〈奉心祭初日〉
予め予想出来る問題に対策はしていたが、それでも忙しさはあまり軽減されなかった。特に僕と大仏は、明日の午後に自由時間を確保する為に仕事が大目に割り振られている。
「悪いな石上、無線マイク融通してもらって。」
「構いませんよ。只、文実の予備の奴なんで使い終わったら文実委員か僕に返して下さいね。」
「おう、サンキューな。」
「石上、暗幕の余りない?」
団長と備品のやり取りをしていると、大仏に後ろから袖をクイッと引かれる。
「あれ、まだ足らなかったのか?」
「出入り口の分を忘れてたんだって。」
「あー、準備中は開けっ放しだったからか……まだあった筈だから取って来るよ。」
「じゃあ、お願い。小野寺さんに渡してくれたら良いから。」
「あぁ、わかった。」
「……」
走って暗幕を取りに行った石上を見ていると、ミコちゃんが近づいて来た。
「はぁ、中々スムーズに行かないねこばちゃん。開場までもう時間無いのに、次から次にやる事が出て来るし……」
「当日になってみないとわからない事ってあるからねー。」
〈ピンポンパンポーン〉
「あ……」
「始まるね。」
〈それでは……秀知院学園文化祭、奉心祭のスタートです!!〉
………
「1年生達は先に休憩入ってー!」
つばめ先輩の言葉に作業を中断し、各自昼休憩を取る。
「伊井野、教室戻る?」
「うん、麗ちゃん行こ。こばちゃんも……」
「あ、先行ってて。」
「……わかった、伊井野行くよ。」グイッ
「あぁあっ、麗ちゃん!?」
察してくれた小野寺さんに、ミコちゃんは引っ張られて行った……
「……石上、昼休憩行かないの?」
「実は……今日コンビニ寄って来るの忘れててさ、どっか適当なクラスの出し物で済まそうかと。」
「あ……だったら、一緒に行って良い? 私もついでにご飯済ませたいし。」
「あぁ、じゃあ行くか。」
大仏と連れ立って校内へと向かう途中、此方に歩いて来る翼先輩達3人と鉢合わせた。
「あ、石上君、準備頑張ってたね。」
「おつかれ、優。」
「お疲れ様。」
「こんにちは。」
「どもっす……皆さんは、今からクラスの当番ですか?」
隣でぺこりと頭を下げる大仏を視界の隅に収めながら、翼先輩に話し掛ける……そういえば、大仏は先輩達と面識あったっけ?
「うん、よくわかったねー。」
「ハハハ、なんとなくですよ……」
(そりゃ、柏木先輩連れて文化祭デートしてたんならドン引き案件だからですよ。)
「……」ジーッ
「そういえば……優のクラスはおばけ屋敷らしいわね?」
「えぇ、結構な自信作なんで是非来て下さい。」
柏木先輩の視線を受け流しながら、マキ先輩に答える。
「マキちゃん、石上君もこう言ってるんだから一緒に行こうよ。」
「で、でも私、怖いのは……」
「大丈夫だよ、僕がちゃんと守るから。」
「翼君……」キュンッ
バカップルと化した翼先輩とマキ先輩2人を眺めていると、突き刺さる様な何かを感じた。
「……」ジーッ
「あの……瞳孔開いた目でこっち見るのやめてもらえません?」
「……?」
(どうして柏木先輩は、凄い目で石上の事見てるんだろう……)
………
先輩達と別れると、大仏と飯系の屋台が密集しているエリアを回る。昼休憩終了まであまり時間が無い為、手っ取り早く食べられるモノを探す。
「こうして回って見ると、壮観だなぁ……」
「ただでさえ規模が大きい文化祭なのに、今年は2日開催だからね。みんなも気合いが入ってるんじゃないかな?」
「そうだなぁ……あ、タコ焼きがあるな。」
タコ焼きと書かれた看板を見つけて近付くと、2つのタコ焼き屋が並んで販売されていた。片方は普通のタコ焼き屋、もう片方は〈ハート型かまぼこ入り〉と表記されていた。
「……」
(此処でタコ焼きとはいえ、大仏にハート型のモノを渡すのは違う気がする……)
「……」
(うーん、石上には明日渡すつもりだから今日はやめといた方が良いかなぁ。)
結果、両者普通のタコ焼きを選択する。
「……美味いな。」
「……だね。」
人混みを抜けてベンチに座ると、明日についての話題を振る。
「なるだけ早く帰って来るから……ごめんね。」
「気にしないで大丈夫だよ。何処かで待ち合わせでもするか?」
「あ、じゃあさ……去年一緒に桜を見た所で待ち合わせしよ? 彼処なら人気も少ないし。」
「そうするか、じゃあ先に行って待ってるよ。」
「うん、楽しみ。」
「だな。」
短い昼休みが終わると、また僕達は文実の仕事に精を出した。
〈生徒会室〉
「いやー、なんだかんだ言って結局みんなココに集まっちゃうんですよねー!」
「実家の様な安心感がありますね。」
生徒会室には生徒会メンバー全員が集まっており、皆が疲労を滲ませた顔をする中、藤原だけは平気な顔で室内をウロウロしている。
「皆さん、かなり疲れてますねー?」
「まぁ、今日だけで色々ありましたし……」
(中年の接客が1番疲れたわ……)
「文実の手伝いで、僕ら1年はクラスの出し物に顔出す暇もなかったですし……昼飯の時にちょっとだけ回ったくらいですか。」
「へー、そういえばTG部の皆とおばけ屋敷行きましたよ!」
「そうだったんですか、私が接客したかったんですけど……残念です。」
伊井野はガックリと肩を落とした。
「どうでした?」
「はい、面白かったですよ! ミコちゃんが椅子に縛り付けられながら録音してる所を思い出して、思わず爆笑しちゃいました!」
大仏の問いに人格を疑う返しをする藤原先輩を指差して伊井野に尋ねる。
「なぁ伊井野……そろそろ尊敬出来なくなってきたんじゃないか?」
「……そ、そんな訳ないでしょ!」
「ミコちゃん、間があったけど……」
「いい加減夢から覚めろよ。」
「ちょっとちょっと石上くん〜? その言い方じゃ、ミコちゃんが私に過度な幻想を抱いてるみたいじゃないですか〜。」
「まんまその通りでしょう。」
「ちょっと石上、藤原先輩を悪く言わないで!」
「ミコちゃーん!」ギュッ
「私は藤原先輩の事……まだちゃんと尊敬してるんだから!」
「……まだ? ミコちゃん、まだって何?」
伊井野の発言に引っ掛かりを感じた藤原先輩が伊井野に詰め寄る。
「……ボチボチ現実が見え始めてるな。」
「ねー、3ヶ月前は上限一杯まで尊敬してたのに……」
伊井野を懐柔する藤原先輩を視界に収めつつ、大仏と駄弁る。
「ま、皆満喫した様なら良かったよ。」
「会長はあまり回れなかったのですか?」
「保護者の案内ついでに多少は見て回ったが……それらしい事と言えば、四宮の所でカフェイン摂取したくらいだ。まぁ今日で寄付金の目標額は達成したし、明日は色々回る時間もあるだろう。」
会長と四宮先輩の会話が耳に届いた。
「……」
(会長も大変だな、僕は昼休みだけでも回れただけラッキーだったな……大仏と一緒だったし。)
「……はい、私が悪い子だからダメなんですよね。藤原先輩が私に酷いことするのは、私の為を思っての事なんですよね……」
「石上、ミコちゃんが洗脳されちゃった……」
「色々ダメそうだな……」
何はともあれ奉心祭1日目無事終了。