〈生徒会室〉
会長選挙から1週間が経過した。1週間前……白銀会長に敗北した私は、その日の内に生徒会へとスカウトされ、生徒会役員会計監査として生徒会業務に従事する事となった……とは言っても、会計である石上が作る書類とデータには誤りが殆ど無い為、会計監査としての仕事や負担はあまり無いのが現状だ。
「あれ? まだ誰も来てないんだ……」ガチャッ
今日は珍しく、私が1番乗りらしい……私は皆が来るまで勉強していようと、机の上に勉強道具を広げてノートにペンを走らせる。暫し集中していると、カサカサという妙に耳障りな音が足元から聞こえ、私は視線を落とした。
「……?」チラッ
「じょうじ」カサカサッ
※実際には喋ってません
「」
………
「おう、石上。」
「あ、会長、おつです。」
生徒会室に向かう途中、トイレから出て来た会長と鉢合わせた。
「あぁ、石上も今から生徒会か?」
「はい、会長もですか?」
「あぁ、まだ忙しくなるのは少し先だが……余裕がある内に終わらせられる仕事は終わらせておきたいしな。」
「そうですね、11月には体育祭……それが終われば、文化祭の準備に追われますからね。」
「初めてで大変な事もあるだろうが、石上……頼りにしてるぞ。」
「ハハハ、任せて下さい。」
(一度同じ経験をしてるから、前よりは効率良く準備出来るだろうし。)
会長と話しながら歩き、生徒会室のドア前にたどり着いた頃……
〈ひゃあああっ!?〉
室内から女子の甲高い叫び声が聞こえて来た。
「この声はっ……」
「伊井野です!」
「伊井野監査、何があった!?」ガチャッ
会長は勢いよくドアを開けると、室内にはソファに両足を上げ膝を抱えた状態で座る伊井野の姿があった。まるで、足が床に触れてはいけないという強迫観念に苛まれている様な雰囲気だ。
「あ、足っ…足元っ……」ビクビクッ
伊井野は震える手で、会長の足元を指差して答える。自然と僕と会長の視線も下へと向く、すると其処には……
「じょうじぃ!」カサカサッ
※喋ってません
「」
「げっ!? ゴキブリ!?」
「い、石上! 早くなんとかしてよっ!」
「な、なんとかって言ってもな……会長、どうします?」
(ダメだ、後輩達の前で気を失うなんて……無様な姿は晒せない!)
「……ッ!!」ブチィ
白銀、自ら舌を噛み意識を保つが……
「石上、伊井野監査が先日没収したファッション雑誌が其処にある……それでぶっ叩け!」
さらっと石上にゴキブリ駆除を押し付けているあたり、白銀は狡かった。
「わかりました! 会長は、死骸の片付けお願いしますね!」
「えっ……」
予想外のセリフが飛んで来た……みたいな顔をする会長から意識をゴキブリへと移す。僕は雑誌を丸めると、壁によじ登るゴキブリと距離を詰め、フッと息を吐いて、僕は雑誌を振り上げた。
「ダメーッ!!」ガバァ
「藤原先ぱっ……!?」パコーン
突然現れた藤原先輩は、叫びながら僕とゴキブリの間に割り込んだ。ゴキブリへと振り下ろす筈の雑誌は、藤原先輩の脳天へと直撃した……
「あいたぁっ!?」
「藤原先輩!?」
「ゴキブリを庇っただと!?」
伊井野と会長は信じられないという表情で藤原先輩を見る……勿論、僕も信じられない気持ちで一杯だし、そもそも庇う意味がわからない。
「ちょ、何してるんですか、藤原先輩!?」
「慈悲深きヒロインとして、目の前で起こる殺生は見逃せません!」
「ゴキブリ庇うヒロインとか聞いた事ねぇよ!」
「何アホな事言ってるんですか!? 藤原先輩、早くどいて下さい!」
「前も言いましたけど、ウルシゴキブリさんは害虫じゃありません、無益な殺生は控えて下さい! ミコちゃんもそう思いますよね!?」
「えぇっ!? で、でも……その……」
流石の伊井野でも、この藤原先輩の言葉には賛同出来ないらしい……まぁ、当たり前だけど。
「じょうじいいぃっ!!」ブウウウゥン
※何度も言いますが喋ってません
「ひゃあああぁっ!?」
「飛びやがったあああっ!?」
壁に止まっていたゴキブリは、ブーンと羽根を高速で動かして制空権を獲得した。自分達に向かって飛んで来るゴキブリ、という衝撃的な光景を見た伊井野と会長は声を上げて跳び退る。
「石上ぃ! 早くなんとかしてよぉっ!」
伊井野から泣きそうな声で叱責が飛んで来る。
「わ、わかった、わかったから、とりあえず口は閉じとけ!」
空いた口にゴキブリが飛び込む光景なんて、死んでも見たくない。
「ヒッ!?」
「ッ!?」
僕の言葉の意味を理解したのか、伊井野と会長は口元を手で覆い隠して後退る。
「じょうぅじいぃぃぃっ!!?」バッサァ!
※喋ってません(多分)
「んむっー!?」
「ぐっ!?」
「クソッ! 好き勝手に飛び回りやがって……!」
僕は雑誌を丸め、構え直すと……
「やらせません! やらせませんよぉ!?」ガシッ
またしても藤原先輩の邪魔が入る。藤原先輩は、背中から両手を回し抱き付いて僕の動きを封じに掛かる。
「ちょっ!? 藤原先輩、マジでいい加減にして下さい!……ッ!? あと距離感! 少しは距離感考えて下さい!」
「藤原は何がしたいんだよ!?」
「むむぅーっ!」
最終的に……藤原先輩が1学期の時と同様、ゴキブリを素手で捕まえて外に逃がす事で……事態は一応の収束を見せた。
「あー、疲れた……」
「うぅ…グスッ……」
「何はともあれ、一件落着ですね!」ポンッ
「……藤原先輩、手洗いました?」
「え? なんでですか?」
「……」
(ないわー……)
………
「こんにちは……あら? 皆さん何かあったんですか?」
「四宮か、いや……」
「別に……」
「うぅ、怖かった……」グスッ
「今日も良い事しました!」ニパー
「?」
………
一方その頃、秀知院学園近くの森……
(リボンの少女よ、この恩は……一族総出で必ず返すと約束しよう。)
藤原の所業で最悪なフラグが建ったのだった。
〈生徒会室〉
「私のお饅頭を食べた犯人は誰ですか!?」
先日のゴキブリ騒動から数日後……藤原先輩は空になった箱を突き出しながら、机を隔てた僕達を糾弾した。
「私が生徒会室から席を外していた20分の間に、私のお饅頭が何者かに食べられていました。つまり、犯人はその間に生徒会室を訪れた会長、かぐやさん、石上くん、ミコちゃん……この4人の中に居る筈です!」バンバンッ
机を叩きながら、藤原先輩は探偵じみた発言をする。食べ物の恨みは恐ろしいと言う事か……
「藤原先輩、饅頭くらいでそんな……」
「石上くん……お饅頭の粉が制服の袖に付いてますよ?」
「っ!?」バッ
藤原先輩の発言に思わず袖を確認した……してしまった。
「……もちろんウソですけど、間抜けは見つかった様ですね?」
「ぐっ!?」ガクッ
藤原先輩の発言に僕は片膝をついて項垂れる……というか藤原先輩、I.Q上がってね?
「……石上君、そんなにバレたくなかったの?」
「違うぞ、四宮。石上は藤原にしてやられたのがショックだったんだろ。」
「あぁ、なるほど……」
「……いや、待って下さい。確かに饅頭は食べましたけど、自分の分一個だけです。」
「へぇ……じゃあ、他にお饅頭を食べたのは誰ですか?」
「……黙秘します。」
「そうですか……ミコちゃんは知らない? 私の粒餡饅頭を食べた犯人……」
「え? あのお饅頭はこしあんの筈……ハッ!?」
「アホかお前は……」
「い、石上だってさっき引っかかってたでしょ!」
「……犯人は見つかった様ですね。まさか、風紀委員であるミコちゃんだったなんて……」
「ふ、藤原先輩待って下さい! 私が食べたお饅頭も一個だけで、藤原先輩の分は食べてません!」
「なるほど……会長、かぐやさん、お饅頭は美味しかったですか?」
「ほう?……何故、俺達2人も饅頭を食べたと?」
「……」
会長は少し挑戦的に、四宮先輩は黙って藤原先輩の言葉を待つ。
「お饅頭には渋めのお茶です。そして……会長とかぐやさんの前にはお茶の入った湯のみが1つずつ……言い逃れは出来ませんよ!」バンバンッ
「……あぁ、確かに俺も饅頭を1つ食べた。四宮が茶を淹れて勧めてくれてな。」
「……かぐやさん、そうなんですか?」
「……えぇ、確かに私がお茶を淹れて会長に食べる様勧めて一緒に食べました。でも、藤原さんは既に1つ食べていたので、問題無いと思ったんですけどね。」
「え?」
「え?」
四宮先輩の言葉に、会長と伊井野は……食ってんじゃん、という表情で藤原先輩を見た……当然僕も見た。
「犯人は全員じゃないですか!! あのお饅頭はTG部で貰って来たモノで、私がオヤツとして食べる為に持って来たんですよ!!?」
「え?」
「は?」
「えぇ……」
「うーっわ、すっげぇ強欲……」
(全部1人で食べるつもりだったのか……どんだけ食い意地張ってんだ、この人……)
「なんですか、強欲って!? そもそも、他人のお饅頭勝手に食べたらダメでしょー!!」
「それに関してはさーせんでした。」
本日の勝敗、藤原以外の敗北
藤原以外、全員犯人だったから。