石上優はやり直す   作:石神

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奉心祭は終わらない(後編)

〈大仏こばちは踏み出したい〉

 

石上を奉心祭に誘うのは難しい事ではなかった。2人っきりじゃなくて、ミコちゃんと小野寺さんも一緒だと言ったし、元々石上は1人でも奉心祭に行くつもりだった様で結構簡単に事は運んだ。石上のゲーム友達である先輩が部活で出し物をするらしいから見に行こうという言葉に従い付いて行くと、その途中の教室からワンコ蕎麦どか食いトーナメント(飛び入り可)という看板が見えた。

 

「ワンコ蕎麦、どか食い……」チラチラッ

 

看板の前から動かないミコちゃんに近付こうとすると、小野寺さんの……

 

「伊井野は私が見とくから、先行ってくれば?」

 

「……え?」

 

「小野寺、いいのか?」

 

「大丈夫だって、後で合流すればいいでしょ? ……それに、すぐお腹いっぱいになるでしょ?」

 

こんな小さいんだからと小野寺さんは言外に漂わせるけど、ミコちゃんはその小さな体に似合わず大食いだ。実際に見ればきっと驚くだろう……

 

「石上、どうする?」

 

「まぁ、食べ終わるの待つくらいなら先行ってくるか……大仏はそれで良いのか?」

 

「うん、良いよ。じゃあ小野寺さん、ミコちゃんの事お願いね。」

 

「オッケー、任せておいて。じゃあ……大仏さんも頑張ってね。」

 

「ん? 何を頑張るんだ?」

 

「まぁいいじゃん。ほら、行った行った。」

 

「お、おい小野寺押すなって、わかったから! じゃあ……伊井野の事頼んだ。」

 

「オッケー。」

 

歩き出す石上の後について行く際、一度だけ後ろを振り向くと……ウインクする小野寺さんが目に映った。どうやら……気を遣われたらしい。でも折角の機会なんだから楽しもうと思った。

 

………

 

夜空を彩る星座は忙しなくその姿を変えていくが、次第に光が弱まり最後には入室時と同じ何もない真っ暗闇へと変わった。突如扉が開けられ、真っ暗な空間に光が差し込む。

 

「終了時間だ、どうだった?」

 

「凄かったですよ! あんな狭い部室なのに夜空とか広く見えて凄く綺麗でした。」

 

「フフッ、狭いは余計だ。」

 

そう愚痴る龍珠先輩は、石上の賞賛の言葉を笑いながら受け取る。どうやら満更でもない様だ。

 

「あ、あの……私も凄く綺麗で、感動しました。」

 

「おう、楽しんでもらったんなら何よりだ。」

 

「じゃあ先輩、店番頑張って下さいね。」

 

「おー、じゃあな。」

 

龍珠先輩と別れたと同時に、小野寺さんからメッセージが届いた。

 

〈ヤバイ、伊井野がワンコ蕎麦トーナメント決勝まで進んだ〉

 

「……流石ミコちゃん。」

 

「ん? 伊井野どうなったって?」

 

「決勝進出だって。」

 

「……流石は伊井野だな。」

 

「私はちょっと心配だよ……」

 

「……伊井野の腹が?」

 

「んー……ワンコ蕎麦の在庫が。」

 

「ははは、確かにな。」

 

石上と談笑しながら廊下を歩く……まるでデートをしてる恋人みたいだと、錯覚してしまいそうになる。校舎を出て中庭へ行くと、石上と2人でベンチに腰掛ける……先程までの校舎内の熱気が嘘のように中庭は閑散としていた。

 

「やっぱり高等部の文化祭は規模が大きいな。」

 

「うん、ホントだね……」

 

漂うシンとした空気に反して、私の心臓は走った直後の様にドクドクと脈打っていた。奉心祭で好きな人にハートを象ったモノを贈ると、〈永遠の愛〉がもたらされると言われる奉心伝説……最初はさり気なく渡すつもりだったのに、こんなに緊張してたらとてもさり気なくなんて出来ない。気を紛らそうとベンチ横に佇む木に視線を向けると、頭上まで伸びた枝に咲く花が見えた。

 

「これ……なんの花なのかな?」

 

「これは桜だよ。」

 

「桜? 冬に咲く桜なんてあるの?」

 

「あぁ……これは冬桜といって、冬と春に2回咲く桜なんだ。」

 

「2回咲く桜……珍しいね。」

 

「そうだな……冬桜の花言葉は精神美、優美な女性、純潔、そして冷静……大仏みたいだな。」

 

石上のその言葉に顔が熱くなる。

 

「い、石上……買い被り過ぎだからっ!」

 

「そうかな?……実はもう1つあるんだよ、冬桜が大仏みたいだと思った理由。」

 

「……どんな理由?」

 

「冬桜は別名小葉桜(コバザクラ)とも呼ばれてるんだ。」

 

「……絶対そっちの理由が本命でしょっ!」

 

「ははは、悪かったって。別に揶揄った訳じゃないよ。」

 

「もう……」ブーブー

 

振動するスマホを手に取ると、小野寺さんからのメッセージが表示される。

 

〈伊井野ヤバイ、普通に優勝した〉

 

「ミコちゃん優勝したって。」

 

「やると思ったよ……そろそろ合流するか?」

 

「……うん、そうだね。ミコちゃんをお祝いしないといけないし。」

 

「じゃ、行くか。」

 

ベンチから立ち上がり中庭を後にする。後ろを振り返ると、冬桜の花は風に揺られていた。来年の奉心祭、それまでに石上にも私の事を好きになってもらえる様に……それと、今度はちゃんと誤魔化そうとせずに、気持ちを込めてコレを渡そう。

 

「……」ギュッ

 

ぎゅっと手の中に包まれたハートのキーホルダー、コレを渡せる時まで……私の奉心祭は終わらない。

 




とりあえず奉心祭というキリのいいイベントが終わったのでこの話で完とします。
ある程度目処が立ったら高等部編も書きたいですし、中等部に関して書き残しがあれば(番外編)として追加で書くかもしれません。ここまで読んでくださりありがとうございました。( ;∀;)
あと、大仏ルートっぽいエンドというニッチな趣味ですいません(´-`)

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