蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第106番 大和国部屋へ

「それでは、三ツ橋君の活躍と躍進を願って、かんぱーい!」

「「かんぱーいっ!」」

 とある居酒屋の一角、流星大相撲部の主将福原の音頭に全員がグラスを掲げる。

大相撲に進む蛍の送別会、というより送り出し会がささやかに催された。

倫平や焔はもとより、柚子香やテニス部の香山達も加わり新たな門出を祝う。

 

 全日本選手権でベスト8まで勝ち進んだ彼は、約束通り大和国部屋への入門を許可された。

退学手続きも済ませ、明後日からはいよいよ角界入り、相撲部屋への缶詰め生活がスタートする。

一人前の関取になるまでは、外で仲間たちと騒ぐなどこれが最後になるだろう。

「にしても蛍、入門のタイミング悪くない?」

 柚子香の言葉に焔がそうだねと頷く。倫平は気にしてどうすんだよ、と一瞥するが、

確かに今、大和国部屋は新人に構っている状態ではなかったのだ。

 

 

 -大関草薙、全勝優勝ーーーっ!!!-

 

 先の大相撲九州場所。大和国の息子、久世草介。四股名『草薙』が、ついに幕内最高優勝を

成し遂げたのだ。しかも千秋楽の結びで長年の天敵である横綱、刃皇を見事撃破してである。

 彼を変えたのは先場所の苦戦だった。初の負け越しを喫し、カド番になった彼だが

『大和国になる!』という意志は一層膨らんでいた。

 

 鬼丸に負けた一番の後、父である親方に言われた言葉が彼を変える最大のヒントになった。

「相手の相撲に付き合いすぎたな。」

 鬼丸の動きを追うあまり腰高になり押し負けた、それは確かに事実だ。だが自分の目指す

横綱相撲とは『相手に何もさせずに勝つ』ともう一つ『相手の攻めを全て受け切って勝つ』

だったはずだ、にもかかわらず相手の攻めを受け続けて不利な状況を招くとは、自分はまだまだ

未熟だと痛感する。

 

 『右上手を取れば勝ち』から『相手の攻めを受け切り、万難を排して右上手を引く』に

考えをスイッチした草薙は、父である大和国の若い頃のビデオを引っ張り出して研究する。

 自分が生まれる前の大和国がいかにして強くなったか、彼の知らない下積み時代の

父の姿を見て、自分がいかに一足飛びに大和国になろうとしていたかを痛感した。

 

 そして九州場所、彼は人が変わったように勝ち続けた。これが本当にカド番の大関なのかと

思わせるほど安定した勝ちっぷりで。

 横綱刃皇戦もかくあるべしだった。後の先を取られて右上手を封じられても決して慌てない、

膂力、フィジカルは若い彼の方が上なのだ。じっくりと攻めを耐え凌ぎ、じりじりと自分の形に

押し戻した末に、ついに再び右上手をしっかりと引く、そこで勝負は決した。

 

 期待の国宝がついに横綱に王手をかけたのだ。次の初場所で優勝、もしくはそれに準ずる

成績を挙げられたら・・・日本人相撲ファンの悲願が今、大和国部屋に集まっていた。

 

 

 2日後の朝3時、蛍は大和国部屋の前にいた、12月半ばの気温に吐息も煙る。

親方には電話で『朝稽古が終わる10時前後に来なさい』と言われていたのだが、どうも

気分が高揚して寝付けそうになかったし、それで無理に寝て寝過ごしたら一大事だ。

そんなことで生涯を棒に振るよりは、いっそ朝稽古から参加しようとやって来たのだ。

 と、部屋の明かりが灯る、朝稽古の時間だとインターホンを押す蛍。ドアを開けて現れた

若い力士に事情を話し稽古場に通される。

 

「おう、もう来たか。大和国部屋へようこそ、三ツ橋君。」

「はい!よろしくお願いします!」

 稽古場の座敷の上から声をかける親方に、蛍は元気よく返事を返す。

その場にいる弟子たちに蛍を紹介する親方、心なしか少し口元が緩んでいるようように見える。

 

 だが蛍は、その時の稽古場の空気が不穏に歪んでいることに気付かなかった。

 

 マワシを締め、部屋の若手たちと基本稽古に入る。この時間稽古場にいるのは幕下以下の

若い力士ばかりだ。無論、みんな蛍より大きい体躯ではあるが、そのほとんどは蛍が三段目の

付け出しデビューすれば下の番付になる者たち。

 彼らにしてみれば面白くは無い、自分より小さなこのソップ(やせっぽち)に、場所が始まれば

格下としての扱いを受けるのだ。しかも入門からして親方の肝入り、そんな嫉妬が

声には出さねど彼らの周囲に渦巻いていた。

 

「おいソップ、一番やろうか。」

 蛍と同じ三段目の鵜池に肩を叩かれる、お願いします!と返して土俵に上がる蛍だが・・・

バチン!とぶつかった後、蛍はずるずると鵜池を押し込む。一番と言った割にはまるで

ぶつかり稽古の様に無抵抗に押される相手に違和感を感じながらも、蛍はそのまま土俵を

割らせる。

 

 その時だった、既に土俵を出ている鵜池がいきなり蛍を投げ飛ばしたのだ。予想しない

攻撃に思わず転がる蛍。

「なんだ、軽すぎて気が付かなかった。」

しれっと言い放つ鵜池、周囲の面々もゲラゲラと嘲笑する。

「そんなんで相撲取れるのかよ。」

「付け出し?最近の学生のレベル低すぎだろ。」

 

 起き上がった蛍は鵜池を睨む。だが彼は下卑た目で見下ろしながら平然と返す。

足?出てねぇよ、仮に出てたとして行司が見て無かったらどうすんだよ、と。

 

 無言で対峙する蛍の横っ面を、今度は違う男がビチン!と張り倒す。

「ごっつぁんです、だろぉ?」

「何気取ってんだコラ!」

「何様だよ、番付にも載ってないソップがよぉ!」

 

 蛍はふぅ、と息を吐くと顔を上げ、鵜池にこう返す。

「ごっつぁんです、もう一番お願いします!」

 

 そこから先は稽古と言うよりリンチだった。組み合っている最中に別の力士が横から

蛍をなぎ倒し、次の一番では立ち合い時に足を引っかけられて転ばされる。

周囲から蹴られ、殴られ、複数人に投げ飛ばされ続ける、やがて体力が限界に達し、

立てなくなった蛍を集団で囲んで踏み、蹴飛ばす。

「田舎帰って寝てろや!」

「お前のいる場所じゃねぇんだよ!」

「そのツラで相撲取ろうってか?とっとと帰れよボーヤ!」

そんな光景を見ながらも大和国は何も言わない、ただ溜め息をつくだけだ。

 

 蹴られながら蛍は呆れる。なんだ、こんな程度か・・・ココ。

ようやくケリが止まった時、蛍は倒れたまま鵜池の足を掴み、腰を上げて一言こう返す。

「レベル低い・・・ですね・・・先輩方。」

 その一言に全員が激高する。血を沸騰させて怒りをあらわにする。だが蛍にとって

彼らの怒りなど受ける価値も無かった。

 

 蛍は吹奏楽部に所属していた中学時代を思い出す。女同士での陰湿なイジメや

顧問の情け容赦ない罵倒に泣きながら楽器を抱える女生徒、メンバー争いで後輩に

脅迫まがいのプレッシャーをかける上級生。

 まるであの日々と同じだ。ダチ高の相撲部も、流星大の時もずっとレベルの高い次元で

研鑽してこれたはずなのに、プロに来て中学生のレベルに落ちるなんて思いもしなかった。

 

 

「お疲れさんでございます!」

 

 蛍が後ろから羽交い絞めにされ、今まさに殴られようとした時、道場にその声が響き

二人の男が稽古場に入ってくる。その瞬間、力士たちは蜘蛛の子を散らしたように蛍から離れ、

一斉に礼をする。

「「お疲れさんでございます、大関、清心道関!」」

 

 部屋住みの力士の最高位の二人、大関草薙と、彼の付き人で幕下上位の清心道璃音。

草薙は基本、やや遅い時間に稽古場に入る。それは駆け出しの力士が土俵で稽古する時間を

自分が奪わないための配慮であり、そうするよう親方に勧められたからであった。

 清心道は付け人の中でも草薙のお気に入りだった。部屋住みの力士の中で自分とまともに

稽古できるのは彼だけだったし、何より栄大付属時代の先輩で気心も知れている、

その彼も来場所で勝ち越せば十両が確定するとなれば、彼との稽古にも一層熱が入る。

そんな事情もあって、最近はこの二人が同時に稽古場入りするのが習慣になっていた。

 

「おう、来たか三ツ橋。」

 清心道かつて顔馴染みだった蛍に声をかける、既にアザだらけになった蛍が、

よろしくお願いします、と頭を下げる。

 清心道は内心やれやれ、とため息をつく。またこいつらはつまらんことをやってるな、と。

 

 -ピリッ-

 え?と清心道は草薙を見る。なんだ?大関の様子が変だ。不穏な空気を感じ取り冷や汗を流す。

この空気、覚えがある。そうだ、先々場所で鬼丸が潜る相撲や八艘飛びを使った時こんな感じだった。

怒り、そして不快感。普段は優等生な草薙のその陰の気を感じ取り、嫌な予感が走る。

 

 その間も他の力士たちは土俵をホウキで清め、稽古場の端に寄って地味なトレーニングに戻る。

準備運動を始める大関たちとなるべく目を合わせないようにしながら、どこか委縮した様子で。

 彼らは思い知って来た。大関と胸を合わせることで感じる、自分たちの限界を。

最初はむしろ光栄だった、幕内力士と、『国宝』と、そして大和国の再来といわれる力士と

稽古できる喜びに胸を躍らせて挑んでいった。

 だが長くは続かない、決して届かないその実力に心を折られ、いつしか下を向いてしまう。

そんな彼らの鬱憤は下に向かうものだ、例えば今日入門してきたソップなどはうってつけの

ストレス解消の対象と言えた。

 

「君、土俵に。」

 準備運動を終えた草薙がそう声をかけたのは、他でもない蛍だった。

短いがインターバルを取れたことで呼吸を整えた蛍は、ハイ!と答えて土俵に上がる。

^-ビリッ!-

 草薙が蛍に殺気を向ける。その気配を道場にいる全員が察し、緊張を走らせる。

いつもの大関の殺気ではない。どこか物騒な、負の感情を孕んだ陰湿な空気。

 親方も息子の滅多に見ない怒りの感情を感じ取り、思わず腰を上げかける。

清心道も冷や汗をかきながら土俵を見る、一体どうしちまったんだ?大関は。

 

「(なんで、なんでその体でここにいるのが『君』なんだ!)」

 草薙は苛立っていた。この場にいていい『こういう体格』の力士は君じゃない、俊だ!

彼を父がスカウトしてきたのも、潮君と同じ大太刀の選手だったことも知っている、それが

尚更草薙を憤慨させる、何で君なんだ、俊の代わりなんていらない、似た体格でここに居るな!

 

 それは彼の友人でもあった狩谷俊の挫折に対する、彼の歪んだ願望だった。

俊とほぼ同じ体格の蛍を見るとどうしても彼を思い出し、俊が怪我で夢を絶たれたことへの

落胆と、まるで代わりにいるようなその存在を嫌悪してしまい、苛立ちを抑えられないでいた。

 

 普段の優等生な彼ならそういう感情も制御できただろう。しかし先場所で優勝したことが

彼を少しばかり天狗にさせていた。彼に蛍の人生を否定する権利など無いのに、感情のままに

その黒い感情を稽古場の土俵に持ち込んでしまった。

 

 -ゴッ!-

 立ち合いの瞬間、蛍は『蛍火の如し・潜』で草薙の懐に入る。両下手を引くが、同時にそれは

草薙得意の右上手をしっかり取られることを意味していた。

「(ぬぅんっ!)」

 剛腕が唸る。幕内優勝を勝ち取ったその右上手投げが、軽量の蛍を空中に高々と浮かす。

「(・・・あっ!)」

 我に返る草薙。僕は一体何をした?感情のままに相撲を取り、入門したばかりの新人を

空中に放り投げたことを後悔する。だが、もう遅い。

 

 草薙の頭の位置まで全身を浮かされたその小兵の新人は、土俵の外まで吹き飛んで

地面に激突する、誰もが最悪の事態を予想した。

 

 -ごろん-

 蛍は肩から地面に落ちたが、そこから奇麗に3点式受け身を取り1回転、まるで柔道の受け身の

型のように奇麗に回って立ち上がる。常々から『ケガをしない相撲』を心がけてきた蛍の

ある意味真骨頂だ。

 

「ごっつぁんです大関、もう一番お願いします!」

 

 すかさず放たれた蛍のその一言に稽古場一同が沈黙する。先ほど蛍をリンチしていた連中は

口を開けたまま声も出せずに固まっているし、草薙自身も『え・・・いいの?』という顔。

 ひと呼吸置いて清心道がくっくっく、と笑う。ああコイツ中身は全然変わってねぇ。

なのに受け身はえらく上手くなってるじゃねぇか、これならノシていけるかもな、と。

 

 大和国も腕組みしたままうんうんとほくそ笑む。どうもウチの部屋は上位と下位の

モチベーションの差が激しかった、そんな下位の彼らの意欲の向上も期待して

彼を呼んだ事情もあったが、どうやら大正解だったようだ、と。

 

 この日、蛍は草薙と、清心道と、そして遅れてやってきた大欧牙、大和号らの

関取連中と存分に稽古を重ねる。そんな蛍に触発され、負けてなるものかと鵜池達も

次々と上位陣に胸を借りる。

 

 活気ある稽古場の空気に、おかみさんは『今日はどうしたの?』と目を丸くするばかりだった。

 

 

 -三ツ橋蛍、四股名『蛍丸』は、こうして大和国部屋に根を降ろす事に成る-

 




プロの『空気感』を出すのに苦労しました。
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