石上優はやり直す   作:石神

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伊井野ミコを嗤わせない

暗い、真っ暗だ……辺りを見回すも、月明かりの無い夜の様に黒一色で占められている。この感じ、夢だな……どうせ夢と自覚するなら、もっと楽しい夢が良かったけど……どうやったら起きられるかな? とりあえず歩くか。

 

特に目的も無く歩き続けていると……前方から微かな声が聞こえて来た。

 

…クッ、ひぐっ……ああぁっ…ぅあっ……!

 

……なんだ? 誰かが……泣いてる? 僕は声のする方へと歩みを進める。暫く歩くと、地面にへたり込み顔を伏せながら泣き声を上げ続けている少女の小さな背中が見えた。

 

「……大丈夫?」

 

膝を曲げ少女と視線を合わせ様とするが、少女の顔は……黒く塗り潰されていて見えない。目がある位置からポロポロと雫が落ち続けているから泣いている事はわかるけど……

 

ウゥ…あぁっ…め、なさ……ごめ…なさ……!

 

「……どうして泣いてるの?」

 

出来るだけ優しく、怖がられない様に心掛けながら話し掛ける。

 

だって……ひぐっ、だってぇっ……

 

少女は嗚咽混じりに、だってと繰り返しながら涙を流し続ける。

 

だって、私の所為でっ…石上がっ……!

 

黒く塗り潰されていた少女の顔がハッキリと見えた。それは、時間が巻き戻る直前まで僕の瞳に映っていた……泣きじゃくる伊井野の姿だった。

 

………

 

「あー……夢見、最悪だ。」

 

目を開くと、見慣れた天井が視界に映る。僕は陰鬱とした気分を誤魔化す様に、ガシガシと頭を掻きながら起き上がった。夢から覚めても、先程の光景は鮮明に脳裏に焼き付いている。

 

ウゥ…あぁっ…め、なさ……ごめ…なさ……!

 

夢とはいえ……伊井野の泣いている所を見るのは正直キツイ。時計を見ると、短針が丁度7時に到達した所だった。今日は生徒会長選挙当日……前回と同じ様に、今回も会長が勝つだろう。会長には既に伊井野の事は頼んでるけど……

 

だって……ひぐっ、だってぇっ……

 

今の伊井野には……当然前回の記憶は無い。だから僕を嫌っていた記憶もなければ、事故の記憶も無い。でも……

 

だって、私の所為でっ…石上がっ……!

 

……せめて、僕に出来る事で伊井野には償いたいと思った。真面目で責任感が強く、少し抜けた所のある……アホな小型犬みたいな、伊井野ミコという少女を泣かせた事を償うのなら……全てを会長に任せるのは、少し違うと思った。

 


 

〈生徒会長選挙前〉

 

「四宮先輩、少し良いですか?」

 

「……どうしました、石上君?」

 

「……1つ、お願いがあるんです。」

 

………

 

〈立候補者と応援演説者の人は準備お願いします。〉

 

アナウンスの声が体育館に響き、空気が張り詰め始める。

 

「……伊井野ミコの応援演説を務める、大仏こばちです。」

 

大仏による伊井野の応援演説が始まった。淀みもなく、伊井野の長所を的確にアピールする大仏の応援演説は、十分及第点だろう。でも……

 

「……ご静聴ありがとうございました。」

 

ガヤガヤとした空気が体育館に充満する。演説なんて、選挙に興味がない生徒からすれば、面倒なだけの時間だ。真剣に聞いている生徒なんて半分程度だろう……とぼとぼと戻って行く大仏とすれ違いに、今度は四宮先輩が舞台へと上がった。

 

………

 

〈生徒会長選挙前〉

 

「……このメモを応援演説の時に置いて来るだけで良いのね?」

 

「はい、お願いします。」

 

「何を書いているか、見てもいいかしら?」

 

「別に良いですよ。」

 

二つ折りにしたメモ用紙を四宮先輩は広げて見る。

 

「……これだけ?」

 

「はい。それでダメなら、後は会長を頼る事になってしまいますけど……」

 

「ふぅん、随分と肩入れするのね?」

 

「そんなんじゃないですよ、ただ……」

 

「……ただ?」

 

「いえ、なんでもないです。」

(もう、伊井野が泣く所は見たくないから……とは言えないな。)

 


 

四宮先輩の応援演説は、流石としか言えない程レベルの高いモノだった。こばちゃんの演説も決して負けているとは思わない。でも……自信に満ち溢れた微笑を浮かべ、白銀元会長が当選したメリットをこれでもかと並べ尽くした演説は大反響の結果となった。

 

「ご静聴ありがとうございました……白銀御行に清き一票を。」

 

「……続きまして、伊井野ミコさんの立候補演説です。」

 

その言葉に、ビクッと体が僅かに跳ねる……纏わりつく緊張を振り払う様に舞台へと向かうと、拍手喝采を浴びながら、舞台から降りて来る四宮先輩とすれ違う。

 

「全く、敵に塩を送るなんて……私には理解出来ないわ。」

 

「え……?」

 

四宮先輩とすれ違う瞬間、そんな言葉が聞こえて来た……でも、どういう意味か考える時間はない。舞台に上がり、演台の前に立つと……全員の視線が一瞬で集まったのを感じた。震える手で演説文を広げて視線を落とすと、演台の上に小さなメモ用紙が置いてあった……なんだろ? 四宮先輩の忘れ物……? 無意識に手を伸ばし、二つ折りにされたメモ用紙を開くと、そこにはこう書かれていた。

 

〈周りの視線なんて気にせずに、言いたい事言っちまえ。〉

 

石上の字だ……敵同士なのに、私の事を心配してこんな言葉を伝えてくれるなんて……私は俯いたまま、ギュッとスカートを掴んだ。負けない、負けたくない! でも、怖いっ……私を見る人達の目が、私を詰る人達の声が……怖くてたまらない。黙って俯き続ける私に、ガヤガヤと騒めきが大きくなる……そんな時だった。

 

〈パーーーン!!〉

 

手を叩く音が響き渡り、体育館が静まり返る……周囲を見渡すと、音の発信源は石上だった。そのまま視線を向けていると……僅かに頷く石上と目が合った。

 

負けるな、頑張れ。

 

そう、言われている気がした……気が付けば、さっきまで感じていた緊張も怖さも和らいでいた……私は演説文に視線を落とすと、すぅっと息を深く吸った。

 

「わ、私の名前は、伊井野ミコです!」

 

………

 

会長、もし伊井野が萎縮して言葉に詰まる様な事になったら……助けてやってもらえますか?

 

「……」

 

そう頼み込んで来た後輩の言葉を思い出す。

 

「……どうやら、俺の出る幕はなさそうだな。」

 

「わ、私の名前は、伊井野ミコです!」

 

声を張り上げ、真っ直ぐな目で演説文を読み上げる伊井野には……俺の手助けは不要だと確信したからな。

 


 

〈生徒会長選挙結果〉

 

白銀御行 428

 

伊井野ミコ 182

 

結果は、前回よりも票数に差が出る形となった。会長との討論演説が無かった分、伊井野の票が伸びなかったのだ。でも伊井野の……言葉に詰まりながらも、懸命に演説文を読み上げる姿を嘲笑う者は……1人も居なかった。

 

「此処に居たのか。」

 

「石上……」

 

通路の隅っこで、座り込む伊井野を見つけて話し掛ける。

 

「演説お疲れ……会長、手強かったろ?」

 

「ごめん……なさい……」

 

「……なんで謝るんだよ?」

 

「だって、石上があそこまでしてくれたのにっ……負けちゃった、から……」

 

そう言って落ち込む伊井野に近寄る。相当悔しいのだろう……唇をキツく結び、膝を抱えた伊井野の隣に腰を落とし手を伸ばす。

 

「伊井野、よく頑張ったな……偉いぞ。」

 

俯いたままの伊井野の頭を撫でる。前回の伊井野は会長に発破をかけられた事で、立候補演説を会長との討論演説という形でやり切る事が出来た。でも今回は、会長の力を借りずに演説をやり切った……票数こそ前回より少なかったけど、伊井野1人の力で獲得した票だ。謝ったり、落ち込む必要はない……そういう思いを込めて、僕は伊井野の頭を撫で続けた。

 

「ふぇ……?」

 

「……やっとこっち見たな、いつまでも落ち込むなよ。」

 

こっちを見上げたまま固まる伊井野の頭をポンポンと叩いて立ち上がる。

 

「会長が伊井野に話があるってさ、来てくれないか?」

 

座り込んだままの伊井野へと手を差し出す。

 

「は、はい……」

 

「……なんで丁寧語?」

 

僅かに潤んだ瞳で、此方を見上げて来る伊井野の手を引っ張って起き上がらせる。

 

「じゃ、行くか。」

 

伊井野の手を離して、歩き出す。伊井野の手を離した瞬間、後ろから……

 

「あっ……」

 

という伊井野の切なそうな声が聞こえた気がして振り向いたけど、伊井野は俯いたまま僕の後ろをついて来ている。気の所為かと思い直し、伊井野の歩く速さに合わせつつ僕達2人は会長達の待つ場所へと向かった。

 


 

〈伊井野邸〉

 

家に帰った私は、今日の事を振り返っていた……

 

その気があれば明日、生徒会室に来てくれ。歓迎する。

 

初めて、生徒会に誘ってくれた白銀会長……

 

明日からよろしくね、ミコちゃん!

 

天使の様な笑顔でそう言ってくれた藤原先輩……

 

四宮先輩は、保健室で休んでいたから顔合わせはまた後日になっちゃったけど……

 

伊井野、よく頑張ったな……偉いぞ。

 

「〜〜〜っ!!?」

 

胸に抱えたクッションに顔を埋めて耐える。あんなのっ……あんなのずるい! 頭に意識を向けると、あの時の感触がまだ残っている様な気がして顔が熱くなる。私はソッと石上に撫でられた部分へ自分の手を重ねた……

 

あんなに優しく撫でるなんて……石上のバカ。

 

一人きりの部屋で浮かんだ言葉は、消える事なくいつまでも胸に留まり続けていた。


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