〈診察室〉
「うん、恋の病だね。」
「」
「恋煩いによる睡眠時間の減少、意識している相手が近くに居る事で起きる許容量を超えたドキドキ、それによって起こる体温上昇と心臓の脈速……まぁ君の場合は、使用人の仕事で体力が落ちていた事も多少は関係してるけど……結論は恋の病だね?」
「え、死にたい……」
「医者の前でなんて事を言うんだい……でもこの前のお嬢さんといい、今の若い子もちゃんと青春してる様で安心したよ。」
「先生、今は
「死にたい……」
「安心しなさい、私はこの症例は初めてじゃ無いからね……慣れたモノだよ。」
「マジ最悪……」プルプル
(嘘だ、そんな訳無い! だって……だってもしそうなら、私はかぐや様と同じレベルのアホって事になって……!?)
「……幸運にも病室は空いているから、念の為少し休んでから帰りなさい。」
(違う、私はかぐや様みたいにアホじゃ無い!)
「……待って下さい! 何か見落としが無いか、もっとちゃんと調べて下さい!!」
「確実に
「」
「……認めたくない気持ちも少しはわかるけどね。でもね、たとえ……四宮家の使用人という稀有な仕事をしていても、人である以上恋に落ちるのは避けられない事なんだよ?」
「ば、馬鹿な事を言わないで下さい! 私は幼い頃から今まで、四宮家の使用人として滅私奉公と過ごして来たんですよ!? 今更仲の良い男の子が出来たくらいでそんなっ……」
「幼い頃からね……なら、今までその子以外に仲の良い男の子とかは居たのかい?」
「それはっ……居ませんでしたけど……」
「じゃあ、遅めの初恋だね。」
「だ、だからって……今まで我慢だって出来てたのに、なんで急に……」
「自分で我慢って言っちゃってるしね……まぁ、その子に対する気持ちのキャパシティが限界を超えてしまった事で、抑えられていた感情が噴き出したって所だろうね。因みに、その子の写真とかあったりしないのかい?」
「一応、ありますけど……」スッ
「……四宮のお嬢さんもそうだけど、なんで君達は好きな男子の変顔写真を見せるんだい?」
………
「なるほど……四宮のお嬢さんとは、また違ったタイプが好きなんだね? 同じ理由で病院に来たから、そこら辺も一緒だと思っていたけど……」
「人の好みは千差万別ですからね。」
「ち、違いますっ…私はそんなっ……!」
目の前の医師から突き付けられる事実に、イヤイヤと頭を振って否定する。私が
「……いいかい? 人を好きになる事は決して恥ずかしい事では無いんだよ? 若いんだから、怖がらずに一歩踏み出して……」
「その踏み出した一歩の所為で、17の時に子供出来たんですよね?」
「何で今言っちゃうかな……えぇと、何処まで話したっけ?……うん、避妊はちゃんとしなさい。」
「そんな話はしてません!」
「年下の男の子ねぇ……普段は大人しい子が、いざって時に見せるギャップにやられたりするのよねぇ……年下でも男らしい部分があるって事を見たり聞いたりして、意識し始めちゃったり……」
「……ッ」
隣で佇んでいた看護婦さんの言葉に、核心を突かれた様な気がした……その言葉通りの事を、私は体験したばかりだったから……
「貴女もその口だったりする?」
「べ、別に私は……」
「……まぁ良いわ。とりあえず、病室に行きましょうか? 貴女は少し、横になった方が良いわ。」
「……わかりました。」
案内された病室のベッドで横になった私は、かぐや様に病院で少し休んでから帰宅するというメッセージを送る。当然ながら恋の病と宣告された事は伏せるしか無いので、軽度の過労という事にして……数分後、かぐや様からメッセージが返って来た。
〈こっちの事はなんとかするから、ゆっくり休んでから帰って来なさい。〉
「……」ポチポチ
謝罪と御礼の言葉を送り、スマホの電源を切る。はぁ……今日は確か、○○会社社長の奥様が来邸される予定だった筈だ。特別気難しい人では無いので、私が居なくても上手く対応出来ると思うけど。とりあえずは、救急車で運ばれなかった事に安堵する。もし救急車で運ばれていたら……四宮家は当然として、かぐや様にも連絡が行ってしまう所だった。もし、かぐや様に今回の事がバレたら……
へぇ? 早坂、貴女……散々私に好き勝手言ってた癖に、石上君が好き過ぎて倒れるなんて……お可愛いこと。
「……」イラッ
かぐや様にマウントを取られる様になる事だけは、絶対に阻止しないと……
「もう、どうしてこんな事に……」
うん、恋の病だね
「……ッ!」ガバッ
つい先程、先生から言われた言葉が頭の中で響いた……私は恥ずかしい気持ちを誤魔化す様に、頭から布団を被って潜り込んだ。目を瞑ると、ここ最近の記憶が次々と浮かんでは消えて行く……
来年が無理なら再来年……それが無理だったら、更に次の年に……必ず遊びに行きましょう
……命懸けなんだと、言っていましたわ
多分……どんな変装してても、早坂先輩の事ならわかる自信がありますよ
「……ッ!」
(違う違う違う! アレは多分そういうのじゃ無いから! 優君は別にそういうつもりで言った訳じゃ無いんだから、私が変に穿った受け取り方をしたら、それこそっ……)
……よく頑張りましたね、先輩は偉いです
「〜〜〜っ!?」パタパタ
熱くなった顔とムズムズする感覚から意識を逸らす為に、布団の中で足をバタつかせていると……病室の外に人の気配を感じた。私は布団の隙間から、病室の入り口をこっそり伺う。
「此処よ。今は休んでるから、静かにね?」ガチャッ
「はい、ありがとうございます。」
「ッ!」ビクッ
直後にドアが開けられると、2人の人間が入って来た。1人は此処まで案内してくれた看護婦さん、もう1人は……
「っ!?」
(ゆ、優君!? どうして此処に!?)
薄目を開けて視線を向けると……心配そうな表情を浮かべて、私の様子を伺う優君の姿が見えた。
「早坂先輩……」
優君はそう零すと、黙って私を見つめて来る。
「……」
(心配、させちゃったのかな……)
「……じゃあ、私は仕事に戻るわね。」
「あ、はい。ありがとうございました。」
「……」ジッ
「あの……?」
看護婦さんは病室を見渡すと、優君をジッと見つめている。その様子を見て、何故か嫌な予感がした。
「実はね、こっちの病室は看護師の見回り頻度が少ないの……だから、次の見回りが来るのが3時間は後なんだけど……2人っきりだからって、変な事をしちゃダメよ?」
「は?」
「」
早坂の嫌な予感が当たった。
「いや、しませんよ……」
「その上、この病室ってVIP向けの構造をしてるらしくて……詳しくは知らないけど、耐震性と防音性に優れてるらしいのよ。だから、どんなに
「今、声のニュアンス変じゃなかったですか?」
「どれだけベッドが揺れても、外には伝わらないのよね……」
「いや、だから! 何もしませんって!!」
「おまけに、この付近で患者さんが入ってる病室は此処以外無い。つまり……見舞い客が間違って入って来る事も無いし、どれだけ騒いでも簡単にはバレ無いけど……絶対に変な事しちゃダメよ?」
「この人しつけぇ!!」
「男の子なら財布の中に1つは入れてるだろうから、心配はしてないけど……TPOは考えてね?」
「財布に1つって何の話ですか!? あとTPO云々に関しては、ブーメランですからね!?」
「じゃ、頑張ってね?」パタン
「何を頑張れと……って、言いたい事だけ言って出て行くし……」
「……」
(優君には悪いけど、寝た振りでやり過ごさせてもらおう……今の精神状態で優君とまともな会話が出来るとも思えないし……)
この時の私が選んだ選択が正解だったのか、私にはわからない。何故なら……
「早坂先輩……」スッ
「ッ!?」ピクッ
布団からはみ出ていた左手を両手で包まれる……優君の手の感触に身体が僅かに震えたけど、それ以上の反応が起こるのを理性で抑え付ける。
「……ッ!?」
(ゆ、優君!? もしかして、看護婦さんに唆されたからって何かするつもりじゃっ……)
「ナマ先輩達に、早坂先輩の事を聞いて来たんです。それと、早坂先輩を診断した先生から聞きました……軽い過労だって。確かに、最近の先輩は様子がおかしい事もありましたけど、疲れが溜まっていた事が原因だったんですね……」
「……」
(そっか、紀さん達が優君に伝えちゃったのか……余計な心配を掛けたくなかったから、黙ってるつもりだったんだけど……)
「先輩は……過労で倒れる程、何かを頑張ってたんですね……」
別にそういう訳では無い。
「……」
(優君にも心配掛けちゃったな……明日にでも、大丈夫って事をちゃんと伝えないと……)
「確かに、僕は頼り無いのかもしれません。早坂先輩みたいにハッキングが出来る訳でもないし、変装だって出来ません。だけど……」
「……ッ」トクンッ
(違う、そんな事ない……私は別に、優君を頼り無いと思った事なんて……)
恋の病で倒れたという真実を知る早坂とは違い、石上は自身が見聞きした断片的な情報を繋ぎ合わせる事でしか推論を導き出す事が出来ない。自分達の目の前で倒れたというマスメディア部員の情報、診察をした医師から聞いた過労という情報、そして……早坂愛と自身の前に聳え立つ、四宮家という絶対的な壁の存在……それらを繋ぎ合わせた結果、早坂の思考以上に石上の脳内には、シリアス的な考えが次々と浮かんでは消えて行っている状態であった。
「僕は先輩の為なら……命だって懸けてみせます。だから、1人で抱え込まないで下さい。1人で頑張り過ぎないで下さい……あの時に交わした、先輩と一緒に頑張るって約束を……果たさせて下さい。お願いですから……」ギュッ
対する早坂も、なまじ寝ている振りをしてしまった為……石上の口から次々と出て来る言葉をノーガードで受ける羽目に陥る。誠実であり、真摯であり、青臭くもあり、そして何よりも……小っ恥ずかしいセリフの数々に早坂は……
「〜〜〜っ!?」ドキドキッ
(ゆ、優君、お願いだから待って!? こ、これ以上は、寝てる振りも限界になっちゃっ……!?)
限界寸前であった。
「早坂先輩、僕は……」ギュッ
「〜〜〜ッ!!」
(も、もう限かっ……)
「失礼しますわ。」コンコン、ガチャッ
「早坂さん、大丈夫?」
「ッ!?」
(紀さんと巨瀬さん!?)
「あ、先輩達もお見舞いに来たんですね?」サッ
「えぇ、目の前で倒れる所を見てしまいましたし、早坂さんの事が心配で……」
「会計君、お医者さんから何か聞いてる?」
「はい、軽い過労らしいです。此処で少し休んで大丈夫なら、帰っても良いみたいです。」
「そっか、良かったぁ……」ホッ
「本当ですわね……」ホッ
「……僕はそろそろ帰りますね。先輩方、あとはお願いします。もし早坂先輩が起きたら、お大事にと伝えといて下さい。」
「うん、任せて!」
「必ず伝えておきますわ。」
「……お願いします。」ガチャッ、パタン
「……ッ」ドキドキッ
(あ、危なかった……)
本日の勝敗、早坂の負け
世界の名医でも治せない病に罹ってしまった為。