次の日、昼休みまでの授業は心を落ち着かせる事に費やした。昼休みを告げるチャイムの音が鳴り響き、僕は一目散に放送室へと向かい放送室の中に入ると機材に凭れ掛かり荻野を待つ。
「……」ガチャッ
ドアノブが回され扉が開くと、室内を覗き込む1人の男子生徒……荻野と視線がぶつかった。
「アレ? 確か、石上君……だったよね?一学期の期末で一位取った……どうして此処に?」
「猫被らなくてもいいぞ……お前を呼び出したのは僕なんだから。」
「へぇ……そう。それで何の用? あんなモノまで寄越して。」
「単刀直入に言う、あんな事はもうやめろ。」
「……大事にするつもりはないって事?」
「それはお前次第だ。」
僕の発言に付け入る隙があると判断したのか、荻野の顔を期待と安心の色が彩った。
「ふーん、そっかそっか。でもこっちにも付き合いってもんがあるんだよね。急に女の子の供給が出来なくなるのも困るんだよ。なぁ石上、お前にも女回してやるからさ……黙っててくれない?」
荻野は……あの時と同じ様に、厭らしい笑みを浮かべてそう提案してきた。
「お前は、人をなんだと思ってるんだっ……」
「そんなに怒るなよ。なんだったら、特別にお前好みの女の子を仕入れてやっても……」
「そんなモノは要らない……荻野、本当にやめるつもりはないんだな?」
「……石上、お前の狙いはわかってんだよ。」
「……狙い?」
「しらばっくれるな、態々放送室に呼び出したんだ……警戒するのは当たり前だろ。お前この会話を校内放送で流すつもりだったんだろ?」
荻野の問いには答えず、続きを促す。
「……それで?」
「ハハハッ! 残念だけど、此処に来る前に放送室のブレーカーは落として来た。お前の思惑は失敗したって訳! でも此処から出た後にバラされたんじゃ堪らないな、誤魔化すのも手間が掛かる……なぁ石上、最近お前……風紀委員の2人と仲が良いみたいだな?」
荻野のその言葉に思わず体が硬直する。
「風紀委員……しかも校内の嫌われ者2人と仲が良い変わり者、石上クン? もしお前がこの事をバラせばあの2人……どうなるかわかんないよ?」
僕が思っていた以上に、荻野はクズだった。関係の無い女子を平気で巻き込める程の。だけど……
「知ってるよ、お前が……臆病だって事は。」
「は?」
「良くある話だろ?放送設備のある場所で暴露話をしたらスイッチが入ってて筒抜けって事が……だから態々此処に呼び出したんだ。荻野、お前はクズな行いをする割に臆病で警戒心は薄い。僕に簡単に尻尾を掴まれたのがイイ証拠だ。そして、後ろ暗い事をしている人間が放送室に呼び出された……まず間違いなく会話が校内放送される事を警戒する。」
「……それがどうした、当然だろ!?」
「だから、お前がその事実に気付く事が……僕の狙いだったんだよ。お前は此処に来る前にブレーカーを落とした。だから油断して本音で喋るし、平気な顔して僕を脅迫までする……」
「……何が言いたい?」
「……お前を此処に呼び出した理由は、この部屋が校内唯一の防音設備のある部屋だからだ。」
「……は?」
意味がわからないと表情が告げる荻野に続ける。
「だから……お前に好き勝手喋ってもらうのが僕の狙いだったんだよ。外からの音に惑わされずに、自分の口で……荻野コウという人間がどういう奴なのか……」
僕は隠してあった持ち運び型バッテリーを持ち上げた。放送機材とバッテリーは二本のコードによって繋がっている。
「な、なんだよそれっ!?」
自身の頭に浮かんだ考えを振り払う様に、荻野は声を荒げた。
「この機材は少しだけイジってあってね……電源が落ちると、こっちのバッテリーに自動で電力供給が切り替わるようになってるんだ。」
「で、電源が落ちるとって……お、お前……」
「だから、お前がブレーカーを落としてもこの機材は普通に使える……さっきまでの会話は筒抜けって事なんだよ。」
………
〈や、やりやがったなああああああっ!!?〉
荻野の叫びが校内に響き渡った。
「え、これマジなの?」
「荻野って演劇部のヤツだよな?」
「うわっ、荻野君ってこんな奴なんだ、最低。」
クラス中が校内放送で流れて来る2人の会話に騒つき出した。
「ミコちゃん、これ……」
「石上……」
………
荻野はその端正な顔を歪め、此方を睨みつける。
「ぐうぅっ、石上お前! よくも……あの2人がどうなってもいいって事かよっ!?」
「……」
「友達を見捨てるって訳? へぇ、大した正義感だな……」
「僕が守るよ。」
「……あ?」
「2人に危険が及ばなくなるまで、僕が……2人を守る。」
「このっ……!」
その直後……荻野との会話は、放送室になだれ込んで来た教師陣により止められた。最初、一部の教師から学園の評判の為に荻野の件は学内で片付けるべきという意見も出たが、放送により全校生徒が聞いていた事と荻野の行いに事件性があった為、警察への通報を余儀なくされた。荻野が教師に両脇を抱えられ連れて行かれる所を見送ると、はーっと深く息を吐いた。
「……」
お前はおかしくなんてない
次は負けちゃダメよ
(会長、四宮先輩……全部終わりました。ずっと変わりたい、弱い自分から抜け出したいと思っていました。僕は、少しは変われたと思います。2人の言葉があったから頑張る事が出来ました。支えてくれて……本当にありがとうございました。)
僕は残っていた教師に職員室へと連れていかれた。意図的に問題を大きくし、バッテリーの無断使用、恐らくは何らかの処分が下るだろう……だけど、僕の心は満たされていた。