奉心祭まで残り2週間を切った今日、秀知院学園は活気に満ちていた。生徒会長、白銀御行の尽力により今年の奉心祭は2日間の日程で執り行われる事が決まった為である。各クラスや部活動の出し物について議論する会議にも当然熱が入る。それは此処、文化祭実行委員会議も例外ではなく……
「それじゃあ、みんなー? アゲていくよー!! ウェーイ!!!」
「「ウェーイ!!!」」
「えぇ、私こういうテンション凄く苦手……こばちゃん、早く終わらせて戻ろう?」
「そうだね、私もアゲアゲ系はあんまり得意じゃないし……石上もそうでしょ?」
「ウェーイ!」
「「っ!?」」
石上は経験者だった。
「アレ? 3人共なんで居んの?」
「麗ちゃん!」
「生徒会からのヘルプだよ。」
「文実が1番人手足りてないらしいから、私達1年組が来たの。」
「ふーん、よろしくね。」
「……それでは、文化祭会議を始めます。まずは文化祭のスローガンを決めたいと思うので案のある人は挙手して下さい。」
子安つばめの言葉に数人が手を挙げる。
「はいはーい。」
「はい、小野寺さん。」
「やっぱ秀知院は、パないって意味を込めて……これっしょ!」
〈青春だしん! やばたにえんなチカラァ!!〜秀知院半端ないって〜〉
「麗ちゃん!?」
「えぇ……」
「正気か。」
(小野寺も結構ヤベェ感性してんな……)
「いいね! エモエモ!」
生徒会3人のローテンションに対して、その他の評判は良かった。
「待って下さい、子安委員長! もっと秀知院に相応しい高偏差値なスローガンが宜しいかと! 例えば……」
眼鏡を掛けた男子は、まともな人間が見れば正気を失ったとしか思えない文章を得意気に書き綴り出し……
「……こういうのです!」
自信満々に振り返り、教室を見渡した。
「え、やだ……」
「うわぁー……」
ホワイトボードに長々と記された正気と知性を疑うスローガンは、伊井野と大仏には理解し難い感性だった。
「京都大学のスローガンを参考にしました。」
「京都大学ってこんななの!?」
伊井野は信じられないという目で眼鏡男子を見る。
「いや、長過ぎだし、9割意味わかんねぇよ。小野寺案の方がまだ偏差値高いわ。」
「」
石上は男子には厳しかった。
「ちょっと石上、まだってどういう意味?」
「やべっ、つい……」
「そこまで言うなら、石上が案出してみなよ。」
「……ウケ狙ったもんは出せないぞ。」
「私も無理にウケ狙ったり、奇をてらう必要はないと思うから……石上君、どうぞ!」
つばめ先輩に促され、僕はホワイトボードにスローガンを書き出す……といっても、前と同じスローガンを書くだけなんだけど……
〈伝われ燃える想い!ハートtoハート奉心祭!!〉
「おー、いいね! うん、良いと思うよ! 皆はどうかな?」
つばめ先輩の問い掛けに、特に反対意見は出ずそのままスローガンは採用となった。
「石上、言うだけあるじゃん……」
「悪かったから、睨むなよ……」
「凄いなぁ石上……」
「こ、こばちゃん! 私達も何か役に立たないと!」
「だねー。」
「次は各クラスから文実に質問が来てるから、それに答えようか。」
〈販売価格を上げたいので、原価率の下限撤廃を希望します〉
「……どうしてダメなんだろ?」
「それについてはワテが答えますわ。臨時営業許可が不要なのは、非営利活動に限定されてますねん。つまり、儲けを出す目的での出店はあきまへんちゅーワケですわ。」
「そっかぁ、じゃあ価格は上げられないね……」
「補足いいですか? 最終的に利益を寄付や経費計上にすれば、どれだけ売上があっても問題ありません。学生の内に価格設定の難しさを学べるなら有意義じゃないですか?」
石上の発言に子安つばめが目を輝かせる。
「へー、そうなんだ! じゃあその件は先生と要相談で、次は……」
〈クレープ屋台がなんで駄目なんですか?〉
「なんでダメなんだろ?」
「それは僕から……基本的に保健所の指導で、直前に熱処理された食材しか使用出来ないんです。クレープなら缶詰フルーツやクリーム類はNGなんですよ。」
「流石佐藤くん、じゃあクレープは……」
「それについても補足が……確かに乳製品は弾かれますが、加工品のホイップクリームやジャムなら代用可能です。再検討の余地はあるかと。」
「ホント? 良かったぁ、それウチのクラスの事なんだよね。」
石上の発言に、C組女子が安堵の声を出す。
「……ッ!?」
(な、なんなんだあの一年坊!? さっきから子安先輩の前で良いトコ見せる邪魔しやがって!?)
石上の男子達からの好感度が下がった。しかし、石上は別に子安つばめにアピールする為に他の男子を完封している訳ではない。理由は只1つ……
「はー……」
「っ!」グッ
感心した様な顔で自分を見る大仏を確認すると、石上は机の下で拳を力強く握った。そう、この男……大仏こばちに只々カッコいい所を見せたい、頼りになると思われたいが為に、前回の記憶をフル活用し問題点に対する回答を入念に準備して来ていた。
(これで、少しは好感度上がったかな?)
既に上限一杯である事を石上は知らない。
「次が最後だね……キャンプファイヤーの実施を望む。」
「是非やりましょう!」
立ち上がり周囲に呼び掛けた伊井野だが、予想に反し教室に沈黙が流れる。
「うーん、流石に難しいかなぁ。」
「最近は条例も厳しくなっていますからね、火災対策に治安問題、何より自治体の許可が下りないでしょう?」
「で、でも……確かに大変かもしれませんけど、みんなで頑張ればっ……」
「ミコちゃん……」
「口で言うのは簡単だけどさ……実際問題どうするつもりなの?」
「そ、それはっ……」
男子からの問い掛けに、伊井野は答えに窮する。
「……補足良いですか。同様の理由で行き詰まっていた高校の文化祭が過去にもありましたが、消防車を1台用意して自治体からの許可が下りたという記録があります。町内会長の所に出向き、文化祭最終日に防災訓練の申請をしてもらえれば、後は近隣住民に周知して回る手間で済みます。」
「町内会長の所に出向くって……そんなの誰がやるんだよ?」
バンッと机を叩く音が室内に響き、一同は音を立てた人物を見た。
「私が行きます! 風紀委員の仕事とは、大人から信用をもぎ取る事です!! 必ず許可を取ってみせます!」
「……じゃあそういう事で準備を進めて行こうか! みんな、それで良いかな?」
子安つばめの発言に異を唱える者はいなかった。
………
会議終了後……
教室を出ると、後ろから小野寺に肩を叩かれた。
「石上、よくあんだけ調べてたねー。」
「大した事じゃないよ。」
(ここら辺の事は忘れてなかっただけだし……)
「ふーん? じゃあ、私は伊井野と町内会の方に行くから。」
「あぁ、頼んだぞ。」
「おー。」
手をヒラヒラと振りながら、歩いて行く小野寺を見送っていると、袖をクイッと引かれた。振り返ると大仏と目が合う。
「石上……ごめんね、全部任せちゃって……」
僕を見上げながら、そう洩らす大仏を宥める。
「気にしなくて良いよ。偶々僕の案が採用されただけだし……」
「石上……先輩達にもちゃんと意見とか言ってたし、問題にも平然と答えてたし……流石っていうか……うん、とにかく凄かったよ。」
「……まぁ、会長に任された仕事だし、生徒会役員として少しは役に立つ所も見せたいし。」
(これで時間にも余裕が出来るから、大仏と一緒の時間が増えるし、上手く行けば文化祭を一緒に回れる。それに大仏と一緒に居れば、団長がアプローチを掛ける隙がなくなる筈……)
滅茶苦茶、私利私欲だった。