「人の彼氏に色目使ってんじゃねぇよ!」
ドンと名前も知らない女子に突き飛ばされる。色目なんて使ってないし、そもそもこの子の彼氏という人に関しても心当たりが全くなかった。
「私は何も……」
肩に鈍い痛みを感じながら弁明を試みる。
「ウソついてんじゃないわよ!!」
……またか、と昔から一定数起こっていた目の前の出来事に嫌気が差す。幼少期に子役をやっていた事や母親譲りのこの顔が起因して、私は昔から嫌がらせや陰湿なイジメを受けていた。その内容の殆どが女子からで、女子に嫌われる女子……それが私に与えられたカテゴリーだ。
気に入らない、調子に乗ってる、子役だからチヤホヤされてプライドが高い、人の彼氏に色目を使ってる……陰口も挙げていけばキリがない。でも、親の不倫スキャンダルがニュースで報道された次の日からは……今までの比じゃなかった。
燃え続ける火にガソリンを投下したように、陰口やイジメは加速度的に増えていった。親が親なら子も子だ、よく学校来れるよな、ざまあみろ、いい気味、マジウケる……
「なぁ大仏ぃ? オレとも不倫しようぜー?」
女子に唆された男子からも、そんな言葉を投げかけられる。ミコちゃんが一緒にいる時はイジメも鳴りを潜めるけど、ずっと一緒にいるなんて到底無理だ……1人の時は容赦なく悪意の言葉に晒される。
昔から言われ続けてるから慣れた……なんて言葉は強がりでしかない。どれだけ時間が経とうと、名前も知らない人から言われ様と……別になんとも思わない訳じゃないんだよ……
キツイし、辛いし……1人でイジメに立ち向かえる程、私は強くない。1人は、怖いんだよ……
「何とか言えよ!」
「……っ!」ギュッ
また……いつもの様に、相手が満足するまで耐えるしか無い……そう思っていた時に、その人は来た。
「うるせぇ、ばーか。」
その声に俯いていた顔を上げると……1人の男子が私を庇う様に佇んでいた。
「い、石上……君?」
ミコちゃんと風紀委員の活動中、彼が携帯ゲーム機を隠れてやっている所を何度か目撃して注意した事がある。そういえば……最近はそんな場面に遭遇する事も無くなっていた。噂では、彼は引退を目前にした3年生であるにも関わらず、陸上部に再入部したらしい。どうしてかはわからないけど、彼が風紀違反をしている所を見掛けなくなったのはソレが原因なのかな……
「はぁ!? 誰がバカよ!? アンタには関係ないでしょ!!」
……その通りだ、石上には関係ない。
「話は途中からだけど、聞かせてもらったよ。」
「っ!?……ハッ! 盗み聞きとかキモッ!!」
「まぁ……それは否定しない。」
否定しないんだ……
「つぅか、文句なら彼氏に言えよな。大仏関係ないじゃん、自分が彼氏を繋ぎ止める魅力がないのを棚上げしてよくもまぁぬけぬけとホザけるよな。完全に逆恨みじゃんか、モラルってもんがないの? 大体その彼氏だって、そんな面倒くさい女が嫌だから適当な事言ってるだけなんじゃないの?」
そこからは凄かった。彼は捲し立てるように言葉を吐き続けるがその内容は全て正論で……何も言えなくなった女子は、目に涙を浮かべ泣き叫びながら去って行った。
……当然の結果である。この石上優という男、あの藤原千花に苦汁を舐めさせる事が出来る数少ない存在である。彼女曰く……
正論で殴るDV男
心が狭くてすぐに揚げ足を取る
暴言の銃口が常に私を捉えている
奴が付ける傷はやけに治りが遅い
あの四宮かぐやの敵意と憎悪の籠った眼で見つめられても気が付かない様な能天気さを持つ藤原千花に、ここまで言わせ何度も泣かせた経歴を持つ。普通の女子中学生が耐えられる筈がないのである。
「い、石上……君。」
「石上でいいよ、僕も大仏って呼び捨ててるし。」
「……石上、あんな事言って大丈夫なの?」
「問題ないよ。」
石上はなんでもないように首を振りながら答える。
「でも、先生にチクられたりしたら……」
「なんて言ってチクるんだよ?」
「……え?」
「私は何もしていない女子に逆恨みで暴力と暴言を吐いている所を関係のない男子生徒に止められましたって? 僕の事をチクるなら自分がしていた事にも説明義務が生じる……彼女には何も出来ないよ。」
「そっか、そうだよね。うん……ねぇ石上?」
「ん?」
「……どうして助けてくれたの? 石上は、こういう目立つ事するようなタイプじゃないと思ってた……それに、私って良い話聞かないでしょ? 親のスキャンダルの事とか、他の事も色々……」
「……確かに僕は目立つのが好きじゃないよ。でもあんな場面に遭遇して見て見ぬ振りをするような人間にはなりたくないんだ。」
「そっか、強いね石上は……私とは大違い。」
「……大仏の噂は僕も聞いてるよ。でも親のスキャンダルとか他人が悪意を込めて吹聴する話よりも、僕は自分が見たモノを信じたい。」
「石上……」
「大仏は大仏だ。お前が噂通りの人間じゃないって事は知ってるつもり……」
私も君の事、ちゃんと見てたよ
不意に……大仏に言われた言葉が頭を過ぎった。
「……僕は大仏の事、ちゃんと見てたよ。」
「……ッ!?」
人は……他人の些細な行動に心から救われる事がある。
或いは……細やかな思い遣りに。
或いは……目の前の男子から発せられた何気無い言葉に。
「……石上。」
「ん?」
「……ありがとう。」
「あぁ、どういたしまして。」
石上が主人公ムーヴ過ぎる(´・ω・`)