蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第100番 途絶える道

 -数珠丸、会心の相撲で一勝目、鬼丸は悔しい二敗目-

 

 流星大相撲部の部室にあるTVを見ながら蛍たちは、あーあ、という表情を見せる。

「ガタガタじゃねぇか鬼丸の奴、力感が全然感じられん。」

「やっぱ昨日の横綱戦かなぁ、完全に遊ばれてたからね。」

 倫平が、焔が、地元千葉の星ともいえる鬼丸関の不甲斐なさに息を吐く。特に倫平は

かつて鬼丸に投げられたことが新たな相撲人生のスタートになった、いわば恩人であり

指針でもあったから落胆もひとしおだ。

 

「初日からなんかおかしかったよ、余裕が無いというか焦ってるっていうか・・・」

 蛍がそう続く。初日の大典太戦から鬼丸はその四股名の通り、まるで鬼のような

形相で相手に食ってかかるかの如く相撲を取っていた。まるで自分も相手も壊しに

かかっているかのような相撲、それはかつての蛍の知る相撲では無く、まるで子供が

癇癪を起こした状態で暴れているようにすら見えた。

 その比喩が正しかったことを2日目の相撲が証明する。鬼丸の無茶攻めを難なく

押さえつけて悠々と勝利する横綱刃皇のその様は、まるで相撲教室の先生が

やんちゃな子供を嗜めるような一番に見えた。

 

「おーい三ツ橋、携帯鳴ってるぞー。」

 そんな彼らに1コ上の先輩が更衣室から声をかける。どーも、と小走りに駆け寄って

スマホを取り出し、着信相手を見る。

「うぇ?國崎さん!」

 思わず変な声が出てしまった。かつて鬼丸と共に全国制覇の立役者となり、その後は

総合格闘家を志してアメリカに渡っていた豪傑。

 

「もしもし、三ツ橋です、國崎さんお久しぶり。」

『よう、久しぶりだなぁホタル・・・明日空いてるか?ちょい火ノ丸の奴に活を入れに行くけど

ヒマなら付き合え!』

「って、いま日本にいるんですか!?」

『ああ、訳アリで昨日からな。んで今相撲見てたんだが、酷いってもんじゃねぇなアレ。』

「僕もそう思いますよ。それで、どうします?僕ならこれからフリーですけど」

『んじゃ今からだ、柴木山部屋に集合な。』

ブツッ、ツーツーツー・・・

 

「え、ちょ、ちょっと!」

 最初に明日って言ってたのにあっさり予定変更する國崎に、相変わらずだなぁ、と

ため息をついてスマホを仕舞う。

「國崎って、あの國崎か?」

「うん、一緒に鬼丸に活を入れに行こうって。明日は悪いけど練習休むよ。」

「いいんじゃねぇか?どうせお前の事だから相撲部屋行って結局稽古するんだろ。」

 

 

 夜、電車に揺られて柴木山部屋に到着。と、玄関前に見知った顔を見つける。

「あれ?マネージャー・・・じゃなくて堀さん。」

「三ツ橋さん、やっぱり國崎さんに?」

 彼女もまた國崎に連絡を貰って来たらしい。もっとも彼女は相撲雑誌のカメラアシを

している関係上、柴木山部屋にはよく出入りしてるようだ。

 

「柴木山部屋・・・か。」

 鉄筋コンクリートの建物を見上げて思う。自分が未だ踏み込めない大相撲の世界、

時折通っていた四ツ谷部屋では自分の相撲を育てるのに夢中で特に感慨が湧かなかったが、

ここはかつて名古屋で親方自らに胸を出してもらい、尊敬する火ノ丸さんが居る、

いわば憧れの部屋。ここで稽古する力士たちや親方に会って、何かが変わるのだろうか・・・

 

「よう、お前らもか。」

 ぼそりと聞こえたその声に2人が振り向くと、青白い人魂を従えたイメージで、

着物を纏って青い顔をした幽霊のような男が佇んでいた。

「ひぃっ・・・って、桐人か!」

 ただでさえ亡霊のような気配を纏ったこの男が、夜に着物を着て暗い顔で佇んで

いるもんだから、そのままお化け屋敷で使えるくらいのクオリティーに仕上がっている。

「何を驚いてるんだよ、俺がここにいちゃいけないのか?って、いかんよな。」

「待て待て待て、帰るな!」

そういって踵を返そうとする桐仁の手を掴む蛍。

 

 桐仁は今場所新入幕したものの初日から3連敗。本来ならこんな所に来て敵の心配を

してる場合じゃないのだが、逆に長門親方や部屋頭の童子切は気分転換に行ってこい、と

快く彼を送り出す。そんな状況なら彼のこの暗い表情も納得だ。

 

「おーい、お前ら何やってんだよ、早く入って来いよ!」

 なんと柴木山部屋の中から顔を出しそう叫ぶのは懐かしい顔、國崎だ。

「って、もう入ってたんですか、人を呼びつけとい・・・て!?」

 抗議をしかけた蛍が思わず固まる。なんとその腕には可愛らしい赤ちゃんが

抱かれているでは無いか!あまりに似合わない絵面に固まる3人。

「しゃーないだろ、外に出してるとお米がカゼ引くし。」

 

 親方やおかみさんに挨拶して部屋に入る面々、特に桐仁は立場上恐縮しきりだ。

「鬼切関、三ツ橋先輩、久しぶりです!」

「大峰君!あ、今は薫峰(かおるみね)関だっけ。」

懐かしい顔に顔をほころばせる蛍に、千鶴子が彼の現状を語る。

「今は三段目上位で、今場所勝ち越せば幕下入りも見えるんですよ、頑張って欲しいですね。」

 

「おお、ダチ高の。久しぶりですね。」

「あ、変化の三ツ橋さん、その説はお世話になりました。」

 かつてのライバル高、川人出身の大河内と、在学中によくダチ高に出稽古に来ていた

星野君もこの柴木山部屋に入門している。蛍は挨拶を交わしながらも、大相撲の世界に

踏み込んだ彼らの決断に拍手とエールを送る。

 

 -僕は、どうする-

 

 稽古場前の座敷に皆が揃って腰を下ろす、出されたお茶をすすりつつ、國崎の娘さんの

お米ちゃんを中心に皆が懇談を咲かせる。

「って、肝心の火ノ丸さんはどうしたんですか、彼を元気づける為に集まったんでしょ!?」

 蛍が我に返った顔でそう問題提言、それに対して桐仁・・・鬼切はニヤリと笑って親指を立てる。

なんだそのリアクション、といぶかしがっていると外からインターホンの音。

おかみさんが出迎えると、そのまま来訪者はどすどすどす、と激しい足音を立てて蛍たちの元へ。

 

「國崎ィ、手ェ貸せ!今から鬼丸の野郎をぶちのめしに行くぞ!」

 怒り心頭で現れたのは、やはり当時のチームメイトであり、今は蛍の大学相撲のライバル

でもある五條佑真、そして後ろからおずおずと付いて来ているのは彼の高校でのゴロツキ仲間。

「なんですか、現れるなりいきなり物騒な!」

そう返す蛍にかまわず、佑真は握りしめたスマホを潰さんばかりに睨みつけ、怒髪天を衝く表情で

こう吐き出す。

「あの野郎・・・レイナをラブホに連れ込みやがった!カチコミに行くぞ!!」

 

 爆発断言に一同騒然となる。鬼丸のあの性格と今の状況からしてそれはまずありえないだろう、

見方を変えて、レイナの方が連れ込んだと仮定すればぴったり当てはまるのだが

シスコン兄貴にそれを理解しろと言う方が無理だったか。

「ハッハッハッ、火ノ丸があの五條妹と、ねぇ。」

 すでに子持ちの國崎にとってはすんなり受け入れられる事なのか、大口を開けて笑う。

そんな彼の首根っこを掴んで、行くぞ!と部屋を出ていく、ユーマ軍団の3人も頭を下げながら

それに続く。

「どーでもいいけど、ホテルに踏み込むのは止めろよ。ニュースにでもなったらコトだぞ。」

桐仁の忠告にへこへこ頭を下げて退室する3人組。

 

 後に残った3人、お米をあやしている千鶴子の隣で、蛍が気まずい顔をしていると

桐仁が笑顔で親指を立て、歯を光らせて自慢げにこう語る。

「心配ないって、レイナさんにはきっちり鬼丸の好みをリサーチ済だ。苦労したけどなー。」

「へぇ、どうやったんですか?」

「高校の時に見てたグラビア雑誌使って選ばせたんだよ、トーナメント方式でな。」

食いつく千鶴子にさらに自慢げに返す桐仁。なんか連敗中の現実から逃避してるようにも見えるが

それ以前に千鶴子もまた火ノ丸に気がある事に全く気付いて無い様だ、聞いてて痛々しい。

 

「辻さんが煽って五條さんが止めに入るって・・・すごいマッチポンプですよね、それ。」

まぁ当の千鶴子が無理をしているのか予想していたのか、比較的平静を保っていてくれたのは

幸いだったが。

 

「部屋用意するから、今日は泊まっていきなさい。」

 おかみさんにそう進められて、3人は厄介になる事にした。個室を千鶴子が使い、

桐仁と蛍は雑魚寝の部屋へ。

「関取なのに雑魚寝させてスマンっすね。」

大峰のその言葉に、ウチ(長門部屋)でもそうだから気にするなと返す。

「あーどうせ部屋探すのが面倒くさいとかでしょ。」

図星を刺された桐仁の顔が引きつるのを見て皆で笑う。柴木山部屋に来たのは初めてだが

皆いい雰囲気だ。

 

 

 翌朝、蛍は部屋の朝稽古に参加させてもらっていた。猛稽古で有名なこの部屋だが

さすがに場所中ともなると少しペースダウンしてるようだ。別部屋の桐仁は参加しなかったが

大峰や寺原、大河内らと何番か胸を合わせて汗を流す。

 取り組みの早い星野や大河内達が国技館に向かったのと入れ替わるように、佑真たちが

鬼丸を連行して帰って来た。

 

「あ、来た来た。鬼関の朝帰りですよ。」

 火ノ丸は目を丸くして部屋にいる全員を見渡す。小関こそいないが、かつてのダチ高の

メンバー勢ぞろいのその光景に思わず笑みがこぼれる。

「ま、ここまでされて、死にたがりはしないだろ。」

 親方の言葉に、蛍は内心やっぱりね、と頷く。今場所の彼の取組がどこか自棄的に見えたのは

間違ってはいなかったようだ。

 

 気を使った桐仁が帰り、入れ替わりで何故かやって来た火ノ丸の今日の対戦相手、大般若を

親方が追い返した後、鬼丸関立ち直りの為の作戦会議が始まった。

「現実的な所で言うと、僕は変化も混ぜるべきだ思っている。」

 親方のその言葉に蛍は意図する。親方も現役時代は変化をせず、真っ向勝負を身上と

してきたはずだ。そんな親方率いる部屋で、彼に変化を教えられる人物は自分しかいない、と。

 

「目線や立ち位置、仕切り中にもいろいろ仕掛けてきますが、付き合ってはいけませんよ。」

 皮肉にも今日の相手の大般若は巨体にもかかわらずガンガン変化する力士だ。

してやられない為にも、また今後火ノ丸が変化を使いこなすためにも、蛍が得意としていた

心理戦、目線での誘導、どのタイミングで変化するか、等の事をアドバイスする。

 

 が、その時蛍が一番意識していた人物は、実は火ノ丸では無かった。

 

 実際に変化のパターンを見せるため、彼らの前で何番か大峰と相撲を取ってみることにする。

変化の筋書きを打ち合わせる蛍に、大峰はぶっつけ本番でも大丈夫だと豪語するが、

そんな大峰を蛍がたしなめる。

「ダメだよ、大峰君も場所中でしょ!万に一つもケガは避けなきゃ。」

 変化でばったり落ちるパターンはケガをしやすい相撲でもある。せっかく幕下が射程内に

入っている彼の足を自分が引っ張るわけにはいかない、と。

 

 親方はそんな蛍を見て内心唸る。今日のここまでの彼の稽古も、今までのような

危なっかしさは皆無で、しっかり全身の膂力を一体化させて安定した相撲を取っていた。

そんなケガをしない相撲、地に足の着いた相撲。技量はともかくその心構え、それこそが今の鬼丸に

一番足りないものであったのだ。

 立ち合い『蛍火の如し』で下を取った蛍が、すかさずかち上げで大峰の頭を跳ね上げ

スキ間の空いた脇から横に抜け出し、出し投げ気味に『鬼車』で投げる。

おお!と感心する鬼丸、そして親方。

 

 (ウチに入門しないか)

 思わずノドまで出かかった言葉を引っ込める親方。

あの鬼丸でさえ大怪我をした。そして彼も鬼丸同様の小兵だ。いくらいいものを

持っているとはいえ、無責任に彼を引き込んで人生を壊してはいけない、選択はあくまで

彼自身の意思で為されるべきだ、と。

 

 -その言葉こそ、蛍が待ちわびている一言であるのに-

 

 その日の取組、火ノ丸は見事に大般若を下す。そこから彼の快進撃が始まった。

草薙を、童子切を、三日月を、そして小関こと太郎太刀を破り、ついには優勝決定戦で

同門の冴ノ山、そしてとうとう力士の頂点、横綱刃皇をも投げ飛ばし、実に10年ぶりの

日本人幕内最高優勝をその手中に収める。

 

 日本中が相撲ブームに沸く中、蛍は柴木山部屋と、そして大相撲と自分の距離が

開いていくのを痛感する。

ついに親方から一言の勧誘の言葉も無かった、だが無理もない。あそこは火ノ丸さんがいる、

もう親方も僕の事など見る暇はあるまい、と。

 

 自分の進路が見えるかも、と思って訪れた柴木山での数日間で、逆に彼と大相撲の

『縁』を断ち切られた気がしていた。




100番記念なのにウジウジする主人公、でもこれも彼が足りないことに気付くための大切な話です。
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