体育祭当日……柏木先輩の制服が入った紙袋を足元に置き、スマホをイジりながら自分が参加する競技の順番を待つ。今回は四宮先輩から制服を借りていないので、
………
その頃の
「ハァッハァッ……このカメラの容量全部使って、かぐや様の御姿を収めてみせるわ!」ハッハッハッ
記憶容量256
「えーと、かぐや様のお席は……!?」
「えへへー出来ましたよ、かぐやさん!」
「ありがとう、藤原さん。」
「」
(ポ!!)
※ポ=ポニーテール
………
「……という感じでエリカったら随分と興奮していまして、粗相をしないかとても心配で……」
「やらかす未来しか見えないわね……」
「かっ、かれっ、かれっ……!」アワアワ
「エリカ!? どうしましたの!?」
「か、かぐっ……ポ!!」アワアワ
「まぁ! かぐや様がポニーテールを!?」
「ポッ! ポッ!!」
「はいはい、エリカもポニテにしますのね。」
「もうダメそうね。」
………
「親父……なんで居るんだよ、来るなんて言ってなかったじゃん……」
「え? 暇だったから。」
「……」
(この職業不定!)
「まぁそんな邪険にするな。体育祭の応援に来るなんてのは、親の数少ない楽しみなんだよ……お前も親になればわかる。」
「さっき暇だから来たって言ってなかった? 大体、そう言う割に
「行っていいか聞いたら、これでもかという程嫌がられてな……普段は見られない等身大の
「そんな発言する父親とか嫌がられて当然だろ。」
プログラムは順調に進み、現在は2年生の借り物競走へと移行している。コレが終われば昼休憩を挟んだ後、応援合戦が行われる事となる。お題に四苦八苦する先輩方をボーっと眺めていると……
「石上君、一緒に来てくれる?」
小走りで近付いて来た柏木先輩に声を掛けられた。
「え、僕紅組なんですけど良いんですか? というか、お題の内容は?」
「うん、コレなんだけど……」
開かれた紙には、こう書かれていた。
〈いつも一緒に居る人〉
「……本当に僕で良いんですか? そのお題ならマキ先輩の方が……」
「マキちゃん、大丈夫? 早くない?」
「うん、大丈夫! ちゃんと付いて行くから!」
そう提案しようとした僕の目の前をマキ先輩と翼先輩が手を繋いで走り抜けて行った。
「……」
その2人の背中を……柏木先輩は只々ジッと見つめている。
「……」
(多分……今までならこういったイベントは、マキ先輩と一緒だったんだよな。マキ先輩が翼先輩と付き合う事になったから、一緒に居る機会は減ってしまって……だったら!)
僕は意を決して柏木先輩へと手を伸ばすと……
「……」ギュッ
「……石上君?」
柏木先輩の手を引いて進む様に促す。手を振り払われる覚悟もしていたけど、柏木先輩は手を引かれるまま……僕の後をついて来てくれている。
「早く行かないと、
「……うん、そうだね。」ギュッ
掌から伝わる体温と弱々しくも握り返して来た事を確認すると、徐々にペースを上げて行く。半分程進んだ所で、後ろから柏木先輩の声が掛かる。
「石上君……全校生徒の前で手なんか握って、恥ずかしくないの?」
「……堂々としてたらイジって来る人なんて居ませんからね。それに、先輩が言ったんですよ? もっと堂々と、自信を持てって。」
「ふーん……流石、駅前で大声で叫んだ事がある子は言う事が違うね? オマワリサーン……ふふ。」
「……ホント勘弁してください。それ言われる度にメンタルゴリゴリ削られていく感じがして、本気で黒歴史になりそうなんで……お願いですから、早いトコ忘れて下さい。」
「残念だけど、忘れるのは無理かなぁ。」
「先輩って意外と……」
「うん?」
「いえ、なんでもないです。」
今の僕には……これくらいの事しか出来ない。でも、少しでも……柏木先輩が寂しそうな顔をしない為に尽力出来ればと思う。それは多分、この人の取り繕ってない笑顔をまた見たいと思っているからだと……この時初めて気付いた。
〈パーンッ〉
目の前でゴールテープが走り切られ、ピストルの乾いた音が校庭に響く。2年の借り物競走は、翼先輩を連れたマキ先輩が1位、僕を連れた柏木先輩は2位という結果に終わった。
「はぁ…はぁ……負けちゃったね。」
「はぁ……すいません、僕が何も聞かずにさっさと走ってたら……」
「ううん、石上君の所為じゃないよ。それに……」
「……はい?」
(黙って手を握ってくれた所は、ちょっと……ほんのちょっとだけカッコ良かった……かな?)
「……ううん、なんでもない。」
………
「はー、疲れたわ。」
「あらあら、眞妃さんたら……お題は何でしたの? 大体の予想は出来ますが……」ニマニマ
「べ、別になんだって良いでしょ!?……私の事より、その子はどうしたのよ?」
「……いつもの発作ですわ。」
「か、かぐや様と同じ白組っ……かぐや様と同じ、ポッ……ポッ!」
※ポ=ポニーテール
「はいはいエリカ、落ち着いて下さいな。かぐや様のお写真を撮るのでしょう?」
「ポッ! ポッ!」
「えぇ……ポニーテール姿のかぐや様は、大変麗しいですわね?」
「ポ!」
「あら、失言でしたわ。かぐや様はポニーテール姿も大変麗しいですわね。」
「……ポ?」
「えぇ、エリカもとても似合ってますわ。」
「……なんで
体育祭は紅組の勝利で幕を閉じた。紅組の優勝を祝う為に赤色の風船が解き放たれ、空に舞って行くのを黙って眺める……
「……」
(こんな事思っちゃダメなんだろうけど、風船の形がどう見てもアレなんだよな。こんな事思ってるのは、僕だけなんだろうけど……)
………
その他の男子……
「……」
(今気付いたけど、どう見てもコレ……)
「……」
(アレだ……)
「……」
(アレにしか見えねぇ。)
「……」
(アレだなぁ……)
それっぽいモノがなんでもアレに見えてしまうのは、男の
………
「石上君、足速かったんだね。」
空に舞う無数の風船を卑猥物に見立てていると、隣を歩く柏木先輩に話し掛けられた……女子が隣に居るのに考える内容じゃないなと、考えを改めながら答える。
「まぁ陸上やってましたからね……逃げ足に定評もあったくらいですし。」
「そういえば……1学期の頃は、私からもよく逃げてたよね?」
「うっ……その節はすいませんでした。」
「ふふ……別に怒ってる訳じゃないから、気にしなくて良いよ。でも……石上君に本気で逃げられたら、私じゃ絶対に追い付けないね……」
「逃げませんよ。」
「え……?」
「先輩からは、もう逃げたりしませんから。」
「そっか……うん、じゃあ約束してくれる?」
柏木先輩はそう言うと……小指を曲げ、僕の目の前へと差し出した。
「……はい、約束です。」
絡ませた小指から伝わる熱と、弱々しくも握り返して来る感触……夕陽に照らされ、僅かに微笑みを浮かべるその表情を僕は……指が解かれるまで、只々見つめていた。この約束だけは、守ってみせると誓いながら……
だから……この約束を破る日が来るとは、この時の僕は想像もしていなかった。2週間後……僕は先輩の前から逃げ出し、結果的に約束を破る事になってしまうのだ。
ーある少女の独白ー
あの子の優しさを利用して……
あの子の言葉に甘えてしまった……
だから私は、その瞬間まで気付けなかった……
私の発した言葉のひとつひとつが、あの子を傷付けて……
泣かせてしまう事になるなんて……