奉心祭当日、見上げた空は未だ闇色を纏っている。早朝5時過ぎ、私は制服に身を包んで秀知院の門を潜っていた。今日はかぐや様も奉心祭の前準備で早めに登校する為、私も使用人としての仕事は免除されている。クラスや学年、在籍する部活動や委員会も異なる生徒達が最後の仕上げに精を出す。12月の早朝にも関わらず……秀知院学園はかつて無い程、活気に満ち溢れていた。
〈中庭〉
「優君、おはよ。」
「あ、おはようございまっ……!?」
「どう? 似合ってるかな?」
「そ、その格好はっ……!?」
「……ふふ♪」
慌てる優君を見て、私はイタズラが成功した事に満足する。文化祭が始まるとお互いに忙しくなってしまうので、それまでに時間に余裕があれば中庭で会おうという提案を優君にしていた。なんとか時間調整に成功した私は、メイド服を身に纏い優君との待ち合わせ場所である此処まで来た……という訳だ。今日は学園中を様々な格好をした生徒が行き来している為、私がメイド服を着ていても悪目立ちはしない筈だし、何より……優君にもこの姿を見てもらいたかったから。
「……似合ってない?」
「い、いやっ……滅茶苦茶似合ってますよ! 流石は本職と言いますか、何と言いますか……」
「そう? 良かった♪」フリフリ
優君の言葉に気を良くした私は、スカートの端を持って左右に身体を振ってみる。
「……っ!」
僅かに両目を見開いて、優君は私を見つめている。フッと視線を外したと思えば、遠慮気味にチラチラと視線を向けて来る所が可愛い。
「優君、どうしたの?」フフン、ドヤッ
(ふふ、少しはドキドキしてくれたかな?)
「え、えーと……」
ドギマギする優君を見て、私は自分のアピールが上手くいった事を確信する。思った通り、優君も男の子だからこういうのが好きなんだ……だとしたら、コレが効く筈だ。
「おはようございます、ご主人様。」
今回は優様ではなく、ご主人様呼びを試してみた。この前の優君の反応的に、
「ぐぅっ!?」
優君は胸に手を当てると、うめき声を上げた。
「……ふふ♪ドキドキしちゃった?」
優君が恥ずかしがっている所を見ていると、むず痒さを感じると同時に、段々と楽しくなって来た。私は優君より年上だし、余裕のあるお姉さんみたいに振る舞えば……
「それはそうですよ! だって、その……早坂先輩のメイド姿、滅茶苦茶可愛いので……正直、凄く緊張してます!!」
「へ……えぇっ!?」
(か、可愛い!? しかも、滅茶苦茶!?)
早坂の余裕のあるお姉さんタイムが終わった。
「あ! 別に普段の早坂先輩が可愛くないって意味じゃないですよ!? 普段の早坂先輩も勿論可愛いと思ってますから! 誰も居ないと油断して猫と猫語で話しちゃう所も、機嫌が悪くなるとほっぺを膨らませてアピールして来る所も可愛いと思ってますし、周りの人には作ったキャラで接してるのに僕に対しては素の性格で接してくれる所とか滅茶苦茶嬉しいと思ってます! 他にも……」
「ゆ、優君! わかったから! もう十分だから!」
早坂は好きな人に手放しで褒められる……という事に慣れていなかった。
早坂先輩と別れると、また忙しい時間がやって来た。早坂先輩と会う時間を捻出する為に、かなりの仕事を消化したにも関わらず……持ち場に戻ると、新しい仕事が舞い込んで来ていた。
「石上、何度も悪いな。」
「いえ、気にしないで良いっすよ。備品は使い終わったら、僕か他の文実委員に返して下さい。」
「おう、ありがとな!」
「じゃ、僕は戻りますね。」
団長と備品についての打ち合わせを済ませ、文実の本部に戻ろうとしていると……
「はぁ……」
(早坂には頑張ってと言われたけど……実際問題、会長に告白して振られてしまったら……きっと立ち直る事なんて出来ないわ。人は告白する勇気を何処から持って来ているの?)
溜め息を吐きながら、とぼとぼと歩く四宮先輩を見掛けた。丁度良かった……僕は四宮先輩の元へ駆け寄り話し掛けた。
「おはよっす、四宮先輩。」
「あら、石上君……おはよう。」
「四宮先輩、コレあげます。」
僕はポケットに忍ばせていたある物を取り出すと、四宮先輩へ差し出した。
「これは……指輪?」
(……え? 石上君てそうなの?)
「はい、それを……」
「えぇと……石上君は頭も良くて、生徒会の仕事も出来る良い子だけど、貴方にはもっとお似合いの子が居ると思うわ。例えば……」
「僕が傷付かない様な言葉を選んでくれているトコ悪いんですけど、違いますからね? これは、そうですね……御守りみたいなモノだと思って下さい。」
「……御守り?」
「はい、それは小指に嵌めて下さい。」
「小指に?」
「小指の指輪は、恋の成就を願うモノらしいです。あの時のお返しです、貰って下さい。」
(あの時……先輩に背中を押してもらえた事がどれほど心強かったか、今の先輩にはわからないでしょうけど……本当に感謝してるんですよ。)
「……あの時のお返し? それって何の事……いえ、それよりも石上君、貴方……」
(もしかして、全部わかって……)
「四宮先輩、お互い……頑張りましょうね。」
「……えぇ、そうね。」
(可愛い後輩にここまでされたんじゃ、いつまでも怖がっている訳にはいかないわね……)
………
「あれー? 早坂ったら、何処行ってたの?」
「ごめん、ごめん。ちょっと衣装でキツいトコがあったから、直してたんだー。」
「なーんだ、そういう事ね……何処で道草食ってるのかと思っちゃったよー。」
「あはは、ごめーん。」
「……?」
「どうしたし? ウチの顔に何か付いてる?」
「んー? 早坂さ、何か顔紅くない?」
「っ!? そ、そんな事無いし!」
「えー? でも……」
〈皆さん、お待たせしました!〉
「あ! ほら、始まるし! 教室戻るよ!」タタタッ
「あ、待ってー!」タタタッ
〈それでは……待ちに待った秀知院学園文化祭、奉心祭のスタートです!〉
〈2年A組コスプレ喫茶〉
時間は経過し、昼過ぎ……私が働くコスプレ喫茶は、開店時から多忙を極めていた。
「愛ちゃん、新規のお客さん入るからテーブル片付けといて! それが終わったら、注文お願い!」
「かしこまりました。」
かぐや様がシフトに入る時間は既に終わっており、今は自由時間の為外に出ている。私は開店時から昼食休憩を除いた今まで、シフトに入り続けている。私が多めにシフトに入れば、その分かぐや様がシフトに入る時間が減って自由な時間を確保出来るし、これだけ働いているのだから急に優君に呼び出されたとしても抜け出し易い筈だ……かぐや様みたいな目に遭わなければ。
………
「間違いない、これは……恋の味だ!!」
「」
「愛する者により美味しい紅茶を飲んで欲しい! その為に日々調整を加え続けた並々ならぬ愛の味!」
「おぅ、四宮。」
「か、会長!?」
「そう、これはたった1人の為に洗練された一杯! 回りくどく純粋な愛情表現! 未だ実らぬ片思いの味! カップ一杯に愛がいっぱい! 今日は本当に来て良かった!!」
「ん? 何やら騒がしいが……」
「き、気にしないで下さい!」
「……君の恋が実る事を心から祈っているよ……可愛らしい大正娘さん。」ニッ
「帰ってぇ!!」
………
「……」
かぐや様は中年のお客様に絡まれていたけれど……こういうのも日頃の行いなのかもしれない。もっと早く素直になっていれば、あんな目に遭ったとしても焦る必要も無かったのだから……
「お待たせしました、ご注文を承ります。」
まぁ、私はかぐや様とは違って日頃の行いも問題無いので、妙な中年に絡まれる事も無っ……
「……久しぶりだね、使用人のお嬢さん。じゃあ、私はコーヒーを頂こうかな。」
「」
「先生、このお店のおすすめはふわふわカプチーノらしいですよ?」
(時価って書いてるけど……何かしら?)
「じゃあ、それにしようか。」
「な、なにを……してるんですか?」カタカタ
「アフターケアは医療の基本だからね……っていうのは冗談だよ。偶々近くで医師学会があってね……折角だから寄ってみようって話になったんだよ。」
「そ、そうですか……」
「まぁ折角だから、アドバイスはしておこうかな。大事な事だからよく聞くんだよ? 恋の病の特効薬、それはね…………愛だよ。」
「帰って下さい!」
………
「お、お待たせ致しました……こちらがご注文の、ふわふわカプチーノになります。」コトッ
(動揺し過ぎて、変に時間掛かっちゃった……)
「あぁ、ありがとう。」
「それでは、失礼します。」タタッ
……私はこれ以上余計な事を言われる前に、早足でテーブルから離れた。
「ふぅ……この雰囲気、昔を思い出すよ。」
「高二で彼女を孕ませた思い出ですか?」
「いや、もっとほのぼのした思い出だよ。私の学生生活ってそれだけじゃなかったからね? そこだけクローズアップされても困るからね? あと、孕ませたって言い方はやめようか?」
「滅茶苦茶気にしてますね。」
………
「……そろそろ行こうか。お嬢さん、お会計。」
「はーい! ふわふわカプチーノ、2杯で3000円になりまーす!」
「高くない?」
「ちゃーんとメニュー表に、ふわふわカプチーノは時価って書いてありますよー?」
「え」
「先生、ご馳走様です。」
「え」
「はい、ありがとうございましたー!」
「はぁ、疲れた……」
(やっと帰ってくれた……)
「愛ちゃん、お疲れ様! 働きっぱなしで疲れたでしょ? 今日はもう抜けて大丈夫だよ!」
「もぅ、マジ疲れたしー!」
(疲れてるのは、別の理由だけど……)
メイド服から制服に着替えると、校内を適当に見て回る。教室や部室を利用した出店、文化部の出張イベント、運動部の備品を利用したミニゲームなど皆が文化祭を楽しんでいる。
「……サッカー部の出し物、マジで自信作だから楽しみにしてていいぜ!」
「たっくんと一緒なら、何処でも楽しいよ♡」
「……」
すれ違ったカップルへ無意識に視線が向く……羨ましい限りだ。堂々と腕を組んで並んで歩くなんて、今の私には絶対に出来ない事……って違う、そうじゃない。普通に四宮家のゴタゴタが無ければ出来るみたいに思ってたけど、私と優君はまだそういう事が出来る関係じゃない。大体、優君の伝えたいと言っていた言葉が告白だとも限らないし……まぁ、優君から告白されなかったら、私からするつもりだけど……そもそも、優君はいつ私を呼び出すつもりなんだろう? やっぱり
「はぁ……」
ダメだ……これじゃ、かぐや様の事をバカに出来ない。かぐや様には、さっさと告白すれば良いのにと偉そうな事を言った事もあるけれど……いざ自分がその立場になると気後れしてしまう事に気付いた。
「むぅ……」
優君ったら、こんなに私を悩ませて……大体、優君もズルいし! あんなに思わせ振りな言い方されたら、意識するに決まってるのに!
石上は理不尽な怒りを向けられた。
「もぅ……」
後で知った事だけど……この時悩んでいたのは私だけじゃ無くて、優君もだったらしい。その事を教えてもらったのは、それから直ぐの事だった……