石上優はやり直す   作:石神

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祭りの準備は慌ただしい

奉心祭まで残り1週間を切った。次第に加熱するクラスや部活動の生徒達……友人や普段は話さないクラスメイトと交友を持つ機会が増えたり、四苦八苦しながら出し物の準備に明け暮れる。そして、祭りはある意味……本番よりも準備の方が忙しく楽しいモノなのである。

 

「こばちゃーん、暗幕が足らないって麗ちゃんが……」

 

「えー、暗幕もう無いんだけど……石上、どうする?」

 

「ちょっと待ってくれ……確か暗幕の貸し出し数は、クラス別に記録してた筈……」

 

僕は素早くパソコンから目当てのページを開くと、各クラスの貸し出し数を確認する。

 

「……やっぱりな、3年B組とオカ研が必要以上に持って行ってるみたいだ。」

 

「もう! なんでそんな事してるのよ!?」

 

伊井野の苛立ちを受け流しながら答える。

 

「仕方ねぇよ、念の為って言って多めに持って行く所は一定数ある訳だし。僕は3年の所に行くから、伊井野と大仏はオカ研に行ってくれ。」

 

「わかった、こばちゃん行こ?」

 

「うん。石上、コレが終わったらA組との合同会議があるから忘れないでね。」

 

大仏の言葉に、壁に掛かった時計を確認する。

 

「げっ、もうそんな時間かよ……急いで終わらそう。」

 

僕は急いで3年B組のクラスへ向かうと、唯一の知り合いに声を飛ばした。

 

「団長! 暗幕の余りがあったら譲ってくれませんか?」

 

「おぅ、石上か。暗幕なら……コレくらい余ってるな、全部持って行ってくれて大丈夫だぞ。」

 

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。」

 

僕は両手一杯に暗幕を抱えて、教室を出て行く。

 

「ふぅ……」

(重い……けど、こっちの方が暗幕の数が多かったし、何より……団長と大仏はなるだけ近づけさせない様にしないといけないし、仕方ない……うん、仕方ないんだ。)

 

石上は狡かった。

 

………

 

「失礼します! オカルト研究会の余った暗幕を回収しに来ました!」

 

伊井野がドアを開けると、薄暗い空間に迎えられる……その独特の雰囲気に、伊井野は思わず足を止めた。

 

「ミコちゃん、どうし……うわっ、滅茶苦茶暗いね。」

 

「……あらあら、可愛い子猫ちゃんが2人も……何か御用かしら?」

 

「「ひっ!?」」

 

暗闇から聴こえて来た声に、2人は揃って小さな悲鳴を上げた。

 

「ふふっ、ごめんなさいね? 驚かせる気はなかったんだけど……」

 

「あの……貴女は?」

 

「あら、ごめんなさい。余った暗幕を取りに来たんだったわね? 年頃の子が部屋を暗くする道具を求めるなんて……ふふ、いやらしいわね。」

 

「何を言ってるんですか?」

 

「……」

(この学校ってホント変な人が多いなぁ……)

 

伊井野と大仏は困惑した。

 

「折角来てくれたんだし、占ってあげましょうか?」

 

「急ぎますので、結構です!」くわっ!

 

「あら、残念……暗幕はその箱の中よ。どうぞ、持って行って。」

 

「失礼します! こばちゃん行こ?」

 

「うん。」

 

「……眼鏡の貴女。」

 

部屋を出て行った伊井野の後を追おうとした時、大仏は背中からの呼び掛けに振り返る。

 

「はい、何ですか?」

 

「……1週間後、人生の岐路に立つ事になりそうね。」

 

「……人生の岐路?」

 

「しかも、選択する機会はたった一度だけ……覚悟しておいた方がいいわ。」

 

魔女帽子を被った目の前の少女の言葉に、じわりと不安が胸に広がって行く。まるで、この空間だけ世界から切り離された様な錯覚と共に不安は消えてはくれない。

 

「……」

 

「こばちゃん、早くー!」

 

「あ、ミコちゃん……」

 

廊下から聞こえて来た友人の声に、先程までの不安が霧散する。

 

「引き止めてごめんなさいね。」

 

「いえ、じゃあ失礼します。」

 

私は部室を出て、ドアを閉めようと手を掛ける。

 

「最後に忠告してあげる……貴女に最も近しい男性に注意しなさい、その男の言う事を信用してはダメよ。」

 

「えっ?」

 

その言葉を聞き終わると同時に、バタンという音を立ててドアは閉まった。

 

「……どういう意味だろ?」

 

「こばちゃーん!」

 

少し離れた場所から自分を呼ぶ友人の声に、先程までの思考を隅に追いやる。

 

「ごめん、今行く。」

 

最も近しい男性に注意しなさい、その男の言う事を信用してはダメよ。

 

隅に追いやったその言葉の意味は……まだわからない。

 

………

 

「……あれ? 部長、此処に置いてあった暗幕どうしました?」

 

「取りに来た娘に渡したわよ。構わないでしょ?」

 

「はい、それは大丈夫ですけど……」

 

「ふふ……珍しい運命の子だったから、思わず占っちゃったわ。」

 

「あぁ、だから機嫌良いんですね。」

 

「あそこまで両極端な運命は珍しかったから、つい……ね。」

 

「へー、どんな運命だったんですか?」

 

「ふふ、秘密よ。」

 

部長と呼ばれた少女は、楽しそうに唇の前で指を立てて微笑んだ。

 


 

〈1年B組〉

 

「えーと、A組とB組の合同企画であるホラーハウスですが……残り1週間を切った今、進捗状況は50%以下です。正直ヤバイです。」

 

会議進行役の小野寺がクラスを見渡しながら口にする。

 

「皆がもっと真面目にやらないかっむぐ!?」

 

「ミコちゃん、今それ言うともっと遅れる事になるから。」

 

「……現実問題として、少し企画の変更が必要になります。何かアイデアのある人は居ませんか?」

 

「ルートを大幅に減らすしかなくね?」

 

「半分喫茶店にしちゃうとか?」

 

「部活もあって忙しいし、適当で……」

 

「……」

 

ダメだ、みんな真剣に考えてない……大幅なルート削減をすれば合同企画の意味がなくなるし、半分とはいえ今さら喫茶店にしようとしても、申請と食材の準備に今以上の時間が掛かるし……私だって部活をしながら準備してるんだから、忙しいのは言い訳にならない。私は頭を抱えたくなるのを必死で堪えながら、黒板に先程出た案を書き出す。妙案とはいえない案を書き終わると、地べたに座る石上に視線を向ける。

 

「石上、何かない?」

 

「そうだな……視覚と聴覚2種類のお化け屋敷にでもしてみるか?」

 

「聴覚のお化け屋敷?」

 

「遊園地とかでよくあるだろ? 立体的な音と雰囲気だけで観客を怖がらせるアトラクション。」

 

「バイノーラル音響の事?」

 

僕の発言に伊井野が反応を示す。

 

「伊井野詳しいの?」

 

「詳しいって程じゃないけど……」

 

「……」

(いや、滅茶苦茶詳しいだろ。)

 

「……」

(十分詳しいよね、ミコちゃん……)

 

2人は口から出そうになった言葉を飲み込んだ。

 

「……本当に自分が体験してるみたいな錯覚がする程で、耳元で囁かれてる音声とか、クオリティの高い耳かき音声とか本当にんぐっ……!?」

 

「はい、ストップ。ミコちゃん、今自爆されたら本当に人手が足りなくなるからやめて。」

 

「……ふーん? バイノーラルが凄いのはわかったけど、残り1週間で間に合うの?」

 

「出来てる分のお化け屋敷は、前半パートにでも使えば残りは少ない準備で済むだろ。後半パートとしてバイノーラル音響が必要だから……」

 

「それならこの私、槇原こずえに任せなさい!」

 

バンッと椅子から立ち上がり、そう名乗った少女は自信満々に言い放った。

 

「あと1週間しかないけど、大丈夫なの?」

 

「……問題無いだろ、TG部ならこういうの得意だろうし。」

 

不安そうな小野寺に答える……不安な理由が残り時間かTG部だからなのかはわからないけど……

 

「石上、アンタ見る目あるわね! 流石、私が目をつけてた男なだけあるわ。」

 

「そうかい……僕はヤベェ奴に目ぇつけられてたっていう、知りたくもない事実を知る羽目になったけど……」

 

「とにかく! 私に任せてもらえれば万事解決よ!」

 

………

 

〈視聴覚室〉

 

両手を縛られた状態で椅子に座らされ、アイマスクまでされたミコちゃんが槇原さんと何故か途中参戦して来た藤原先輩の責め苦に必死に耐えている……あー、またミコちゃん声出しちゃった……

 

「もうさ、口にガムテしなきゃダメかもね。」

 

小野寺さんの発言に、槇原さんは嬉々としてガムテープでミコちゃんの口を塞いだ。

 

「コレで最後にするからさ、伊井野も頑張ってよ。」

 

「んーあん……」

 

多分、麗ちゃん……とでも言ったんだろうけど、ガムテープの所為で聞こえない。まぁ、コレで録音も終わるかな……

 

貴女に最も近しい男性に注意しなさい、その男の言う事を信用してはダメよ。

 

不意に……オカ研の部室で言われた言葉が脳裏に浮かんだ……アレはどういう意味なんだろう? それに、選択の機会は一度だけっていうのも気になるし……

 

「はぁ、はぁ……やっと終わった、こんな事もう二度とゴメッ……」グッタリ

 

「あ……ミコちゃん、ごめん。ボーッとしてて録音してなかった……最初からやり直しで。」

 

「」

 

その瞬間、ミコちゃんの目から光が消えた……ごめん、次はちゃんとやるから……

 

 




※マッキー先ハイが石上に目をつけてたと言っていましたが、不治ワラちゃんという友達から話を聞いて興味を持っただけなので、恋愛的な意味はありません。

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