「ねーねー、ママー?」
私の傍らには、まだ小学校に上がったばかりの小さな女の子が居た。その子は2つの瞳をキラキラと輝かせながら、私を見上げている。
「うん? なぁに?」
「ママはどうしてパパと結婚したのー?」
「うん……そうね、ママがまだ子供の頃の話なんだけど……」
「子供の頃って、今のゆあくらい?」
「うーん、もうちょっとお姉さんだったかな? 私が高校生の時だったから……あと10回、優愛に誕生日が来たら同じになるわね。」
「こーこーせい! 大人だ!」
「ふふ、その時のママはね? 凄い嘘吐きだったの。色んな人の前で、嘘の自分を作って過ごしてた……そんな時に、1つ年下の男の子に出会ったの。それが……」
「パパだ!」
「うん、正解。それで、パパ相手にも嘘の自分を作って接してたんだけど……何故かパパにはバレバレだったの。」
「パパすごい!」
「うん……だから、パパとは会わない様にしようとしたんだけど……捕まって怒られちゃったの。」
「……パパ、怖かった?」
「……ううん。あの時パパがママを捕まえて怒ってくれたから……ママもパパにだけは、嘘を吐かない事に決めて……それから少しずつだけど、パパ以外の人にも本当の自分を見せられる様になったの。」
「ふーん……?」
「ふふ、まだちょっと優愛には難しいかもね?」
よくわかって無さそうな表情を浮かべる子供の頭に手を置いて、優しく撫でる……あの時の事は、それこそ昨日の事の様に思い出す事が出来る。
だけど、友達が困ってたら助けたいです
……よく頑張りましたね、先輩は偉いです
僕も先輩のチカラになれる様に頑張りますから
「……この話の続きは、優愛がもう少し大きくなってからね?」
「えー!? ゆあもっとお話し聞きたーい!」
「ダーメ♪」
「……何の話? 随分と盛り上がってるみたいだけど……」
背後から掛けられた声に振り返ると……口の前に指を立てながら答える。
「……内緒♪」
「ないしょー!」
「えぇ? 気になるなぁ……」
「内緒だもんねー?」
「ねー!……あ! とっとり鳥の助の映画が始まっちゃう! パパ、ママ早くー!」タタタッ
元気良く走りながら、テレビの前に向かう娘の姿を見て……自然と笑みが零れた。
「ふふ♪」
「……どうかした?」
「ううん、幸せだなって思って……優君、これからもよろしくね?」
「……こちらこそ、これからもよろしく。」
ギュッと握られた手から伝わって来る温もりを感じながら……これからも幸せな日々が続いて行くのだと思った。
………
〈ピピピピピ!〉〈ピピピピピ!〉
「ン…朝……」ボーッ
枕元で鳴り響くアラームを止めると……私は意識を覚醒させようと、身体を起こすと小さく伸びをした。
「ふぁっ……今日は平日だから、朝ご飯作った後に優君と優愛のお弁当も作らないと……っ!?」ガバッ
そこまで口にして気付いた。そうだ……此処は四宮邸の自室で、私はまだ高校生で、当然結婚なんてしてないから子供だっていなくて……つ、つまり、私がさっきまで見ていた光景は……!?
「〜〜〜っ!!?」プルプルプル、パタパタパタッ
早坂愛……先程まで見ていた夢と寝惚けていた事が原因で、とんでもなく恥ずかしい勘違いをした事に気付き撃沈。
「はぁ……まさか、あんな夢を見ちゃうなんて思わなかった……」
あの後、ベッドの上で悶絶した私は……仕事の時間が差し迫っていた事もあって、顔と身体の火照りが治まるのを待つ事も無く仕事をする羽目になった。毎朝のルーティンは何故か普段通りに出来ないし、顔が紅いままで朝の仕事に出たから、他の使用人と顔を合わせる度に体調を心配されるし、一部の使用人からは仕事を代わるから今日は登校時間まで休めとか言われるし、顔が紅い理由なんて言える訳ないし、あれだけ幸せだったのに……それが夢だとわかってちょっと悲しかったし、マジ最悪……
「昨日は昨日で、あんな事になるし……」
僕は先輩の為なら……命だって懸けてみせます
「……ッ!」ブンブンッ
頭を振って昨日の出来事を脳内から追い出す。これじゃあ、まるで私も……かぐや様みたいなポンコツになっちゃったみたいじゃない! まぁ私は、かぐや様と違って救急車で運ばれた訳じゃ無いから、かぐや様と同じレベルって事にはならないだろうけど! それに、夢に関してだって……
………
今日も私は、いつもの様にかぐや様の登校に同行していた。秀知院に向かう車中で、帰宅後の予定を話し合った後……まだ時間が残っている事に気付いた私は、かぐや様にある事を訊ねた。
「そういえば……かぐや様って会長さんが出て来る夢とか、見た事あるんですか?」
「早坂……突然何を言い出すの?」
「いえ、ちょっとした興味で他意はありません。」
嘘である。この女……今朝見たばかりの夢に動揺すると同時に、それでも自分は
「会長さんと付き合う様になったり、デートしたり、結婚する夢とか見てないんですか?」
(かぐや様、信じてますからね……)
「そ、そんなの……」
もし、かぐやが白銀との情念に駆られた夢を見ていないのなら……それは、自分がかぐやよりもヤバい領域にいる事の証左となってしまう。恋をした事で、アホでポンコツな面倒臭い恋愛脳となってしまった主よりも、自分はマトモな人間だという証明が欲しいが為に……この話題を振った早坂であった。果たして、その結果は……
「あ、ある訳無いでしょ!? そんなっ……2人っきりで花火大会に行ったり、クリスマスを一緒に過ごしたり、9人の子供に囲まれながら幸せな家庭を築く夢なんて……み、見る訳無いでしょ!!?」
「……流石です、かぐや様。」ホッ
(かぐや様も見た事あるんだ、良かった……)
かぐやよりヤバい領域にはいないが、同レベルである事が確定したので言う程良くない。
「何が流石!?」
「いえ、何でもありません。」
………
まぁ、かぐや様と同じ体験をしてるっていうのは、ちょっと納得出来ない部分はあるけど……
「……」
早坂先輩、僕は……
あの時、優君は何を言おうとしてたのかな? 優君は……私の事、どう思ってるのかな……
「あ……」
そういえば……10月に入って直ぐの頃に、私の事を女としてどう思ってるか、優君に聞いた事があった筈だ……あの時は、会長さんに振られた所為で(まぁ、本気で告白した訳じゃなかったけど!)ちょっとだけ自信に欠けていた事もあって、サラッと聞けたんだっけ? あの時は確か……
え、えぇと……日本人離れした色素の薄い肌とか、太陽みたいにキラキラした髪とか、アクアマリンの様な綺麗な瞳とかですかね
「……ふふ♪」
……少なくとも、10月の時点で良い印象は持ってもらっていたらしい。綺麗なんて言葉、高校生の男の子が異性に対して簡単に言えるモノでは無い筈だし……それに、優君は来年も再来年も私と一緒に居てくれると言ってくれた……
「……ッ!」ギュッ
優君の事を考えていると……自然と胸の中が暖かくなって来る。
「優君……」
会いたい、話したい、触れ合いたい。そして、出来る事なら……恋人として、優君の隣に居たい。だけど、優君は1年で私は2年……彼と学年が違う以上、一緒に秀知院学園で過ごせる時間は、残り1年と数ヶ月しか無い。その残された時間を後悔しない為には……優君に告白して、受け入れてもらわないといけない。
「でも……」
そんな感情が湧き上がると同時に、私の中の冷静な部分が歯止めを掛ける。仮に優君との事が上手くいったとしても、私がかぐや様より早く幸せになるなんて事が許されるのかという思考が……優君に告白して運良く受け入れてもらう事になったとしても、せめてかぐや様が会長さんと付き合ってからじゃないと駄目だ。かぐや様が……会長さんと……
「………………」
いや、寧ろ……かぐや様の近侍として、更には姉として、恋愛のノウハウを教える為に私が先に優君と恋人になるべきじゃないの?
早坂は秒で意見を変えた。
「っ!」
そうと決まれば、私の取る行動は1つだ。優君に告白してOKを貰える様、只管頑張るだけだ。私はかぐや様と違って、恥ずかしいとかしょうもない理由で告白する事に躊躇したりしないし、何より……夢で見た幸せな光景を実現させる為に! 私は新たな気持ちを胸に、優君との待ち合わせ場所へと向かった。
〈中庭〉
「ん、まだ来てないんだ……」ガサッ
「ンニャ!」
草木を掻き分けていつもの場所へと顔を覗かせると……優君の代わりに猫ちゃんに出迎えられた。
「あ、君が1番?」
「ニャ!」
「そっか、良い子だねー?」ナデナデ
「ナァ…ゴロゴロ♪」
「ふふ♪」ナデナデ
………
「ちょっと遅れたな……」
放課後、僕はいつもの場所へと小走りで向かっていた。文化祭まで2週間を切った事もあり、放課後に行われるクラス内の役割分担や買い出しの割り振り等、話し合いに時間が掛かる様になって来た。ある程度の話し合いが完了すると、生徒会を言い訳に切り上げて早坂先輩との待ち合わせ場所へと向かう。
「……」
いつもの場所へと向かう途中、昨日の出来事が脳裏を過った……ナマ先輩からの連絡で早坂先輩が倒れた事を聞いた僕は、急いで病院へと向かった。そして、診察をした医師から軽度の過労だと教えてもらったのだ。早坂先輩の病室に案内されている間、看護婦さんにチラチラと見られていた様な気がしたけど、それは良い。それよりも、僕の中には1つの懸念が浮かび上がっていた。
「本当に……過労なんだよな?」
早坂先輩との待ち合わせ場所へと向かう中、それだけが気掛かりだった。
………
「早坂先輩、早いっすね。」ガサッ
「あ、優くっ……!?」ドクンッ
(……あれ? なんか、変……?)
「……先輩? どうかしましたか?」
「え? えぇとっ……」ドキドキッ
(何か、何か言わなきゃっ……で、でも、優君がっ…優君がっ……!)
「……あの?」
「そ、そのっ……」ドキドキッ
(す、凄くキラキラしててカッコ良く見える……! え、なんで? 昨日まで普通に見えてたのに……サラサラの髪も、心配そうに私を見て来る瞳も、ちょっと見上げないといけない身長差にも、全部に緊張しちゃう様になってるっ……!?)
早坂愛には、白銀御行にアプローチし告白した経験がある……とは言っても、それは作られたキャラクターを演じ、虚偽の告白をしたに過ぎない。等身大の早坂愛として告白をした事はおろか、異性を好きになった事すら無かったのである。つまり、今この瞬間こそが……早坂愛が石上優に対する恋心を自覚してから、初めて相対する瞬間なのである。
「先輩……何かありましたよね?」
「な、何かってなんだし?」ドキッ
「誤魔化さないで下さいよ、さっきから様子がおかしいじゃないですか! もしかして、病院で何か言われたんですか!?」
「ち、違っ…っていうか近いっ……!」ドキドキッ
「今なんて言ったんですか!? ちゃんと言ってくれないと、わかりません! 早坂先輩が倒れた理由って……本当に過労なんですか?」
「っ!?」ギクッ
優君の鋭い指摘に、思わず身体が強張った。
「やっぱり違うんですね……本当は、何か重い病気だったりするんですか?」
「べ、別にそういう訳じゃっ……」
「だったら……どうしてさっきから、誤魔化そうとするんですか? 本当は……過労以外の病名を言われて、それを隠そうとしてるんじゃないんですか?」
確かに言われている。
「そ、それはっ……」ススッ
(あ、あまり近くに居るのはマズっ……)
「どうして逃げるんですか? 僕にも言えない事なんですか!? 早坂先輩、お願いですから本当の事を言って下さい!」ガシッ
さり気無く距離を取ろうとした事を見抜かれ、優君に両肩を掴まれた。ま、マズい、本当にマズい! 私はかぐや様みたいにルーティーンを獲得していないし、こんな精神状態でまともな対応なんてっ……
「うぅっ……」ドキドキッ
(ど、どうすれば……段々と顔と身体が熱くなって来てっ……!? これ以上顔が紅くなったりしたら、私の気持ちもバレちゃうんじゃ……!?)
「っ!? 早坂先輩……顔が真っ赤ですけど、本当に大丈夫なんですか!? ……って熱っ!? やっぱり何かあるんじゃっ……」ピトッ
「ひぅっ!?」ビクッ
(んん!? ゆ、優君の手が!? それに、さっきより近っ……!?)
「ちょっ!? へ、変な声出さないで下さいよ!?」
「だ、だって……」
(可愛っ…って違う、そうじゃない! こんな時に何考えてるんだ僕は! 早坂先輩、体調が悪そうだけど……やっぱり、何か別の病気に罹っててそれを隠そうとしてるんじゃ……!?)
「……お願いですから本当の事を教えて下さい。僕は先輩のチカラになりたいだけなんです!」
「うぅ……」
「早坂先輩!」
「うぅっ……!」
……早坂愛は四宮かぐやの近侍である。かぐやと共に幼少の頃から厳しい教えを受け続けて来た早坂だが、当然その教えの中には窮地に陥った時の対処法も存在する。しかし、其処は四宮家……物事の基本的な解決策が、脅迫、暴力、金がスタンダードな嫌な家である。つまり……
「あっーーー!!」シューッ
追い詰められた早坂が咄嗟に取る行動も、それに準じたモノとなってしまうのは必定! 早坂は瞬時にポケットへ手を伸ばすと、取り出したスプレーを石上の顔面へ向けて放射した。
「あれ、なんかデジャブっ……z z z」バタッ
「ハァ…ハァ……あ!ゆ、優君!?」
「……z z z」
「」
本日の勝敗、両者敗北
石上は意識を刈り取られ、早坂はいざ自分が恋をしたと自覚すると、全然上手く立ち回れない事が判明した為。