〈翌日〉
「はぁ、やっちゃった……」
次の日になっても……私は昨日の行動を引きずったままだった。幾ら緊張で訳がわからなくなってたとは言え……好きな人に催眠スプレーを吹き掛けるなんて、かぐや様でもやらない様な事をして……私のバカ。
かぐやは背負い投げをしている。
「優君、怒ってないといいけど……」
(一応、昨日のうちにLI○Eで謝ったし大丈夫だよね? 放課後になったら、ちゃんと謝るつもりだし。それに……悪い事だけじゃ無くて、ちょっとだけ良い事もあったし……)
………
「ゆ、優君?」ツンツン
「……z z z」
「……」
眠り続ける優君の横に陣取ってジッと寝顔を見つめる……催眠スプレーの効き目は体質や体調にも左右される為個人差はあるが、1時間〜2時間は眠ったままの筈だ。その事実が……私の身体を動かした。
「……ッ」スッ
私は優君の頭を少しだけ持ち上げると、地面と優君の頭の間に自身の膝を差し込んだ。別に変な事をしようとしてるんじゃ無くて……このままにしておいて、優君が身体を痛めたら申し訳ないし……
「スゥ…スゥ……」
「……」スッ
規則正しい呼吸音を聴きながら……優君の頭へと手を伸ばし、ゆっくりと撫でる。
「……」ナデナデ
私の嘘をあっさりと見抜いた、年下の男の子。本当の私を知っても、変わらずに接し続けてくれる男友達。私の身体を心配して、私を助ける為に命懸けで頑張ろうとしてくれている……私の好きな人。
「いつか……伝えたいな。」
精一杯の感謝と、私の気持ちを……
「スゥ…スゥ……」
「……」ナデナデ
……よく頑張りましたね、先輩は偉いです
僕も先輩のチカラになれる様に頑張りますから
「年下なのにカッコイイとか……ズルいし。」ツンツン
「うぅ……z z z」
「……ふふ♪」ナデナデ
……一見良い雰囲気の様に見えるが、催眠スプレーによる加害者と被害者である。
………
「うん……優君が寝てる状態なら普通に平気だったし、少しずつ慣れて行けば……」
「……居た! 早坂さん、お願い助けて!」
「もう、エリカったら……」
「……巨瀬ちんに紀ちん? 一体どうしたし?」
「実は……」
………
〈マスメディア部〉
「「文化祭直前の特集ですか?」」
「そ、目ぼしい所の意気込みとかね。この前2人が作った文実の記事も好評だったみたいだし……頼まれてくれる?」
「「はいっ!!」」
………
「……って部長に頼まれちゃって、いよいよ本当にかぐや様を見て倒れてる場合じゃなくなってきたのっ! 助けて早坂さん!!」
「ウチの事、ドラ○もんか何かだと思ってない?」
「お願い! かぐや様を前にして緊張しない方法が知りたいの! かぐや様の目の前で倒れるなんて失態、絶対にする訳にはいかないし……」
「うーん、そう言われても……」
「そうだ! 早坂さんは会計君が好きなんだよね? ドキドキして倒れそうな時とかどうしてるの?」
「」
「」
(エリカーーー!?)
「こ、巨瀬ちんてば、何言ってるし!?」
「え、違うの? 早坂さんは会計君の事を意識してるってかれんが言ってたんだけど……」
「……紀ちん?」ゴゴゴッ
「」
(エリカーーー!? 情報漏洩にも程がありますわよ!?)
「ふふん、私も色々勉強してるんだよ? 意識してるって事は、好きって事なんでしょ?」ドヤッ
「べ、別に……」
巨瀬さんの言葉を否定するのは簡単だ。私は今まで数百、或いは数千の嘘を吐いて生きて来た人間だ。だけど……例え嘘だったとしても、別に優君の事は好きじゃない、という言葉を口にする事は出来なかった。その嘘だけは……吐きたくなかった。
「……ッ」
「早坂さん? どうしたの?」
「そ、それよりもエリカ! 早坂さんに聞きたい事があるのでしょう!?」
(此処で誤魔化しておかないと、私にも被害が来そうな気がしますわぁ……)
私が何も言えずに居ると、紀さんが話題の転換をしてくれた……まぁ、そもそもの原因は、紀さんが余計な事を巨瀬さんに言ったのが原因なんだけど……
「あ、そうだった! あのね、前に早坂さんが言ってたルーティーンってヤツを教えて欲しいの!」
「……ルーティーン? 教えたからって必ず出来る様になるとは限らないけど、それでも良いの?」
「うん、お願い! 3年生と一緒に過ごせる最後の文化祭だもん、出来る備えはしておきたいの! 私達、正直かなり不安がられてると思うから……」
「自覚あったんだね〜。」
「エリカに倒れられたら、取材どころではなくなりますし……早坂さん、私からもお願いします。」
「別に良いけど……紀ちんは大丈夫なの?」
「ふふ、心配は無用ですわ……私は日々の
「それは人として大丈夫なの?」
「勿論です。余程の事でも無い限り、倒れたりなんてしませんわ!」フフンッ
「根本が大丈夫じゃないのよ、あの子……」
「……巨瀬ちんもね。」
〈中庭〉
「……」
「……」
その日の放課後……私は優君と中庭で向かい合っていた。理由は単純で、昨日の件を謝りたかったから。一応は昨日の夜にLI○Eで謝って許してはもらったけど……ちゃんと謝っておきたかったので、態々優君に足を運んでもらったのだ。
「優君、昨日はごめんね……」
「いえ、僕の方こそ昨日はその……すいませんでした。強引に色々聞き出そうとして……」
「ううん、私もその……そ、それより、優君は大丈夫? どこか痛めてない?」
「それは大丈夫ですけど、まさか催眠スプレーを吹っ掛けられるとは思ってませんでしたね……」
「うっ、本当にごめんね……優君は心配してくれてたのに、私ったら……」シュン
「いえ……僕も少し強引過ぎましたから、お互い様って事で。」
「……うん、ありがとう。優君は心配してくれたけど、本当に変な病気とか……そういうのじゃ無いから、それは心配しないで。」
「それなら、良かったです。でも過労で倒れたんですから、無理はしないで下さいね?」
「……うん、ありがとう。」
「あ……そういえば、早坂先輩が前に言ってた機種を実際に見に行ったんですけど……」
「……へぇ、どうだった? 良い感じ?」
お互いに謝り合った後、優君は気まずい雰囲気にならない様な話題を振ってくれた……こうやって隣に座って話をしているだけで、私の中の何かが満たされていくのを感じる。昨日は色々な要素が重なった所為で、凄く動揺してしまったけど……冷静になってみれば、私はかぐや様と違って
「……ふふ♪」
「……先輩? どうかしましたか?」
「うぅん、なんでもない♪」
「……?」
〈四宮邸〉
その日の夜……仕事を終わらせてかぐや様の部屋を訪れると、ベッドに突っ伏したまま動かないかぐや様が視界に入った。はぁ……また会長さん関連で何かやらかしてしまったのだろう。私はベッド脇まで近付くと、かぐや様に話し掛けた。
「それで、かぐや様……今度は一体何をやらかしたんですか?」
「やらかした前提で聞かないで……」
「それは失礼しました。では、ベッドに突っ伏している理由を聞かせて頂けますか?」
「実は……」
………
「あ〜〜〜〜〜あ……かぐや様、やっちゃいましたね。これで暫くは、会長からデートに誘われる……なんて事は無いでしょうね。だってズバッと断っちゃったんですから。はぁ、なんて勿体無い……」
「し、仕方ないでしょ!? あんな風にサラッと誘って来るなんて思ってなかったんだもの! 脳が理解するのに時間が掛かっちゃったの!!」
「まぁ確かに、普段の会長さんなら考えられない行動ですよね……何か心境の変化でもあったんでしょうか?」
「そ、それはわからないけど……とにかく早坂! どうにかして時間を巻き戻す方法を探して!」
「私ドラ○もんじゃ無いのでちょっと……ただ、私から言える事は一つです。会長さんは勇気を出してかぐや様をデートに誘ってくれたんです。次はかぐや様から誘ってあげるのが、誠意ある行動というモノではないでしょうか。」
「私から……」
「……かぐや様、時間は有限です。残った学園生活を無意味に過ごしたく無いのなら、妙なプライドに固執して後悔する事だけはしないで下さい。」
(かぐや様は私と違って……好きな人と堂々と会う事も、遊びに行く事だって出来るんですから……)
「わ、わかってるわよっ……」
「まぁ、かぐや様みたいなヘタレ系お嬢様には無理かもしれませんが……」
「誰がヘタレ系お嬢様よ! 別に会長を
「デートの事を視察と言い換えている辺り、ヘタレ要素が抜け切れてませんけどね。」
「は、早坂!!」
「あー、はいはい。」
(これだけ煽っておけば、かぐや様でも勢いでデートに誘うくらいは出来る筈……)
………
〈次の日〉
「は、早坂ぁ……石上君に会長とのデート取られちゃったぁ……」
「え、なんで……?」
本日の勝敗、かぐやの敗北
白銀を文化祭デートに誘えなかった為。