図書部の部室を後にし、生徒会室に到着すると、まず多岐川にため息を憑かれた。
「いや、さすがに失礼じゃね?」
「仕事を増やしてくれたあなたには言われたくない台詞ですね。で? わざわざ怒られに来た理由はなんなんです?」
こいつははなからオレを怒る気でいるようだ。さて、どうしてくれようか。
「まあいいです。とりあえず、こちらの書類を片付けておいて下さい」
そう言って机の上に置かれたのは、書類のチョモランマ×2。死ぬわ。
「全く……あなたのせいで今日も遅くなること必至ですよ」
ジト目で睨んでくる多岐川。これ以上言っても無駄なので、おとなしく最高峰踏破に向けて作業に取りかかろう。何せ、ふた山あるのだし。
「……仕事は本当に速いんですから恨めしい限りです」
「ん? なにか言ったか」
「さっさとやりなさい」
ひどす。
しかし、いくら言ったところでこの娘っこは聞きやしない。であるのならさっさと仕上げてしまうことが最善の策である。
それから黙々と、延々と書類を片付け片付け、踏破完遂した頃には、いつの間にやら十一時近くになっていた。
ふと室内を確認すると、同じく会長も多岐川も仕事が一段落したらしく、肩をもんだり、目頭を押さえたりしていた。
「二人とも。帰る前にお茶でも飲む?」
「え? えぇいただくわ。あなたの入れるお茶は美味しいもの」
「これだけは認めざるを得ませんからね」
なにやら含むところがありそうだが、素直に褒められているということにして。
数ある趣味の中で、特技と言っても差し支えないと自負しているものの1つにお茶がある。煎茶・抹茶・紅茶・黒茶・烏龍茶・ハーブティーなどなど、コーヒーも含めてお茶を入れることが好きなのである。それ故、俺が生徒会室にいるときは、お茶くみは俺の担当なのである。
「ま、今日は見た目で楽しめるマロウブルーベースのハーブティーを。レモンを搾って下さいな」
そう言って渡したのは青色のハーブティー。このまま放っておくと灰色になってしまうが、レモンを垂らせば、ぱっとピンク色に変化する。リラックスできるようなブレンドにしたから、今の俺たちにはぴったりだろう。
「あら、かわいらしい。それに香りも見事ね。さすがは輝夜ね」
「本当に美味しいです。こればっかりはかないません」
どうやら二人も気に入ってくれたようだ。俺は満足しつつ自分で入れたお茶を飲む。
しばらくリラックスしていると、不意に会長が話しかけてきた。
「ねぇ清涼院君。聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」
「なんですか?」
「どうして筧君を図書部に入れたの? あなたの立場からすれば、生徒会に人員が補充されれば、あなたの負担が減るわ。なのにどうしてわざと図書部に入るように誘導したのかしら?」
いくら冷静さを欠いていたとしても、さすがは生徒会長……いや望月真帆。しっかりとこちらの思惑には感づいていた。まぁ、隠す気ゼロだったといえばそうなのだが。とりあえず、俺の考え分かってるなら、仕事を積極的に割り降らないでほしいっす。
「言うなればそっちの方がいいかなって思ったんですよ。確かに筧は優秀だし、生徒会に入れば活躍できる人材です。でも、いやだからこそ、白崎さんのような人物と一緒に行動して欲しかったんですよ」
「……私からしてみれば納得できないけど、あなたがそう思ったのならそうなのでしょうね。分かったわ。諦めるわけじゃないけど、必要以上に迫るのはやめるわ」
「良かった。これで俺も嫉妬しなくてすみますよ」
少し冗談を言ったら、多岐川が盛大にため息を憑いた。なぜに?
「……それなら少しくらいそぶりを見せなさいよ、ばか(ぼそっ)」
「このくそむし」
「ひでぇな多岐川さん」
いきなりくそむしとか言われればそら驚きます。会長は会長で睨んでくるので助力は望めず。
結局は明日の昼食を奢ることになってしまった。絶対高いの頼まれるんだろうな。経験的に。
翌日の放課後。昼休みに予想通りスペシャルランチセットを嬉野さんのスマイルLLサイズ(3000円×2)付きで奢らされ、軽くなった財布をのぞき込んでいると、なにやら賑やかな声。
「お、図書部。みんなで清掃活動?」
そこには大きなゴミ袋をもってゴミ拾いをしている図書部の面々がいた。
「あ、清涼院君! えっとね、図書部の活動でゴミ拾いをしてるの。それでなんだけど……」
少し言いずらそうに白崎さんが俺のことを見上げてくる。まぁ、昨日いた面子しかいないところをみると、アタックは失敗に終わっていたのだろう。
「うん。昨日はウチの会長が迷惑をかけたし、ご一緒させてもらおうかな。あ、一番拾ったら何か景品とかあるのかな?」
「あぁ。一等賞には豪華な景品付きだ」
そういう筧から軍手とゴミ袋を受け取ると、早速ゴミ拾いを始める。清掃業者がいると言っても、五万人もいる汐見学園だ。それなりにゴミはある。こういう仕事は何度もやっているので、いつものようにヒョイヒョイ拾っていると、なにやら視線が。振り返ればそこには白崎嬢。
「ん? どうかした白崎さん?」
「あ、ご、ごめんなさい。随分慣れてるんだなーって」
「まぁ、慣れてるからね。昨日みたいなことで昼食代稼いでるようなもんだし」
ボランティアではなく、依頼として様々な依頼を受けている。とは言ってもこちらは一人。多くのことができるという自負はあるが、どうしても数はこなせない。しかも、金稼ぎは現金だし、昨日の図書委員のように、なじみの客以外からはそれこそ、その客からの紹介くらいしか依頼されない。
何が言いたいかというと、とくに大きな意味はないのである。したいからしているといったところか。俺としてはそこに大義なんてものはなく、お昼代が浮けばラッキー程度である。前に会長や多岐川に説明したときは、ため息をつかれた。まぁ、自覚はしているのだが。
そのことを説明すると、なぜか白崎さんは目をキラキラさせながらこっちを見てきた。
「すごいです! 私がやりたいこと、清涼院君がやっているようなことなんです!」
「確か、「学校をより良くしたい」だっけ? 俺にはその気はないんだけどねぇ……」
「ううん。実はね、昨日、本の整理をしてたとき、清涼院君の話になったの」
Another side 白崎
――前日。
清涼院君から頼まれた本の整理を終えた私たちは、委員長さんからもらったお茶とお菓子を部室でいただいていた。いくつか話している内に、先ほど話していた清涼院君の話題になる。
「そういえば、筧は清涼院と知り合いなのか?」
そう尋ねたのは玉藻ちゃん。私としては清涼院君と玉藻ちゃんの関係も気になるけど。
「それをいうなら桜庭はどうなんだ? 番号を知っているみたいだし、俺よりも親しいんじゃないか?」
「わ、私の場合は家同士が知り合いなだけだ。それより話をそらすな」
そういいつつ、話をそらす玉藻ちゃん。顔を真っ赤にしてとっても可愛い。
「……まぁいいか。といってもそんなたいした話じゃないさ。今もやってたけど、今日みたいにこの部屋に来ることがあったんだ。それに、あいつの家にお邪魔して貴重本とかも見せてもらったりもしてるな。たとえば太宰のサイン入りの初版本とか」
筧君ほど本に詳しくない私でも、その本がとても貴重なものだと分かる。
「そういえば清涼院家って代々文化発展に貢献してるんだよね。宿を貸したり、新人賞を作ったりして。たしか、清涼院家にお世話になった人が特別に寄贈してくれた作品とかを集めた博物館もあるよね?」
初代当主の名前にあやかって、《竹寶館》と名付けられた博物館は、数多くの著名人にまつわる物が保管・展示されている。世界各国の有名な芸術家たちの作品は勿論、それらの人々の愛用品なども展示されており、その道の人たちから絶大な支持を受けている博物館である。さらにすごいのは、それらの作品は購入したものではなく、そのほとんどが当人たちから感謝の印として送られた作品なのである。近代芸術の作品の質と量ならば、世界でもトップクラスであると言われている。
汐見学園の芸術科の生徒たちも、お世話になっている人がいるくらいだ。
「そうだな。私も何度か行ったことがある。常設展示だけでも素晴らしかった」
絵を描いている玉藻ちゃんがいうのだから、相当なものなんだろう。
「ま、清涼院家の輝夜姫って言えば、学園だけじゃなくて、世界でも有名らしいしな。本人はその呼ばれ方は好かないみたいだけど?」
「輝夜姫?」
「そ。清涼院って、少し化粧を整えるとまんま女性にみえるんだよ。たしか、去年の夏祭りの時の写真が……」
そう言って高峰君が見せてくれたのは、去年の学園祭のときの写真である。たしか、写真部主催のコスプレコンテストだったはずだ。
携帯の画面には、表彰式の時の写真なのか、十二単の立派な着物で着飾られた女の人が写っていた。写真で見てもものすごい美人だ。
「……って、もしかしてこれ、清涼院君!?」
どこか見覚えのある顔、というか、先ほどいた清涼院君である。たしかに和風の化粧がされていて、束ねてあった長い髪も解かれているが、清涼院君である。
「汐見学園の女子の尊厳をこれまでかと奪い取った生徒会の送り込んだ刺客。最初は男と気付かれずに、告白されたとかなんとか。今でも服飾部なんかは、名誉部員に招き入れたがっているみたいだな」
とんでもない内容だけど、服飾部の気持ちも分かる。こんなに綺麗な人に、綺麗な服を着させてみたいと思うのは自然なことだ。
「まあ、それはおいといて。長期休みのときなんかに、清涼院グループ系列で、各国に行って仕事とか、ボランティアとかもやっているみたいだぞ。代表代理として赴くこともあるらしい」
「清涼院グループの代表代理、ねぇ……。生徒会長以上の仕事だな」
「流石に優秀な部下がいるらしいから、深いところはそちらが担当しているみたいだがな。たしか、インタビューかなにかで言っていたはずだ。とは言っても、清涼院のお家の者の最大の魅力はそのカリスマ性だがな」
私も聞いたことがある。というか、知らない人は日本にほとんどいないだろう。世界的企業である清涼院グループの最大の強みは人材にある、ということ。そして、それらの人材を確保するのは、他でもない会長や社長のカリスマ性にあるということ。彼らが作り上げた会社や方針、そして成果など、働く者にとってこれ以上もないやりがいを与えてくれる。彼らは当然だと言うが、あれだけの規模をもつ会社が、それをやりきることは非常に困難であることは言うまでもないだろう。
「清涼院の母親の珊瑚氏に清涼院自身もだが、やはりカリスマ性は健在だ。私もできるならば、清涼院グループに就職したいものだ」
「募集は汐見学園にもきてるぞ。一番競争率が高いみたいだけど」
筧君の言うとおり、汐見学園には募集がきている。しかし、評判・業績ともに最高な会社なため、競争率はものすごく高い。
「噂では、清涼院がやってるボランティアも、人材捜しを兼ねているみたいだぜ?」
「ボランティアって、今日の本の整理みたいなもの?」
「そうそう。他にもアプリオの手伝いとか、部活の手伝い、果ては構内のゴミ拾いまで。埋もれそうな人材の能力とか、人柄とかを見ているらしい。今年の採用者のなかに、突出した実績を持たない人がいたらしくて、後々調べてみたら、清涼院が手伝いをしていた部活の部長だったらしい」
それなら噂が出ても不思議じゃない。人材育成も清涼院家の得意技みたいだし。
「ま、本人は否定しそうだけど。お金は受け取らないみたいだし、せいぜいお昼とか夕飯をおごってもらうくらいだし」
聞けば聞くほどすごい人だなぁ……。
「……清涼院君とも一緒に活動したいなぁ」
「「「えっ?」」」
「ふぇ?」
私、もしかして私、口に出してた?
「それは……生徒会と全面対決になりそうだな」
「会長も本気で来そうだな」
「しかも、個人的な感情込みで」
みんなが苦い顔をしているけど、確かに……。望月さんって、清涼院君のこと好きそうだし……。
「もしかして、白崎さん、清涼院のこと気になっちゃった?」
「にゃ!? そ、そんなんじゃないよ~」
高峰くんの言葉に反論したけど、玉藻ちゃんが異様に食いついてきてしまったので、この話はうやむやになってしまった。
Another side End