石上優はやり直す   作:石神

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シリアスは早めに終わらせたい……早ければ明日も投稿します(`・ω・´)
あとシリアス書いた反動と本誌読んでて思い付いたんで、伊井野ミコafter②に(伊井野ミコを裁きたい)を追加しています。
お暇ならお読み下さい_:(´ཀ`」 ∠):


そして柏木渚は目を閉じた

……気付いたら惹かれていた。恋人のフリをして欲しいという柏木先輩の願いを聞き入れ、3ヶ月が経ち……その間、色々な事があった。

 

柏木先輩とボランティア部を設立した。

 

図書室でテスト勉強を一緒にした。

 

マキ先輩の家へ一緒に招待された。

 

学外のボランティア活動に一緒に参加した。

 

お弁当を作ってもらった。

 

体育祭の競技で一緒に走った。

 

そして……保健室で辛そうに息を荒げて眠る姿を見て、気付けば僕は……布団からはみ出していた、その小さな手を握っていた。ヒンヤリと冷たくなっているその手を少しでも温めたくて、辛さに耐える表情を少しでも和らげたくて……僕は両手でソッと先輩の手を包み込んでいた。

 

僕の起こした行動で……結果的に柏木先輩は傷付き、本来なら付き合う筈だった翼先輩と付き合う事無く日々を過ごしている。仲の良い恋人になる筈だった2人の未来を奪った僕は、最も重い大罪を犯したと言える。だから……先輩が僕をどれだけ恨んで、罵り、傷付けたとしても……其処を責めるのはお門違いだと思っているし、僕がその傷付いた心を癒せばいいと……勝手に自惚れていた。

 

僕にそんな資格がある訳じゃ無いのに……

 

だからこそ、形だけの恋人同士という関係を変えたいと思った。偽物の恋人なんかじゃ無く、本物の恋人になりたいと願った……

 

僕の自惚れかもしれないけど、柏木先輩も僕の事を憎からず思ってくれている様な気がしている。最近の先輩は、僕に対しても笑顔を見せてくれる事が多くなっているし、よく笑う様になった。先輩と約束した……テスト平均90点以上という目標を達成した事も、更に自信を持つキッカケになった。だから、テストの結果を見せた後に、今の偽物の関係を解消して、その後で本物の関係を築いて行きたいと思っていた……

 


 

「先輩と僕の……この関係を終わりにしたいんです。」

 

そう告げた直後……先輩は何も聞いていなかった様な顔で、お願いがあると言って来た。なんて返したらいいのか答えに困っていると、先輩に制服の袖を引っ張られる。

 

「ついて来て……」

 

それだけ言うと、先輩は此方を振り返る事も無く廊下を歩いて行く……

 

「あの……先輩?」

 

「……」

 

先輩は黙ったまま、廊下を進み続け……ある部屋の前で立ち止まった。

 

「……入って。」

 

先輩にそう促され、足を踏み入れたのは保健室だった。保健室特有の臭いが鼻を掠め、無人の空間に僅かに緊張感が増した。

 

「あの、どうして保健室に……」

 

「石上君……」ギュッ

 

「っ!?」

 

先輩は俯いたまま、その柔らかな身体を預けて来た……女子特有の微かな甘い匂い、密着した際に感じた柔らかな感触に……現状を理解しようとする思考が乱される。

 

「せ、先輩っ!?」

(え、どういう事!? もしかして先輩……僕の事!?)

 

そんな都合の良い考えが浮かんだのも束の間……

 

「フフ……」

 

「えっ、ちょっ!?」

 

妖しい笑みを浮かべる先輩に、ぐいっと身体を引かれバランスを崩した。幸い、先輩の背後にはベッドがあるから、怪我をする事は無さそうだと……場違いな事を考えながら、僕と先輩の身体は傾いて行った。

 

「……」

 

「……」

 

ボフンッと布団が跳ね、ギィッとベッドの軋む音が耳に届いただけで……お互いの無事を確認する言葉も、此処まで連れて来られた理由を訊ねる事も、それを話す事も無く……僕と先輩は見つめ合ったまま動けないでいる。

 

「先輩……」

 

……ベッドへと引き寄せられ、先輩を押し倒した形になってしまったが、不思議と動揺はしなかった。先輩が何を考えてこんな行動を取ったのかはわからないし、どうしてこんな事になっているのかもわからない……だけど、純粋な想いから起こした行動じゃない事だけは……

 

「石上君……」

 

そう言って僕を見上げて来るその瞳を見れば……直ぐにわかった。普段の澄んだ瞳とは違う、その澱んだ瞳に……僕は映っていなかったから。

 

「好きにして、いいよ……」

 

先輩はそれだけ言うと、スッと目を閉じた……静まり返った室内に、僕と先輩の小さな呼吸音だけが流れている。いいよ、とは……つまり、そういう意味なのだろう。

 

「先輩、それってどういう……」

 

僅かに残った冷静な部分が、その言葉の意味を求めた。もしかしたら、僕が求めている理由を言ってくれるんじゃないかという期待を込めて……

 

「テストで頑張ったご褒美……あげる。」

 

だけど、そうはならなかった。ご褒美……その言葉を聞き、一気に心が冷えて行くのを感じた。

 

「ご褒美……そう、ですか。」

(ハハハ、ご褒美か……そうだよな、告白して付き合うって流れが全てじゃないよな。身体の関係から始まって付き合う事だってある訳だし。折角先輩の方から言ってくれてるんだ……先輩は今フリーなんだから、後ろめたさを感じる必要も無い……)

 

そこまで考えて……僕はもう、自分を抑える事が出来なかった。

 


 

私と石上君の関係は……そもそもの始まり方が歪だった。私のワガママで始まった、偽りの恋人関係。それも、石上君に対する嫌がらせが目的のくだらない理由……

 

……柏木先輩、どうしました?

 

それでも彼は、私の隣に居続けた。知らない、関係ないと、私の提案を拒否する事も出来た筈だし、石上君にはその権利があった。でも……

 

……先輩! 今です、逃げますよ!

 

その権利を行使する事無く、私の手を引いて駆け出した後ろ姿に……

 

早く行かないと、紅組(マキ先輩)に負けちゃいますよ?

 

先を促しながら、私の手を握るその感触に……

 

体調を崩して眠る私の手を、優しく握り続けてくれたその暖かさに……私の心は酷く掻き乱された。

 

先輩と僕の……この関係を終わりにしたいんです。

 

そして……もう一緒には居られないんだと、真っ直ぐに私を見つめて言ったその言葉に……私の頭の中は、グチャグチャになってしまった。だからだと思う……

 

「好きにして、いいよ……」

 

そんな発言をしてしまったのは……その時の私には自分の居場所を、石上君の傍に居る理由を無くさない事が何よりも大事だったから……だからご褒美と称して、好きにしていいよと……身体を許す発言をした。そんな事を言われて喜ぶ様な男の子じゃ無いと、私は知ってた筈なのに……

 

「……ッ」

 

「……ぇ」

 

ぽたぽたと落ちて来る水滴が、私の頬を伝ってシーツを濡らしていく。石上君の……私を見下ろす2つの瞳から、止めどなく溢れる涙を見つめながら……私は問い掛けた。

 

「石上君……泣いてるの?」

 

「……ッ!?」

 

涙を流している事に、今気付いた様な顔で石上君は私から顔を逸らした。

 

「……どうして?」

 

「先輩こそ……どうしてっ…こんな事をするんですか……?」

 

「……言ったでしょ、ご褒美だって。」

 

「そう、ですか……」

 

「うん……」

 

「最近は、先輩と少しは仲良くなれたのかなって思ってました。もしかしたら……なんて事も考えてました。でも、僕の勘違いだったんですね……!」

 

「……え?」

 

「先輩はっ……僕の事が好きだから、そんな事を言った訳じゃ無いんですよね……!」

 

「それは……」

 

「ご褒美だとか、テストを頑張ったからとかっ……そんなっ、そんなくだらない理由で、簡単に身体を許せるって言うんですか!」

 

「……」

 

その言葉に、私は何も答えなかった……違う、答える事が出来なかったんだ。今の……グチャグチャと乱れた思考と心では、自分の気持ちを理解する事なんて出来なかったから……石上君は私を見下ろしたまま、涙を流し続けている。

 

「否定してくれないんですね……だったら、僕の事を好きでも無いのに……こんな事しないで下さい! 好きでも無い男に……身体なんて許さないで下さいよ! そんな事をされてもっ……全然嬉しくありません!!」

 

「ッ!?」

 

その叫びに、ビクッと身体が強張った。

 

「……怒鳴ってすいません、帰ります。」

 

力無くそう零して、石上君はベッドから下りて私に背を向けた。私はこの段階になって初めて……自分の言動が1人の男の子の心を深く傷付けてしまったのだと気付いた。

 

「あ、待っ……」

 

部屋を出て行くその背中に、無意識に手を伸ばすも……何も言えないまま、扉は閉ざされてしまった。

 

「……」

 

1人残された保健室、先日の暖かさを感じた時とは違い……私の心は冷え切っていた。

 

「私、何やってるんだろう……」

 


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