中等部時代のバレンタインの話です。
バレンタイン! かつて、若者たちの愛を取り込もうとしたキリスト教司祭〈ウァレンティヌス〉が由来である。現在では好きな人から、普段お世話になっている人と幅広い層への贈り物として、2月14日のバレンタインデーにチョコを贈るのが習わしになっている。毎年この時期が近づくと、男女問わずソワソワする者が現れ、女子によっては一世一代の告白を決意する者もいる……その告白が成就するかどうかは、神のみぞ知ると言った所ではあるが……
「バレンタイン?」
内部進学試験も無事終わり、まだまだ寒さが身を貫く季節ではあるが、徐々に和らぎ始めたある日の午後……石上優は高等部へと呼び出しを受けていた。
「う、うん……今年こそはちゃんとしたのを渡したくて……」
「因みにですけど……去年はどんなチョコを渡したんですか?」
(ツンデレ先輩の事だから、チロルチョコとかだろうけど……)
「その……つ、粒チョコ。」
「粒チョコ!? それってアレですよね!? 一袋に米粒みたいなチョコがいっぱい入ってる……」
「うん……それを3粒。」
「3粒!? そんなの義理以下じゃないですか!」
憐れみで施しを受けたレベルである。
「だ、だから! 今年はもうちょっとマシなチョコあげてもいいと思ったから相談してるの!!」
「はぁ……」
こういう相談も今回で二桁の大台に到達する事になる。奉心祭、クリスマス、初詣など……イベントがある度に相談を受け、そして誘えなかった愚痴を数日後に聞く事が通例となっていた。やはりツンデレ先輩はツンデレ先輩なので、そもそも誘う事自体のハードルが高いみたいだ……
「先ずは、あげてもいいとかツンツンした感じはやめましょう。相手が額面通り受け取るタイプの場合は、悪手になりやすいです。せめて、もうちょっとマイルドに言い直して下さい。」
「マイルドに……つ、翼君がどうしてもチョコが欲しいって言うなら考えてもいいわよ!」
「はいダメです。ひと昔前のツンデレが災いして主人公に好きだと気付いてもらえないタイプじゃないですか。そういうキャラに限って、素直にチョコを渡すヒロインに主人公横取りされる事になるんですよ。それを柱の影から見てトボトボと1人で泣きながら帰る羽目に……」
「な、なんでそんな事を言うの……?」じわっ
「あっ、す、すいません! 漫画! 漫画の話ですから、泣かないで下さい!」
「グスッ…泣いてないわよぉ……」
「と、とにかく! バレンタインなら、それなりに気合の入ったモノを渡すべきです! 男はバカだから勝手に勘違いしてくれますよ。」
「そうなの……?」
「勿論です!……あれ? この子もしかして僕の事好きなんじゃ?って思わせれば勝ちです。」
「思わせれば勝ち……で、でも今年のバレンタインデーは日曜だし、休みの日に態々呼び出してチョコを渡すなんて……」
「だったらデートに誘いましょう。デートの帰り道……夕焼けが2人を照らし、先輩は
「い、石上……アンタ天才?」
マジである。この女、その光景を脳内で緻密に想像し、思考力低下によりデートに誘えるなら普通にチョコくらい渡せるという結論に至らない。
「まぁ僕、恋愛マスターなんで。」
嘘である。男は異性に対して強がる悪癖を誰しもが持っている。この石上優とて例外ではないが、女性は男の虚勢に気付いてる事が往々にしてあるものであるが……
「恋愛マスター凄い……」
マジである。この女、一切の疑問も持たずに石上の発言を信じてしまう。なまじ中等部の文化祭に誘えた実績があり、普段から相談と称して愚痴を聞いてもらっている為、石上の発言に対して怪しむ隙間がなくなっていた。
「おすすめは……やっぱり水族館デートですね。多少はお互いが無言になっても誤魔化しが効きますし、話題にも事欠きません。」
「ふむふむ……」
一方その頃……
「石上にバレンタインのチョコを?」
「うん、石上君には普段からお世話になってるし……伊井野ちゃんとおのちゃんも誘って一緒に作らない?」
「それはいいけど……」
「ホント? じゃあ、日曜日に集まって作ろ!」
「日曜日はバレンタイン当日なんだけど……」
「うん、だからチョコを渡すのは月曜日にするの。こういうのって、学校で渡す事に意味がある気がしない?」
「あー……なんとなくだけど、言いたい事はわかる気がする。じゃあ、日曜日に誰かの家に集まって作る感じ?」
「うん、誰の家がいいかなぁ……おさちゃんの家は?」
「私の家はちょっと……大友さんの家は?」
「言い出しっぺで悪いんだけど、日曜日はママがお友達を家に呼ぶらしくて……」
「じゃあ、ミコちゃんに聞いておくね……多分、大丈夫だと思うし。」
「ホント? ありがとう!」