蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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※仮面は被りません。


エピローグ 新横綱『鬼丸国綱』土俵入り

-続きまして、横綱、鬼丸国綱の土俵入りであります-

 

 拍子木の響きと共に、東の通路から3人の力士が現れる。と同時に国技館は

怒涛の歓声に響き、揺れる。

 

 新横綱、鬼丸国綱の初の土俵入り、そのお目当てを見ようと満員御礼の傘の下のファンが

一斉に拍手喝采を送る。

 

「さぁ親方、いよいよこの瞬間が来ましたね、待ちに待ったのではないですか?」

アナウンサーのフリに、解説席に収まる柴木山親方はその厳つい顔をユルユルに緩めて

涙を堪えながら返す。

「ええ、本当にそうです、私が夢にまで見たその時が、世代を超えて・・・ついに、実現・・しました・・・」

感極まってそれ以上言葉にならない親方をフォローする解説者。

「あの初優勝から3年、着実に力を付けてきた鬼関。特にここ3場所の強さは際立ってました。14勝1敗で優勝、13勝2敗で準優勝、そして先場所は全勝優勝、文句のつけようが無いですね。」

 

 ここ3年、大相撲はまさに群雄割拠の様相を呈していた。鬼丸が刃皇を破って初優勝して以来

ほぼ毎場所のように活躍、優勝する力士が入れ替わり、番付は荒波のように入れ替わっていた。

 そして半年後、童子切が2場所連続優勝で見事横綱を巻く事になる。

人々が「次代の日本人横綱」と期待した「国宝」が、ついにその地位を手に入れたのだ。

 さらに1年半後、同じ国宝の大典太が横綱の地位に昇り詰める。もはや横綱は日本人力士に

手の届かない地位では無くなっていたのだ。

 

 そして1年の後、鬼丸がそれに続くことになる。小兵であるがゆえに長い相撲が多いが

それだけにファンの人気も高かった。

特に横綱刃皇との死闘は、その激しさと熱量が多くの者を熱狂させた。

ぶちかまし、押し、突き、投げ、寄り、あらゆる相撲のエッセンスが詰まったその1番は

多くの相撲関係者をして「名勝負」と言わしめた。

 

 残念なことに、その横綱刃皇は先場所で引退、数々の伝説を残して土俵を去った。

ひとつの時代が終わり、新しい世代の台頭を告げる、そんな象徴の土俵入りでもあった。

 

『いよぉいっしょぉーっ!』

 

 高々と上がる鬼丸の四股、それが地面に打ち付けられると同時に上がる歓声、そして拍手。

太刀持ちの白狼(東前頭11枚目)も、露払いの薫丸(東十両5枚目)も鬼丸に負けず堂々と佇む。

鬼丸の象徴とも言える「不知火型」の姿勢でせり上がる鬼丸は、小兵でありながら誰より

大きく見えた。

 

 やがて土俵入りを終え、横綱としての最初の仕事を果たし花道を引き上げる。

拍手の渦が国技館を包む。

 

「横綱鬼丸、無事にと言いますか、見事に土俵入りを勤め上げました・・・おや?」

中継のカメラが桟敷席の一角を映している。和服を纏った女性二人が拍手を送っている。

「奥様の玲奈夫人ですね、隣は冴関の奥さんもいらっしゃいますよ。」

目ざといカメラマンやアナウンサーの仕事に親方がフォローを入れる。

「ずっと二人を支えてきた自慢の奥方ですからねぇ、期待に応えないといけませんよ。」

「大関の冴ノ山関も今場所に綱取りがかかっていますからねぇ、もし実現すれば柴木山部屋は

まさにこの世の春と言う所ですか。」

「そう甘くはないと思いますが、是非そうなってほしいですね。」

 

 冴ノ山は大関昇進後、ずっと横綱を目指し戦ってきた。本人曰く「横綱になるまでは何も欲さない」

とストイックな姿勢を貫いてきた。が、さすがに2年半も手が届かなければ待ってる方はたまらないだろう。

健気に待ち続ける堀千鶴子を見かねて、柴木山夫妻は半ば強引に二人をくっつけたのだ。

 

 その行動は吉と出た。最愛の、そして最良の味方を得た冴関は先場所、先々場所と13勝を挙げ、横綱昇進に王手をかける。

今場所13勝を横綱審議委員会から昇進の条件として出されたのだ。

 

 鬼丸の土俵入りの熱を受けてか、初日の取り組みは熱戦続きであった。

大和号と太郎太刀が迫力のぶちかまし合戦を演じ、三日月と御手杵が鋭い差し手争いを見せる、

大包平が長船の猛攻を凌ぎ切り、草薙が蜻蛉切を上手一本で仕留める。冴ノ山が数珠丸を退ければ、

童子切がかつての後輩、白狼を一蹴し、大典太が四方田を張り飛ばす。

 

 熱戦なれど上位陣安泰のまま、ついに結びの一番。

 

 レイナと千鶴子が桟敷席から、太郎太刀と鬼切が西の控室で。五条佑真と国崎千尋は

仕事をほっぽり出して観客席から、かつてのチームメイトの晴れ舞台を見守る。

そして行司の呼び出し。

 

「ひがぁ~しぃ~、鬼ー丸、おにぃ~まぁあ~るぅ~」

その声と同時に土俵へ上がる横綱、鬼丸国綱。会場のボルテージは今や最高潮だ。

「さぁ、いよいよ結びの一番。相撲ファンの待ちに待った取り組みです!」

 

 興奮気味に語るアナウンサーの横、柴木山親方は少し複雑な面持ちで土俵を見守る。

もし自分がもっと積極的に動いていたら、彼はウチの部屋に・・・しかし、ならば彼が

ここまで来られたか。後悔と「これで良かった」という思いが頭の中でぐるぐる回る。

 

 歓声にかき消されて聞こえなかった呼び出しの声をフォローするかのように、場内アナウンスが

取り組みの紹介を響かせる。

 

-東方、横綱、鬼丸。千葉県銚子市出身、柴木山部屋-

 

 

-西方、蛍丸。西前頭9枚目、千葉県千葉市出身、大和国部屋-

 

 アナウンスが終わると同時に、甲高い、しかし凛とした少女の声が国技館に響き渡る。

 

「蛍ーーーっ!頑張れーーっ!!」

 

 




この物語は彼、三ツ橋蛍の、ここに至るまでの物語。

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