つばめ先輩が秀知院を去る卒業式当日……不思議と僕の心は穏やかだった。つばめ先輩に振り向いてもらう為、そして釣り合う男になる為に自身の研鑽に明け暮れた日々……三学期の期末テストでは、目標にしていた50位内に入る事が出来た。やれる事はやった……残るは卒業式の後、つばめ先輩に告白するだけだと自分を鼓舞した。だけど、結果的に僕の初恋は成就する事はなかった。つばめ先輩は……いつも優しい笑みを浮かべていたその瞳から、大粒の涙を流して僕に言ったのだ。
ごめんなさい
優君は悪くない
私が臆病だから
涙ながらにそう話す彼女を見て僕は、振られた事よりも……いつも太陽の様な笑顔を浮かべていた彼女を泣かせてしまった事が、何よりもショックだった。両手で目をこすり、それでも溢れる涙を止められない彼女を僕は……只々見ている事しか出来なかった。
3月の事故から2年前の4月に逆行しても……その事に関してどうこうする気持ちは少しも湧かなかった。大泣きする程……不安で、悩んで、苦しんで、罪悪感を感じて、その全てを一身に受け止めた……つばめ先輩が伝えてくれた告白の返事を無かった事にする様な行動を取る事は……どうしても出来なかった。それでも、つばめ先輩と別れる寸前……1つだけ言えた事がある。
それは、心からの本心……つばめ先輩を好きになって良かった。
その言葉を聞いて更に号泣する彼女を慰めながら、不意に見上げた夜空は……いつもと変わらずに僕達を見下ろしていた。
………
「……上、石上! 大丈夫?」
「ん、あぁ悪い……ボーッとしてた。」
「何処かで休憩する?」
「いや、大丈夫。」
「でも……」
「こばちゃん、こばちゃん! 見て、りんご飴アタリだからってもう一本もらっちゃった!」
「りんご飴で……」
「アタリ棒?」
走って来た伊井野の発言に僕と大仏は困惑する。
「うん、買ってすぐ食べたら棒にアタリって書いててね。もらったの!」
「すぐ食べたのか……」
「よくあの短時間で食べられたね、ミコちゃん。」
「人をそんな食いしん坊みたいに言わないで!」
(いや、そんな可愛らしい言い方じゃなかっただろ。)
(ミコちゃんは、食いしん坊よりは大食漢って言った方がしっくりくるかなぁ……)
「石上……はい。」
「え?」
「は、早く受け取りなさいよ。」
「ミコちゃんが人に……」
「食べ物を渡すなんて……」
「ちょっと! 2人共何よそれ!」
「だって……なぁ?」
「うん、ミコちゃん一体どうしたの?」
「……お礼。」
「え? 伊井野なんて?」
「だからっ! お礼! 風紀委員の事とか、中庭の時とか……」
「……そっか、じゃあ有り難く頂くよ。」
「ん。」
伊井野は顔を伏せたまま、りんご飴を差し出す。落とさないように気をつけながら受け取り、そのまま一口食べてみる。カリッという音と共に、口の中に甘みが広がった。
「甘いな……」
「当然でしょ、りんご飴なんだから。」パーン
伊井野の言葉に被せる様に、頭上から破裂音が響いた。
「あっ……」
「花火……」
「もうそんな時間になってたのか。」
1つ目の花火を追いかけるように、次々と花火が打ち上がる。まるで……真っ黒なキャンバスに大輪の花を描く様な幻想的な光景に僕達は只々空を見上げていた。30分もしないうちに最後の花火が舞い上がり、パラパラと火花が落ちる音が聞こえる。全ての花火が散り終える……それは帰路に着く合図だ。
「そろそろ帰るか、伊井野食べ残したモノとかないな?」
「なんで食べ物限定なのよ! もう無いわよ!」
「そりゃ、あれだけ食べたらね……」
「こばちゃんまで! まだ腹八分目くらいだもん!」
「えー……」
「うわぁ……」
「何よもう!」
軽口を伊井野や大仏と言い合いながら帰路に着く。あの時に見上げた夜空も……今日の夜空も変わらないけれど、僕はアレから色々と変わる事が出来たと思う。巻き戻った時間を生きて、少しずつ自分を変えて、心残りを少しずつ無くして、未来に待つ悲劇を無くしたくて僕は……
「石上、ボーッとし過ぎ。」
「どうしたの?」
前を行く2人の呼び掛けに答える。
「なんでもないよ、帰ろうか。」
もうすぐ夏休みが終わる……新学期が始まれば、荻野の件に決着をつける時が来る。その為の準備も、策も用意した。足りないモノは、ほんの少しの勇気だけ……
お前はおかしくなんてない
次は負けちゃダメよ
会長と四宮先輩の言葉を思い出した僕に、足りないモノは無い。