石上優はやり直す   作:石神

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柏木渚は認めない

その日は偶々……移動教室から帰る途中に1年生の教室の近くを通ったから、なんとなく……本当になんとなくあの子が居る教室を覗くだけのつもりで、私は立ち止まって教室の中へと視線を向けた。

 

「……で、当日になって団長が女物の下着も履くべきかな? とか言い出しちゃって……」

 

「いや、それは流石にアウトだろ。」

 

石上君は、入り口近くの壁に凭れ掛かったまま……小野寺さんとの会話を楽しんでいた。団長という言葉から、応援団の話題で盛り上がっているのがわかる。

 

「……」

 

楽しそうに談笑する石上君を見ていると、胸の辺りがほんの少しだけ騒ついた。よくわからない……嫌な気分、モヤモヤするといった漠然とした感情に苛まれていると……

 

「あれ? 渚ちゃん、どうしたの?」

 

後ろから聞き慣れた声が聞こえて来た。振り返ると、かれんとエリカが不思議そうな顔で私の様子を窺っている。

 

「何か気になるモノでもありまして?」

 

僅かに騒ついた心を鎮めながら、私はなんでもない風を装って答える。

 

「……ううん、なんでもないの。」

 

「ふーん?……あ、会計君に何か用事?」

 

「でしたら、話し掛けなくていいんですの?」

 

「……うん、今は特に用事も無いし。」

 

「でも、女子と話してるけど良いの? 会計君て、女子の友達多いみたいだし……浮気は男の甲斐性なんて言葉もあるらしいよ?」

 

「……」

(何故エリカは、恋愛に関してポンコツな癖して余計な助言を……)

 

「もう、浮気だなんて……友達と話してるだけじゃない。」

 

「渚ちゃん……恋愛は奪い合いなんだよ!?」

 

「そ、そうなんだ……」

 

(エリカったら……最近恋愛漫画を読んだからか、変にそっち方面の知識が豊富になった所為で物知り顔で助言してますわね……)

「お相手は……小野寺さんですわね。」

 

「渚ちゃん、本当に話し掛けなくていいの?」

 

「うん、ホントに大丈夫。だって小野寺さんには……もうわからせてるし。

 

「え? 渚ちゃん、今何て言ったの?」

 

「うぅん、何でもないの。」

 

………

 

小野寺と話していると、何処からか視線を感じた。振り返って見ると、3人の先輩方が此方に視線を向けながら何か喋っていた。その中には柏木先輩の姿もあり、何か用でもあるのかと思った僕は、小野寺との会話を切り上げて3人に話し掛けた。

 

「3人揃ってどうしたんですか?」

 

「会計君……浮気は良くないよ!」くあっ!

 

「この人どうしたんですか?」

 

「まぁ、軽い早とちりと言いますか……」

 

「なんですかそれ? というか、柏木先輩からも何か言って下さっ……」

 

「……グスッ…うぅ……」

 

先輩に話を振ろうとすると、先輩は顔を両手で覆い隠し泣いている様な声を出した。

 

「え、ちょっ……せ、先輩?」

 

「渚ちゃん!?」

 

「だ、大丈夫ですの?」

 

「グスッ、私の初めては石上君だったのに……」

 

「先輩!? いきなり何言ってるんですか!? そもそも初めてって何の話ですか!? 身に覚えが無いんですけど!?」

 

「会計君、味噌粉った……じゃなかった、見損なったよ!」くわっ!

 

「い、いやっ、本当に知らないと言うか身に覚えが無いんですけど!?」

 

「ふ、2人共、落ち着いて下さい! エリカ、先ずは石上会計の言い分を聞くべきですわ!」

 

「かれん……」

 

「ナマッ……紀先輩!」

(助かった、普段から妄想ばっかりしてるナマモノ先輩じゃなかったんだ……これからは、ナマ先輩とか呼ばずにちゃんと紀先輩って呼ぼう。)

 

「そしてその言い分を校内新聞に載せた上で、大衆に判断して頂きましょう。石上会計は渚さんの初めてを奪っておきながら……知らない、身に覚えが無いんだと責任逃れをしていると。」

 

「それ実質処刑ですよね!?」ガビーン

 

「会計君、言いたい事があるならちゃんと言って!」くあっ!

 

「ちなみに……その発言は詳細に記録させて頂きますので、慎重な発言をお勧めしますわ!」くわっ!

 

「コレ裁判か何かですか!?」

 

「さぁ! 渚ちゃんを傷物にした言い訳を……」

 

「話して頂きますわ!」

 

ヤバい気がする……本当に知らないんだから話しようが無いんだけど、そんな事を言っても普段から妄想しかして無い様な人と、四宮先輩フリークのヤベェ2人を納得させる事が出来るとは思えない。

 

「き、傷物なんてそんな事……」

 

「フフ……」

 

「っ!?」

 

柏木先輩が顔を覆う手の隙間から、口角が上がっているのが見えた。コレは間違いない……嘘泣きだ。いつもの僕に対するイジリというか、イジワル的なヤツだ。嘘泣きとかエグい事を……くっ、どうすれば……!? そう悩んだのはほんの一瞬で、僕は柏木先輩の手を掴むと……

 

「先輩、とりあえずこっちに来て下さい!」

 

「あっ……」

 

「あ! 会計君(被告人)渚ちゃん(証人)を連れて逃げた!?」

 

「逃げるなんて……やはり何か、後ろめたい事をしている自覚が!?」

 

「さっきから滅茶苦茶人聞き悪いんですけど!? 自分の身を守りたいだけです!」

 

「追えー!」

 

「逃がしませんわ!」

 

数テンポ遅れて、ナマ先輩とガチ勢先輩は僕達2人の後を追って来る。

 

「んふふっ……あはははは!」

 

「ちょっと先輩! これ後でちゃんと誤解解いてくれるんですよね!? 校内新聞で公開処刑なんて、シャレにならないんですけど!?」

 

「ふふふ、ごめんね? まさか、あんなに取り乱すとは思ってなくて……石上君にちょっとイジワルしようと思って言っただけだったんだけど、まさかあの2人も信じちゃうなんて……んふふっ!」

 

「笑い事じゃないんですけど!?」

 

………

 

なんとか2人を撒く事に成功した僕達は、壁に寄り掛かり息を整える。

 

「はぁー……ホント、後でちゃんと2人には説明しといて下さいよ?」

 

「うん、それはちゃんとしとく。ごめんね、石上君……怒ってる?」

 

「……別に怒ってませんよ。それに……」

 

「……それに?」

 

「いえ、その……」

 

最近は柏木先輩にイジられたり、こうやって一緒に行動する事を楽しいと感じる様になったなんて……恥ずかしくてとても言えないな。

 

「……先輩が笑ってくれるんなら、取り乱した甲斐があるってモノですよ。」

 

「……」

 

結局恥ずかしい事を言っている事には、全然気付いていない石上だった。

 


 

〈保健室〉

 

「じゃあ私は会議に出なくちゃいけないから、ゆっくり休んでてね?」

 

「はい……」

 

保健医の先生は、私が布団に潜り込んだのを確認すると、会議があると言って保健室を出て行った。しん、と静まり返った部屋で1人で寒さと腹部の痛みに耐えながら、後悔の念に苛まれる。

 

「ハァ…失敗、したなぁ……」

 

……今日は朝からお腹が痛かったから、痛み止めの薬を飲んで登校した。いつもなら痛みが引く時間になっても、痛みは治らないまま時間は過ぎ……私は2限目の授業が終わって直ぐに、念の為持って来ていた痛み止めの薬へと手を伸ばした。短時間に続けて摂取するのは、あんまり良く無い事はわかってたけど……早くこの痛みから解放されたくて、私は錠剤を水で流し込んだ。

 

「寒い……」

 

ブルブルと震える身体を摩り、自分を抱きしめる様な体勢を取りベッドの中で丸まる。お腹の痛みはマシになったけど、薬の副作用なのか……体温が下がって悪寒が止まらなくなってしまった私は、保健室を訪ねてこうしてベッドで横になっている。

 

「ハァ…ハァ……」

 

目を閉じて痛みと寒さに耐えていると、私はいつの間にか意識を手放していた。

 

………

 

……なんだろう? 暖かくて、安心する……誰かに手を握られている感覚に、僅かに意識が覚醒する。だけど、コレが夢なのか現実なのかを判断する意識は曖昧で……私は確かめる為に握られている手を握り返した。

 

「ウゥ……」

 

力の入らない身体に鞭を打ち、必死でその手の感触を確かめ様と力を込めると……その手は優しくギュッと握り返してくれた。まるで……大丈夫、安心してと言われてるみたいで……夢か現実か、それさえもわからない意識の中で、優しく手を包まれる感覚と安心感に……私の意識は深く沈んで行った。

 

「スゥ…スゥ……」

 

眠りに落ちるその瞬間まで感じていた、ギュッと包み込まれた手の感触……この暖かさを、この手を握られる感触を、この安心感を、私は何処かで……

 

………

 

「……ぅ」

 

「渚、大丈夫?」

 

「眞…妃? もしかして……ずっと握っててくれてたの?」

 

寝ている所を見られた気恥ずかしさと、態々お見舞いに来てくれた事に頬が緩むのを感じながら……私は起き上がって眞妃に訊ねた。

 

「……ずっと? 私はさっき来たばかりよ。体温を確かめ様と思って手を握ったら、丁度渚が目を覚ましたの。」

 

「……え?」

 

「何よ? どうかした?」

 

「う、うぅん、なんでもない……」

(じゃあ、アレは……夢だったの?)

 

「そ。かれんとエリカも心配してわよ、後でお見舞いに行くって言ってたし。」

 

「……あの2人にも心配掛けちゃったね。」

 

私は先程まで感じていた暖かさと安心感の理由を探る様に、掌を見下ろしながらそう呟いた。確かにこの手に感じた、暖かさと安心感……眞妃じゃないなら一体誰が……

 

「心配してたのは、その2人だけじゃないわよ。」

 

「え?」

 

「さっきまで居たんだけどね……居るでしょ? 1番渚を心配する男子が。」

 

その言葉に、1人の男の子が脳裏に過った。

 

「あの子、休み時間に此処に来て……それから教室にも戻らずにずっと居たんですって。保健医の先生に戻る様に言われて、私と入れ替わりで出て行っちゃったんだけど……」

 

「そう……なんだ。」

 

壁に掛けられた時計を見ると、私が此処に来てから既に1時間以上が経過していた。誰かから私の事を聞いて、あの子はお見舞いに来てくれていたんだ。じゃあ、アレはやっぱり夢じゃなくて……

 

「……ッ」

 

「渚、貴女……顔が紅いわよ? まだ本調子じゃないのなら、寝てなさい。」

 

「う、うん、そうするっ……!」

 

私は眞妃から顔を隠す様に、布団を頭から被って横になった。

 

「じゃ、また後でね?」

 

「うん……」

 

有り得ない……眞妃が握っていてくれたと勘違いする程、私はあの子の存在に安心したって事なの?

 

「そんな訳無い……」

 

だって、私にとっての1番は……眞妃なんだから。

 

「そんな事、ある訳無い……」

 

布団の中で呟いた言葉は、その意味とは裏腹に……とても弱々しく消えていった。


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