〈石上優は返したい〉
「……コレ、なんだっけ?」
地面に落ちている既視感のあるノートを見つめ、石上は暫し記憶を探る。
「うーん、なんか見た事あるんだよなぁ……名前は書いてないか、仕方ない。」
石上はノートを手に取るとページを捲る。
「あー……あぁー……」
(あーーっ……ナマモノだコレ。)
ナマモノ! マスメディア部所属、紀かれんが夜な夜な妄想をペンに乗せ書き上げた〈白銀会長✖️かぐや様、真実の愛編〉である。他人に見られれば即死レベルの妄想を詰めに詰め込んだそのノートを石上は……
「ちょっといいですか?」
「あら? 生徒会の……石上会計ですわね? ごめんなさい、今少々探し物をしておりまして……」
「コレですか? 気をつけて下さいよ、僕みたいにナマモノに耐性ある人間は少数なんですから。」
「」
マジである! 紀かれんとはこの瞬間が初対面であるにも関わらず、石上は持ち主へ最短ルートでノートを返還。かれんからしてみれば、往来でいきなり羞恥心と言う名の通り魔に襲われた様なモノである。様々な言葉が脳内を駆け巡るかれんだが、出て来た言葉は……
「わ、私は知りませんわ……」ガクガクッ
只の言い逃れだった。
「な、名前も書いてませんし……」ブルブルッ
「じゃあ、コレは生徒会が責任を持って……」
「私のです!!」
「……初めから認めて下さいよ。」
「な、なんでノートの持ち主が私だと思いに?」
(あ、しまった……そう言われたら変だよな、名前書いてないのに……)
「……それくらい見ればわかりますよ。」
「」
(見ればわかるっ!? 同級生の妄想をノートに書き綴る様な人間は私しかいないと!?)
概ねその通りである。
「あ、あの……もしかして中身……」
「そうですね、もう少しコマ割りと今風の絵柄にする様に気をつければ作品として見れる様になると思いますよ。」
(ガッツリ読まれてますわーっ!?)
「くぅっ…あ、ありがとうございます、精進致しますわぁ……」プルプルッ
「それじゃ僕はコレで……そういうの、僕は悪くないと思いますよ。」
「……ッ!」
「ん? かれん、何やってるの?」
「……編集者と話していただけですわ。」
「……編集者?」
〈紀かれんは聞き出したい〉
「紀さん、この前はありがとう。」
最近、眞妃さんとお付き合いを始めた彼氏さんに話し掛けられました。まだ付き合い出して日が浅く、眞妃さんとの関係に悩まれていた様なので、生徒会は恋愛相談も受け付けていると教えて差し上げたらすぐに相談に行ったそうですわ。元々眞妃さんも石上編集に以前から相談されていた様ですし、そこに恋愛百戦錬磨の会長も加われば早期解決は約束された様なモノでしょう……それに、私の狙いは別にあります。
「お気になさらず……それよりも、相談に対してどういったアドバイスをされまして?」
(コレで会長の恋愛観を聞く事が出来れば、創作意欲向上に繋がりますわ!)
「それなら、男なら行動で示せって言われたよ……石上君に。」
「……他には何か言われませんでした?」
「マキちゃんは素直じゃない所があるから、言葉の裏を読める様にって……コレも石上君に。」
「か、会長は何かおっしゃってませんでしたか?」
「んー……ごめん、忘れちゃった。」
忘れたも何も、何一つアドバイスが出来ていなかったのだから記憶に残っていなくて当然である。
「……」
(会長の有り難いアドバイスを忘れちゃった? 眞妃さんの言葉の裏を読む前に、人の話をちゃんと聞く努力をした方がいいのでは?)
かれんは毒を吐いた。
「じゃあ僕、そろそろ行くね。」タッタッタ
(まぁ今回は、眞妃さんに免じて許してあげましょう。)
〈巨瀬エリカは記事にしたい〉
「生徒会新メンバーの取材? 私とかれんで?」
「えぇ、部長からの依頼ですわ。石上編し…石上会計は、1年で生徒会にスカウトされた有望株。白銀会長も1年の時に前生徒会長にスカウトされたという経歴があり、共通点もあります。それに……秀知院の敷地内で、度々あの龍珠さんと談笑されているという目撃情報もありますわ。」
「あー、なんか剣道部の部長と一悶着あったって話は聞いた事あるわ。」
「えぇ、石上会計と剣道部の諍いに颯爽と現れた会長がすぐ様解決。そのまま石上会計をスカウトし生徒会へ招き入れたと。困っている人の所に風の様に颯爽と現れる……きっと会長の前世は聖騎士なのですわ!」
「説明に一々妄想挟むの何とかなんない?」
「他にも風紀委員の業務に助っ人として参加したり、眞妃さんの恋愛相談に乗ったりと色んな所で活躍されているらしいですわ。」
「マキの恋愛相談? 何それ?」
「……」
(んもーっ! この恋愛音痴は!!)
「マキ誰か好きな人いるの?」
「その話は後で!さ、取材に行きますわよ!」
「えー、気になる……」
………
〈マスメディア部〉
「石上会計……態々お越し頂いてありがとうございますわ。」
「それは大丈夫ですけど……」
「それでは、先ずは……」
「はいはいはーい! 生徒会室でかぐや様はどのように過ごされてるの!?」
「は?」
「……ホホホ、この子の事は気にしないで大丈夫ですわ。それで……会長とかぐや様の生徒会室での過ごし方でしたわね?」
「帰っていいですか?」スッ
「ストーップ!」
「お待ちになって!」
「お願いわかって! 普段のかぐや様を知れる機会なんて滅多にないの! 私達を助けると思って!」
「ヤベェ人の取材を受けてしまった事はわかりました。」
「だって、藤原さんに聞いても何もわからないままだし……」
「藤原先輩に頼るとか正気ですか?」
「私達も後悔したわ……」
「……」
(藤原さんは、石上会計からもそういう評価なんですのね……)
「まぁ、僕で答えられる事ならいいですよ。」
「じ、じゃあ、普段のかぐや様は……」
1時間後……
「2人共、取材は終わった?」
「勿論です!」
「ちょっと見せてね……うん、ボツ。」
「えー!? なんでっ!?」
「ちゃんと取材しましてよ!?」
「石上君の事、殆ど聞けてないじゃない。貴女達に任せた私が間違ってたわ……」
「そ、それでは記事にするのは……」
「ダメに決まってるでしょ! 罰として、暫くは資料整理しかやらせないからね!」
「「そ、そんな〜。」」
〈龍の機嫌は損なえない〉
「ちょっとかれん〜、何処行くのよ?」
「取材に決まってますわ。」
「取材ー? 私達、部長から今そういうの禁止されてるじゃない……」
「だからこそ! スクープを手土産に許してもらうのです!」
「それはいいけど、誰を取材するの?」
「龍珠さんです。最近、石上会計と一緒の所を良く目撃されていますし、雰囲気が柔らかくなったという話も聞きましたし……ラブの匂いがしますわ!」
「あの龍珠さんからラブの匂いぃ? それホント?」
「恋愛音痴は黙ってついて来て下さい!」
「恋愛音痴っ!?」ガビーンッ
………
「は? 取材? 嫌に決まってんだろ。」
「そ、そこをなんとか……」
「お断りだ、んなダリぃ事。」
「少しだけでも……」
「ちょっとかれん! ヤクザの娘だよ? あんまりしつこくすると埋められちゃうよ!」ボソッ
「だって、今までずっと1人でいた龍珠さんが年下とはいえ、石上会計と一緒に居る様になったんですのよ? 間違いなくチョロくなっている筈ですし……個人的にラブの匂いがしますわ!」ボソッ
「おい、全部聞こえてんだよ。埋めるとかチョロいとかモロクソ失礼だろが。大体親がヤクザだろうが私がそんな事する訳ねぇだろ……沈めんぞ。」
「「沈めるのっ!?」」
「もし、くだらねぇ記事書きやがったら……」
「し、失礼しましたわーっ!」ピューッ
「ちょっ!? かれん待って!?」ピューッ
「ったく……」
ラブの匂いがしますわ!
「フンッ……」