「そりゃいい、頑張れよ蛍。」
「楽しみだわー、蛍がTVに映るのね♪」
・・・両親の説得、1秒で終了。
蛍の家は元々そこそこ裕福だった上に、しかも年の離れた長男が会社の役員まで
昇りつめていて家計が安定していたこともあり、坊ちゃん扱いの蛍の進路にあまり
こだわりは無かった。
むしろ一族が全て文科系、学問系だった三ツ橋家にとって、スポーツの道を志す
蛍の選択は期待や希望を持って受け入れられた。
「大学中退するってのに、軽すぎるだろウチの両親。」
「でもまぁ良かったじゃんか、これであとは今日勝つだけだな。」
倫平の言葉にまぁね、と頷く蛍。いよいよアマチュア相撲の祭典、全日本選手権が幕を開ける。
倫平と焔は先の学生選手権で予選落ちしたため出場資格を得られず、蛍の付き添いとして
ここ国技館に来ていた。
大学生、実業団の強豪選手、そして今年の高校横綱として選抜された栄大付属の久我、
そんな強者たちが鎬を削る大会。
蛍の目標は大和国親方との約束である付け出し資格、ベスト8入りである。
決して楽な条件ではないが、それでも角界入りしていつかはあの鬼丸との対戦を目指す蛍として
負けられない戦いであることに違いは無い。
開会式が終わり、いよいよ個人リーグ戦が開始される。学生選手権と同じく3戦して2勝を
あげられれば決勝トーナメントに進むことが出来る、さぁ決戦だ!
-次。東、帝天大、仰木。西、流山星稜大、三ツ橋!-
いきなり相撲強豪大学、帝天大の選手との対戦。だが臆するわけにはいかない、彼が目指す
大相撲の世界の住人が彼より弱いわけはない、そこで勝つためにも!
-はっきよい-
立ち合い胸で受ける仰木。彼は基本左四つ、ならばと『蛍火の如し』で左に変化して
相手の右手を取って『とったり』風にねじ伏せに行く。仰木はその動きに対応して体を回し
小兵の蛍に対してあくまで正対して組み付こうとする。
ここで蛍はあえて後方にバックステップする。相手の正面から組もうとしたその呼吸を
奇麗に外して相手を前方に崩す、一歩踏み出した仰木は踏ん張り体を残して耐え、
勢いのままに追撃して変化されたら危険だとその場で停止する。
次の瞬間、助走を取った蛍が低空のぶちかましを見舞う。初手の『蛍火の如し』を
警戒していた仰木は、この小兵のまさかの正面衝突に体を浮かされる。
あとは一気だった。電車道で土俵際まで追い詰めると、すかさず脇から抜け出して
出し投げ気味の下手投げにばったりと手を付く仰木、まず1勝!
-次。東、流山星稜大、三ツ橋。西、隠岐商事、榎木-
相撲の神様は角界入りへ楽をさせる気は全くなさそうだ。かつて高校時代、鳥取白楼で
主将を務め全国3位までチームを引っ張って行った合気道の使い手、榎木慎太郎が次戦の相手。
-はっきよい-
小兵同士の立ち合いからの体さばき、前捌き合戦となったこの1戦は、蛍の
『ケガをしない相撲』が存分に生きた。相手の腕を取って逆間接を決める合気道の動きに対し、
蛍が心がけて来た体を外に開かない相撲は、結果的に榎木の戦法を防いでいく。
だが蛍もなかなかマワシが取れない、さすがに前捌きに関しては榎木の方が一枚上だ。
蛍の手首をつかんで巧みにこちらの動きを外してくる、押し合いながらも両者、決定的な
形を作れないでいた。
蛍はここで思い切った作戦に出る、組手不十分のまま相手に内掛けを仕掛ける。
待ってましたとばかりに榎木は蛍の足首を掴もうとする、かつて高校時代に小関を破った
『裾取り(足首取り)』を狙う、だがその刹那、榎木の手首を逆に蛍が掴み取る。
「しまった、狙われた!」
榎木が嘆くがもう遅い、その腕を巻き込んですくい投げ+掛け投げにいく蛍、
なす術もなく一回転して背中から落ちる榎木。
かつて荒木の得意としていた『天地返し』。秋以降蛍は度々荒木の元を訪れ、この技を
モノにすべく稽古をつけてもらっていた、小兵が大型選手を投げるのにこういった3点投げは
非常に有効だ。
「おう、あの榎木を投げやがったか。」
観客席で荒木がそう呟く。この技の真骨頂はいかに相手の手首をいい体制で掴むかが
カギとなるのだが、かつて自分との対戦で『根太起』に来たその瞬間を狙って掴んだ俺の
トレースのような掴み方に思わず関心する。
「これで予選は突破だが・・・プロに行くなら次の試合こそ大事だぜ、蛍丸!」
-次、東、栄華大学、五條。西、流山星稜大、三ツ橋。-
予選最後はなんとかつてのチームメイト、五條佑真との一番。
変化を使う蛍にとって、離れて突き放しに来る五條のような相手は相口の悪い力士だ。
「佑真ーっ!頑張れー!!」
「ユーマさんファイッ!」
妹のレイナが、かつての五條の子分たちが声を張り上げる。佑真はここまで1勝1敗で、
蛍との1戦に決勝トーナメント進出がかかっている、彼にとっても負けられない一番だ。
「悪いが勝たせてもらうぜ、三ツ橋!」
拳と掌をばちっ!と合わせて蛍を睨む佑真。蛍は無言のまま、そのらんらんとした眼の光を返す。
土俵で対峙する二人を見ながら、ユーマ軍団の1人がしみじみと語る。
「俺さ、高校の時に、まだ相撲やってない三ツ橋見たことあるんだよ。」
なよっとした体、吹奏楽部の女子と一緒にいた彼を見た感想は『女みたいな野郎』
でしかなかった。それが今、ダチ高最強として君臨したユーマさんとガチで相対してるなんて、
あの頃の自分に言っても絶対に信じないだろう、人ってホント変わるよな、と。
-はっきよい!-
佑真が張る、蛍が返す、まさかの激しいど突き合いに会場が沸く。
「(野郎!まるで火ノ丸の突きじゃねぇか、上手くなりやがって!)」
打ち合いながら佑真がほくそ笑む。かつては俺もこいつもダチ高のお荷物的な存在だった。
それが今、この大舞台で真剣勝負をやっている、戦いながら感慨に浸る佑真。
蛍にとっては違っていた。佑真はかつてあのバトムンフをも破った、全国優勝に
大いに貢献したチームメイトだ、全敗してチームの足を引っ張ってきた自分とは違う。
だからこそ勝ちたい!自分の目標である火ノ丸さんを倒す事、それが禊である蛍にとって
この五条戦はその前哨戦とでも言うべき一番なのだ、負けられない、この人にも
自分が強くなったことを見せる、絶対に勝つ!
「くっ、やはり相手が一枚上手か!」
徐々に押し込まれる展開に焔が嘆く。秋以降彼は蛍に自分の突き押しを指導しており、
格段に威力は上がっているハズなのだが、それでも体格で勝り、技術でも長年の空手の経験で
上回る相手が蛍を追い詰めていく。
俵に足がかかったその瞬間、蛍は目線でフェイントを入れ、佑真の突きを外しにかかる。
「引っかかるかよ!」
佑真の左の突きが蛍の顔面を直撃する、半身になりながらのけ反る蛍。倫平と焔も
さすがにマズい!と顔をしかめる。
佑真に油断は無い、ここまで強くなった三ツ橋にどうして手加減などできようか。
ましてや自分にとっては公式戦最後かもしれないこの大会、この一番に勝たないと
俺の相撲人生はひとつの終わりを迎えるんだ、行くぜ三ツ橋!
佑真はのけ反った蛍の前に出ている右足に、外から自分の左足を引っかける。
それをフックにして自分の体を引き付けて、体重を乗せた右の渾身の突きを放つ。
-掛け突き、破城掌-
佑真の突き出された右腕は、蛍の両腕によって上に跳ね上げられていた。
「十字かち上げで、捌いた!」
体が前に泳いだ佑真が心で毒づく、あの目線の誘導もフェイントかよ!と。
だが今の俺は組んでも弱くはねぇぜ、と上から覆い被さるように組み付く佑真。
あとは腰を割り、目の前の土俵外に寄り切るだけだ!
「・・・え?」
腰が割れない。先ほど相手に引っ掛けた左足が抜けていない、それどころか
さらに深々とフックされ、左足をヒザから相手の右足にロックされている、
この体勢は・・・マズいっ!
蛍は待っていた。五條さんの一番の得意技、この『掛け突き、破城掌』を。
突き押し相撲の五條さんには潜る相撲も、そして足技も遠すぎて届かない。そんな相手が
わざわざ自分の足に足を絡めてくれるこの必殺技、もし突きをすかしてしまえば絶好の体勢を
作ることが出来る、今度は自分の必殺技の番だ!
-自足取り内掛け『根太起』!-
手と足で佑真の左足を土俵から引き抜く。それでも懸命にこらえようとする佑真を
左からのすくい投げ気味に投げ倒して見せた。
-西、三ツ橋の勝ち-
佑真の手を取り、引き上げて立ち上がらせる蛍。佑真はそんな蛍にこう語る。
「聞いたぜ。お前、大相撲に行くんだってな。」
頷く蛍にふぅ、と息をついて実感する、俺が負けたのは何よりも『心』、目指す所の違い。
それがそのまま結果に出たのがこの一番だったんだな、と。
「行ってこい。」
そう告げて土俵を降りる佑真。自分の相撲、その最後の真剣勝負が今、終わった。
悔いが無いわけじゃない、だがやるだけはやった、楽しかったぜ、相撲。
「佑真、お疲れ様。」
観客席からレイナがそうこぼす。鬼丸との結婚を間近に控えた彼女は、佑真もまた
自分の道を歩んでいく、その区切りの一番を見届けて涙する。
天を仰いでいるのは佑真と同じ栄大の相撲部の二人、マネージャーの狩谷俊と、
肩から胴に大きなサポーターを巻いた強面の大男。
「佑真さん負けたか・・・さすがだな三ツ橋。」
「つか、あの三ツ橋がなぁ、高校の時の面影のカケラも無ぇ。」
金盛剛。
彼もまた付け出し資格獲得に角界入りを賭ける、この大会で人生の命運を決する男。