とある日の放課後、私は教室に呼び出されていた。目の前にはスーツ姿の男の人が居て、私と机を挟んで向かい合っている。目の前の男の人は、はぁ……と小さく息を吐くと、意を決した表情で私を見据えて、衝撃の一言を告げた。
「留年」
「……へ?」
「へ? じゃない。次の期末テスト……社会史以外の教科で1つでも赤点を取ったら、お前は留年だと言ってるんだ」
「嘘っ!? え、留年!? ホントに!!?」ガタッ
「今になって何故驚いてるんだ……1学期からあれ程口酸っぱく言って来ただろ、真面目に聞いていなかったのか? それともなんだ、先生が冗談を言っているとでも思ってたのか?」
「先生特有の生徒にはウケない、全然面白くない冗談だと思ってました!」
「どついたろか」
「……」
「まぁいい、いや何も良くはないが……とにかく、しっかりと勉強をして赤点を回避するようにするんだぞ?」
「はーい……」
オレンジ色に染まり始めた教室で、私はボーっと外を眺めながら、先程の先生との遣り取りを思い浮かべる。
「留年、留年かぁ……」
もし本当に留年しちゃったら、パパとママにメチャクチャ怒られてしまう。更には強制的に塾に行かされたり、門限や遊びの時間を制限されたりするかもしれない。高校生という貴重な時間を勉強に潰されてしまう……その事実に、フツフツと危機感が湧き上がって来た。
「よし、頑張ろう!」
大丈夫! 私には頼れる友達がいるんだから!! 私の頭の中には、今年の1月に勉強を教えてくれた3人の同級生の姿があった。
………
「……という事だから、また勉強を教えてね!」
「」
「」
「」
「……あれ?」
3人の同級生は、私の発言を聞いた瞬間……スッと表情が抜け落ちた顔になった。こういうの何て言うんだっけ? えーと……あ、絶句だ!
とある日の放課後……生徒会室でパソコン業務に勤しんでいると、机の上に置いていたスマホが振動し始める。メッセージアプリを開くと、メッセージの送り主欄には〈大友〉の文字があり、トーク画面には以下の文章が表示されていた。
〈一生のお願い! 今すぐ1ーCの教室まで来て!〉
「……?」
呼び出される理由が思い浮かばないが、会長に仕事を中断する許可を取ると教室へと向かった。
………
〈1ーC〉
「ん?」
「……石上?」
「どうしたの?」
「いや、大友に呼ばれたんだけど……」
1ーCの教室には、既に伊井野と大仏が居た。2人に訊くと、全員が大友から呼び出されたらしい。呼び出した本人である大友が見当たらないと思っていたら……
「とー!」ガバッ
「うおっ!?」
「ヒッ!?」
「わっ!?」
妙な掛け声と共に教卓の陰から飛び出して来た。
「石上君、伊井野ちゃん、おさちゃん、来てくれてありがとう! 早速だけど、お話があります!」
そう言うなり……大友は教卓に手を付くと、僕達を呼び出すに至るまでの経緯を話し出した。
「……という事だから、また勉強を教えてね!」
「」
「」
「」
「……あれ?」
大友は話を聞き終わった僕達の反応に首を傾げる。正面から視線を横に向けると、伊井野と大仏は言葉を失っていた……気持ちはわかる。大友に勉強を教えていた、あの大変な日々を思い出しているのだろう。多分……僕達3人の脳裏には表現の違いはあれど、同じ意味合いの言葉が浮かんでいると思う。
前回は僕も留年の危機を経験しているし、大友の留年が懸かってるんだから教えるつもりではある。あるけれど……万が一最初に勉強を教えるのを了承し、伊井野と大仏に「じゃあ石上、大友さんの事はお願いね?」なんて事を言われてしまったら堪らない。いや、2人が留年の危機に直面した友達を放っておくなんて薄情な人間とは思わないけど……そうして何て答えるべきか迷っていると……
「ん? 皆で何してんの?」
「あ、おのちゃん! 実はね……」
廊下を歩いていた小野寺が此方に気付き、教室へと入って来る。大友は僕達にした説明を再度、小野寺へと話して聞かせる。
「え、大友さんが留年? ヤバくない?」
「ヤバいよ! だからね、石上君達に勉強教えてってお願いしてたんだけど……」
「……けど?」チラッ
「いや……」
「まぁ……」
「うん……」
「なんかメチャクチャ歯切れ悪いの!」
「え、教えてあげないの?」
「いや、そんな事は……」
「ないんだけど……」
「でもぉ……」
「……アンタ達さぁ、友達が留年の危機だから勉強を教えてって言って来てんのに何渋ってんの? 大友さん、私が教えてあげるから行こ!」グイッ
「え、良いの? ありがとー!」
「……」
「……」
「……」
少し怒った様な表情で小野寺は大友の手を取り、教室を出て行った。失望されたとか、見損なわれたとか、そういった心配はしていない。何故なら、大友に勉強を教えるという事の意味を……僕達は既に知っているのだから。
………
〈次の日〉
「昨日はごめん、私がどうかしてたわ」ゲッソリ
「知ってた」
「うん」
「こうなると思ったわ」
「言い訳じゃないけどさ……大友さんがここまでのレベルだったなんて、普通は思わないじゃん」
「えへへへ〜」テレテレ
「いや、褒めてねーんだわ」
「小野寺さん……大変だったでしょ?」
「うん、ホント大変だったよ……小学生の弟達の方がまだ理解力あるレベル」
「比べるならせめて中学生にしてやってくれ」
(気持ちはわかるけど……)
「はぁ……大友さん、一緒に卒業したかったね」
「」
「小野寺早い。それは最後の最後にダメだったってなった時のリアクションだから」
「ごめん、つい……」
こうして、4人体制の大友京子赤点回避システムが出来上がったのだった。
数日後……
「うえーん、勉強したくないよぉ……」
今日も今日とて、私は放課後の貴重な時間を勉強に充てていた。頭の中が沸騰しそうなくらい問題を解き、間違っていたら丁寧な説明を受ける……という工程を繰り返す内に、ポロッと弱音が口から出る。
「その気持ちはわかるけどな……」
「大友さん、テストが終わるまでだから頑張ろ?」
「あとちょっとの辛抱だからね?」
「もう諦めてさ、もう一回一年生やったら?」
「……」
(小野寺がやさぐれてる……)
「それはやだぁ……はぁ、勉強しなくても赤点回避出来る方法とか無いかなぁ……」
「赤点は平均点の半分以下だからなぁ……シンプル過ぎてルールの穴みたいなのは無いだろ」
「平均点の半分、半分かぁ……ハッ、天啓!」
「大友さんにしては難しい言葉知ってるね」
「おのちゃんは私の事バカにし過ぎだからぁ! ってそれはいいの! 今すっごい名案を思い付いたの! ぴかーんって電球が光ったの!! この方法なら留年しなくて済むと思う!」
「ふーん?」
(思い付き方はバカっぽいけど……)
「そんな方法あるか? 勉強するっていう正攻法以外は無いと思うけど……」
「私もそう思う」
「私も……」
石上君の言葉に、おさちゃんと伊井野ちゃんが同意する。私よりも頭の良い人達が思い付かなかったという事実に、私は更にテンションが上がる。
「ちょっと待ってて!」タタタッ
私はあるモノを手に入れる為、返事が返って来るのを待つ事もなく教室を飛び出した。
………
「ただいま! いきなりで悪いけど、伊井野ちゃんこっち来て!!」グイッ
「お、大友さん?」
「ココに座って!」
「う、うん……」スッ
私は伊井野ちゃんを椅子に座らせると、持って来た縄をグルグルと伊井野ちゃんの身体と椅子に巻き付けていく。
「え、あれ? 大友さん、何してるの?」
「大丈夫、大丈夫だから……」ギュギュッ
「え? え? え?」
「……なんで伊井野を縛ったの? 名案てコレ?」
「うん!」
「でも大友さん、コレってミコちゃんが椅子に縛られてるだけに見えるんだけど……」
「そうだよ!」
「言い切ったよ」
「私気付いちゃったんだ……このまま普通に勉強しても、私が赤点を回避出来る可能性は低いって」
「まぁ……」
「その……」
「うん……」
「そうだね」
「あれ!? そんな事ないよは!?」ガビーン
「大友さん、それで?」
「うん、そこで閃いたの。勉強するのも大事だけど、もっと確実な方法があるって!」
「そんな方法ある?」
「題して! 伊井野ちゃんをテストが受けられない様に監禁して平均点を下げちゃおう作戦!!」
「「「「…………」」」」
全員が大友京子の発言を聞き黙った。大友京子の作戦はあまりにも杜撰で非人道的ではあるが、赤点回避の条件は平均点の半分以上。ならば平均点の方を下げてしまおうという、コペルニクス的発想に少しだけだが皆が感心していた……というか、この方法が1番手っ取り早いまであった。
「その発想は無かったわ」
「うん、盲点中の盲点だったね」
「その方法なら確かに赤点回避は出来るかも」
「え、え、え、なんで皆ちょっと乗り気なの!? じ、冗談だよね!? 大友さんは友達を犠牲にしてまで赤点を回避しようなんて思ってないよね!?」
「……」
「あれぇっ!?」ガビーン
「伊井野、考えてみて? 伊井野1人の犠牲で大友さんは赤点を回避出来るし、私達はこの状況から解放される……ね? 皆幸せでしょ?」
「私の幸せはぁっ!?」ガーン
「何事にも犠牲は付き物だから……」
「や、やだやだやだ! コレ
「伊井野ちゃん、大丈夫だよ?」
「お、大友さ……」
「ご飯は私が食べさせてあげるし、お風呂にもちゃんと入れてあげるからね! なるだけ不自由の無い監禁生活を目指して頑張るよ!」
「」
「じゃ、私達は帰ろうか?」
「そうだね、ミコちゃんは此処に置いて行く事になるけど……」
「ま、仕方ないよな……」
「ア…ア……」ガクガク
「……まぁ、冗談はこれくらいにしといて」
「勉強再開しよっか」
「そうだね」
「あ、冗談……よ、よかっ、よかったっ……よかったよぉっ……!」エグエグ
「え?」
「え」
「え」
「え」
「え」
「「「「「…………」」」」」
斯くして、期末試験の日はやって来る。
〈テスト当日〉
テスト当日の朝……テスト開始時間ギリギリまで、大友の勉強に付き合う。この感じなら、ギリギリ赤点は回避出来るかもしれない……というか、これだけ教えて赤点を取られたら普通に凹むので、是が非でも赤点は回避してほしい。
「大友さん大丈夫? 赤点回避出来そう?」
「う、うん……」
「……ううん?」
「ッ!? ううん! あ……うん?」
「……うん?」
「……うん?」
「……」
「……」
「「?????」」
「……頭痛くなってきた」
伊井野と大友の遣り取りを見ていた小野寺は、額に手を遣りそう洩らす……まぁこの遣り取りを見たらそう言いたくなる気持ちもわかる。
「ミコちゃんも心配になってきたかも……」
「伊井野が赤点は流石に無いだろうけどな」
「でも大友さんに勉強教えてるとさ、なんか自分が頭悪くなった気がしてこない?」
「何を今更」
「私達は2回目だからね、慣れたもんだよ」
「えぇ……」
そして、運命のテスト結果は……
………
「赤点回避したよー!」
期末テストの返却日、テスト用紙を片手に持った大友が教室まで結果を知らせに来てくれた。その言葉に僕を含めた4人がホッと胸を撫で下ろし、伊井野達は口々に祝福と安堵の言葉を大友へと贈る。
「ふぅ……」
(2学期の期末ってのも運が良かったな)
2学期の期末テストは、前回の僕が受けたテストの中でも比較的記憶に残っている内容だった。それ故に可能な限りの問題を思い出し、重点的に教え続けたのだ……とは云え、1番の要因は大友自身の頑張りだと思う。まだ3学期のテストもあるから楽観は出来ないけれど……とりあえずはこの結果を喜ぼうと、満面の笑みを浮かべる大友を見ながら思った。
「やったー!」ワーイ!
本日の勝敗、大友京子の勝利
赤点の回避に成功した為
………
……
…
一位 伊井野ミコ(480)
二位 出雲大介 (479)
「ッ…ッ……ッ」ハッハッハッ!
尚……期末テストの順位発表時、伊井野ミコだけは2位の人間と一点差という際どい勝負だった為、過呼吸起こしそうなレベルで動揺していた。
書いてる途中、テストで100点取っても赤点扱いが確定していた同級生を思い出しました(゚ω゚)