その日……石上優がいつもの様に、先輩でありゲーム友達でもある龍珠桃の呼び出しに応じた時の話である。今回呼び出された場所は、普段から通っている生徒会室の真下だった。吹き抜けになっている為、柱の影に隠れてもすぐに見つかってしまうが、そもそも生徒会室のある土地は校則の治外法権であり、風紀委員の権利を行使する事が不可能なエリアである。石上は特に気にする事なくゲーム機を取り出した。
「……優は左から攻撃しろ、私は右から回る。」
「了解っす、桃先輩。」
いつもの様に桃先輩と協力プレイをする……桃先輩はコンクリートの上に直接寝そべるのが嫌らしく、柱に背を預け座り込む僕の左半身に凭れてゲームに勤しんでいる。
「風紀委員です。学園内でゲームは禁止されています、即刻やめて下さい。」
聞き慣れた声に瞬間、しまったと思った。声の主からは桃先輩と柱の影に隠れた僕は見えない様だが、時間の問題だろう。僕はゲーム機を仕舞うと見慣れた顔の風紀委員に話し掛けた。
「よっ、伊井野。」
「えっ、石上?」
「……知り合いか?」
未だ僕の体に凭れたままの桃先輩が、首だけ向けて聞いてくる。
「同じクラスの友達です。」
「ふーん、クソ真面目の面倒臭そうな奴だな。」
「まぁ、真面目な奴ですよ。」
「い、石上が不良になっちゃった……」
「不良ってなんだよ……」
「だ、だって……成績も良くて、風紀委員の仕事も手伝ってくれるあの石上が……校則を破ってゲームしてるなんて!」
前回と比較して、色々真面目になったと言っても本来の僕は重度のゲーマーでオタクな人間だ。中等部では校則を破ってまでゲームをする余裕は無かったし、荻野の件が終わってからも色々あってゲームをする機会は前回程多くはなかった。唯一、桃先輩に休日や高等部に呼び出しを受けた時は時間を忘れて楽しんでいたかな……ってくらいだ。そういえば、逆行してから伊井野の前で校則違反をした事は殆どなかったな……
「校則、校則ね……はっ、馬鹿らしい。」
苛立ちを含んだ声で桃先輩が立ち上がる。
「な、何が馬鹿らしいんですか! 規則は守るべきです!」
「ふんっ、だったらお前が守る側だな。生徒会室のあるこの土地は学園ではなく、OBの有志が作った〈鳳凰会〉が所有している。つまり、完全に校則の治外法権地帯って訳だ……ほら、わかったらさっさとどっか行け。」
シッシッと犬を追い払うように、桃先輩は片手を振る……桃先輩は風紀委員が嫌いなのかな? そういえば、初めて会った時も風紀委員か確認された様な気がする……
「チッ……」
(優とのゲームの時間を邪魔しやがって……)
風紀委員とかは特に関係なかった。
「そ、それなら、そこから出たら没収しますよ!」
「態々私達が此処から動くのを待ってか? 風紀委員っていうのは、随分と暇なんだな?」
「ぐっ、くぅ……」
「桃先輩、あんまり言い過ぎるのは……」
「ふんっ……あんな奴は放っておいて続きやろうぜ、優。」
「っ!?」
(桃先輩!? 優!? 名前で呼び合ってる!?)
名前呼び! 同性ならばともかく、異性に対しての名前呼びは些かハードルが高いモノである。子供の頃から一緒である場合や偶然名字が一緒で仕方なく名前で呼び合うなど理由は多岐に渡るが、こと思春期の男女に於いての名前呼びは、ある一定以上の信頼関係を意味する!
「……優、もうちょっと寄れ。」グイグイッ
「ちょっ、押さないで下さいよ。」
「……っ!?」
(ああぁあ!? あんなに密着してっ……!)
目の前で繰り広げられる光景に伊井野は冷静さを失った。もし仮に恋のABCならぬ、友(異性)のABCというモノがあったならば、先程の名前呼びはBに該当する案件であろう。しかし! 今、伊井野ミコの眼前で繰り広げられているのは、身体的接触!言うまでもなく名前呼びよりも格上の行為、Cに該当するモノである。真面目に規則正しく、清廉潔白に生きて来た伊井野ミコからすれば、目の前でいきなり見せられるには些か衝撃が強い行為である。
「……ッ」
(い、石上、そんな……)
「あ、あの桃先輩、あんまり引っ付き過ぎるのは……」
「なーに、一丁前に照れてんだよっ。」
「……うわぁーん、こばちゃーん!!」ダダダッ
「あー、こうなりそうな気がしたんですよ……」
「ふんっ、くだらない言い掛かりをつけて来るからだ……ほら、続きやんぞ。」
「……了解っす。」
「あ、居たミコちゃん。何処行ってたの?」
「こばちゃん、石上が不良になっちゃったぁ!」
「えぇ……」
………
「……なるほど、でも向こうの言い分が通りそうな話だと思うよ?」
「うっ……それはそうなんだけど、真面目だった石上が校則破ってるって思ったら訳わかんなくなっちゃって。もしかして、目の前にいる石上は偽物なんじゃとか考えちゃって……」
「偽物って……まぁミコちゃんは人一倍真面目だからね。でも石上も別に不良になったとかじゃないでしょ。成績だって良いし、生徒会で頑張ってる話は良く聞くし……息抜きは誰だって必要でしょ?」
「うん、そうなんだけどね……」
「おーす、何話してんの?」
「あ、麗ちゃん。」
「小野寺さん、えーと……」
「麗ちゃんは今の石上と中等部の頃の石上、どっちが偽物だと思う?」
「え、どっちか偽物なの……」
「もー! ミコちゃんステイ!」
………
「ふーん、そういう事……別に校則違反じゃないならいいんじゃない? 締め付け過ぎても反発が大きくなるだけだよ。」
「うぅ、でもぉ……」
「……伊井野はさ、校則どうこうで怒ってる訳じゃないでしょ?」
「えっ、えぇっ!?」
「まぁ、石上がダブルデートするの見た後だから、女子と一緒にいるトコを見て怒るのもわからないでもないけどね……」
「そ、そんなんじゃっ……」
「でも、そもそもの話さ……校則については、伊井野も人の事言えないでしょ?」
「え、どういう意味?」
「……言いたくなかったんだけどさ、見ちゃったんだよね。伊井野って昼ご飯食べた後、偶に本読んでるじゃん?」
「う、うん。」
「……」
(ミコちゃんが読む本……あっ、コレは。)
「……カバー掛けてるから表紙は見えなかったんだけどさ、開いたページに、その……半裸の男の挿絵があって……ね。」
「〜〜っ!?!! そ、それは違うのっ!」
「いや、大丈夫……私、そういうのに理解あるほうだからさ。まぁ流石に学校でああいう本を読むのはやめといたほうがいいと思うけど……」
「待って麗ちゃん! 誤解なのっ!!」
「いや、大丈夫だから。そういう趣味を持ってても、私は伊井野から離れたりしないからっ……」
「今そういうセリフ言わないでっ!」
「まぁ、だからね……どの口で校則とか言ってんだろって、ちょっとだけ思っちゃって……」
「くはっ……」バタッ
伊井野ミコ撃沈。
「あちゃー、言い過ぎちゃったかな?」
「まぁ、ミコちゃんは頭が硬過ぎる所があるから、コレくらい丁度良いと思うよ?」
「大仏さんスパルタだね……」
「そんな事ないよ、まぁミコちゃんの趣味は言いふらさないで欲しいけど。」
「それは大丈夫。こうやって伊井野をイジる時しか言わないよ。」
「……それならいいかな。」
(……私も学校で本読むのやめよ。)