奉心祭に向けて、学園内が活気付き始めたある日の午後……私はマスメディア部に居た。廊下で紀さんに見つかるや否や、腕を引かれて此処まで連れて来られたからだ。うーん……最近はちょっと寝不足気味だから、余計な疲労とかは溜めたくないんだけど……部室に入ると、巨瀬さんが椅子に座って何やら呟いていた。
「文化祭……A組はコスプレ喫茶……か、かぐや様が何をお召しになられても、尊さで私きっと死ぬわ……!!」ハヒュー、ハヒュー
「エリカったら、ずっとあんな調子で……一体どうすればいいのか、とても困ってまして……」
「……もう文化祭休んじゃえば?」
「文化祭休んだら後悔で死んじゃう!!」くわっ!
「何か、正気を保てる良い方法はないでしょうか……」
「そもそもの話、普段から正気を保ててるかどうかが疑わしい気がするけどねー……」
「はぁ……せめてかぐや様が何を着られるか分かれば、なんとかイメトレ出来るんだけど……」
「うーん……残念だけど、まだそこまでは決まってないんだよね〜。」
「クリスマスも近いですし、サンタコスとかありそうですわ! そして会長はこう言いますの……四宮がサンタの格好をするだけで、素敵なプレゼントになると……♡」ポッ
「あははは、いくら会長でもそんなハズいセリフ言わないでしょ〜!」
言ってる。
「早坂さんもまだ着る衣装決めてないなら、今此処で色々着てみない?」
「なんで!?」
「衣装は色々揃ってますわ!」ドンッ
「だからなんで!?」
「以前の反省を踏まえて、常備していますの。」
「何の反省だし!?」
………
結局2人の口車に乗せられた私は、次々と差し出される衣装に袖を通し続けた……
「早坂さん、可愛いー!」
「とっても素敵ですわ! これならA組のコスプレ喫茶は、繁盛する事間違い無しですわね!」
「そうかなぁ……」
「うんうん! 会計君だって、コスプレした早坂さんを見れば可愛いとか言うに決まってるわ!」
「っ!?」
(エリカ!?)
「ッ……ほ、ホント?」ドキッ
「ホント、ホント! 気になるんだったら、写真撮って会計君に送ってみれば?」
「……お、送るかはわからないけど、折角だから写真は撮っておこうかな〜?」
「あ、だったら私が撮りますわ。早坂さん、スマホを貸して下さいます?」
「……うん、お願ーい。」スッ
紀さんにスマホを渡すと、一歩引いて全身が写る様に調整する……こういうコスプレをするのは初めてだから、記念に撮ろうと思っただけで……別に優君に見て欲しいとか、そういうつもりじゃ……
早坂先輩、滅茶苦茶似合ってますね
凄く可愛いです
「……ッ!?」ブンブン
私ったら何を考えてるの!? 私は必死に頭を振って、浮かび上がった考えを振り払った。
「早坂さん、どうしたの?」
「な、なんでもないし……」
「じゃあ、撮りますわよー?」
(……生徒会室で会長にコスプレを披露するかぐや様。数々のコスプレを披露した後、かぐや様はどのコスプレが良かったか訊ねます。その問い掛けに会長は、甲乙付け難いが……やはり1番は普段の四宮の姿だな。四宮はありのままの姿が1番綺麗だ……会長はそう言いながら、スマホで普段の制服姿のかぐや様を写真に収める……コレですわ!! 帰ったら直ぐにこのシチュを形にしませんと!!)ムフー!
「……紀ちん? どうしたし?」
「……かれーん?」
「……ッ!」フフンッ、ドヤッ
(まさか、コスプレというありきたりなキーワードから、ここまでの神ネタが浮かび上がるとは……自分で自分が恐ろしいですわ!)
確かに恐ろしい。
「かれんたら、また何か変な事考えてる……」
「あー……」
(ポエムでも浮かんで来たのかなぁ……)
………
「じゃ、私用事あるから行くね〜。」
「えぇ、また明日。」
「早坂さん、またねー!」
部室を出て行く早坂さんを見送ると、私はエリカへと向き直り問い掛けます。
「それで、エリカ? 先程の早坂さんとの遣り取りで石上会計を話題に出したのは……何か意味がありまして?」
「意味? いや、早坂さんて会計君が1番仲良い男子っぽいから言ってみただけなんだけど……」
「はぁ、要は何も考えていなかったと……エリカ、此処だけの話ですけど……多分、早坂さんは石上会計の事を意識していますわ。」
「え、そうなの!? だったら、私達が色々フォローしてあげた方が良くない?」
「……良いですか、エリカ? 恋愛というのは、部外者が関わりを持つ事で拗れる事が往々にしてあるのです!」カキカキ
……私はペンを手に取ると、ホワイトボードへと描き込んで行きます。先ずは神カップリングである会長とかぐや様を……次いで、早坂さんと石上編集の姿を……
「そうなの?」
「そうなのです! 私達が一切関わらなくても、会長とかぐや様は上手くやれているでしょう? つまりはそういう事です!」カキカキ
言う程上手くやれていない。
「仮に石上会計と早坂さんがそうだったとしても、私達が余計な気を回す事が必ずしもプラスになるとは限らないのですわ!」カキカキ
私は恋愛ポンコツお味噌のエリカでもわかる様に、絵を使って説明を試みます。これなら幾ら恋愛に関してポンコツなエリカでも、しっかりと理解する事が出来っ……
「……ねぇ、かれん。なんか……会長とかぐや様の絵だけ描き慣れてる感出てない?」
「」
かれんは墓穴を掘った。
私はマスメディア部を出ると、廊下の隅に身を隠してスマホを操作する。スマホ画面には、私のコスプレ姿が次々と表示されて行く。
「……」スッスッ
うんうん! 会計君だってコスプレした早坂さんを見れば、可愛いとか言うに決まってるわ!
「……ッ」スッ
早坂先輩、滅茶苦茶似合ってますね
凄く可愛いです
「ッ!」ブンブン
またしても浮かび上がって来た考えを頭を振って散らす。もうっ……幾ら優君でも、そんな恥ずかしいセリフを言う訳がっ……
……よく頑張りましたね、先輩は偉いです
僕も先輩のチカラになれる様に頑張りますから
「くっ……!?」
(メチャクチャ言いそうだし!)
あの日……涙を流す私に彼が掛けてくれた言葉が脳内でリフレインする。更に……
来年が無理なら再来年……それが無理だったら、更に次の年に……必ず遊びに行きましょう
つい先日の事も思い出してしまい、益々身体の熱は上がって行く……何? 本当に何なの?
「はぁ、さっさと優君の所に行っ……ってあれ?」
(そもそもの話……何て言ってコスプレ写真を見せれば良いの?)
………
〈中庭〉
「こんなモノ……かな?」
私は自身の格好を見下ろしながら、そう口にする。制服をしっかりと着直して、黒髪のウィッグを付け、カラコンをしている今の私は、何処からどう見てもかぐや様に見えるだろう。
「……」ソッ
周囲に気を配り、足音を立てない様に細心の注意をしながら、茂みに座る優君の背中を視認する。私がかぐや様に変装しているのは、ちゃんとした理由がある。かぐや様の変装なら、優君相手でも数秒程度なら騙せる自信があるからだ……夏休みにあった花火大会の一件で、本家の人間を騙し通した実績もあるし! そう決心して、私は優君へと話し掛けた。
「あら、石上君。こんな所で何をしているの?」
「早坂先輩、何してんすか?」
(早っ!?)
「っ!? よ、よくわかったね? この変装、結構自信あったんだけど……」
「いや、流石にわかりますよ……早坂先輩の事なんですから。」
「え……?」
「多分……どんな変装してても、早坂先輩の事ならわかる自信がありますよ。」
「わ、私の事なら……?」ドキッ
まただ……また心臓が跳ねた。当初の予定なら……優君に私の変装を見せた流れで、マスメディア部で撮ったコスプレ写真を見せるつもりだったのに……
「……先輩? どうかしましたか?」
「そ、その……」ドクンドクン
優君は私の様子を心配そうに伺って来る。わからない……優君を見ていると、心臓が強く脈打つし、呼吸が浅くなるし、頭がボーっとするし、身体が熱くなる……
「な、なんでもないの!……ごめん! 私、今日はもう帰るね!」
「え? 先ぱっ……」
「優君、また明日ね!」タタッ
「あっ、ちょっと待っ……!?」
背中越しに聞こえて来る静止の声を聞き流し、私は走ってその場を去った。
………
「ハァ…ハァ……ふぅ……」
ウィッグとカラコンを外し、問題無い程度まで制服を着崩していつもの姿に戻ると、私は中庭を歩いて心を落ち着かせる。
いや、流石にわかりますよ……早坂先輩の事なんですから
多分……どんな変装してても、早坂先輩の事ならわかる自信がありますよ
「〜〜〜っ!!?」ギュッ
脈打つ心臓を抑える為、胸に手を置きながら歩く。おかしい、ちょっと走ったくらいでここまで苦しくなるなんて……心なしか先程よりも身体の熱が上がっている気がするし、呼吸も浅い気がする。
「ハァ…ハァ……」
ヨロヨロと移動して、人気の無い所を目指す。とりあえず、生徒会が終わるまで何処かで休んで……
「ウッ……」
胸を締め付けられる様な痛みに……ガクンと膝が折れ、そのまま座り込んでしまった。
「早坂さん!? 大丈夫ですの!?」
「きゅっ、救急車!? 救急車呼ばなきゃ!?」
その声に顔を上げると、紀さんと巨瀬さんが慌てて此方に駆け寄って来る光景が目に入った。続いて、救急車という言葉に理性が反応する。
「待って、救急車はっ…やめて……!」
(ダメだ……救急車なんて呼ばれたら、四宮家にも話が行ってしまう。どんな理由でこうなってるかわからない以上、弱味になる行動は控えないと……)
「早坂さん!? どうしてです!?」
「お願いっ……!」
「で、でもっ……」
「び、病院にはタクシーで行くからっ……」
「……エリカ、救急車では無くタクシーを!」
「え? う、うん……!」ピッ
「ありがとぅ……」
その後、付き添いを希望する2人を宥めてタクシーに乗り込んだ私は、1人で病院へと向かった。
「ハァ…ハァ……」
呼吸を整えながら考える……私の身体に起きた異変は、四宮家に対する弱味となり得るのか……これが原因で、優君の足を引っ張る事になってしまわないか……病院へと向かう車中で、それだけが気掛かりだった。