石上優はやり直す   作:石神

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大仏こばちは仮面を被る

「あれ……伊井野、大仏は今日休みか?」

 

次の日、学校に来るといつも伊井野と一緒に登校して来る大仏の姿が見当たらなかった。

 

「うん……こばちゃん今日は、どうしても外せない用事があるんだって。」

 

「へぇ、そうなのか……」

 

少し残念な気分を味わいながら、文化祭の準備に取り組む……キリの良い所で作業を中断して時計を確認すると、時刻は既に12時を回っていた。さっさと食って仕事に取り掛かろう……教室でそのまま昼食を食べていると……

 

「石上! コレ見て!!」

 

血相を変えた伊井野と小野寺が走って教室に入って来た。風紀委員である伊井野が廊下を走るなんて、よっぽどの事だ。僕は小野寺に差し出されたスマホ画面を覗き込んだ。

 

〈大仏と書いておさらぎって読みます! ぜひ覚えて下さいねっ!〉

 

その画面の中には……聞き慣れた声で、普段とは違い溌剌とした感じに話す大仏の姿があった。いつもと違う……作った様な笑顔と、眼鏡を外した瞳を晒して。

 

………

 

また此処へ戻って来てしまった。もう来る事は無いと思っていたのに……私は向けられたカメラに向かって、カンペに書かれたセリフを吐く。此処とは何年も離れていたのに、いざカメラを向けられると勝手に体と口が動いた。演技と嘘を吐く事ばかりしていた……私の1番、無かった事にして忘れてしまいたかった過去……こんな私を見て、石上はどう思うかな……沈んだ心とは真逆の仮面を付けて、私は笑った。

 

「お、父……さん……」

 

あの時、数年振りに我が家を訪れたお父さんを見て……嫌な予感がした。そして……その予感は的中した。お父さんは、お母さんと養育費について話をしに来たんだと言った。そして、今までと変わらずに養育費を工面するのは不可能だとも……お母さんにも貯金はあるらしいけど、秀知院は名門私立……生活費と学費の両方を賄えるほどの蓄えは無いと言われた。つまり、学費のあまり掛からない公立高校に転校する必要があると……いきなりの事に動揺する私に、お父さんは肩に手を置いて言った。

 

「友達と離れたくないか? それなら、いい考えがある。こばちが自分で金を稼ぐんだ。勿論、父さんも協力する……どうだ?」

 

「何を……」

 

折角仲良くなれた人達と離れるなんて嫌だっ……皆と、石上と離れたくない……私は俯いたまま、お父さんに訊ねた。

 

「すれば良いの……?」

 

その時の私には、それ以外の選択肢なんて思い浮かばなかったから……

 


 

自室のベッドに体を投げ出して天井を見上げる。昼休みに……大仏が映っていた番組を見てから、ずっと頭の中を……何故? という疑問が飛び交っていて、気付いたら下校時間になっていた。その間の記憶は朧気だけど、伊井野や小野寺が言うには只々無心で仕事をしていたらしい……大したミスもしてないなら別にいいかと、楽観的に判断して思考を切り替える。

 

昨日まで大仏から、芸能界に入る……なんて事は聞いていなかったし、伊井野や小野寺の驚き様を見ると、誰にも言ってない事は明白だった……大仏にメッセージを送るが、未だに既読すら付いていない事実に……ゾワゾワとした嫌な感触が身体中に纏わりつく。

 

「大仏……」

 

ポツリと零れた言葉は、真っ暗な部屋に消えて行った……

 


 

次の日、奉心祭を明日に控えた秀知院は1番の賑わいを見せていた。直前になって備品申請をしに来る部活部員、レイアウトで意見の衝突をする生徒、前日にも関わらず進捗率が芳しくないクラス、それらのフォローや手伝いをする生徒会と文化祭実行委員……その中で僕達のクラスだけは、周りの賑わいに反して静けさが漂っていた。

 

「……おはよ。」

 

日頃の疲れと昨日の昼休みの衝撃からか、机に突っ伏していた僕は頭上からの声に顔を上げた。

 

「大仏……おはよう。」

 

「……うん。ゴメンね、昨日休んじゃって……あと、メッセージの返信も出来なくて。」

 

「あ、いや……それはいいけど、どうして?」

 

言外に昨日のTV番組の事を含ませて尋ねる。

 

「昨日の事、だよね……ちょっと理由があってね。でも、そんなに長くやるつもりはないの。」

 

「そう、なのか……?」

 

「うん、心配させてゴメンね。」

 

僕と大仏の遣り取りに対して、周囲のクラスメイトも聞き耳を立てている事がわかった為、それだけ聞くと話題を変える。

 

「明日から文化祭だけど、大丈夫か?」

 

「……明日は大丈夫。でも、2日目は来るの遅れると思う……」

 

「え、そうなのか?」

 

「……うん、番組収録の予定があって。夕方には来れると思うけど……ごめんね、折角誘ってくれたのに……」

 

大仏は気落ちした様に言葉を零した。

 

「待つよ。」

 

「え?」

 

「少しくらい遅れたって気にするな、ちゃんと待ってるから。」

 

「っ……うん、ありがと。」

 

「おう。」

 

僕と大仏の会話は教室に入って来た、伊井野と小野寺の割り込みにより中断された。大仏に詰め寄り、小型犬の様に吠える伊井野を宥めていると、始業のチャイムが鳴り響いた。

 


 

文化祭の準備も昼過ぎになれば、徐々に作業の終わったクラスや部活動の姿もチラホラと見え始める。僕達のA組B組合同ホラーハウスも完成し、残るは僅かに作業の完了していない出し物の手伝いをするだけだ。2時間程、校内を見回り最後の確認と手伝いをして今日の作業は終了した。本番である明日は、5時には来て準備や確認をしなければいけない……生徒会で備品の貸し出しデータをまとめていると、ガチャリという音と共に扉が開かれた。

 

「あら、石上君まだ居たの? 明日は早いんですから、程々にしておきなさい。」

 

「はい、コレをまとめたら帰ります……四宮先輩はどうして此処に?」

 

「明かりが点いていたから確認しに来たのよ。」

(もしかしたら、会長がいるかもしれないと思って来たなんて言えないわね……)

 

「そうだったんですか、すいません余計な手間を取らせて……」

 

「別にいいわよ……それより、大仏さんは大丈夫だったかしら?」

 

「えっ、まぁ……大丈夫そうでしたが、四宮先輩も知ってるんですか?」

 

少し意外だった為、思わず四宮先輩に訊ねる。

 

「同じ生徒会メンバーの近況くらい知ってるわよ、失礼ね。」

 

「ハハハ、すいません。」

 

「石上君……まだ掛かるなら手伝いますよ?」

 

「……いえ、もう終わりました。」

 

僕はパソコンの電源を落とすと、鞄に仕舞って立ち上がる……その弾みで、ポケットからキーホルダーが零れ落ちた。

 

「あら? コレは……あらあら、石上君もそうなのね。」

 

四宮先輩は僕より先にそのキーホルダーを拾うと、手のひらに乗せて僕に差し出した……ハート型のキーホルダーを。

 

「……どうも。」

 

妙な気恥ずかしさを感じながら、キーホルダーを受け取る。

 

「誰に渡すのかしら?」

 

「……大仏に。」

 

僕は観念して白状する……しらばっくれても意味が無い気がしたし、四宮先輩には極力嘘は吐きたくない。

 

「あら、素直ね……そ、それで……いつ告白するつもりなの?」

 

「はい、奉心際の2日目に。」

 

「そ、そうなの……でも、そんな急ぐ必要があるのかしら? もっと関係性を深めて……なんだったら、向こうから告白されるのを待ってもいいんじゃないかしら……」モジモジ

 

思いっきり自分の事だった。

 

「別に急いでる訳じゃありませんよ、ただ……このまま待つだけなんて僕には出来ません。大仏が僕以外の男に奪われるなんて、考えたくないですし……それに、もし上手くいけば残った学生生活を恋人として過ごせるんですから。」

 

「……石上君は、フられたらどうしようとか考えてないの?」

 

「もし、フられたとしても……好きになってもらう様に頑張るだけですから。」

 

「そう……強いわね、貴方は。」

 

「……そうですか?」

 

「えぇ……引き止めてごめんなさい、また明日ね。」

 

「はい、お疲れ様でした。」

 

「……お疲れ様。」

 

私は部屋を出て行く後輩の背中を見送る……そう、石上君は勇気を出すのね。なら私も……

 

 


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