが……
「本当にお邪魔して良かったんですか?」
「あぁ、気にすんなって。別に誰も文句言ってなかっただろ?」
「それはまぁ、そうですけど……」
12月31日の大晦日……僕は桃先輩の家にお呼ばれしていた。夕飯をご馳走になると、後は大人の時間だと言わんばかりに桃先輩の親父さんや組員の人達が酒瓶を片手に集まり出した為、桃先輩の部屋へと避難して今に至る……という訳だ。
「でも夕飯を食べた後、すぐに上がって来ちゃいましたし……」
「ま、親父達は宴会で酒飲みながら騒ぎたいだけだしな。未成年は居ない方が気兼ねなく飲めるから、別に問題無いだろ」
「……ですかね」
僕の胸を背凭れにしつつ、そう言葉を返す桃先輩を見下ろしながら答える。あと3時間程で日付が変わり年が明ける……しかし、僕にとってそんな事はどうでも良い事だ。今の僕にとっての最重要事項、それは……
「……」
(桃先輩とキスがしたい)
桃先輩と付き合う事になって、そろそろ2ヶ月の時間が経とうとしていた。その間、全く恋人らしい事が出来なかった訳じゃない。今みたいに僕に身体を預けてゲームをする事はよくあるし、ハグなどのスキンシップも頻度は多くないが偶にある……だが、キスだけは未だ無い。桃先輩との初キスは付き合う前だったから、恋人としてのキスは未だ未経験という訳だ。
「……」
「〜♪」カチカチ
ゲームに集中する桃先輩の体温を感じながら、頭の中で考えて来た策を反芻する。そう、既に桃先輩とキスをするシチュエーションは計画済みなのだ。あとはソレを実行に移すだけ……僕は意を決して計画の第一歩を踏み出した。
「桃先輩、もう少ししたら初詣行きません?」
「寒いからやだ」カチャカチャ
「」
秒で計画が破綻した……え、そんな事ある? まさかノーチャンスなパターン? いや、まだ諦めるな!
「せ、折角の大晦日イベントですよ? ソシャゲならガチャ率緩くなったり、新規アイテム入手イベントがある特別な日ですよ!?」
「なんでそんなに必死なんだよ……寒いし人多いし、行くにしても三が日過ぎてからで良いだろ?」
「三が日過ぎちゃったら、それはもう初詣じゃなくてただの神社参拝だと思うんですけど……」
「言いたい事はわかるけど、する事は一緒だろ?」
「ぐぅ……」
取り付く島もない。まぁ面倒臭さがりな桃先輩なら、こういった対応も有り得た訳だけど……
「……」
いきなり出鼻を挫かれたが、そもそも初詣に行かなきゃキスが出来ない訳じゃない。なんだったら、今この瞬間にもやろうと思えば出来るのだ。桃先輩がOKするかどうかは別として……
「〜♪」カチャカチャ
「……」
こう言ってはなんだが……桃先輩は僕を押し倒して無理矢理キスをしたんだから、僕も一回なら許されるのでは? いや許される所か、僕からキスをする事でお互いに一回ずつキスをした事になりバランスが取れるのでは?
「……」
「ん? どうかしたか?」
「いえ、なんでもないっす……」
(ま、流石に無理矢理はしないけど。はぁ、なんかの拍子にそういう雰囲気にならないもんか……)
………
「んー! はぁ……」
小一時間程ずっと同じ体勢だった為、グッと両手と両足を伸ばして息を吐く。桃先輩も僕の身体を背凭れにした体勢のまま、ゲームをし続けて……ってあれ? さっきから画面の中のキャラが動いてない?
「桃先輩?」モゾッ
「ンンッ!?」ビクンッ
「え、どうかしましたか?」
「な、なんでもない!」
「そうですか?……あ、僕ちょっとコーヒー淹れて来ますね? 桃先輩も何か……」
「ば、バカ動くな!」ギュッ
「へ? どうしてですか?」
「それは、その……」
「……?」モゾッ
「ンンッ!? だから動くなってっ……!」ビクッ
「もしかして……足が痺れてるとか?」
「……ッ」
桃先輩は僕の言葉に答える事も無く、只々ジッと身体を強張らせている……その姿を見ていると、妙な感情が沸々と湧き出して来た。
「……」モゾモゾ
「ンクッ!? だ、だから動くなってば!」ギュッ
「……」
確認の意味を込めて僅かに身体を動かすと、袖を掴まれて動きを止められる。これは……千載一遇のチャンスなのでは? 今の桃先輩なら多少のお願いは聞いてくれるかもしれないし、何より……普段とは違う弱々しい桃先輩が見れる絶好の機会なんじゃ?
「桃先輩……初詣行きません?」
「っ!? お前っ…それは卑怯だろ!?」
「ははは、何の事かわかりませんねー」
「おい、あんま調子に乗ってるとっ……」
「乗ってると?」サスサス
「〜〜〜ッ!?」ビクンッ
足先で軽く桃先輩の両足を時間差で
「桃先輩?」スススッ
「ンンッ…! わ、わかった! わかったから!」ギュッ
「何がです? 何がわかったんですか?」ツン
「〜〜〜ッ!!?」ビクンッ
「聞いてます?」ツンツン
「アッ…ンンッ! やぁっ……ッ!?」ビクビクッ
「っ!?」
普段の桃先輩からは考えられない、弱々しくも可愛いらしい声に思わず動きが止まる。
「……ッ」
先輩自身も、自らの口から出てしまった声に羞恥心を感じている様だ……その証拠に、顔を伏せて口を両手で塞いでしまっている。
「 ……ゴクッ」
いつもとは違う恋人の姿に、小さく喉が鳴った……僕は自分の事をSっ気のある人間だとは思っていない。ただ……恋人にここまで可愛らしい反応を見せられて何もしない程、ヘタレでもないつもりだ。
「……ッ」
いや、ヘタレとかSっ気とかそんな事はどうでも良いんだ。僕はただ、桃先輩の可愛い所をもっと見たいだけなんだから……
「ゆ、優……?」
僕が黙ったままなのを不安に感じたのか、桃先輩は紅くなった顔で此方を見上げて来る。
「桃先輩……」
ほんの少し……怯えの色を浮かべた桃先輩の瞳を真っ直ぐに捉えると、僕はゆっくりと手を伸ばした。
5分後……
「やっ…やめろって……!」ギュッ
「……」サスサス
10分後……
「ンンンッ!? い、いつまで触ってっ……!」
「先輩……滅茶苦茶可愛いです」ナデナデ
「い、今そういう事っ…言う、な……!」ビクッ
15分後……
「もう、やめっ……」ビクビクッ
「……ッ」
「お願い、だからっ……」ギュッ
「ッ!」
上気して紅くなった頬、潤み始めた2つの瞳、普段の桃先輩からは想像出来ない、弱々しく懇願して来るその表情を見た瞬間……辛うじて残っていた僕の理性はキレイに吹き飛んだ。
「……で、何か言い訳はあるか?」
「……」
30分後……痺れが治まった桃先輩は、ベッドの上で仁王立ちした状態で正座姿の僕を見下ろしていた。
「人が足が痺れて動けない事を良い事に? 言う事を聞かせようと脅迫したり? 私が抵抗出来ないのに構わずキッ…無理矢理口を塞いで来た変態鬼畜野郎様は、何か言いたい事はないのか?」
「……全くありません! 僕はさっきまでの行動に、一欠片の反省も後悔もしていません!!」
「せめて反省はしろ、このバカ!!」ブンッ
「ぐはっ!?」
結構なスピードで枕やクッションが飛んで来たが、甘んじて受け入れる……調子に乗った代償なので仕方ないし、それだけの価値は確かにあったと断言出来る。ちなみにこの後……結局初詣には行けなかったし、3時間正座を強要された挙句しっかりとやり返された。
そういえば足が痺れた女の子の足を触って苛めるという、メジャーなシチュエーションを書いてなかったなと思い書きました。書くに当たって、ヒロイン達の中で1番違和感がない龍珠√を採用しました。評判が悪ければ消しますので、遠慮なく感想欄で言って下さい。
……足が痺れた女の子の足を触って苛めるシチュってメジャーですよね?