12月24日、クリスマスイブ当日……こばちの問題に決着を付けると決めた日に僕とこばちは……
「凄い綺麗……」
「だな……」
クリスマスデートをしていた。立ち並ぶ樹々に取り付けられた光り輝くイルミネーションが……道行く人々を明るく照らす。夜空はネイビー色に彩られ、その下を歩くのは殆どがカップルだ。
「こばち、寒くないか?」
「うん、大丈夫。でも……ホントに良いのかな?」
「大丈夫だよ。」
不安そうにするこばちを宥める。今日、こばちは番組収録をドタキャンしている……いや、僕がさせたと言った方が正しいか。こばちのスマホには父親からの電話がひっきりなしに掛かって来るので、今は電源を切っている。相当怒っているだろうな……だけど、それで良い。冷静さを欠いた状態なら、僕でも言い負かす事くらいは出来る筈だし、暴力に訴えて来るなら話はよりシンプルになる。父親だからと言って、こばちを泣かせていい理由も利用していい理由もないのだから。
………
〈大仏家〉
こばちとのデートが終わると家へと送り届ける……世間では性の6時間とか言って盛り上がっているカップルも居るだろうが、僕はそんな性欲を優先するヤリチンでも、世間の風潮に流されがっついてしまう童貞でもない。そういう神聖な行いはもっとこう……お互いの気持ちを大事にするべきで、クリスマスに便乗してするのは違うと思う。
行為の神聖視や気持ちが大事とか言う辺りは、まさしく童貞ぽかった。
こばちの母親からのメッセージで、既に父親は家に居るという事を知った。ドアを開く前にこばちへ視線を向けると目が合った……それは、覚悟と意思の宿った瞳だった。
………
「……ただいま。」
「お邪魔します。」
家へと入ると、ドタドタと騒がしい足音が聞こえて来た。
「こばち! お前仕事をドタキャンするなんて何考えてるんだ!?」
父親の剣幕に、ビクッと肩を震わせたこばちを背中に庇う。
「優……」ギュッ
ギュッと不安そうに腕に掴まるこばちに……
「大丈夫。」
と返して、父親へ向き直る。
「なんだお前は?」
「はじめまして、こばちさんとお付き合いさせて頂いてる石上と言います。」
「……お前がこばちを誑かしたのか!?」
「はい、そうです。僕が仕事をドタキャンする様に言いました。」
「お前……自分が何をしたかわかってるのか!!」
「たいきさん、話ならリビングで……」
母親に宥められると、こばち共々リビングに案内される。父親と反対側のソファにこばちと座り、父親はソファにドカッと座ると……苛立ちを隠さずに話し出した。
「プロデューサーはカンカンだ。それ以外にもスタッフや共演者の人間にも迷惑が掛かった……こばち、お前には常識というモノがないのか!?」
「……ッ」
「……」ギュッ
俯いて沈黙するこばちの手を握る。
「……常識と言いますが、実の娘を利用して芸能界でのし上がろうとする貴方の方が常識が無いのではないでしょうか?」
「な、なにをっ……」
「こばちさんは聞いたそうですよ? 貴方が楽屋で……番組プロデューサーとその様な話をしている所を。」
「それはっ……」
「そもそも、娘とはいえ未成年に無理矢理働かせるのは労働基準法違反です。例え働き場所が芸能界であろうと関係ありません。」
「……番組収録をドタキャンしたんだ、こばちには賠償責任が生じるぞ? お前がこばちを唆したからっ……」
「……子供だからって舐めてます? ある訳ないでしょ、そんなモノ。こばちは書類の類いには一切のサインをしていないと言っていました。だけど、何の契約もしていない少女をTV局が使うとは思えません。何かあった時の責任者がいる筈です……貴方でしょう?」
「……ッ」
思った通り図星らしく、僕はそのまま話を続ける。
「だから、賠償責任が生じるとすれば貴方で、こばちには一切の責任はありません。こばち自身、もう芸能活動はしたくないと言っていますし……」
「……じゃあ、こばちが転校しても良いんだな?」
「……」
「元々、こばちが芸能活動を再開したのは学費が払えないからだ。芸能活動をしないなら、公立校に転校するしかないぞ? それに、大学に進学するなら更に金がいる……用意出来るのか?」
ニタニタと笑いながらそう言う父親に、若干の苛立ちを覚える。くだらない……揚げ足を取ったつもりで、得意気な表情を浮かべる男に毅然とした態度で言い放つ。
「それに関しても問題ありません、ご心配なく。」
「なっ!? そんな馬鹿なっ……一体どうするつもりだ!?」
その言葉に僕は、時間が戻って数ヶ月経った頃を思い出した。
………
特に深く考えずに……僕は父さんに、わかる範囲のヒット商品の情報を伝え続けた。最初の商品がヒットし、次の商品も……そのまた次の商品もヒットした……当たり前だ、僕には何がヒットするかわかっているのだから。会社の経理に関わってた前回同様、今回も経理に携わっていた僕だけど……会社の利益や仕入れなどに目を通していて思った。
あれ? もしかして、やり過ぎた? と。
それ程までに……前回とは桁違いの利益を父さんの会社は得ていたし、終いには……
「優、お前が会社継ぐか?」
と父さんに打診される始末……勿論全力で断った。会社は兄貴が継げば良いと思ってたし、僕は人の上に立つタイプの人間じゃない。ただ……父さんがそんな事を言う程の利益を会社にもたらした……その事実が無ければ、こばちの学費の問題もクリア出来なかっただろう……
………
「……という事なのでご心配なく。母親の芽有さんも既に了承済みです。」
「お前……知ってたのか!?」
「えぇ……知っていたわ。」
「くっ……恥ずかしくないのか!? こんなガキに施しを受けるなんてっ……」
当然、話を持ち掛けた時は断られた。だけど、根気強く話を続けて納得してもらったし、借りを作るのが嫌なら学費を返すのはいつでもいいし、働く意思があるのならウチの会社で雇う事も提案した。だけど、母は強しというか……
「施し?……馬鹿を言わないで。」
「……は?」
先程までとは違い……凛とした雰囲気を纏った女性は、毅然とした態度で発言した。
「1年よ。1年でこばちの学費も進学に必要な費用も……全て稼いでやるわよ。」
芸能界に復帰してね、と告げた母親にこばちも驚いた様だ。
「本当に情け無いわね、私達……子供に余計な苦労を掛けて、親失格だわ。」
「お、お前……」
「元々、事務所から芸能界復帰の打診は来てたのよ。私が臆病で甘えてただけ……こばち、ごめんなさいね……辛い思いをさせて。」
「お、お母さん……」
瞳を潤ませるこばちの背中を優しく摩る。
「だ、だったら俺と一緒にまたっ……」
「お断りよ、貴方はもう他人なんだから。」
「……他人?」
「昨日、離婚届にサインをして役所に提出したわ……貴方は既に記入済みだったんだから、問題無いでしょう?」
「え……あ……」
「話は終わりよ、さっさと出て行って。」
「くっ……」
父親はギラリと鋭い視線を僕に向ける。
「ヒーローにでもなったつもりか? ええっ!? ガキの分際でよくもっ……」
「お父さん……」
「……別にそんなつもりはありません。只、好きな人を泣かせたくないだけです。」
……好きな女の為に寒空の下でいつまでも待ち続け、数百万の金額を立て替え、家庭の事情に踏み込む……見る人が見れば青いと嘲けり、世間知らずと罵り、馬鹿だと糾弾するだろう……しかし、それで良いのである。男は惚れた女の為ならば、天才の仮面を被り続ける事も……