石上優はやり直す   作:石神

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早坂愛は探りたい

〈四宮邸〉

 

「ふぅ……」ボフンッ

 

全ての仕事を終わらせた私は、シャワー浴び終わるとベッドに身を投げ出した。最近はただでさえ激務である四宮家使用人の仕事に加え、かぐや様の我儘の相手や会長さんに対する工作活動、果ては対象F(書記ちゃん)の対処など息つく暇も無い日が続いていた。

 

「……」

 

そんな日々の中にも、少しだけストレスを発散出来る瞬間がある。私は少しだけ硬くなった掌を撫でながら、その瞬間を思い出した。

 

………

 

「お、お疲れ様でーす……」

 

「来たんなら早く打つし!」

 

「あ、はい。」ブンッ、ガスンッ

 

「全然ダメだし! 男ならもっと豪快に行けし!」

 

「手厳しい!?」

 

………

 

奇妙な関係だと思う……あの日、勢いで会計君と連絡先を交換した私は、ストレスが溜まると彼をバッティングセンターへと呼び出す様になった。精々が週に一度、バッティングセンターで一緒にバットを振る……そんな奇妙な関係が会計君との間に出来上がっていた。

 

その関係の発端は、夏休みのある日……かぐや様とのくだらない言い争いが発展し、私が会計君を落とせるかどうかの勝負を始めたのがキッカケだった。

 

あっ……ご、ごめんなさい!

 

今まで誰にも見せた事が無い変装で趣向を凝らし、偶然を装い会計君と同じ商品に手を伸ばして会話へと繋げた。更にゲームの話題を振り警戒心を解くと、店舗に備えられたゲームブースへと誘い込んだ。私の演技は完璧だ、自分の計画通りに事が運んでいる……そう確信した私に、彼は言ったのだ。

 

……あの、間違ってたらすいません。

 

早坂……先輩ですよね?

 

彼は出会って数分で、私の変装を見破り名前まで言い当てた。動揺しつつも立て直しを図ろうとする私を制して、彼は次の行き先にバッティングセンターを指定した。

 

……今思えば、女子との遊び場にバッティングセンターを指定するなんて変わった子だ。打撃に自信があるのかと思えば、腰の入っていないヘボスイングで空振りを量産していたし。まさか、私のストレス解消がバッティングセンター通いと知っていた訳では無いんだろうけど……でも、こんな風に誰かと一緒に遊んだ事はなかったから、ほんの少しだけ気が紛れた……

 

「……」

 

でも、私個人の感情は関係ない。私は四宮家の使用人で、かぐや様の近侍(ヴァレット)なのだから……利用出来るモノは全て利用しなくてはいけないのだ。

 


 

〈中庭〉

 

いつもの様に隅っこのベンチに会計君を誘い出すと、私は以前から気になっていた疑問を口にした。

 

「ねー、会計君てさぁ……紀ちんとよく話してるよね?」

 

「紀ちん?………………あ、ナマ先輩の事ですね。確かに話してますけど……」

 

「もしかして、紀ちんの名前忘れてた?」

 

「いえ、そういう訳では……普段はナマ先輩呼びなので、咄嗟にはわからなかっただけですよ。」

 

「……そもそもの話さ、なんで紀ちんの事ナマ先輩って呼んでるの?」

 

「ナマ(モノ)先輩なので……」

 

「いや、そんな当たり前みたいな感じで言われても……もしかして、紀ちんが普段持ち歩いてるノートが関係してたりする?」

 

「っ!?」

 

何気ない風を装い、1番の懸念事項を会計君へと問い掛けた。彼はノートという言葉を聞いた瞬間、目を見開いて固まった……確定だ。この反応……彼はあのノートに何が書かれているか知っているのだ。

 

「あのノートの事、気になってたんだよね〜……何が書かれてるか、知ってたら教えてくれない?」

 

早坂愛の最も優先するべき行動は、主人である四宮かぐやの害となる可能性の芽を摘む事である。例え自分の愚痴を聞いてくれ、バッティングセンター(ストレス解消)に付き合ってくれる存在だったとしても、其処を曲げる事が許され無いのは、早坂愛に与えられた使命と責任感故である。

 

「そ、それは……」

 

「ねぇねぇ、お願いだからさ〜☆」

(もし会計君が……紀さんと共謀してかぐや様の情報を収集し、良からぬ事に利用しようとするのなら……この関係も切り捨てないといけない。でも仕方がない、それが私の存在意義なんだから。)

 

早坂の勘違いがシリアスに向かっていた。

 

「私ちょっと心配なんだぁ……紀ちんてば、いつも四宮さんとか会長さんが近くに居る時に限ってノートに何かを書き込んでるんだよね〜。」

 

「……」

(会長達の妄想ネタを書き込んでるんですよ、とは流石に言いづらい……)

 

言いづらい所の話ではない。

 

「何書いてるんだろー?って気になっちゃって……会計君は知ってるんだよね?」

 

………

 

その日は偶々普段とは違うルートで教室に向かっていると、隅に配置されたベンチに座る早坂さんと石上編集が視界に入りました。

 

「あら、珍しい組み合わせですわね……はっ!? もしや、密会なのでは!?」

 

私は足音を立てない様に気を付けながら、近くの茂みに腰を下ろしました。

 

「……っ!」

(こんな人気の無い所で、何を話していますの?)

 

湧き出す好奇心を押し留め、私は2人の会話に耳を傾けました……別に覗きや盗み聞きなどと言う悪趣味がある訳ではありません。もし2人が甘い遣り取りをしていたのなら……会長×かぐや様のシチュ漫画に転用するだけですから!

 

十分悪趣味だった。

 

「私ちょっと心配なんだぁ……紀ちんてば、いつも四宮さんが近くに居る時に限ってノートに何かを書き込んでるんだよね〜。」

 

「」

(……え? 心配って何がですの? まさか頭? 私、頭を心配されてます?……ハッ!? 違う、そんな事より!?)

 

「何書いてるんだろー?って気になっちゃって……会計君は知ってるんだよね?」

 

「」

(はうあぁっ!? 早坂さんたら、石上編集に何て事を聞いてますのー!? も、もし、会長とかぐや様の妄想カプシチュを漫画にしているなんて事がバレたら……!?)

 

うーわっ、紀ちんて同級生で妄想する激ヤバ妄想女だったんだ……拡散してバズっちゃお〜☆

 

「」

(い、いけませんわー!? 石上編集、お願いですから誤魔化して下さい!! 会長とかぐや様の妄想カプシチュ漫画の事を隠してくれるのなら、ある程度の汚名は被りますから!!)

 

………

 

興味深々……といった感じで、早坂先輩は僕の言葉を待っている……コレは難問だ。ナマ先輩の性癖を暴露する訳にはいかない……けど、早坂先輩を納得させるだけの事も言わなくてはいけないのだから。

 

「あ、あー……アレはですね……」

 

「うん、アレは?」

 

「えぇと……」

 

……嘘を吐く時は、少しの真実を混ぜるとバレ難いという説がある。元々、嘘を吐く事が得意では無い石上である。その説自体は知っていても、適度な嘘と真実の配分というモノを熟知してはいなかった。

 

「も、妄想ポエム……みたいな?」

 

「……妄想ポエム?」

 

石上はよりにもよって、妄想という真実を混ぜた嘘をついた。

 

「は、はいっ……自分に彼氏が出来た時を妄想して、その瞬間の気持ちをポエムとしてノートに書き綴ってるらしいですよ……?」

(……あれ? なんか、ナマ先輩がやべぇポエマー女みたいな人物像になって来た様な気が……)

 

「そうだったんだ……あ、だから会計君の事を石上編集って呼んでるの?」

 

「そ、そうなんですよー! 偶々ノートの中身を見ちゃって……それから感想とかアドバイスを求められる様になっただけなんです!」

(すいません、ナマ先輩! でも同級生に対する妄想(ナマモノ)がバレるくらいなら、妄想ポエム書いてるって言った方がまだダメージは少ない筈なんです!!)

 

どちらにせよ、やべー奴である事に変わりは無い。

 

「へー、そうだったんだぁ……」

(うーわっ、紀さんてそういう……)

 

早坂のかれんに対する警戒度は下がったが、同時に人としての評価も下がった。

 

………

 

「」

 

「あ、かれん。こんな所で何してるの?」

 

「」

 

「ん? かれーん?」フリフリ

 

本日の勝敗、かれんの敗北

激ヤバ妄想女の汚名は回避したが、妄想ポエマー女の汚名を被る事になった為。

 


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