〈都内某所〉
9月も中盤に差し掛かったある日の休日……僕はとある豪邸の前に佇んでいた。土地代や物価の高い東京で、これだけ大きな豪邸を建て所有している人はそう居ないだろう……僕は確認の意味を込めて、表札に視線を向けた。
《四条》
四条と表記されている表札を見て、マキ先輩の姿が浮かび上がる。
(そういえば、マキ先輩って凄い人なんだよな……今はもう翼先輩に完落ちしたチョロインみたいになってるから忘れ気味だけど……)
「石上君、そろそろ入ろっか。」
豪邸を見上げていると、隣からの声に視線を移す。
「あ、すいません、つい……」
「眞妃の家、大っきいでしょ?」
「はい、凄いっすね……」
今日は、マキ先輩の家へ招待されている。それというのも先日、柏木先輩と付き合っている事を伝えた所……マキ先輩に、ささやかなお祝いをしようと言われ今日その日を迎えた訳である。
「お、お邪魔しまーす。」
「良く来たわね!」
「2人共待ってたよ。」
巨大な門を通り玄関を抜けると、豪華絢爛な雰囲気と3人の人間から出迎いを受ける。マキ先輩、翼先輩、そして……
「へぇ……姉貴が翼君以外の男をウチに招待するなんて珍しいな。」
俺の名前は四条帝。公立校に籍を置く、四条眞妃の双子の弟だ。口が悪く機嫌が悪い時や用がある時は、後ろから蹴りを入れて来るなどの行いを日常的にして来る姉貴だが、数ヶ月前……その暴虐無人な姉貴に彼氏が出来た。去年の秋頃から色々とアプローチを続けていたらしく、5月のGWを過ぎたある日……告白し、OKを貰えたらしい。相手は昔から知ってる翼君だった……翼君だったら大丈夫かと安心した反面、一足早く大人へ近付いた姉に一抹の寂しさを感じたりもした。
「えぇと、1年の石上優です……はじめまして。」
石上優……この名前は、姉貴や翼君との会話でよく出て来る名前だ。かつては姉貴の恋路をサポートし、現在でも翼君の相談に乗っているらしい……
「あぁ、俺は四条帝。姉貴の双子の弟な、よろしく。」
お互い名乗り合うと、石上はジッと俺の顔を見つめて来る。
「ん? 俺の顔になんか付いてる?」
「あ、いえ……」
(マキ先輩の弟か……じゃあこの人も、人知れず叶わぬ片思いに耐え続けてたりするんだろうか? 良い人そうなのに、可哀想……)
石上は四条帝に対してかつての四条眞妃の姿を重ね合わせるという、失礼極まりない事を考えていた。
「なぁ、姉貴……なんでこの石上クンは、すげぇ哀れんだ目で俺を見て来んの?」
「気にしなくていいわ。私も優と出会ってすぐの頃は、よくこんな目を向けられたものよ……懐かしいわね。」シミジミ…
「それは懐かしむ様なモンじゃねぇだろ。」
「……帝君、久しぶりだね?」
「うおっ!? な、渚ちゃん……」
先程まで気配を消していた……かつての幼馴染、柏木渚に声を掛けられ思わず吃る。渚ちゃんとは中等部まではそれなりに会って話す事もあったけど……俺が公立校に行ってからは、姉貴に誘われてウチに遊びに来た時くらいしか会わなくなっていたし、最近は全然会っていない。
「私は結構来てるのに、帝君とは最近会わないよね? 部活動が忙しい所為かな?」
「う、うん、そうそう……部活が忙しくてさ!」
(渚ちゃん……去年くらいからちょっと様子がおかしいんだよなぁ。姉貴が翼君と付き合い出した辺りから更に圧が凄くなっててすっげぇ怖いし、この前だって……)
………
某日、四条邸……
(うーん、渚ちゃん……姉貴と2人の時は普通なんだよな。翼君が居る時だけ普段と雰囲気が違う様な気がっ……!?)
「……え、ウソ、マジで?」
……ある考えが浮かんだ俺は、渚ちゃんが1人の時を見計らって訊ねた。もし俺が考えてる通りなら、然りげ無く姉貴に伝えて翼君と渚ちゃんがブッキングしない様にすれば良いだけだしな……
「渚ちゃん、ちょっと良い?」
「うん、良いけど……どうしたの?」
「嫌だったら全然答えなくても良いんだけどさ、渚ちゃんて……翼君の事好きだったりする?」
「……は?」
「あ、すいません。なんでもないです、失礼しました。」
………
「……」
(あの時に身に染みてわかった。なんか知らんがヤバい事になってると……)
「アレ? 帝君、この前会った時暇だって……ングッ!?」
「翼君、シー! シー!……そ、それよりも! 今日は何の集まりなの?」
「今日はね、ちょっとした祝い事で集まったの。」
「祝い事? なんの?」
「帝……アンタ、驚くわよ? 渚と優はね……なんと付き合ってるのよ!」
「マジで!?」
(渚ちゃんと付き合うとか、メンタル化け物か?)
挨拶を手早く済ませると、マキ先輩主導でリビングへと案内される。リビングに移動すると、丸テーブルの机上に様々な菓子類が並べられている。
「普段から会ってるのに、こういう場面だと新鮮に感じますね。」
「そう? ま、普段と変わらない顔ぶれだけどね……1人を除いては。」
「まぁ、帝君はね……」
「学校違うからね。」
「迫害!?」ガビーンッ
「えーと、四条先輩は……」
「帝で良いって、姉貴の事も下の名前で呼んでるしな。」
「うす……帝先輩。」
(中等部までとはいえ、柏木先輩とは幼馴染らしい。幼馴染、幼馴染か……)
「よろしくな、石上クン。」
(高校が別れた事で、渚ちゃんとは会う機会もめっきり減った……久々に再会したら、渚ちゃんには年下の彼氏が出来ていた……)
一見……気になる女子に、自分が知らない男の知り合いが居た事に嫉妬をしている……様に見える2人の脳内だが……
「……」
(コレ……上手い具合に誘導したら、帝先輩が柏木先輩と付き合う様に出来るんじゃっ……!? 恋人が居る良さを教えるなら、別に僕じゃなくても良い訳だし……何より幼馴染だし!)
ラノベを愛読している石上からすれば、幼馴染同士はお互いに惹かれ合って当然という認識! そして陰キャな自分よりも、柏木渚が執心している四条眞妃とDNAレベルで同じ存在である四条帝ならワンチャンあるのでは? と石上は期待する!
「……」
(最近の渚ちゃんは、より一層威圧感が増してたから怖くて仕方なかったけど……彼氏がいるなら、何かあっても矛先は全部そっちに行くからもう怖がらなくてもいいんじゃね?……なら、石上クンには頑張って渚ちゃんを繋ぎ止めてもらわないと……)
対する帝も、最近の柏木渚の様子がおかしい事は既に承知済み。特にここ最近は、向かい合うだけで原因不明の動悸に襲われる始末! そんなヤベー幼馴染から気を逸らしてくれる存在として、石上の登場は有り難かった。要は……水面下で爆弾の押し付け合いが行われ様としていた!
………
「渚ちゃん落とすなんて、やるじゃん石上クン。やー、羨ましいわー。」
(そのまま繋ぎ止めててくれ。そして、あわよくばずっと渚ちゃんの捌け口になっててくれ……いや、割とマジで。)
「いやー僕にはもったいないくらいですよー。」
(帝先輩がアタックしてくれるなら直ぐに身を引くんで。だから帝先輩、柏木先輩にアタックしてくれても良いんですよ?っていうかして下さい、幼馴染でしょ!)
「……」
「……」
「「アハハハハハ。」」
「帝君……石上君と仲良く出来そうで良かったね、マキちゃん。」
「うん……まぁ心配はしてなかったけどね。相性は悪くないとは思ってたし。」
「……」
「あ、僕ちょっとトイレに……」
「奥曲がって右よ。」
「はい、お借りしますね。」ガチャッ
………
「はぁ……」
(上手い具合に誘導しようと思ったけど無理だコレ……学校違う時点で接点の差があり過ぎるし、上手く躱されてる気が……)
「石上君。」
「っ!? か、柏木先輩、どうしたんですか?」
「今から言うのは独り言なんだけど……」
「……ゴクッ」
「……逃げないでね?」
「」
………
「」
(見てはいけないモノを見てしまった……あんなん恋人同士の会話じゃねぇよ。捕食者と被食者のソレじゃねぇか……なんか事情がありそうな雰囲気だけど、俺には関係ないし……とりあえず、見つかる前に逃げっ……)
「……帝君。」
「うぉっ!? な、渚ちゃん……どうしたの?」
(はっ!? さっきまで彼処に居たのに、いつの間に!?)
「何も見てないよね?」
「ミテマセーン……」
(……余計な事すんのやめよ。)
本日の勝敗、帝の敗北
知りたくもない事実を知ってしまった為。
ーある少女の独白ー
あぁ、寒い……夏の暑さはまだ続いているのに、偶に一瞬だけゾッとする様な寒さを感じる時がある。
原因はわかってる、親友の隣に居られる時間が減ったから……
でも、その親友は……私が隣に居なくても、幸せそうに笑っている。
……どうして? 私じゃ駄目なの? その問いを投げ掛ける事さえ出来ずに、今日も私は仮面を被る。
この寒さを消し去る方法を……
今の私は、まだ知らない……