石上優はやり直す   作:石神

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大仏こばちは間に合わない

〈某TV局〉

 

マズイ……収録に時間が掛かり過ぎている。番組収録では良くある事だけど、何も今日じゃなくてもいいのに……

 

「はい、OKです。お疲れ様でした。」

 

スタッフさんと出演者に挨拶を済ますと、急いで自分の楽屋へと走る。石上との待ち合わせ時間は既に過ぎている……それ所か、奉心祭の閉場時間まであと僅かという時間だった。鞄からスマホを取り出して石上に連絡を……

 

「嘘でしょ……電池切れって……」

 

私は楽屋を飛び出した。どうして、こういう時に限って悪い事ばかり……

 

「え、そんなに仕事入れて大丈夫なの? 娘さん……確か秀知院でしょ?」

 

お父さんの名前が書かれた楽屋の前を通り過ぎる瞬間、半開きのドアからそんな言葉が聞こえて来た。確かこの声は……番組プロデューサーの声だ。私は、会話が聞こえる様にドアに隠れて室内を窺った。

 

「別に構いませんよ。頃合いを見て、芸能科のある高校にでも転校させますから。」

 

「娘さんには話してるの?」

 

プロデューサーの言葉に、お父さんは鼻で笑って返した。

 

「はんっ、まさか……近い内に契約書で縛っておけば問題ないでしょう。数年前に一世風靡した人気子役……役者として俺がもう一度芸能界で幅を利かすには、二世タレントとしてのアイツの存在が不可欠ですからね。」

 

「……まぁ、ウチとしても数字が取れるなら家族間の事に口出しはしないけどね。」

 

「大丈夫ですよ。今回も学費をネタに少し脅しを掛けただけで、言う事を聞きましたから。」

 

その言葉の意味を理解した瞬間……私は走ってその場を離れた。どれくらい走っただろう……気付けば私は、TV局から離れた場所で膝に手をついて荒れた息を整えていた。

 

「……くっ、ふっ……ウゥッ……」

 

悔しくて涙が出た。お父さんは、自分の為に私を利用するつもりだった……でも学費に関しては本当なのだろう、お母さんの貯金では足りないのは事実……不倫スキャンダルでマスコミと世間から散々叩かれたお母さんは、人目を気にして働きに出る事が出来なくなってしまった。それでも女優時代の貯金でどうにか出来ていたらしいけど……秀知院は私立の名門、学費だって1年で200万くらい掛かる。秀知院の奨学金制度も調べてみたけど、元々財閥の子息令嬢や才覚のある人間ばかり受け入れていた為か補助に関しては受け取る資格の条件がどれも厳しいモノばかり……私には条件をクリア出来ない。残りは400万……只の高校生には到底用意出来ない金額……私が秀知院に居続けるには、芸能界でお金を稼ぐ事しか出来ない。でも、このままじゃ……そこまで考えて真っ暗な空を見上げた。

 

「……奉心祭、終わっちゃったな……」

 

石上と約束した時間はとっくに過ぎてるし、奉心祭も既に閉場している時間だ。でも……

 

少しくらい遅れたって気にするな。

 

気が付けば、私の足は秀知院に向けて走り出していた……頭では意味がない、居る筈がないとわかっていても……

 

ちゃんと待ってるから。

 

石上の優しさに、縋りたくなってしまったから……

 


 

〈秀知院学園〉

 

「……ふふ、居る訳ない……よね。約束破って……嫌われちゃったかな……」

 

せめて、連絡が出来れば違ったんだろうけど……私は、人気の無くなった秀知院を眺める。キャンプファイヤーの跡、周囲に散らばった萎んだ風船、無人の屋台……明日は片付けが大変だな、と思いながら敷地内へと入る。校舎内に入りさえしなければ、防犯機能に引っかかる事は無い……私は、石上との待ち合わせ場所へと向かった。

 

僅かな光量で周囲を照らす外灯を頼りに、目当ての桜の木を見つけた。暗闇の中で外灯に照らされる桜を見た瞬間、止まっていた涙がまた溢れて来た……私は俯きながら一歩ずつ桜に近付く。涙がぽたぽたと重力に従って落ちて行くのをぼうっと眺めていると、1年前の光景が蘇った……

 

これは桜だよ。冬桜といって冬と春に2回咲く桜なんだ。

 

そうだ、石上に教えてもらうまで冬に咲く桜があるなんて知りもしなかった。2回咲くなんて珍しいねって言ったら……

 

冬桜の花言葉は精神美、優美な女性、純潔、そして冷静……大仏みたいだな。

 

「……ッ」

 

ふふっ……あんな事、女の子に言って勘違いしたらどうするのよ。

 

……実はもう1つあるんだよ、冬桜が大仏みたいだと思った理由。

 

それで、私がどんな理由って聞いたら……

 

冬桜は別名小葉桜(コバザクラ)とも呼ばれてるんだ。

 

もうっ……あんな雰囲気で揶揄うなんてイジワルして……でも、そういう所も……

 

「大仏。」

 

「……え?」

 

前方からの声に俯いていた顔を上げる。嘘だ、そんな訳ない、ありえないと否定の言葉が次々と出て来るけど、今1番聴きたいあの声だけは……聞き間違えるなんてありえないから……

 

「嘘……なんで……」

 

顔を上げると、桜の木の前に立つ1人の男子と目が合った……

 

「ちゃんと待ってるって言ったろ。」

 

その言葉を聞いて……気付いたら私は、石上の胸に飛び込んでいた。

 

「ごめんっ……間に合わなくて……折角、石上がっ……く、うぅっ……」

 

涙が止めどなく溢れて、石上の制服を濡らす……約束を守れなかった自分に対する憤り、石上に対する申し訳なさ……なにより、それでも待って居てくれた石上の優しさに私は……涙を止める事が出来なかった。

 

………

 

僕の胸に顔を埋め、泣き噦る大仏の背中をポンポンと叩いて落ち着かせる。

 

「大丈夫だから、落ち着いて……な?」

 

なるだけ、優しい声色になる様に心掛けて話し掛ける。少しでも大仏に安心して欲しくて大丈夫、大丈夫と繰り返し宥めていると、徐々に嗚咽は収まっていく。

 

「石上……どうして、待っててくれたの?」

 

泣き腫らした目で、ジッと此方を見上げる大仏に答える。

 

「単純に待ちたかったっていうのもあるけど……もし、大仏が来たのに僕が居なかったら……きっと寂しい思いをさせてしまうと思ったから。」

 

「石上……」

 

この日を迎える為に、色々シミュレーションはしたし、どんな言葉で告白すればいいか、なんて事も考えていた……でも、目の前で涙を流している大仏を見て……考えていた事が頭から消えてしまった。今の僕の頭の中にあるのはただ一つ……

 

「……大仏こばちさん、貴女が好きです。僕と……ずっと一緒に居てください。」

 

自然と口から出た僕の言葉に、大仏は目を見開いた。僕はそのまま流れる様に大仏へと、ハートのキーホルダーを差し出す……女の子の弱っている所につけ込む様な卑怯なタイミングで告白している自覚はある。でも、それでも……大仏の傍にいる理由がどうしても欲しかったから……

 

「何があっても絶対に守るし、辛い思いもさせない。 だから……僕と付き合ってくれ!」

 

「っ……ふっ……うぅっ……」

 

ポロポロと涙を流す大仏に、一瞬悪い結果が脳裏を過る。

 

「私は……ずっと、私を見てくる男子の目が嫌いだった……顔だけ見て寄ってくる男子や、親のスキャンダルを詰ってくる男子が……だから私は、石上の前でもずっと眼鏡を外さなかった。お母さん譲りのこの顔よりも……私自身を好きになって欲しかったからっ……私は、ずっと石上を試してたんだよ? それでもいいの……?」

 

「大仏……僕にとって今1番大事なのは、目の前にいる女の子が大仏こばちである事なんだ。素顔でも、眼鏡を掛けていても関係無い。それに……僕は大仏の事、ちゃんと見てたよ。」

 

「……どうして、石上はいつも私を助けてくれるの? どうして、いつもっ……言って欲しい言葉を私にくれるの?」

 

「大仏……」

 

「私も、石上の事が好き、大好き!」

 

その言葉を聞いた瞬間、僕は大仏を抱き締めた。

 


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