蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第102番 落ち武者たちの祭典

「よっしゃ、やっと俺等の出番だな。」

「2年待ったよデカい大会、見てろよ。」

 意気上がる下山倫平と葉山焔。そんな二人に対して幾分落ち着いている蛍は

その会場の想像以上の規模に少々圧倒されていた。

「公園内の相撲場、って聞いてたけど・・・さすが国技館と並ぶ大学相撲の聖地だね。」

 

 大阪、堺市にある大浜公園相撲場。公園の中にあるその巨大なドームの中には

すでに全国各地から腕に覚えの大学生たちが集結していた。

 全国学生相撲選手権大会。大学相撲の団体、個人の頂点を決める大会であり

個人戦優勝者には大相撲転向時の『幕下付け出し資格』、ベスト8までに入賞で

『三段目付け出し資格』が与えられる。

 さらにベスト16まで勝ち残れば年末の全日本選手権への出場権も手に入る、まさに

学生相撲の一大イベントだ。

 

 いよいよ本格的な大会に参加する蛍たち3人。大会初日の今日は個人戦が行われ

明日には先輩達も到着して団体戦が待っている。流星大は昨年以来、部内のレベルが

上がっており、そんな彼らが少しでも多く大会に出られるようにと、団体と個人で

メンバーを分けて参加していた。

 そんな流星大の発奮材料となった2年生トリオは個人戦へのメンバーに選ばれた。

自分たちの実力を発揮し、明日に駆け付ける団体組の為にも流星大の強さを

見せつけたいところだ。

 

「よう三ツ橋、ついに来たか。」

 声をかけてきたのは栄華大学相撲部の4年、かつてダチ高でのチームメイト、五條佑真だ。

今や彼も立派なライバルの1人、大学相撲の世界では屈指の突き押し相撲を誇る、名門栄大の

エースの1人。

 

「そういえばレイナさん、ご婚約おめでとうございます。」

その返しにうぐっ、と苦い顔をする佑真。

「・・・ソレを言うなって、まぁ俺も応援してたけどよ、火ノ丸とのコトは・・・」

 彼の妹、レイナは大相撲力士、鬼丸国綱との婚約が成立していて、冬には結婚披露宴も

予定されている。幕内優勝をした力士との結婚は喜ばしいが、シスコン兄貴としては

いささか寂しいものがあるのも事実だ。

 

「ま、俺ももう4年だ。下手すりゃこの大会が最後の公式戦だからな、切り替えていくさ。」

 かつて怠惰なヤンキーの生活に埋もれ、火ノ丸によって相撲に引きずり込まれて、そこから

新たな人生を走り出した佑真、だがその相撲道も間もなく終わる。医者を志す彼にとって、

白衣を着たその時から相撲の真剣勝負とは縁が切れてしまうだろう。

最後の大舞台に気合いが入るのも無理からぬことだ。

 

「あ、そうだ三ツ橋。お前知ってるか?お前もそうだが何人か『落ち武者』って呼ばれてるぜ。」

え?と目を丸くして返す蛍。その横では倫平と焔が、ああ、という顔で頷く。

「そういやお前も、件の国宝候補だったよな。」

 2年前、高校相撲において『国宝候補』と呼ばれ、雑誌にピックアップされた選手が

20名以上存在した。本来将来の横綱候補の期待を乗せた国宝の銘、その予備軍ともいえる

存在だった国宝候補たちも、当然世間からは角界入りをして大暴れをするものと期待されていた。

 

 だが、実際にその中から大相撲に進んだ者はわずかだった。何人かは昨年のこの大会で

1年生ながら好成績を収めた者もいたが、三段目付け出し資格を得てもその資格を行使して

角界入りする選手はいなかった。

 もっともそれは例年のことではある。高校生に比べると大学生は付け出し資格の取得が

はるかに容易であるにもかかわらず、大学相撲から大相撲に転向する人材はまれである。

 その原因はやはり角界の封建的な風習にある。十両に上がるまでは部屋での団体生活で

プライバシーも自由も無い、番付が上の者に家来のように扱われる過酷な世界で、

得られる給金はわずか、しかも結婚すら出来ないのだ。

 

 大学生ともなれば誰もが将来の進路に目を向ける。一流企業を目指す者、恋人との

ゴールインに心躍らせる者、新たに商売をはじめようとする者など、将来の青写真を描く時期だ。

 そんなキャンパスメイトを目にしていたら、とても過酷な角界へ飛び込む気にはなれない者が

多くても無理のない事だ。ましてや親の了解という難関もあれば猶更である。

 

 だが、世間は酷なものだ。かつて国宝候補と呼ばれ角界での活躍を期待されながら、

大学や社会人で燻っている選手は裏で『落ち武者』という陰口を呼ばれるようになっていた。

「勝手な話だなぁ、頼んでつけてもらったわけでも無いのに。」

そう返す蛍に、佑真はまぁそうなんだがな、と前置きしてこう語る。

「高校相撲ってな、例えば高校野球の様に『地元の代表』みたいなイメージがあるんだよ。」

 大相撲力士が多い都道府県、例えば石川や青森、埼玉、そして鬼丸や鬼切、太郎太刀のいる

千葉などはまだいいのだが、幕内で活躍する力士のいない都道府県では彼らは『地元期待の星』

だった。にもかかわらず一歩が踏み込めない彼らを世間は『不甲斐無い』『期待外れ』と

ばっさり斬ってしまっていたのだ。

 

「変な話して悪かったな、お前はお前だ、気にするな。」

 ただし当たったら手加減しないぜ、と付け足して栄大の選手たちの所に帰る佑真。

そんな彼を見送った後、蛍は会場内の選手たちの顔を流し見る。なるほど確かに2年前、

自分同様『国宝候補』の名を冠された選手たちがちらほら見える。

山梨の浦川、静岡の今井、三重の三苫、大阪の桑原、山口の白石、そして・・・

 

「おう三ツ橋、お前も来たかぁ!」

 いきなり背中から蛍の両肩をがっちり掴んだ、そのよく通る声を蛍は覚えている。

「徳島の菅さん、来てたんですね。」

 蛍の後輩、赤池の田舎の先輩。現、徳島剣大学の菅正一。かつては国宝候補『蜂須賀正垣』

の異名を取った、乾坤一擲の力出しを得意とする選手。

 

「そいつも落ち武者か?」

 倫平のその一言に菅はにっ、という顔を向け、返す。

「こっから名刀に返り咲くんや、今日ここでなぁ。」

 びっ!と親指で地面を差す。彼は昨年ベスト8まで進んだが、その成績に納得がいかずに

角界入りを保留していた。行くなら学生横綱になってからじゃ!と。

「お前はどんなんや?三ツ橋。大相撲いかんのか?」

 その質問に蛍は答えを返せなかった。沈黙を返事と受け取った菅は、そうか、と嘆いて

蛍たちのもとを去って行った。

 

「ま、先の事は別の話だ。今はこの大会に集中しよう。」

焔のその提案に、蛍と倫平はそうだな、と頷く。大学に入って初めての公式戦のこの場で

先の事など考える暇はない、今は自分の一番一番に集中しよう、と。

 

 かくして始まった個人戦。まずはリーグ戦で3番取り、2勝した者がベスト32に残り

決勝トーナメント進出を戦うことになる。

 蛍は初戦、島根睦大の大垣を潜る相撲からの足技で倒すと、2戦目には富山燐大の高山を

『蛍火の如し』からの出し投げで崩し、足取りからの内無双で尻もちをつかせる。

体格で劣る蛍だが、その動きの速さと技の多彩さ、そして『ケガをしない相撲』で得た

膂力を十全に使い切る相撲で相手を圧倒してみせた。

 

 倫平は1勝1敗で迎えた3戦目、かつての国宝候補、萩大の白石に差し手争いで追い込まれ

寄り切られて惜しくも予選突破はならなかった。

 焔は組み合わせに恵まれなかった。初戦でいきなり栄大の五條佑真と当たった彼は、

壮絶な突っ張り合いの末、ついに脳震盪を起こして土俵にヒザを付く。当てる数では互角だったが、

そうなるとやはり体格差が勝敗を決めてしまった。2戦目もそのダメージが大きかったため、

いい所なく敗れる。

 

「頼むぜ三ツ橋、勝ち進めよ!」

 イスに座って悲観にくれる焔の横で倫平がそう檄を飛ばす。その様に闘志を燃やした蛍は

決勝トーナメント1回戦、本栖大の浦川、かつての国宝候補『星月夜』と対戦する。

 立ち合い突っ張りを放ち、目線の誘導から変化し、横から激突して『蛍火の如し・潜』で

相手の横から潜り込むと、そのまま半身の相手を電車道で寄り切った。これでベスト16!

あとひとつ勝てばベスト8、そして三段目の付け出し資格が手に入るのだ。だが・・・

 

 -2回戦。東、流山星稜、三ツ橋。西、徳島剣、菅!-

 

 筋肉質なその体に、乾坤一擲の剛腕を持つ菅は、かつてのダチ高で言うなら

陽川の体格と赤池の一発を兼ね備えた、まさに蛍に対して天敵中の天敵ともいえる存在だった。

 立ち合いから『蛍火の如し』でかき回し、小さい変化や出し投げを駆使して

相手に捕まらないように動き回った果てに、十字かち上げから相手の懐に潜り込み、

両下手をしっかりと取る事に成功する。

「おっしゃ、潜った!」

「行っけえぇぇぇ!」

 意気上がる倫平たちの期待は、次の瞬間絶望に変わる。

 

「けええぇらあぁぁぁぁっ!!!」

 なんと菅は蛍の上半身を上から抱き抱えたまま気合一閃、まるでプロレスの

ブレーンバスターの様に高々と蛍を持ち上げたのだ。

 その瞬間に勝負は決した、蛍は素早く『ケガをしないための行動』にスイッチを切り替える。

投げ捨てられる方向を察知し、丸まって地面に着地して受け身を取る、なんとか

打ち身だけで済んだようだ。

 

 -西、菅の勝ち-

 

 蛍の大学での初挑戦はこうして終わった。悔しいが完全に力負けだった、自分はまだまだだ。

大会は結局菅の優勝に終わる。彼は優勝インタビューで『幕下付け出し資格を使って大相撲に行く』

と公言する。『落ち武者』などと陰口をたたいていた者たちもこれには黙るしかないだろう。

 

 試合後、帰り支度をする蛍たちの視界に、ひとりの選手と、おそらくはその父親が映った。

大阪の桑原選手。彼もまた国宝候補から落ち武者という不名誉な評価をされた一人。

蛍と同じくベスト16止まりで、付け出し資格を獲得することは叶わなかった。

 

 彼は涙を流して父親らしき人物に懇願していた、大相撲に行きたい、横綱に成りたい、と。

だがその人物は決して首を縦に振らなかった。付け出し資格獲得が条件の約束だったはず、

いつまでも夢を見るのは止めろ、と。

 

 夢を絶たれ、肩を落とし、背中を丸めて泣きながら去っていく桑原。そんな彼を見送りながら

蛍は自分に足りない物に気付く。

横綱になりたい、それが桑原の夢。それがあったから彼は頑張り、敗れては涙を流す。

 

 

 -目標-

 

何故大相撲を目指すのか。

何故相撲を続けるのか。

僕の目指す所は、一体何処なのか。

何を夢見て、何を成そうとしているのか。

 

そんな当たり前のお題目が、今の蛍には無かった。

 

「(ああ、僕はやっぱり、だめだ・・・)」

 

 空虚を感じていた。大相撲の文字が白い世界に溶け、消えて行くのを実感した。

 

 

「三ツ橋君、ちょっといいかな?」

 

 そんな彼を現実に引き戻したのは、日本人なら誰もが知る、相撲の『神様』。

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