石上優はやり直す   作:石神

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石上優は傍に居たい

〈伊井野邸〉

 

タクシーで伊井野を家まで送る……流石にこのまま伊井野を1人にするのも心配なので、タクシーから降りるとまた伊井野を抱えて玄関に向かう。さっきも思ったけど、軽過ぎだろ……普段あんだけ食ってるのに、何処に消えてるんだか……

 

「伊井野、悪い。鍵を貸してくれ。」

 

「う……ん。」

 

伊井野から鍵を受け取り、家の中へと入る。玄関で伊井野の靴を脱がせて鞄を置き、自室の場所を教えてもらう。家に着いて安心したからか、荒れていた呼吸も先程よりはマシになっている。

 

「伊井野、着いたぞ。」

 

〈Miko〉と書かれたプレートを確認してドアを開く。伊井野の部屋は、良くも悪くも伊井野らしいと言えるモノだった。法律関係の専門書や参考書などが所狭しと並べられている……でも、自室ならある筈のモノが見当たらなかった。

 

「……ん?」

 

……どうしてベッドが無いんだ? 伊井野は意外にも、敷布団派だったのか? 僕は伊井野を抱えたまま訊ねた。

 

「伊井野、布団は何処に仕舞ってるんだ? 敷くから教えてくれ。」

 

「……ない。」

 

「……は?」

 

……無い? そんな訳……だが部屋を見渡しても、四方を囲む本棚とデカイ熊のぬいぐるみしか見当たらない。

 

「じゃあ、伊井野は何処で寝てるんだよ?」

 

「……ん、そこ。」

 

僕の問いに、伊井野はヨロヨロとぬいぐるみの方を指差した。

 

「マジかお前……却下だそんなもん。」

 

絶対疲れ取れないだろ……仕方ない、リビングにあったソファに寝かせるか。僕は伊井野を抱えたまま、部屋を出て……

 

「石上待ってぇ、あのタオルケットもぉ……」

 

行こうとする寸前、伊井野に甘える様な声で止められた……っていうか、タオルケット?

 

「あんな薄いタオルケットじゃ寒いだろ?」

 

「そんな事ないもん……それにコレがないと、良く眠れないの……」

 

「へー……」

 

「子供の時からずっと一緒でね……修学旅行にも連れて行くんだぁ……」

 

生気のない瞳で此方を見上げながら、ヤベー事を口走る伊井野と目が合った……あ、コレはマズイな。早く寝かせてやらないと。

 

………

 

「う…ん……」

 

リビングのソファに伊井野を寝かせると、タオルケットの上から毛布を被せる。はぁ、やっと少し落ち着いた。あ、伊井野が本格的に寝る前に聞いておかないと……

 

「伊井野、親御さんに連絡とか……」

 

「……どっちも、仕事だから。」

 

「そうか……」

(まいったな……流石に、この状態の伊井野を残して帰るのは……)

 

「……私は、大丈夫だから。明日になったら……お手伝いさんも、来てくれるし……」

 

「でも……」

 

「ここまで送ってくれただけで、充分だから。」

 

「……」

(全く、コイツは……)

 

僕を心配させない為に、弱々しく笑う伊井野の頭をクシャッとひと撫ですると……僕は伊井野を残し家を出た。

 


 

……アレ? 此処……何処だろう? そもそも私、さっきまで何してたっけ……? まるで記憶に霧が掛かった様な違和感を感じた私は、周囲を見渡しながら歩いて行く……

 

「ミコ。」

 

「ミコちゃん。」

 

暫く歩いていると、背後から私を呼ぶ声が聞こえた……この声はっ!私は顔が綻ぶのを隠す事も無く振り向いた。

 

パパ! ママ!

 

先程まで思考を埋めていた疑問は、久々に会う両親の姿に吹き飛んだ。パパはいつも仕事が忙しくて、同じ家に住んでいるのに会う事は殆ど無い。ママも紛争地域でワクチンを配る仕事をしてるから、会えるのは一年に数回程度……私はパパとママの下へと駆け寄った。

 

……え、あれ?

 

いつまで経っても、パパとママとの距離は縮まらなかった……なんで? パパ、ママ……どうして近付けないの?

 

「ミコはしっかりしてるから、1人でも大丈夫だろう?」

 

パパ……なんで、そんな事言うの……?

 

「ミコちゃんは、1人でも大丈夫よね?」

 

え、ママ……なんで? そんな事ない……寂しい、寂しいよ……

 

パパとママは私から目を背けると、何処かへ行ってしまった……

 

待ってよ……パパ、ママ……

 

立ち止まり、項垂れる私に今度は前方から声が掛けられた。

 

「伊井野。」

 

「伊井野ちゃん。」

 

麗ちゃん、大友さん!

 

顔を上げると、中等部からの友達である麗ちゃんと大友さんが視界に映った。2人の姿を見て、ホッと安心したのも束の間……

 

「じゃあね。」

 

「バイバイ。」

 

それだけ言うと2人は、そのまま振り返る事もなく……私から離れて行く。

 

ま、待ってよ2人共! お願い、置いて行かないで!

 

2人を追い掛けて走っても、2人との距離は縮まらない……私は力無くその場に座り込んだ。

 

なんで……皆、私を置いて行くの?

 

「ミコちゃん。」

 

こばちゃん……皆が私を置いて行って……

 

「ごめんね……私も、もうミコちゃんとは一緒に居られないの。」

 

え……な、なんで!? こばちゃん!

 

「じゃあね、ミコちゃん……」

 

こばちゃん! 待ってよ、お願い!! やだ……置いて行かないで!

 

………

 

パパもママも、麗ちゃんも大友さんも……こばちゃんも、皆が私を置いて行ってしまった……

 

どうして……?

 

その疑問に答えてくれる人は、もう……

 

「伊井野。」

 

その声に、私は振り返った。

 


 

伊井野の家を出ると、僕は近くの薬局へと歩みを進めた。とりあえず、栄養ドリンクとスポーツドリンク、ゼリーやプリンといった風邪をひいた時の定番アイテムを買い込むと急いで薬局を出る。伊井野1人だったら大変だろうし、絶対無理をしそうだ。期末テストも近いから、もし風邪を拗らせた所為で一位陥落……なんて事になったらどれだけ落ち込むかわからない。僕は両手に持った袋の重さに苦戦しつつ、伊井野の家へと向かった。

 

〈伊井野邸〉

 

伊井野の家へと戻ると、冷蔵庫に買って来た物を詰め込んだ。とりあえず……今日の分と明日の朝食分くらいはあるだろう。僕は冷蔵庫の扉を閉めると、伊井野の様子を見る為にリビングへと足を向けた。

 

「う…ハァ…ハァ……」

 

眠っている伊井野は、悪夢でも見ているのか……魘され譫言を洩らしている。息を荒げ眉間に皺を寄せ、苦しそうにしている伊井野の姿に思わず歯噛みする。はぁ、伊井野のこういう顔は見たくないな。出来る事なら……泣き顔や苦しげな顔じゃなくて、笑顔で居てほしいけど……

 

「はぁ……ま…置いて……かな…で……!」

 

苦しげに呟いたその言葉と共に、一粒の雫が伊井野の頬を伝って行く……

 

「大丈夫、ちゃんと側に居るから。だから、泣かないでくれ……お前に泣かれると困るんだ。」

 

夢に魘され、不安を抱く子供の様な伊井野の容体が少しでもマシになる様に祈りながら、伊井野の頭を撫でていると……そんな言葉が口から零れていた。

 

「い……し、がみ……一緒に……」

 

「あぁ、ずっと一緒に居るよ。だから……」

 

自然と口から出た言葉に、驚く事はなかった。あぁ、そうか……僕はいつの間にか、許容量一杯まで頑張ってしまう伊井野が、小さな身体には大き過ぎる正義感を持った伊井野が……むっつりで、大食いで、誰よりも強く在ろうとする……そして、誰よりもか弱い伊井野の事が……好きになっていたんだ。

 

「早く元気になって……笑った顔を見せてくれ。伊井野に、どうしても伝えたい事があるんだ。」

 


 

石上、皆が私を置いて行っちゃうの……

 

「……」

 

黙って私を見つめる石上に、先程までの事を思い出し慌てて叫ぶ。

 

待って、置いてかないで!

 

「大丈夫、ちゃんと側に居るから。だから、泣かないでくれ……お前に泣かれると困るんだ。」

 

ほ、ホント? 石上は私を置いて行かない? 石上は……ずっと一緒に居てくれる?

 

「あぁ、ずっと一緒に居るよ。だから……」

 

その言葉の先を聞くよりも早く、私の意識は深く沈んで行った。

 


 

「……ンゥ?」

 

なんだろう? 何か……夢を見ていた様な気がする。私はソファから起き上がり、周囲を見渡した。リビングは暗く、窓の外も真っ暗だ……とりあえず、今の時間が夜という事がわかった。私は起き上がって、リビングの照明ボタンを押そうとした時……

 

「んー……」

 

「ッ!?」ビクッ

 

ソファの後ろから声が聞こえて来た。私は不安を振り払う様に、自分の体を抱き締めながら……ゆっくりとソファの後ろを覗き込んだ。

 

「ん……すぅ……」

 

い、石上!? なんで!?……あ、そういえば石上が連れて帰ってくれたんだっけ……? どうしてまだ居るかなんて、言われなくてもわかる。

 

「心配して……残ってくれたんだ。」

 

座り込んだまま眠り続ける石上の姿に、胸の中が暖かくなる。

 

「……」

 

眠り続ける石上に、目が釘付けになる。私は……ハグをされるのが好きだ。毎日クマのぬいぐるみを使って眠るのも、お姫様だっこされてるみたいで凄く落ち着くし、ぬいぐるみに体を預けて座ると……後ろからハグをされている様な感覚を味わえるから何度もやってしまう。そして、奇しくも今の石上の体勢は……クマのぬいぐるみに少し似ていた。

 

「ち、ちょっとだけ……」

 

眠ったままの石上を起こさない様に気を付けながら……私は石上に背中を向けて座り込み、ゆっくりと体を預けた。

 

「〜〜〜っ!!?」ポフン

 

お、思った以上に凄い……石上の体温とか息遣いを直に感じて、私は冷静さを失ってしまった……ううん、もしかしたら始めから冷静じゃなかったのかもしれない。普段の私なら、絶対にこんな事はしないのだから……

 

「ん、しょっ……」

 

私は体を預けたまま、石上の腕を自分の体の前に回してハグの体勢を作った。

 

「ふぁ……」

 

今まで感じた事のない多幸感に包まれ、私は有頂天になっていた。先程自分でちょっとだけと、言っていたにも関わらず……

 

「えへへ、次は……」

 

「……い、伊井野?」

 

耳元で囁かれたその言葉に、私は声無き悲鳴を上げた。

 

 

 


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