いよいよ3期放送ですね、間に合って良かった……
屋上から出て行こうとする早坂先輩の手を掴むと、思わず叫んだ。一方的に好き勝手言って、もう話し掛けて来ないでと言われたくらいで簡単に引き下がれる程……僕は聞き分けが良くない。
「……離して。」
「嫌です。」
「離して!」
「絶対に嫌です!」
「私の言った言葉が聞こえなかったの!? 私と君はただの他人で、それ以上でも以下でも無いって!」
「だったら……そんなに泣きそうな顔で言わないで下さいよ!! セリフと表情が全然噛み合ってないし、今まで見た中で1番下手クソな演技してますからね!?」
「なっ!?」
「ぶっちゃけ滑稽以外の何者でも無いです!」
「ひ、人の気も知らないでっ……」
「だから! それを教えて下さいよ! 先輩がどういう理由で僕を避けてるのか……それを教えてくれるまで、絶対に離しませんから!」
「……ッ」
「……!」ギュッ
握られた手に視線を向ける……私はかぐや様の近侍として、ボディーガードも兼任している。並の男子高校生程度、組み伏せ様と思えばいつでも出来る。だけど、強い意志と決意の宿った彼の瞳を見て……そんな事をしても無駄だと悟った。
「いいよ……そこまで言うなら、本当の私を教えてあげる。」
………
早坂先輩はそう言うと、ポツポツと語り始めた。自分が四宮家の使用人で、四宮先輩の近侍である事。四宮先輩と関わりのある人間は調査し、随時本家へ報告している事……
前回の僕では知り得なかった事も多く、その事実のひとつひとつが……到底一般的では無い事ばかりで面食らったと同時に……知らなかった事、足りなかった情報が徐々に集まり形を成していく。
「黄光様にかぐや様の情報を流す……それと引き換えに
「……」
「それだけじゃない。君は黄光様に目をつけられてしまった……あの人にとっては、中小企業の1つや2つ潰すなんて訳ないの……もうわかったでしょ? 私と関わっちゃダメだって。」
「……早坂先輩が話してた友達の愚痴って、四宮先輩の事だったんですね……なんか納得出来ました。だったら、裏切るつもりは最初から無いんじゃないですか?」
「どうして……そう思うの?」
「いや、だって……
「……ッ」
「それと、早坂先輩は自分の事を性悪女と言ってましたね。だったら……どうして僕と距離を取ろうとしたんですか?」
「……え?」
「僕の事なんて、知らないどうなっても構わないと……使い捨てるつもりで、変わらずに愚痴やストレス発散に付き合わせ続ける事も出来たんじゃないですか?」
「そ、そんな事っ……!」
「出来なかったんですよね? 僕の事……守ろうとしてくれたんですよね?」
「ち、違う……」
「違いません。早坂先輩は四宮先輩を裏切るつもりも無いし、自分の事しか考えてない性悪女でも無いって事です。」
「どうして!? どうしてわかってくれないの!? これ以上私に関わったら、本当にっ……」
「それでも、僕は早坂先輩と関わる事を辞めません……辞めたくありません。」
「辞めたくないって……ただの学生の君に何が出来るの!? 何のチカラも持たない、ただの学生の君に!!」
「確かに僕は……何のチカラもありません。権力も財力もカリスマ性も無い、ただの学生です。」
「だったらっ……!」
「だけど、友達が困ってたら助けたいです。」
「ッ!?」
「だから……僕も早坂先輩と一緒に頑張らせてくれませんか? 実際にどうすればいいかなんてまだ全然わかりませんけど、2人なら何か良い考えが浮かぶかもしれませんし……どんな小さな事でも、僕は先輩の役に立ちたいです。」
「どうして、そこまで……」
「……此処で先輩との関係が切れたら、きっと後悔すると思うんです。先輩の居ない高校生活を過ごして、大学に進学して、就職して……ある日、今日の事を思い出した時……今日の選択を後悔する瞬間が絶対に来ると思います。僕はもう……自分の選択で後悔したくないんです。」
「……」
「……」
僕の言葉に、早坂先輩は黙って俯き続けている。お互いの間に沈黙が流れ、肌寒い風が吹く音だけが屋上に響いている……
「バカ……」
「え?」
「バカバカバカ!! 私がっ…私が怖いのは1つだけだったのに……!どうして!? どうしてそんな事を言うの!?」
「早坂先輩……」
「私だけじゃ、君を守り切れないのに……」
「その気持ちは嬉しいです。でも、僕だって早坂先輩に傷付いて欲しくないし、酷い目に遭って欲しくないし……1人で頑張って欲しくないです。」
「……ッ」
「僕にだって……何かしら役に立つ事が出来ると思います。だから、先輩が1人で頑張る必要は無いんじゃないですか?」
「……」
「先輩が一言……助けて、チカラを貸してと手を伸ばせば、その手を取ってくれる人も居るんじゃないですか?」
「そんな人っ……」
「少なくとも、1人は此処に居ますよ。」
僕はそう言って、早坂先輩へと手を伸ばした。
「本気……なの?」
「はい、勿論です! 一緒に……汚い大人を出し抜いてやりましょう!」
「……ッ」
………
私は今まで……他人を前にして、演技以外で泣いた事が無い。幼少の頃、一緒に厳しい教育を受けていたかぐや様を除けば……私の泣いた所を見た事があるのは、ママしか居ない。当然だ……他人に弱さを見せればつけ込まれる。だから耐えて、耐えて、耐え続けて来た……
「あ……」
(ダメだ……)
ママに会えなくて寂しい時も、かぐや様への罪悪感に耐えられなくなった時も……私は自室で1人涙を流し続けていた。だけど、もう……
「あぁっ……」
(もう、ダメだ……)
喉の奥が熱くなり、その熱が瞳へと伝わると……視界が揺らぎ始めた。私は伸ばされた手を両手で包み込み、震える声で懇願した。
「お願いっ…助けて……!」
「はい! 勿論です!!」
その言葉を聞いて、私の我慢は限界を超えてしまった。瞳から流れる涙を止め様と、どれだけ手で拭っても……涙は止まってはくれない。
「……よく頑張りましたね、先輩は偉いです。」
「……え?」
私がどれだけ完璧な仕事をしても、どれだけ本家の意向に従っても、それは周囲の人間にとっては当然の事で……だから労ってもらった事なんて、今まで一度だってなかった。
その労いの言葉と共に、ポンと頭を撫でられる感覚に……また涙が溢れて来た。
「ウゥ…わ、私…偉くなんかっ……」
「いいえ、誰が何と言おうと……早坂先輩は頑張りました。凄く偉いです。でも……これからは頑張り過ぎないで下さい。それでも頑張ると言うのなら、僕も一緒にです……僕も先輩のチカラになれる様に頑張りますから。」
そう言うと目の前の男の子は、穏やかな表情を浮かべながら……私が泣き止むまで、優しい言葉を掛け続けてくれた。
………
私と会計君は暫し無言になる……私は濡れた瞳を乾かそうとパタパタと手で顔を扇ぎ、会計君は視線を外して待ってくれている。瞳がある程度乾くと……私は泣いてしまった気恥ずかしさを隠す様に、会計君へと話し掛ける。
「でも……本当に良いの? ここまでの事が全部演技で、本当の私は四宮家から抜け出す為に君を誑かして利用しようとする性悪女かもしれないんだよ?」
「ははは、まだ言いますか。もしそうなら、僕の人を見る目が無かったってだけですからね……潔く、先輩に利用されますよ。」
「その言い方は、狡いと思う……」
「まぁ……先輩相手なら、通用すると思って言ってますからね。」
「……いじわる。」
「僕なんて、気持ち悪いとか勘違いすんなとか……割とメンタル抉られる事言われたんですけど?」
「うっ…ご、ごめん……」
「……別に怒ってませんよ。とりあえず、これからについての話をしましょう。」
「……うん。」
〈四宮邸〉
その日の深夜……私は使用人の仕事を終わらせると、直ぐに自室へと引き上げた。そして、着替えもせずに宝物ボックスへと手を伸ばす……
「……」
私は積まれた連絡帳を手に取ると、最後に使った連絡帳を取り出しパラパラとページを捲り続ける……
「あ……」
指が止まったのは、最後に書き込まれたページ……私は更に一度ページを捲ると、白紙の部分へとペンを伸ばした。
「……」
今日の日付を書き込み、そのままペンを走らせる。何を書くかは考えていない。ただ……今の気持ちをそのまま書き映したい気分だった。何も取り繕わず、今の気持ちをそのままに……
ママへ
私は今日初めて、ママ以外の人と本音で話しました。言いたくも無い事を言って傷付けて、謝って、泣く所も見られました。でも、男の子の友達が出来ました。一緒に頑張ってくれると言って……よく頑張ったと慰めてくれました。その子はとても優しくて、正義感があって、思い遣りのある、年下の男の子です。いつか……ママにも紹介出来たら良いなって思ってます。
「……ッ」
そこまで書いて、これじゃ好きな人を紹介しているみたいだと気付いた。別にママに見せるつもりで書いた訳では無いけれど……なんとなく恥ずかしくなった私は、素早くノートを閉じるとまた元の場所へと戻して封をした。
「あ……」
宝物ボックスを片付けて部屋を見渡すと、いつも同じ部屋の風景が……キラキラと光っている様に見えた。それはきっと、会計君という本音を出せる友達が出来たから……
「うぅん、友達なら……」
会計君って呼ぶんじゃなくて……優君って呼ぶ所から始めてみよう。
早坂愛というキャラが1番、本当の意味で友達になるのが難しいキャラなのではないか? と思いこういう展開にしました。ここまでが早坂愛と親しくなるまでの物語って感じでしょうかね。少し間を空けてから、真愛編も投稿したいと思います。多分そこまで長くはならない……はず。早坂愛が部分的にチョロ坂愛になる予定はありますが……エタる事だけはしませんので、それまでお待ち下さい_:(´ཀ`」 ∠):