「さぁ、やるべき事はやってきた。行くぞ!」
「「はい!」」
桐仁の激を受け、会場入りする大太刀高校相撲部。
いよいよ夏のインターハイ、全日本高校相撲選手権、千葉県予選の開幕である。
春の大会ではベスト4止まりだったものの、昨年の全国覇者、そして
関東新人戦を制した松本と、国宝『鬼切』を擁するダチ高はやはり注目の的だった。
そんな状況を示すように、一人の女性記者がダチ高の方にやって来る。
「あ、相撲雑誌の・・・確か名塚さん。こんにちは。」
会釈する千鶴子に、名塚は若干心配気な顔で問う。
「お久しぶり。どう?調子は。」
「もっちろん!絶好調に決まってるじゃない、しっかり取材してね。」
胸を張って自信満々に返すレイナ。名塚の隣にいるカメラマンの宮崎は、ファインダーを通しての
ダチ高のメンバーを見て感心する。
「(春とは見違えたね・・・強さが伝わってくるよ。)」
「じゃあさっそく、ひとつ情報をあげるとしましょうか。」
そう前フリして、イジワルな表情でこう告げる。
「一回戦の相手、春の覇者、川人高校よ。いきなり消えないでね。」
-第一試合、東、川人高校。西、大太刀高校-
場内アナウンスと共に会場がどよめく。いきなりの大一番に会場の注目が集まる。
春の全国でベスト16入りを果たした川人、しかも大将の大河内は全国でも負けなしである。
下馬評でもやはり、総合力でやや川人が上だった。大太刀がこの数か月で、
その差をどこまで埋めてきたか・・・
-先鋒戦。東、桜本君。西、陽川君-
春の大会のメンバーでもあった桜本。その押し引きのバランスは絶妙で、春の県予選でも
石神から白星をもぎ取った男でもある。
が、土俵に上がる陽川も、見送るダチ高相撲部も、その表情に不安は見えない。
-はっきよい!-
胸で当たり、組み合う両者。左の合四つである両者が、共に力を発揮できる十分の体制。
ここから桜本はがぶり寄りに出る。もし不用意に踏ん張れば、その瞬間に引き技を放つつもりで。
が、その目論見は失敗に終わる。陽川は腰を落とすと、そのまま105kgの桜本を強引に吊り上げる。
大太刀高校1年、陽川 満。185cm、92kg。
筋肉質で、相撲取りと言うより格闘家と言うべき体躯を持つ。見た目通りその腕力(かいなぢから)は、
ダチ高の中でも群を抜いていた。
将来は大相撲に進むことを決心し、そのために大太刀に入学した男。
そんな彼の為に、桐仁は腕力を生かした相撲に特化する異能力士としてのメニューを仕込む。
ワカメ漁のおじさんのツテを頼り、一本釣りの船に乗せてもらい仕事を手伝う。
揺れる船の上でバランスを取りながら、重い魚に合わせて繊細に竿を上げる訓練。
部室でも熱心にバーベルを上げ、筋力増強にいそしんだ結果、彼の吊り、投げは恐るべき
破壊力を持つに至った。
桜本を吊り上げた陽川は、そこからひねりを加えて相手を土俵に転がす。
まずは大太刀が1勝。
-東、鳥飼君。西、幸田君-
二陣はお互い春の大会では出番のなかった両者。成長が問われる一戦。
-はっきよい!-
仕切り線のはるか後ろら幸田が突撃する。それを予測していた鳥飼は体重を利用して受けた後
右に身をかわす。
が、幸田は体に手ごたえが無いと悟るや、すぐに重心を戻し、横っ飛びで鳥飼に食らいつく。
大太刀高校1年、幸田純一。175cm、79kg
ラグビー経験者であった彼は、押しとぶちかましだけは素人離れしていた。それを生かすべく
彼は蛍とペア特訓を行ってきた。突進に特化した彼にとって、変化は最大の敵である。
相手の重心の取り方や、肌で感じる相手の押し引きを素早く感じ取り、即座に対応する。
軽量で俊敏な彼は、そうした対応力を確実に身につけて行った。
頭を付け、体重で上回る相手をぐいぐい押す。鳥飼が土俵際につまったその時、右からの
ひねりを加えた投げが炸裂する。彼の投げの師匠は桐仁、タイミングの見切りは一級品だ。
なすすべなく転がる鳥飼、ダチ高2連勝!
-東、佐々木君。西、松本君-
関東新人戦の覇者、松本の登場に会場が沸く。
大太刀高校1年、松本 康太。188cm、145kg
坊主頭ににこやかで温厚な表情と性格、そしてそれに習うように、彼の体はとても柔らかかった。
そんな彼はこの3か月、受けに特化した粘りの相撲を仕込まれる。
ダチ高相撲部にはそんな格好のサンプルがあった、前部長の小関信也である。
彼がやっていた水を口に含んでの無呼吸相撲に、数人で別方向から押し込んでも
粘り腰を発揮できるよう、柔軟性とバランス感覚を養ってきた。その結果、彼は関東の新人王となる。
佐々木は攻めに攻めるが、ついには力尽き、息も絶え絶えに土俵を割る。
「大太刀が川人を3タテかよ!」
「強えぇーっ!」
誰もが注目の1回戦が、まさか3試合で決着を見るとは思っていなかった。無論名塚も例外ではない。
「(昨年は鬼丸がいたけど、今年も負けて無いわねこれは・・・さぁて、お次は?)」
-東、堀田君、西、大峰君-
すでに負けが決まっている川人だが、このまま終わるわけにはいかない。大河内が堀田に
「全国レベルの実力、見せてやれ!」と激を飛ばす。
おう!と答えて土俵に上がる堀田。が、仕切り線の向こうの相手を見て若干ひるんでしまう。
大太刀高校1年、大峰 浩二。180cm、132kg
パンチパーマかと思うような天然パーマに薄い眉毛、切れ上がる吊り目、
そして相撲取り然としたあんこ型の体形。睨み合うだけで凄まじいまでの威圧感を放つ彼は
その見た目だけでなく、相撲の取り口も非常に激しいものがあった。
松本が受けの相撲なら、大峰は攻めの相撲。突っ張り、かち上げ、そしてがぶり寄り。
その成長を促進したのが、猛稽古で知られる柴木山部屋への出稽古だ。親方に竹刀で撃たれながら
闘志を漲らせ、より苛烈な攻めを身につけるに至った。
激しい打撃戦の中、堀田はやがて後の個人戦のことを考えてしまう。このまま激戦を続けて
もしケガでもしたら・・・そう思考が流れた瞬間、勝負は決する。
-大将戦。東、大河内君。西、三ツ橋君-
まさかの川人4連敗。しかし大将はあの国宝『三日月』をも破った大河内だ。
対する三ツ橋は昨年公式戦全敗、今年に入ってようやく白星を挙げられた程度の相手。
川人が一矢を報いる可能性は十分にあった・・・のだが。
-手をついて-
仕切りながら大河内は考える。彼は変化を使う選手、だが自分は無理に突進するスタイルではない。
長い腕を使って、相手と距離を取っても相撲が取れる、無論密着したなら変化させずに勝てる。
彼にとって僕のような相撲は天敵のはず、大丈夫、勝てる。自信を持て-
そこまで思って、ふと前を見る。そこには、まるで蛍火のようにらんらんと輝く三ツ橋の眼光が
大河内の目を射抜くように睨めすえる。
「くっ・・・」
負けるか、ビビるな!僕は川人のエースなんだ。意を決し睨み返す-
大河内は気付かなかった。その時すでに彼は三ツ橋の術中に嵌っていることに。
-はっきよい!-
その瞬間、大河内の視界から、蛍火のような眼光だけを残し、三ツ橋の姿がかき消える。
「・・・なっ!」
彼の腕が虚空を掴んでいた時、蛍はすでに大河内を飛び越し、その背中を取っていた。
「八艘飛び!」
相撲で背後を取られることは『死』を意味する。大河内の長い腕も、この時点で意味を成さなくなった。
大太刀高校2年、三ツ橋 蛍
様々な相撲のスタイルを取り入れようとしてきた彼に、思わぬアドバイスを与えたのは
新顧問でもあり、レスリング部の顧問を兼用している諸岡であった。
レスリングという競技は、相手の後ろを取る事が重要なテクニックになっている、しかしお互い
ソレを狙っている以上簡単にはいかない。
そんな時の戦術のひとつとして教わったのが、『視線による相手心理の誘導』であった。
「いいかいミスター三ツ橋、まずは相手の目を睨むんだ。相手じゃなくて相手の『目』ね。
そして目と目があったら、ほんの少し目線を逸らす。そうすれば相手は必ずその逸らした方向に
意識が飛んでしまうんだ、あとはその逆をつけばいい。」
そんなテクニックを身につけるため、蛍は度々レスリング部の練習に参加していた。
強豪とは言えない大太刀レスリング部員でも、この『視線の誘導』は様々に駆使されている。
そんな連中に揉まれた彼は、真っ向勝負を良しとする相撲ではタブーとされる変化に加え
その逆をつく目線の動きを身につけてきた。
この1番もそうだ、大河内と目が合った瞬間、彼は一瞬だけ目線を下に落とす。と同時に立ち合い。
意識が下に向いたその刹那に蛍は飛ぶ。大河内の肩越しに彼を飛び超えてみせた。
懸命に抵抗する大河内をがむしゃらに寄り立てる蛍。場内は思わぬ金星の予感と
八艘飛びにに全く対応出来なかった大河内に驚きを隠せない。名塚もその例外ではなかった。
「(三ツ橋君・・・貴方一体、何をしたの?)」
やがて歓声。ついに三ツ橋が大河内を寄り切って退ける。最高のスタートが切れたようだ。
-以上、5-0で大太刀の勝ち!-
選手たちを控えの桐仁が、部長のレイナが、柚子香が迎える。
「全勝とは出来過ぎだな、これは俺も負けていられないな。」
桐仁は体力の温存のため、幸田か蛍のどちらかと1戦交代の予定だ。しかし川人戦で出なくても
全勝とは、俺の影が薄くなるじゃねぇか、と笑う。
そして確信する。これなら昨年に続き全国出場、いや優勝も夢ではない、と。
大太刀の全員が、そんな手ごたえを確信していた。
ただひとり、堀 千鶴子を覗いて。
-以上、5-0で石神高校の勝ち-
別の土俵、春の大会準優勝チームである柏実業を文字通り圧倒した石神高校。
偵察に来ていた千鶴子は思わず漏らす、この会場の全ての人間と同じ感情を。
「・・・強い、強すぎる・・・」
ダチ高1年紹介回でした。