〈藤原家〉
「じゃー、姉様が石上先輩の事が好きって自覚したのは良いとして……」
「違いますぅー! だから私は……ハッ!」
その瞬間、藤原の脳裏には生徒会解散の日……ファミレスで石上とした、ある遣り取りが浮かび上がっていた……
藤原先輩……書記なのにそのミスはヤバくないっすか? コレホント一生イジりますからね
一生イジりますからね
一生……
「待って萌葉、寧ろ……石上くんの方が私の事を好きなんじゃないですか?」
「何その物凄い拗らせた発言……」
「ちゃんと理由もあります! いいですか!?」
「……って事でしょ!?」
「拗らせてるなぁ……」
(なるほど、わかんない。)
「そうと決まれば……先ずは事実確認から行きましょう!」
「え? 決まっちゃったの?」
〈生徒会室〉
「藤原の様子がおかしい?」
11月の目玉イベントである体育祭も無事終わり、秀知院学園は3週間後に控えた奉心祭に向けて動き始めていた。それは生徒会も例外では無く、今は会長と僕の2人が生徒会室に缶詰状態で書類業務に精を出している。
「いや、わかります。藤原先輩はいつもおかしいって言いたいんですよね? それはちゃんとわかってるので、とりあえず話を聞いて下さい。」
「俺はそこまで言ってないぞ……まぁ、わかった。とりあえず話を聞こう。」
「はい。最初に違和感を感じたのは、体育祭の時なんですけど……」
………
〈体育祭当日〉
〈続きまして……次は各クラスの代表者による100m走です。代表者の方達は、指定の位置に集まって下さい。〉
校庭にアナウンスが流れる。僕は椅子から立ち上がると、指定の位置へと向かって歩き出した。
「あ〜、もしかして君が石上くん?」
背後から掛けられた声に振り返ると……おっとり系の女性が此方を見ていた。大学生くらいだろうか? 何処と無く、誰かに似ている気がする。
「え、はい。確かに石上は僕ですけど……」
「やっぱりだぁ、写真で見た通りだからすぐわかったよぉ。始めまして〜、千花ちゃんのお姉ちゃんの豊実です。千花ちゃんが良く話題にしてるから気になってたんだ〜。」
「……話題に? 愚痴とかそういうヤツですか?」
(藤原先輩の姉か、確かに似てる……というか最近、藤原先輩関連の人と良く会うな。)
「う〜ん、アレは愚痴って言うよりは惚気……」
「姉様! こんな所で何してるんですか!?」
藤原先輩のお姉さんと話していると、藤原先輩が焦った様な顔で割り込んで来た。
「あ〜、千花ちゃん。別に変な事は話してないよ? いつも千花ちゃんが石上くんの事話してるって事くらいしか……」
「十分変な事話してるじゃないですか!? その話はいいですから! ほら、石上くんは今から100m走なんですから、邪魔しないで下さい!」
「え〜? もうちょっとお話したかったけど、仕方ないね〜。石上くん、100m走頑張ってね。」
「あ、はい……それじゃあ、失礼します。」
………
「……っていう事があったんですけど、僕の聞き間違いじゃなかったら惚気って聞こえたんですよね。藤原先輩が僕の話題で愚痴るならともかく、惚気るなんて変だと思ってその時は聞き流したんですけど……」
「……なるほど。だが、それ1つだけでは無いんだろ? 藤原の様子がおかしいと思った理由は。」
「はい、それから数日後の事なんですけど……」
………
〈生徒会室〉
その日は、四宮先輩は部活、伊井野は風紀委員、会長はバイトで生徒会室には僕と藤原先輩だけでした。本来なら会長と四宮先輩が居ない時点で、生徒会は休みですから僕も休んで問題は無かったんですけど……体育祭で使った備品のデータだけでも打ち込んでおこうと思って、立ち寄りました。因みに藤原先輩は、ただ単に生徒会が休みなのを忘れて来ただけでした。
「……」
パソコンにデータを打ち込んでいると……コトッという音で集中力が途切れました。隣を見ると、藤原先輩がコーヒーカップを机の上に置いている所でした。
「コーヒーです! 石上くん、ちょっと休憩しませんか?」
「あざっす、じゃあ……いただきます。」
「はい! クッキーもありますよー!」
「準備良いっすね。」
「も、モチロンです! 疲れた頭には、やっぱりお菓子ですからね!」ソワソワ
「まぁ、そうっすね……藤原先輩は、座らないんですか?」
「す、座りますよ? 当たり前じゃないですか!? 私を座らせられたら大したモンですよ!」
「……何言ってんですか?」
「な、なんでもないですよ!? ふぅ、今日は暑いですねぇ……」ストン
「肌寒いからコーヒーを淹れてくれたんじゃ?」
(なんで隣?……別にいいけど。)
「そ、そういえばそうでしたねー……」チラッ
(とりあえず、1つ目はクリアですね!)
「……?」
……人間にはパーソナルスペースというモノが存在する。一般的に男性は前方が広く、左右のスペースが狭いと言われている。(女性は自分を中心とした円形状)その為、男性が女性に隣へ座られた場合に取る行動パターンは2つ……
離れて座り直す→不快に感じる、警戒している
気にせず座り続ける→気を許している
という事である。
「……っ!」ドヤァ
(ふ、ふふーん! まぁ、わかってましたけどね! 石上くんが私に気を許してるって事は!)
「……」
(この人、なんでドヤ顔してんの?)
「すぅ…はぁ……」
(よし! 次はアレを試しましょう!)
「……藤原先輩?」
「……か、かぐやさんが淹れてくれる紅茶も美味しいですけど、こんな寒い日はコーヒーも良いものですね!」
「さっき暑いって言ってませんでした?……まぁそれに関しては同意見ですけど。」コトッ
(今です!)
「そ、そうですよねー!」コトッ
「……?」
「……っ!」ソワソワ
「藤原先輩……さっきから何をそわそわしてるんですか? 滅茶苦茶気になるんですけど……」
(急にドヤ顔したり、チラチラ見て来たりするし……)
「えっ!? 別にそわそわしてないですけど!?」
「いや、滅茶苦茶してるじゃないですか。」
「してません!!」
「いや、でも……」
「もうー! そわそわしてる本人がそわそわしてないって言ってるんですから、そわそわしてないって事で良いじゃないですか!!」
「えぇ……斬新な言い訳。わかった、わかりました。藤原先輩はそわそわしてません。」
「わ、わかれば良いんですよ! ほらっ! 早くコーヒー飲んじゃって下さい!」
(……? 特に変な味もしなかったし、イタズラで何かを入れたって訳でもないんだろうけど……まぁ、折角淹れてくれたんだしな。)
「ふぅ……ご馳走様です。」コトッ
「っ!!」
気になる異性との距離感を測る方法に、グラステクニックというモノがある。先ず自分のグラスを相手のグラスの側へ置き、相手がグラスを何処に置くかで自分と相手の心の距離を測るという方法である。もし相手が自分のグラスの近くにグラスを置いたなら、それは自分との心の距離が近い事を表しているのである。
(さっきと同じくらいの場所! いや、寧ろ……ちょっと近いくらい?……もう! 素直じゃないですね、石上くんは!)
素直じゃないのは藤原自身である。
「えへへへー!」ニコニコ
「……藤原先輩?」
(今日は特に表情がコロコロ変わるな……)
「なんでもないですよー!」ニコニコ
………
「……っていう事があったんですよね。会長はどう思います?」
「あー、そうだなぁ……」
(藤原……石上の事、滅茶苦茶意識してんな。)
白銀は察した。それもその筈、藤原が行なったパーソナルスペースやグラステクニックを利用した恋愛テクニックは、白銀自身が既に四宮かぐやに対して実行済みのモノである。相手があの四宮かぐやである為、満足の行く結果には至らなかったが、話を聞く限り藤原が石上に対して好意を抱いているのは明白であった。
「四宮に聞いて見るのはどうだ?」
「……四宮先輩に?」
「あぁ……藤原と1番付き合いが長いのは四宮だし、此処で結論を出すには少し情報が足りないと俺は思う。」
「確かに……そうですね。」
「今度時間が取れる時にでも聞いて見ると良い。結論を出すのは、それからでも良いだろう。」
「わかりました。とりあえず今度、四宮先輩に相談して見ます。」
「あぁ、それが良い。」
〈藤原家〉
「萌葉ー! 聞いて聞いて!」
「姉様、どうしたの?」
「あのね、やっぱり石上くんは私の事好きですよ! だってね? 隣に座っても離れませんでしたし、グラスなんて最初の位置より近くに置いたんですよ? これはもう、そういう事としか思えないですよね!」
「……そっかー、じゃあ両思いだねー。」
「わ、私は違いますけどね!? 石上くんからの一方通行です!」
「……ふーん?」
(そんな些細な事に喜んでる時点で、石上先輩の事が好きって自白してる様なもんなんだけどなぁ……そうだ!)
「ま、まぁ? 石上くんがどうしてもって言うなら……」モジモジ
「……姉様がそういう感じなら、私が石上先輩を狙っちゃっても問題無いよね?」
「……え?」
「年上って良いよねー! 優しそうだし、頭も良いって聞くしー? また今度高等部に行って……」
「だ、ダメです!!…………あっ!?」
「……んふふ、ねぇ姉様? 何がダメなの? ん?」
「そ、それは、そのぉ……」
「ねーねー、何がダメなのー?」ツンツン
「あうぅっ……」
「ただいま〜……あ、また萌葉ちゃんが千花ちゃんイジメてる〜。」
「ね、姉様! そうなんです! 早く萌葉をなんとかしてっ……」
「私も混ぜて〜?」
「」
「良いよー! 聞いてよ豊姉様、あのねー?」
「うああぁーん!? 味方が全然居ませんー!?」
本日の勝敗、藤原千花の敗北
姉妹間でイジられキャラが定着しつつある為。