次の日……多少の体の怠さと微熱が残っていた為、私は学校を休む事となった。食欲はあったから、お手伝いさんが作ってくれた料理を完食し、枕元に石上が買って来てくれていたスポーツドリンクを備えて横になる。暫くボーっとニュース番組を眺めていると、卓上に置いたスマホがメッセージの存在を伝えて来た……私は起き上がって、スマホ画面に映し出されたメッセージの送り主を確認した。
「こばちゃん……」
〈ミコちゃん、大丈夫? 今日、学校終わったらお見舞い行くね。〉
こばちゃんからのメッセージに了承の返事を送ると、ぼふんっとソファに横になる……私は今日、こばちゃんと話をする。話の内容は……石上の事について。
「ちょっとだけ……怖いけど、でも……」
……あぁ、ちゃんと聞くよ。
そう言って、約束をしてくれた石上の優し気な瞳と……絡ませた小指の暖かさを思い出す。
「……っ!」
私はギュッと手を握り、覚悟を決めて……こばちゃんが来るのを待った。
「え、石上の事が好き? 知ってたよ?」
「えええっ!!?」ガーンッ
夕方……訪ねて来たこばちゃんを自室に招き入れ、私は意を決して話を持ち出した。放課後の教室で、麗ちゃんと話しているのを聞いてしまった事。その時にこばちゃんが石上の事が好きで、告白しようとしているのを知った事……そして、私も石上の事が好きな事。そこまで言うと、こばちゃんは眼鏡の位置を直しながら、呆れ気味にそう言った。
「で、でもっ……私、そんな素振りしてなかったよね!?」
「ミコちゃんが石上を好きになったのって、中等部の頃だよね? まぁ自覚したのは、高等部上がって2学期に入ってからだろうけど……」
「え、えぅっ……」
(バレてたー!?)
「まぁ、ミコちゃんは真面目だから勉強優先しそうだし、変な部分で鈍いトコあるし、あと……むっつりスケベだし。」
「最後! 最後だけ異議アリ!!」
「正直、いつ気付くのかなー? とは思ってたよ? ただ……私は奉心祭で告白するつもりだから、それまでは気付かれない方が良いのかなぁ……とは思ってたけど。」
「な、なんかこばちゃん……軽くない?」
私は想像していたモノと、ほぼ180度違う雰囲気と展開に戸惑いながらそう口にする。
「うーん、だって此処で私達があーだこーだ言い合ってても……最終的に誰と付き合うか決めるのは石上でしょ?」
「うっ、それはそうだけど……」
「ミコちゃん……もしかして、私と石上を取り合う事になるとか思ってた?」
「うっ……」ギクッ
「それが原因で私とケンカしたり?」
「うぅっ……」ギクギクッ
「仲違いするなんて……そんなしょーもない事考えてたの? だから最近、妙によそよそしかったの?」
「くはっ……」バタッ
「まぁ、普通はそうなるのかもしれないけどね……だけど、ミコちゃんだから。」
「……私だから?」
「うん……私と同じ、石上に助けてもらった女の子だから。それに……ミコちゃんが本当の意味で、頼って甘えられる人がいるとすれば……それは石上だと思ってたから。」
「こばちゃん……」
「私は、石上の事が好きだよ……でもね、ミコちゃんの事も……大好きなの。」
「こ、こばちゃん……」ウルッ
こばちゃんのその言葉に、視界が滲んでいく。私は唇が震えるのを堪える為、体に力を入れて耐えていると……
「でも、ミコちゃんはチョロくてザコちゃんだからねー。」
「……え?」
「中等部の頃から色んな場所でよくナンパされて、その度に私や小野寺さん、石上がお持ち帰りされるのを防いで来たけど……これからもそうなるなら、愛想尽かされちゃうよ? だから私は、ミコちゃんが石上に愛想尽かされるのを待ってようかな?」
「そ、そんな事っ……!」
「ふふ、じゃあ油断しないでね? もし、ミコちゃんが浮気して石上が落ち込んでたら……慰めて奪っちゃうから。よくあるよね? 浮気されて心が弱った時に優しくされてそのまま……みたいな?」
「そ、そんなのダメ!!」
「そう? 私的には結構熱いシチュなんだけど。」
「こばちゃんの趣味は知らないけど!!」
いつも通りの……こばちゃんとの遣り取りに、自然と頬が緩む。心の何処かで、もしかしたら……今までの様な関係には戻れないんじゃないかと、不安を感じていたから……
「……ミコちゃん。」
「……うん?」
「頑張ってね。」
「……うん!」
〈生徒会室〉
「石上くん、ミコちゃんは大丈夫でしたか?」
「あー、そうっすね……少し寝て起きたら食欲もありましたし、明日からは普通に来れるんじゃないですか?」
「そうか、それは何よりだ。」
「えぇ、本当に。」
「良かったー! 心配してたんですよねぇ……石上くん、ちゃんとミコちゃんをフォローしてあげましたか?」
僕の言葉に会長達が三者三様の反応を見せる。
「まぁ、伊井野を家に送り届けて……親御さんもお手伝いさんも居ないってんで、ついでに買い出しとかはしましたけど。」
「……ん?」
「……え?」
「へ……?」
「アレ? どうしました?」
「い、石上くん……その言い方だと、ミコちゃんと家で2人っきりだったみたいな……」
「え、そうですけど?」
「えええぇっー!!? そ、そんなっ……」
「いやだって、風邪ひいた伊井野を家に1人残して帰るとか……」
「うっ……それはそうですけど! み、ミコちゃんが寝てる隙に変な事したりしてませんよね!?」
「……変な事? 例えば?」
「例えば……ミコちゃんと同じベッドに入っていつの間にか寝てしまったり、ミコちゃんが寝てるのをいい事に人差し指で唇を触ったり……そういう事です!」
「」
「」
「する訳ないでしょ、そんな事……」
(……アレ? どこかで聞いた話だな……)
「本当ですか? ホンットーに疚しい事はしてないって断言出来ますか!?」
「藤原先輩は僕をなんだと思ってるんですか? そんな疚しい事なんて何も……」
……離したくないって言ったら、どうする?
「……ないですよ?」サッ
(くぅっ……今思い出してもイタイ事言った気がする……)
「その反応……吐いて下さい! 一体何をしたんですか!?」
「だから、何もしてませんって!」
ギャイギャイと詰め寄って来る藤原先輩を躱していると、ポケットのスマホが振動するのを感じた。スマホにはメッセージが届いており、差出人には伊井野の名前が表示されている。片手で藤原先輩をいなしながら、残った片手でスマホ画面をタップしてメッセージ内容を確認する。
〈今日、会える?〉
僕は伊井野からのメッセージに返事を返すと、挨拶もそこそこに生徒会室を出て行く。何故か、会長と四宮先輩は固まったままだったけど……
〈伊井野邸〉
伊井野は病み上がりの為、何処かで待ち合わせなどはせずに伊井野の家を訪ねる。インターホンを鳴らすと、モコモコパジャマに身を包んだ伊井野に迎えられる。
「あ、石上ごめんね? 態々来てもらって……」
「気にすんな、病み上がりだろ?」
「うん、ありがとう……石上、こっち来て。」
伊井野に連れられ自室へと案内される。風邪は殆ど完治している様で、伊井野の足取りはしっかりしていた……が、何処か緊張した様子で胸に手を置いて呼吸を整えている。伊井野の話をちゃんと聞くと約束したんだ……どんな話だろうと、しっかりと受け止めよう。
「あ、あのね……そのっ……」
不安を押し殺す様に、言葉に詰まりながら辿々しく言葉を繋いでいく伊井野を見守る。
「わ、私っ、石上の事が……好きなの! だ、だからっ……だから私と……!」ギュッ
「……ッ!」
伊井野が縋る様に抱きついて来た。僕は伊井野の肩に手を置いて、少しだけ体を離す。
「あ……」
体が離れた事で悪い結果を連想したのか、伊井野は泣きそうな顔で瞳を揺らす。
「伊井野……大丈夫だ、ちゃんと側にいるから。だから、泣かないでくれ……お前に泣かれると、困るんだ。」
「え……石上、それって……」
(夢で……石上が言ってくれた言葉……)
「僕も……伊井野が好きだよ。だから、ずっと隣に居て欲しい……僕がずっと守るから。」
僕は伊井野の手を取ると、片膝をつき……視線を合わせた。
石上優が数秒後……恥ずかしい行動を取った事に、然したる狙いがあった訳ではない。ただ……前回の人生と合わせても、自身の想いを告げて受け入れられた事も無ければ……想い人から想いを告げられた事もないのである。一言で言うのなら、現在の石上優は……
「……ッ!」
(い、伊井野が僕の事を……好き!? ヤバい……すげぇ嬉しい! あ、伊井野にだけ告白させるなんてダメだよな。僕も……くっ!? ちょっと離しただけでそんな顔しないでくれよ!……あぁもう、可愛いかよ!!)
冷静にポーカーフェイスを気取ってはいるが、その内面のテンションは天井どころか、天上レベルにまで上がり切っていた!故に……
「……約束する。」
黒歴史確定のキザな行動が実現する事となる。
「あ……」
気付いてたら僕は……伊井野の左手の薬指に口付けをしていた。軽く触れるだけの……先程口にした言葉を生涯守ると誓う為の……大切な、儀式の様な意味を持った誓いの口付け……視線を上げると、顔が真っ赤になった伊井野と目が合った。
「ア…ア……」
「……あ。」
(や、やらかしたあああっ!!?)
想い人から告白され両思いだった事が判明した石上優! つまり、今ならどんな告白をしても許される可能性大!! 石上のブレーキは度重なる摩擦に磨耗状態……謂わば理性と羞恥のフェード現象を引き起こしていた!! 一瞬で自身のどちゃくそイタイ行動を自覚し、驚愕する石上! しかし、その告白を真正面から受けた伊井野ミコには……
「ア…ア……」
(は、はわあっ!? こ、こんなお姫様を守る騎士みたいな事をしてくれるなんて! はうぅっ…ど、どうしよう……好きって気持ちが溢れてっ……)
どストライクだった。
「い、伊井野、今のはっ……!」
(やべっ……引かれたか!?)
「石上っ……」ダッ
「っと!?」
飛びついて来た伊井野を受け止める。伊井野はグリグリと僕の胸板に額を擦り付けると、此方を涙目で見上げる。
「ずっと一緒? ホントに? ずっと一緒に居てくれるの?」
「あぁ、ずっと一緒に居る。ずっと隣で伊井野を支えて、守り続けるよ……約束したろ?」
「……うん!」
僕と伊井野は時間が許すまで……お互いを抱き締め、寄り添い合い、離れる事はなかった。