〈生徒会室〉
ハロウィンから数日が経過した。僕は今、去年の体育祭記録をパラパラと捲っている所だ。棚の前で立ったまま資料に目を通していると、ガチャリと扉の開く音に視線を向ける。
「遅れました。頼まれていた議事録、体育祭実行委員から預かって来ました。」
「おう、伊井野。お疲れさん。」
書類を胸に抱え込んだ伊井野に言葉を返す。
「あれ……石上だけ?」
「藤原先輩は、ついさっき体育祭で使う放送器具の備品チェックに出て行ったよ。問題が無ければ、そのままTG部に顔出しに行くってさ。会長と四宮先輩は、体育倉庫の備品チェック。」
「ふ、ふーん、そうなんだ……」
(え……って事は石上と2人っきり!?)
………
その頃の体育倉庫内……
「ふふ、万が一閉じ込められたら大変ですね。」
「ははは、助けも呼べないだろうしな……」ガチャガチャガチャガチャ…ガチャ……
「……」
「……」
………
(もう! 私ったら何考えてるのよ! どうせ直ぐに先輩達も戻って来るんだからっ……でも、昨日読んだ漫画じゃ……)
だ、ダメだよ……もうすぐ皆来ちゃう……
……関係ないよ。さぁ、服を脱いで……着飾らない君を見せてくれ。
男は少女に近付くと、耳元で囁き服に手を伸ばした……
「……ッ」ドキドキ
(そ、それでそのままっ……!)
伊井野は
「……伊井野、見せてくれ。」
「えっ!? そ、そんないきなり!? も、もっと手順を踏んでからっ……」
「え、議事録見るのに手順が要んの?」
「議事録?……あっ!? そ、そうね! 今日は特別に手順は踏まなくて大丈夫よ!!」
「え、あ……そう? じゃあ、ちょっと読ませてもらうから。」
「う、うん。」
(あー! もう! 私の馬鹿!! 石上はそんな人じゃないでしょ!? だ、大体、私と石上はそんな関係じゃないんだし。そんな関係じゃ……)ズキッ
「……伊井野、どうかしたか?」
「え?……う、うぅん、何でもない!」
(……なに、今の?)
「ふーん?」
暫し議事録を読み込む……気付くと、結構な時間が経っていた。
「ねぇ、石上……白銀会長と四宮先輩、ちょっと遅すぎない?」
「……確かにそうだな。会長達は……離れの体育倉庫に行ってるらしいから、ちょっと様子を見に行って来るよ。」
「あ、私も行く! 何かトラブルが起きたかもしれないし……」
「そうだな、じゃあ行こう。」
………
〈体育倉庫前〉
「結構離れた場所にあるのね……」
「ま、此処には普段使いの物は置いてないからな。体育祭でしか使わない様な備品を保管する場所だし……」
「ふーん……あれ? 石上、コレ……」
伊井野の指差した場所に視線を向けると、ドアのスライド部分に木の枝が挟まっていた。これは、もしかして……
「もしかしたら会長達……コレの所為で出られなくなってるのかも……開けてみよう。」
「う、うん。」
「会長、四宮先輩、大丈……」ガラッ
「」
「」
ドアを開けると、マットに仰向けで横たわる四宮先輩が居た……会長に押し倒された状態で。
「」
(え、なんで会長は四宮先輩を押し倒してんの? ヤベ、邪魔しちゃった!? あーそれより、伊井野に見られたらマズイかも……っていうか、一時期会長に対する伊井野の目がキツかった原因ってもしかしてコレか!?)
この間、1秒。
「……」バタン
「え? 石上、なんで閉めちゃったの? 先輩達居なかった?」
「え? あー、その……うん、居なかったよ。」
石上は……正直に言った場合に起こる諸々を加味し、嘘を吐いた。
「と、とりあえず、生徒会室に戻るか……会長達も入れ替わりで戻ってるかもしれないし……」
「え、うん……」
「はぁ……」
(とんでもない場面を見てしまった……)
〈生徒会室〉
30分後……気まずい雰囲気を纏った会長と四宮先輩が戻って来た。
「2人共、何処に行ってたんですか?」
伊井野の質問に2人はビクッと体を震わせる……お願いですから、上手く誤魔化して下さい。
「あ、あぁ……すまない、備品のチェックに時間が掛かってな……な? 四宮。」
「え、えぇ……遅れてごめんなさい。」
「いえ、別に謝ってもらう程では……」
「そうか……石上、コレ……伊井野監査も。」
「え? あ、ありがとうございます?」
会長は2本の缶ジュースを机の上に置いた。会長の意図をよくわかっていない伊井野は、頭の上に?を浮かべながらも礼を言い缶を手に取る。
「……どもっす。」
(コレ絶対、アレだよな……)
「……石上君、何か欲しい物とかあるかしら?」
(露骨に賄賂で黙らそうとしてる……)
「特に無いっすね……」
「そう……」
「?」
………
「……今日はこれくらいにしておくか。」
備品チェックの書類に記入し終わると今日の生徒会業務は終わりだ。それ程時間も掛からなかった為か未だ日は沈んでおらず、生徒会室は朱色に彩られている。
「私は……今日はコレで。」
「あ、お疲れ様です。私も失礼します。」
未だに余裕が見えない四宮先輩と別れの挨拶を交わす……伊井野も風紀委員業務の終わった大仏と待ち合わせをしているらしく帰って行った。
「……」
「……」
現在、生徒会室には僕と会長だけ……微妙に気まずい雰囲気が漂っている。数秒、或いは数分の沈黙を破ったのは会長だった。
「その……な、違うんだよ。」
「え、何がですか?」
「その……見ただろ?」
「会長が四宮先輩を押し倒してた事ですか?」
「押し倒っ……い、いや、そりゃそう見られても仕方ないかもしれんが、アレは……」
「いや、わかってますから……アレから直ぐ戻らずに、30分経ってから来たって事はその……そういう事なんでしょう?」
「そういう事ってどういう事!? 違うから! お前が考えてる様な事はなかったから!!」
「会長……僕には隠さなくても良いんですよ?」
「隠すって何をだよ! 何かやった前提で言うのやめろ!!」
「わかってます、ちゃんとわかってますから。」
「ちょっとマジで待って!? ホントに何もなかったから!!」
必死で弁明をする会長を見ながら思う……あの状況を見られて何もなかったと言うのは、いくらなんでも無理がある……が、会長が無理矢理四宮先輩をどうこうする様な人間ではない事を僕はよく知っている。軽い冗談で、わかってます、ちゃんとわかってますから……と目を伏せながらそう言う僕に詰め寄る会長がちょっと面白くて、こんな対応を取り続けている。
「……っていう事なんだよ! これでわかってくれたよな!?」
「はい、わかりました。」ニッコリ
「仏の顔!?」
本日の勝敗、白銀の敗北
後輩に散々イジられた為
最近……普段の学校生活でつい目で追ってしまう人がいる。生徒会の仕事をしていても、風紀委員の見回りをしていても……気付くと視線を向けたり、無意識にその姿を探してしまう。
〈フレーフレー赤組!〉
校庭に響き渡る声に振り向くと、応援団が練習をしている光景が視界に入る……私達のクラスからは、麗ちゃんと石上が参加している。
〈心を燃やす、情熱の赤!〉
汗を流しながら、懸命に練習に取り組むその姿から……目が離せない。まるで、石上の周りだけキラキラと光ってるみたいで……私の目は吸い寄せられた様に、その姿を視界に捉え続けている。
「伊井野ちゃん、何してるの?」
「あ、大友さん……」
「あ、石上君だ。応援団の練習かー、凄いね。やる気満々だ!」
「うん……」
「……伊井野ちゃん?」
「なんかね、石上が光って見えるっていうか……キラキラして見えるの……なんでかなって……」
「うん? それってもしかしたらさ……石上君の事が好きだからじゃないの?」
「え……?」
「ん? だって、石上君がキラキラして見えてるんでしょ? 私聞いた事あるよ! 恋をするとね、好きな人が輝いて見えるんだって!」
「わ、私が石上を?」
「違うの?」
コテンと首を傾げながらそう訊ねる大友さんの言葉に……否定の言葉を紡ぐ事は出来なかった。
「あ……」
(そう……だったんだ。私は、石上の事が……)
そこまで考えて……ストンッと胸の中に何かが収まった気がした。とりあえず、1人になって色々考えたい……私のその願望が叶うのは、暫くしてからだった。何故なら……
「そう……みたい。」
その言葉を聞き、テンションの上がった大友さんを宥めるのに随分と時間が掛かったから。