〈生徒会室〉
「じ、じゃあ……いきますよ!?」
「は、はい!!」
3学期に入って数日が経ったある日の放課後、僕と藤原先輩は……夕陽が射し込む生徒会室で向かい合っていた。お互いが気まずそうに顔を逸らし、少しずつ2人の距離が縮んで行く……
「……」ジリッ
「……ッ」ピクッ
「……ゴクッ」ジリ…
「ッ! お、おりゃー!!」ゴツン
「ぐはっ!?」
藤原先輩との距離が徐々に近付き、ゼロになろうとした瞬間……僕は顎に走った衝撃に仰け反り倒れ込むと、痛みと共に転げ回る羽目になった。
「〜〜〜っ!!?」ゴロゴロゴロ
「あ……ご、ごめんなさぃ」
「もうやだこの人ぉ! 的確に顎を狙って来る!」
「わ、わざとじゃありませんよ!? 不可抗力……そ、そう! 不可抗力です!!」
「不可抗力です!!……じゃねーんですわ! 何処の世界に自分の彼氏にヘッドバットブチかます女が居るんですか!? 一回ならまだしも、何回頭突きすれば気が済むんですか!」
「あ、あんなに鼻息荒く近付かれたら、誰だって怖いに決まってるじゃないですか!」
「鼻息なんて荒くしてねーんですわ!」
「でも生唾は飲んでましたよね!? あれもちょっと怖かったんですけど!?」
「それに関してはすいません!!」
僕と藤原先輩が付き合う様になって、1ヵ月という時間が過ぎた。1ヵ月という時間は厄介だ……何故なら1ヵ月という時間が経つと、殆どのカップルが初キスを済ませてしまっているからだ。僕自身は別に焦る必要は無いと思ってる(別にヘタレているとかじゃない)が、藤原先輩はそうは思っていなかったのだ……
「……」
「……」
更には藤原先輩相手だと、そういう雰囲気になりづらいという理由もある。僕自身も今までふざけ合って来た相手である、藤原先輩との恋人としての距離感……というモノを未だに計りかねていた。
「今日の所は帰りましょうか……」
「はい……」
結局……僕達は手を繋ぐ程度のスキンシップしか出来ないまま、1ヵ月の時間が経過していた。
〈藤原家〉
「えー!? 姉様ったら、まだ出来てないの!?」
「うぐっ……だ、だって仕方ないでしょ!? いざその時になると、緊張とか怖いのが先に来ちゃうんですもん!」
「姉様のヘタレー」
「ヘタッ!? そ、そもそもの話! 私は全然気にしてなかったのに、萌葉が変に焦る様な事を言うからでしょ!?」
「えー、私の所為なの?」
「だってそうでしょー!?」
………
数日前……
「ねー姉様、ちょっと聞きたいんだけど…… 」
「んー、なんですかぁ?」ゴロゴロ
「姉様が石上先輩と付き合う事になって1ヵ月くらい経ったよね? って事は、もうキスとかしたの?」
「キッ!? ど、どうですかねー? そういうのは人に言うモノじゃないですから……」
「あー……その反応でわかっちゃったから、もう言わなくてもいいや……」ハァ…
「ちょっと萌葉! なんですかその感じは!? 付き合って1ヵ月なら、まだキスしてないくらい普通ですから!」
「えー? でも1ヵ月経ってもキスをしなかったカップルは、1ヵ月でキスをしたカップルに比べて破局率が数倍高くなるって雑誌に書いてあったよ?」
「えぇっ!?」ガーン
………
「あんな事言われたら焦るに決まってるでしょ!」
「ごめんね、ヘタ姉様……」
「誰がヘタ姉様!?」ガビーン
萌葉は少し前から……まるで新しいオモチャを手に入れたみたいに、私を揶揄う様になってしまいました。酷い時には姉様と協力して私をイジって来るその姿に、将来が心配になってしまう程です……このまま舐められっぱなしで良い訳がありません! わかりました、やってやりますよ!! そう思い立った私は外出用の服に着替えると、財布とスマホだけを持って部屋を出て行きます。
「あれ? 姉様、何処か行くの?」
「ちょっと気合入れて来ます!」バタンッ
「……気合?」
次の日の放課後……僕は中庭で仰向けになり、茜色の空を見上げていた。暫くボーっとしていると、隣で同じ様に空を見上げている会長から声が掛かる。
「石上、それで相談というのは? 藤原が怒ってたのと何か関係あるのか?」
「はい、実はさっき……」
………
〈生徒会室〉
「石上くん! 今日こそはやりますよ!」
「そ、そんなに気合を入れなくても良いんじゃないすか? 急いては事を仕損ずると言いますし……」
(また頭突きされるのもアレだし……)
「わ……私は石上くんの彼女なんです! いつまでも怖いって理由で、好きな人とキスも出来ないなんて私は嫌です!」
「藤原先輩……」
「……ッ」
「……わかりました。じゃあ……しますよ?」
(彼女にここまで言われてしないなんて男らしくないよな。此処は男らしく、僕の方から……)
「はい、どうぞ!」ギュッ
藤原先輩は力強く目を瞑り、スカートの端を両手で掴むと、直立不動で僕の動きを待つ。僕は藤原先輩の前まで歩み寄ると、スゥと呼吸を整える。覚悟を決めろ、石上優。恋人らしく、男らしく……僕なら出来る筈だ。
「……」
(僕なら……)
「……ッ」
「………………」
「……石上くん?」
「藤原先輩、ちょっと聞きたいんですけど……昨日の晩御飯は何を食べました?」
「気合のラーメンです!!」
「アンタ正気ですか!? どーりでなんかニンニク臭いなぁと思いましたよ! んなニンニク臭い口にキスなんて出来る訳ないでしょーが!」
「に、ニンニク臭いって、乙女に向かってなんて事を言うんですか!?」ガーンッ
「じゃー聞きますけどね!? 藤原先輩は僕がニンニク食った口でキスしようっつっても受け入れられるって言うんですか!?」
「出来る訳ないでしょー!? 石上くんはもうちょっとデリカシーってモノを学ぶべきです! 乙女の唇を何だと思ってるんですか!?」プンスカ
「頭おかしいこの人」
………
「……って事があったんです」
「あー、だから藤原は怒ってたのか……」
(四宮と伊井野を連れて行った所為で、今日の生徒会は休みにする事になってしまったが……なるほどな、石上達には石上達の悩みがあるという事か)
「コレって僕が悪いんですか? 会長はどう思います?」
「うーむ、それは流石に藤原に非がある気がするな。キスの時に相手の口からニンニク臭がするのは、俺もちょっと勘弁してほしいと言うか……」
「そうっすよね!? 餃子やラーメン食う度に、そん時の事を思い出す羽目になる僕の気持ちも考えるべきっすよね!?」
「そ、そうだな……」
(藤原さぁ……)
〈ファミレス〉
「それで、何の説明も無いまま此処まで連れて来られた訳ですけど……藤原さん、石上君と何かあったんですか?」
「はい、実はさっき石上くんが……あ、先に注文しておきましょう!」ポーン
「お待たせしました。ご注文を承ります」スッ
「私はティラミスとカフェモカをお願いします!」
「私は……ショートケーキとダージリンを」
「えと、じゃあ私は……」
………
「お待たせしました。ティラミスとカフェモカ、ショートケーキとダージリン……最後に、牛丼大盛りの紅生姜限界乗せになります」コト、コト、ゴトトンッ
「わぁ、来ましたねー! 美味しいデザートと楽しいお喋り……これこそが女子会の醍醐味ってやつですよね!」
「1人だけ部活帰りみたいな人居ますけど……」
「こ、これはっ……今日は家政婦さんが来ない日なので、此処で晩御飯を食べて行くだけで! 別に毎日こんなに食べてる訳じゃっ……!」
嘘である。確かに家政婦さんは来ないが作り置きはあるし、何なら帰った後も晩御飯を食らうつもりの大食漢である。
「そ、そんな事より! 藤原先輩、石上と何かあったんですか?」
「あ、そうなんです! 2人共聞いて下さいよ! 石上くんったら、酷いんですから!」
………
「藤原さん……」
「藤原先輩……」
「え、何ですかこの感じ? まるで私に非があるみたいな空気ですけど……?」
「みたいでは無く、貴女が悪いわよ」
「えっ!?」
「わ、私も四宮先輩の意見に賛成と言うか……」
「ミコちゃんも!? 何でですか!?」ガビーン
「そ、それは……」
「……ふふ♪」
かぐやは僅かに微笑みながら、伊井野へと詰め寄る藤原の姿を眺める。それは、中等部の頃から親交を続けて来た親友の……普段は見られない一面を見た事により生じた感情か、はたまた……
「……」ドヤッ
(それにしても……藤原さんも案外子供なのね。石上君と付き合い始めて1ヵ月も経つのに、まだキスの1つも出来ていないなんて……私なんて、既に会長と17回もキスをしてるっていうのに♪)
しょうもないマウント精神による感情か。
「……」ドヤヤッ
(そもそもの話、会長とお付き合いが始まる前からキスを済ませていた私と比べる事自体が可哀想な事なのよね……ごめんなさい、藤原さん)
かぐやは此処ぞとばかりに調子に乗った。
「藤原先輩の気持ちもわかりますけど、最低限のエチケットは必要かと……し、四宮先輩もそう思いますよね?」
「えぇ、伊井野さんの言う通りっ……!?」
(え? でも待って? もし私も、会長とキスする時に似た様な事を言われたら……)
………
「会長……」ソッ
「四宮……ぐっ!?」ススッ
「か、会長? なんで身を引いて……」
「四宮、お前……昨日何食べたか知らないが、滅茶苦茶ニンニク臭いぞ? 流石にそんなニンニク臭がする口にキスは出来ない……スマン」
「」
………
「石上君はなんて酷い子なの!!」くわっ!
「えええっ!? 私そんな事言ってませんよ!?」
「嫁入り前の乙女にそんな事を言うなんて、あまりに酷い! 鬼畜の所業よ! 人格を疑うわ!!」
「そうですよね!? 石上くんが悪いですよね!?」
「えぇ、勿論よ! 石上君には、私からもよく言っておいてあげるわ!」
「かぐやさーん!」ダキッ、ムワッ
「……ごめんなさい、藤原さん。ニンニク臭いからちょっと離れて頂戴」
「」
「えぇ……」
〈生徒会室〉
次の日の放課後……生徒会室にて、僕は藤原先輩が来るのを1人で待っていた。会長達は少し遅れてから来る手筈になっている。
まぁ何はともあれ、藤原とはちゃんと仲直りしておけ。明日の生徒会には、少し遅れて行く事にする。四宮と伊井野にもそう伝えておくから、2人でちゃんと話し合うといい。
「……」
そう会長から言われたからじゃないし、そもそも別に仲違いをした訳でも無いけど……藤原先輩とちゃんと話し合う必要があるのは、僕もわかっている。そうしていると、生徒会室のドアが遠慮がちに開かれ、そっと藤原先輩が顔を覗かせた。
「藤原先輩、どもっす」
「あ、はい。」
「その……昨日はすいませんでした。折角藤原先輩が勇気を出して、前日から気合まで入れてくれたのに……」
「い、いえ、私の方こそごめんなさい。萌葉に変に煽られて焦ってたからって、いきなりあんな……」
「……別に焦らなくても良いんじゃないですか?」
「え?」
「周りには周りの……僕達には僕達のペースってモノがあるんですから、他のカップルが僕達より進んでるからって焦らなくても良いと思いますよ?」
「で、でも、男の人ってそういうのが無いとダメって、雑誌に書いてましたし……1ヵ月経ってキスしてなかったら、破局率だって高くなるって……!」
「恋人のいる男全員がそうとは限りませんよ。それに……藤原先輩と一緒だと、退屈しませんからね」
「へ?」
「退屈しないって言うか……まぁ、その……毎日が楽しいですから、そこに関しては……僕に不満は無いので、心配しなくてもいいです」
「う……うわぁーん! 石上ぐーん!」
その言葉を聞いた藤原先輩は、両手を広げながら第一歩を踏み出した。すると……
「あっ!?」グラッ
「ッ!」
藤原先輩が躓き体勢を崩す。目を見開いて口を開けた驚き顔が徐々に近付き、スロー再生の様にゆっくりと動く。受け止め様と僅かに腰を落とした事で、向かって来る藤原先輩と目線の高さが重なる……
「ッ!」
「ッ!」
その瞬間、藤原先輩と目が合った。多分、僕達は同じ事を考えていたと思う。この展開はラブコメでよくある……ヒロインが転んだ拍子に主人公とキスをしてしまうヤツだ。その証拠に、戸惑った顔をした藤原先輩の表情が覚悟を決めた表情へと変化した。
自分達のペースでと言った手前、こんな事で初キスを済ませてしまって良いのか? という疑問も勿論ある。だけど、僕達の様に次のステップへ進むのに苦労しているカップルは、これくらいの偶然や勢いが無くてはダメなのかもしれない。そう考えている間にも、藤原先輩との距離は縮まって行く。そして、僕と藤原先輩の距離がゼロになり……
「ゔぇっ!?」ゴツンッ
「ごはっ!?」ゴツンッ
頭と頭がぶつかる鈍い音がすると同時に、僕と藤原先輩は揃いも揃って床を転がり回る事となった。
「「〜〜〜っ!!?」」ゴロゴロゴロ
「痛っつぅ……! ちょっともう勘弁して下さいよ! 藤原先輩は何がしたいんですか!?」
「わ、私の所為じゃないでしょー!? 石上くんが上手い具合に受け止めてくれないのが悪いんじゃないですか! っていうか、男子ならこれくらいちゃんと受け止めて下さい!」
「はー!? そういうの性差別って言うんですよ!? そもそもの話、元を辿れば藤原先輩が!」
「それを言うなら石上くんだって!」
「「ーーーーッ!!」」ギャイギャイギャイギャイ
「……」カササ
「……」カサカサ
「……情事?」カサ…
石上にとって、藤原√が1番退屈せずに破茶滅茶な日常を送り続ける√だと思います。しかし、マジで難産でした……本当は2人の誕生日に投稿しようと思ってたら、ここまで遅くなってしまった(−_−;)
最初は冬休みに藤原家を訪問する石上の話を書くつもりだったんですが、5000文字書いた上でストーリーが起伏無く進んでしまった為、新しいネタで最初から書き直す羽目に……
藤原√の③を投稿してしまったので、残りの√も③までは投稿します。いつになるかは未定ですが、気長にお待ちください(`・ω・´)