多分10〜15話予定、なんとか今年中には完結させたい……
少なくとも、週に1話は投稿します…したい……出来たらいいな……
石上がどうなっても一切の責任は負いません。
石上優は逃げられない
夏休みが終わり、秀知院は2学期に入った。2学期の1つの目玉である生徒会長選挙に向けて準備に勤しむある日の午後……
〈シャリ……シャリ……〉
僕は特別棟に居を構える調理室に居た。洗い物をする為に備えられた洗面台、それぞれの台に付属する3つのコンロに業務用の冷蔵庫……普段は利用する機会すらない調理室が、今の僕には処刑台にも匹敵する場所になっている……ような気がする。
〈シャリ……シャリ……〉
椅子に座り窓の外を眺め、いい天気だなー……と現実逃避に意識を向けていると、耳障りな音に意識を戻される。
〈シャリ……シャリ……〉
……当然僕が現実逃避しているのには、理由がある。
「……ゴクッ」
緊張のあまり、ゴクッと喉が鳴り冷や汗が背中を伝って行くのを感じた。だけど、それも仕方ないと思う。何故なら……
「……うん、もうちょっとかな?」
〈シャリ……シャリ……〉
この教室には、砥石で包丁を研ぎ続ける柏木先輩と僕の2人しか居ないのだから……
(何がもうちょっとなんですかって聞きたい様な、聞きたくない様な……)
「て、手慣れてますね……」
「うん、料理は得意だから……魚料理とかも、魚を捌く所からやってるんだよ?」
「そ、そうなんですか、凄いっすね……」
(なんで魚料理を例に出したんですか? 僕これから捌かれちゃうんですか?)
「ふふ、三枚おろしが一番得意でね……?」
「す、凄いなぁ……で、でも、態々手作りなんてしなくても……」
(それってお前も魚同様三枚に下ろしてやるよっていう隠語ですか? 僕これから、捌かれて三枚に下ろされちゃうんですか?)
「ふふふ……」
(あ、逃げよ……)
「あ、あー! そういえば僕、生徒会の用事があったんでした!」
「今はもう生徒会は解散してるよね?」
「そ、そのっ……来る生徒会長選挙についての大事な話し合いがありまして!」
「ふーん? じゃあ、私もついて行って良い?」
(うそやん……)
「いえいえっ……柏木先輩の貴重な時間を浪費させる訳には……」
「……」ニコ
(あ、ダメだこれ……)
「いえ……何でもないです。やっぱり此処にいます……」
「良いの? 選挙の用事があるんだよね?」
「よく考えたら藤原先輩相手だったので、別に良いです……」
「……藤原さん相手だったら良いの? でも良かった……私と石上君は恋人なんだから、手料理くらいは振る舞わせてね?」
「……はい。」
キラリと包丁が光を反射して、柏木先輩の顔が怪しく光る……これ以上の拒否は出来ない。
「……ふふ。」
恋人なんだから……そう、現在の僕と柏木先輩の関係を表すなら恋人同士という事になる。少なくとも表向きは……
キッカケは、2学期に入って1週間が過ぎた頃……
「石上君、言ったよね? もし眞妃が私から離れたりしたら、責任取ってくれるって。」
そう言いながら、目を見開き近付いて来る柏木先輩を必死に宥めた日から数日後の事だった……
〈中庭〉
その日の昼休み、僕は中庭を歩いていた。すると……
「それでね? この間のデートで……」
ベンチに座ってこれでもかと惚気るマキ先輩と……
「ふふ、眞妃ったら……」
マキ先輩にこれでもかと惚気られる柏木先輩が居た。
「……」ススッ
僕は2人に気付かれるよりも疾く、物陰に身を隠した。何故かはわからない……けど、見つかりたくないと思ってしまった僕は、息を殺して2人の会話に耳を傾ける。
「……それでね、それでね!」チラッ
「へぇ、そうなんだ……」スッ
マキ先輩が柏木先輩から目を逸らした瞬間、柏木先輩の瞳からスッと光が消えた……
「」
(見てはいけないモノを見てしまった……)
まるで……覗いてはいけない深淵を覗いてしまった様な気分を味わいながら、僕は2人の様子を観察し続ける。
「……」
(い、いやっ……でも前回では立場が逆だったんだから、実質プラマイ0になってセーフに……)
「……」スッ
「」
(……なりませんよねー。)
そんな都合の良い考えは、柏木先輩の表情を見た瞬間に霧散した。光を失った瞳で虚空を見つめる柏木先輩には、そんな希望を持つ事すら烏滸がましい気がしてしまう。
「」
(やば過ぎる、前回のマキ先輩と比べても比較出来ないレベルでっ……)
だが、僕は気付くべきだった。此方が深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いているという事を……
「……それでね?」
「うんうん、それで?」
マキ先輩は惚気るのに夢中で、柏木先輩の様子には気付いていないみたいだ……いや、違う。柏木先輩が気付かれない様に立ち回ってるというべきか……その証拠に柏木先輩の瞳から光が消えるのは、決まってマキ先輩が柏木先輩から目を離した時だけだ。
「……」ジッ
マキ先輩がそっぽを向いた瞬間、柏木先輩は始めから気付いていたとでも言う様に一直線に僕の方を見た。光の失われた瞳の柏木先輩と目が合い、胸の辺りがキュッと締め付けられ息が止まった。
「」
……死ぬ程怖い、今まで見たどんなホラー映画よりも怖い。僕は後退りながら、その場を離れた……
………
「石上君、昼休みに隠れて見てたよね?」
「」
そして放課後に捕まった。
「すっ……すいませんでしたぁ!! 決して! 決して盗み見するつもりは無くてですねっ……」
「……眞妃、最近凄く楽しそうなんだよね。」
慌てる僕の言葉を聞き流し、柏木先輩は俯いたままポツリと言葉を洩らす。
「……や、やっぱり嫌ですか?」
「まぁ思う所はあるけど、眞妃は幸せそうにしてるし……今更私がとやかく言っても、しょうがないでしょ?」
「え、えぇ…と……」
否定すればいいのか肯定すればいいのかわからないまま、曖昧な態度で柏木先輩の言葉を待つ。
「眞妃がね……すっごく幸せそうに惚気話をして来るんだけど……恋人が居る事ってそんなにイイモノなのかな?」
「それは……そうなんじゃないですか?」
「でも、私にはわからない。だって私には……恋人が居ないから。」
柏木先輩は、ゆっくりと顔を上げて僕を視界に収めると……
「だからさ、石上君……私と付き合ってよ。」
そんな事を口走った。
「……え?」
「……聞こえなかった? 私と付き合ってって言ってるの。」
「な、なんでそんな……」
「だって、私は知らないしわからないから……恋人が居る良さとか、あんなに楽しそうに話をする気持ちとか……そういうのを知る為には、実際に恋人を作るのが手っ取り早いでしょ? だから……ね?」
「え、えーと……そういうのは良くないんじゃないかなぁって、僕は思うんですけど……」
「……」
「か、柏木先輩?」
「……」
「あ、あの……?」
「……」
「」
目を見開き、黙って此方を凝視する柏木先輩に……
「此方こそよろしくお願いします!!」
僕の心はポッキリと折れた。
………
「……じゃあ、明日からよろしくね?」
「はい……」
いや、断るとか無理……そんな事が許される雰囲気じゃなかった。僕の返事を聞くと、背を向け歩いて行く柏木先輩を見送る……何の因果か、明日から柏木先輩と僕は恋人同士という事になってしまった。
「なんでこんな事に……」
思わず天を仰いでそう呟くも、答えは降りては来ない……
「とりあえず……」
……帰ったら遺書を書く所から始めてみよう。