「石上君……どうして怒ってるかわかる?」
まさか……僕がこのセリフを言われる日が来ようとは、夢にも思わなかった。いやホント……まさか偽りの恋人関係である柏木先輩から言われるとは欠片程も思ってなかった。
「ねぇ……どうして怒ってるかわかる?」
「えぇと……」
(やべっ……全然わかんない。)
……どうして怒ってるかわかる? それは、全ての女性が普段は隠している攻撃性を曝け出す魔のワード!! 過去……幾千の男達がこの問いに答えられず、無様に撃沈して逝った。女性が何に怒っているのか? を正確に読み取らなければ、男性は非常にマズイ立場に立たされる事となる。なんとも理不尽な目に遭っている石上ではあるが……
「……」
(落ち着け、僕ならわかる筈だ。ウミガメのスープ問題と思って……)
「……わからないの?」
「いや、そんな……」
(……先週のアレか? それとも先々週のヤツか? もしくは先月の……)
心当たり自体は山程あった。
(ダメだー! 情報が少な過ぎてわかんねー!)
「どっ……何の事ですか?」
「今、どれの事って言おうとしなかった?」
「ハハハ、マサカマサカ……」
「あのね、石上君……私、本当は全部知ってるの。でもね、どうせなら石上君の口から聞きたいなって思ってて……」
「っ!?」
(ぜ、全部!? 何その怒ってる理由が複数あるみたいな言い方! え? ちょっと待てよ、柏木先輩がここまで言って来る程の内容って事だから……)
かつて無い程の思考スピードに、石上の脳細胞が悲鳴を上げる!
「心当たり……あるよね?」
「も、もしかして……」
………
〈中庭〉
「渚の苦手なモノ? そんなのが知りたいの?」
「えぇまぁ、苦手というか弱点というか……とにかく、それに近い感じのヤツがあれば教えて欲しいなぁと思いまして……」
10月に入り、生徒会長選挙が来週に迫ったある日の放課後……僕はマキ先輩に中庭へ来てもらい、柏木先輩について探りを入れていた。理由はただ一つ、自衛の為だ。仮に柏木先輩が虫が苦手だとすれば、虫の玩具を懐に忍ばせていれば有事の際に役に立つ筈だ……いや、無いと思うけどね? 有事の際とか、流石にそういう展開は無いと思うけど……一応彼氏って立場がある以上、苦手なモノや嫌いなモノは把握しとくべきと思っただけだし?
「でも苦手なモノねぇ……あの子って、見た目はお淑やかで大人しい雰囲気出してるけど、結構強かなのよね。」
「わかります。」
「少し前に、昔から私の後ろを付いて来てたって言ったでしょ?」
「あ、はい。確か……習い事とかも一緒だったんですよね?」
「そ、だからあの子……私が出来る事は大抵出来る様になるのよ。だから、苦手な事って意外と無いと思うわよ?」
(それって殆どなんでも出来るって事じゃ……)
「……ち、ちなみに虫が嫌いとか、そういうのは無いんですか?」
「特別嫌いっていうのは無いと思うわ。」
「雷がダメとか……」
「無いわね。」
「幽霊がダメとか……」
「無いわ。」
「そ、そうですか……」
マキ先輩の言葉にがっくりと肩を落とす。そりゃそうだ、そんな都合の良い苦手分野がある訳無いよな……強いて言うなら、前回の翼先輩が言ってたゲームが弱いくらいなもんだろうけど、初心者をゲームでボコボコにしても虚しいし、後が怖いから絶対やらないけど……
「……今更だけど、普通は好きなモノの事を聞くもんじゃ無いの?」
「あ、すいません、聞き間違えました。」
「あれだけ聞いておいて!?」
………
「……あの時の事、マキ先輩から聞いたりしたんですか!?」
「はぁ……」
(溜め息!? 嘘だろ、違うの!?)
「じ、じゃあ、もしかして……」
………
〈生徒会室〉
今日はあまくちで読書中……
「あーあ! 僕もこんなキュンキュンする恋愛がしたかったなー!」
「……ん? 石上、柏木との恋愛はキュンキュンしないのか?」
「(恐怖で胸の辺りが)ヒュンヒュンならしてますけどね!」
「なんだそりゃ……」
………
「……って会長と話してるトコ聞いてました!?」
「ふーん、そんな事があったんだぁ……」
「」
(はい、やらかしたー!)
石上、自ら落ちる穴を掘る愚行! 男女間のこういった駆け引きに於いては、女性に圧倒的なアドバンテージがある事を失念! この様な場合……余計な事は喋らずとにかく謝り続け、謝罪の合間に情報収集しつつ答えを導き出すのが最適解である。それが出来ないのなら、最初から沈黙を守るべきなのである。
「実はね……本当は怒って無いんだよ? ただ、こう言えば男の人は秘密にしてる事とかバラしてくれるって聞いたから。」
「それは狡くないですか?」
……どうして怒ってるかわかる? そんな事を言われれば、例え心当たりが無くても自分が何かしたのかと疑心暗鬼に陥るのは必定! 心理学で言うところのバーナム効果である。
「とりあえず……さっき言った事、全部説明してくれる?」
「あの……違うんです。」
「あと、他の秘密にしてる事も、この際だから全部聞いちゃおうかな? 実はね、藤原さんがこんなのを貸してくれて……」
ドンッと目の前に置かれたのは、前回……生徒会メンバーで合コンゲームをする際に藤原先輩が持参した……嘘発見機だった。
「そ、それって……」
「石上君は誤解して欲しくないんだよね? だったら誤解されない為に、ちゃんと全部話さなきゃね?」
「」
30分後……
「……うん、なるほどね。一応聞いておくけど、もう私に隠してる事とか無いよね?」
「はい、もうありません!」
〈ビー!!〉
「……」
「……」
本日の勝敗、石上の敗北
柏木渚に対する隠し事がほぼ無くなった。
暦は11月……秀知院は2週間後に控えた体育祭に向け、徐々に準備を始めて行く。競技の参加者振り分け、競技に使用する備品の確認、そして紅と白にそれぞれ応援団が設立された。
〈1年教室前〉
「……」
(……誰だよ1番最初に男子と女子の制服交換するっていう概念作り出した陽キャは……2回目だろうがなんだろうが、女子から制服借りるとか難易度ベリーハードなんだけど……)
「石上、どしたー?」
応援団の会議後……教室前で項垂れて恨み言を考えていると、同じ応援団の小野寺に話し掛けられた。
「あぁ、小野寺……いや、女子の制服借りるって地味にハードル高いなと思って……」
「あー、なるほどね……」
「はぁ、マジでどうしよう……」
「……私と交換する?」
「……え?」
「だーかーら、私の制服貸してあげようかって言ってんの。」
「え……でも、僕みたいな奴に貸すとか気持ち悪くない?」
「自分の事卑下し過ぎでしょ……別に私は、石上にそこまでの嫌悪感とかないし。」
「……マ?」
「マ。」
「じ、じゃあ……貸して下さい?」
「いいよ、その代わり石上も学ラン貸してよ?」
「あぁ! ちゃんと新品をクリーニングしてから渡すよ!」
「いや、そこまでしなくて良いから。」
「ねぇ、2人共……何の話してるの?」
「あ、柏木先輩。」
(もういきなり話し掛けられても驚かなくなってきたな……)
「っ!? か、柏木先輩!?」
「小野寺さん、久しぶりだね?……それで、何の話をしてたの?」
「え、えぇと、それは……」
(小野寺の様子が……?)
「えーとですね、体育祭の応援団で女子の制服が必要で……それで、小野寺と交換しようかって話をしてたんですよ。」
「……石上君、どうして私に聞かないの?」
柏木先輩の事が全く浮かばなかったと言えば嘘になるけど……表向きは彼氏彼女の関係とはいえ、そこまで先輩に頼るのは流石に気が咎めた。それに同じ応援団の小野寺と貸し借り出来るなら、それで良いと思ってたし……
「あー、でも小野寺が貸してくれるって言ってくれたので、大丈夫ですよ?」
「……ねぇ、小野寺さん。貴女……本当にそんな事言ったの?」
「え!? わ、私!? 私は、その……」
「言ったの?」
「え、えぇと……」
この時小野寺の脳内には……半年前の水族館で体験した、ある恐怖体験がフラッシュバックしていた!
尾行する時はもう少し上手にね
「ねぇ……言ったの?」
「言ってません!」
「あれっ!?」
「ふぅん、じゃあ石上君……制服は私が貸してあげるからそのつもりでね? 一応サイズが合うか確かめたいから、明日替えの制服持って来るね。」
「あ、はい……ありがとうございます。」
「じゃあ、また明日ね。」
柏木先輩は、それだけ言うと去って行った。前回は四宮先輩で今回は柏木先輩か、つくづく先輩の制服に縁があるというか……チラリと隣に視線を向けると、小野寺は黙って俯いていた。
「……」
「……小野寺?」
「……もぅマヂ無理。絶対目ェつけられた……ちょォ怖かったんだけど……」ガクガクッ
「っ!?」
本日の勝敗、小野寺の敗北
忘れていた恐怖を思い出した為。