土曜日、僕と桃先輩は巨大ショッピングモール内に居を構えるゲームセンターに訪れていた。
「僕は普段携帯ゲーばっかりですから、こういう所は新鮮に感じます。」
「私は久しぶりだな……」
「へぇ、そうなんですか?」
「あぁ、ウザい奴に絡まれる様になってからは来てなかったけど……」
「まぁ、ナンパ目的でゲーセンとか映画館に来る男はいますからねぇ……」
「……なんでナンパってわかった?」
「そりゃあ、桃先輩みたいな子が1人で居たらされるでしょ。」
ジャラジャラと換金した小銭をポケットに仕舞いながら、そう口を滑らす。
「……私みたいなってどういう意味だよ。」
「え? あー……なんでもないっす。」
(桃先輩、可愛いって言うと機嫌悪くなって蹴り入れて来るんだよなぁ……)
只の照れ隠しである。
「おい、ふざけんな言え!」
襟の部分をガシッと掴まれ、前後に揺さぶられる。
「ぐへっ……じ、じゃあ勝負で勝ったら言います! それで行きましょう……ねっ?」
「今だ、今言え!」
「あ、あれー? 桃先輩勝つ自信ないんですか?」
「……いいだろう、その挑発乗ってやるよ。」
「チョロくて良かった……」
(ありがとうございます!)
「あ?」
「」
………
桃先輩をなんとか宥めた僕は、色々なゲームで勝負をしていく事となった……
〈レースゲーム〉
「だあっ!? 空中で赤甲羅とか卑怯だろ!?」
「テクですよ、テク。」
〈格闘ゲーム〉
「くっ、う……っし! 私の勝ちだな!」
「……桃先輩、ずっと僕の手元チラチラ見てましたよね? どんな技出すか筒抜けでしたよね?」
「……知らねぇな。」
「……」
(セコい……)
次の勝負はどうしようかと周囲を見渡していると、キャッチャーゲームに目が向いた。桃先輩を連れ立って近付くと、設置されている景品はゲームのキャラクターだった。少し前に、桃先輩と同時にクリアしたオフラインゲームの主人公とヒロインだ。そのゲームは、クリア後のエンディングに賛否が分かれるモノで……ボスを倒してハッピーエンドというお約束な内容ではなかった。主人公と出会ったヒロインは、最初は記憶を失っており旅をしていく内に徐々に記憶を思い出していく……そして、ラスボスを倒すと全ての記憶を思い出すというモノだった。主人公とヒロインは両想いだったから、クリア後は一緒になって幸せになるのだろうと思っていたら、ヒロインは主人公に向かって……
「……私は貴方と未来に生きる事は出来ません。」
と言って主人公を拒絶する……そのヒロインは、過去・現在・未来に1人しか存在出来ない特異な存在であり、ラスボスを倒した後はまた記憶を失った状態で過去に戻り主人公と最初から旅をする……という事を繰り返していると告白した。
「……辛くないのか?」
そう問い掛ける主人公にヒロインは……
「……辛くなんてありません。また、貴方と一緒に旅が出来るんですから。」
そう答えてヒロインは過去へと戻る……というエンディングだった。桃先輩は終わり方に納得していなかったし、ネットで評価を見るとゲームシステムやキャラクターに関しては概ね好評だったが、エンディングに関しては賛否両論だった。
「コレ、やるぞ。」
「……うす。」
桃先輩がコレをやりたいって言うのも当然かもしれないな……
「くっ! そうだ、そこをっ……」
アームがキャラクターの頭に被さり、首に爪を立てて持ち上げるが……ポトリッと途中で落としてしまった。
「あっ! ……くぅ、次だ次!」
結果的に桃先輩は二千円をキャッチャーゲームにつぎ込むも、1つも取れずにリタイアとなった。
「コレ絶対アームの力加減どっかで操作されてるだろ! おい優、スタッフ呼んで確かめさせろ。」
「クレーマーみたいな事するのやめましょうよ……仕方ないですね、僕が取りますよ。」
前日に某動画サイトで、キャッチャーゲームの極意は学習済みの今の僕に死角はない。一回で取ろうとせずに、徐々に取りやすい位置と角度に調整して勝負に挑んだ。結果はもちろん……
「取れましたー!」ドヤッ
(しかも千円で取れたから、桃先輩の半分か……うん、敗北が知りたい。)
石上は調子に乗っていた。
「……まぁ私が色々動かしてたからな。」
「そうですね。」ドヤァ
「ドヤ顔やめろ!」ゲシゲシッ
「すいません!」
……随分と熱中していた様で、気付くと時間は既に18時を回っていた。偏見だとは思うけど、夜のゲームセンターはガラの悪い連中が集まり易い気がする。今日はここまでにしましょうと桃先輩に提案し、了承を取る。桃先輩もそれなりに満足した様で、僕の隣を弾む様に歩いている。
………
「此処でいい。」
ゲームセンターからの帰り道、桃先輩を送っていると例の公園前で立ち止まった。桃先輩は振り返りながら、いつもの様にニヤッと笑って言った。
「偶にはゲーセンも良いな、また行こうぜ。」
「そうっすね……あ、コレ要ります?」
桃先輩の前に、キャッチャーゲームで取った2つの人形を差し出す。
「……こっちだけでいい。」
「1つで良いんですか?」
桃先輩はヒロインの人形だけをサッと取り、人形の両脇を抱える様に持った。
「……」
「……桃先輩?」
「……そのまま持ってろ。」
「え? はい……」
桃先輩に言われた通りに、胸の前で主人公の人形を持った体勢を維持する。桃先輩も同じ様に、ヒロインの人形を胸の前に構えている……僕と桃先輩の距離は凡そ30㌢、人形同士の距離が10㌢程……桃先輩は腕を少し伸ばして人形同士の顔……口の部分を軽く触れさせた。ゲームでは結ばれる事の無かった主人公とヒロインはその瞬間……確かに結ばれた様に感じた。
「……良かったな、お前ら。」
そう言葉を零した桃先輩の表情は……普段のゲームで勝った時に見せる得意気な笑顔や、ニヒルな笑み、偶に見せる可愛いらしい笑顔とも違う……優しい笑みを浮かべていた。
「……優しいっすね。」
「……そんなんじゃねぇよ。只、あの終わり方に納得してなかっただけだ……」
「そういう事にしときますよ……」
(はぁ、素直じゃないんだから……でも、そういう所が……)
そこまで考えて、思考に?マークが入り込んだ。
「……?」
(ん? そういう所が……? なんだっけ?)
「……帰る、じゃあな。」
「あ、はい……気を付けて。」
「おう。」
公園の外灯に照らされながら走る桃先輩が見えなくなるまで見送った。桃先輩の姿が視界から消えた頃には、先程まで考えていた疑問もいつの間にか霧散していた。