蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第10番 成長の証明

「さぁ、やるべき事はやってきた。行くぞ!」

「「はい!」」

桐仁の激を受け、会場入りする大太刀高校相撲部。

いよいよ夏のインターハイ、全日本高校相撲選手権、千葉県予選の開幕である。

 

 春の大会ではベスト4止まりだったものの、昨年の全国覇者、そして

関東新人戦を制した松本と、国宝『鬼切』を擁するダチ高はやはり注目の的だった。

そんな状況を示すように、一人の女性記者がダチ高の方にやって来る。

 

「あ、相撲雑誌の・・・確か名塚さん。こんにちは。」

会釈する千鶴子に、名塚は若干心配気な顔で問う。

「お久しぶり。どう?調子は。」

「もっちろん!絶好調に決まってるじゃない、しっかり取材してね。」

胸を張って自信満々に返すレイナ。名塚の隣にいるカメラマンの宮崎は、ファインダーを通しての

ダチ高のメンバーを見て感心する。

「(春とは見違えたね・・・強さが伝わってくるよ。)」

 

「じゃあさっそく、ひとつ情報をあげるとしましょうか。」

そう前フリして、イジワルな表情でこう告げる。

 

「一回戦の相手、春の覇者、川人高校よ。いきなり消えないでね。」

 

 

 -第一試合、東、川人高校。西、大太刀高校-

 

 場内アナウンスと共に会場がどよめく。いきなりの大一番に会場の注目が集まる。

春の全国でベスト16入りを果たした川人、しかも大将の大河内は全国でも負けなしである。

下馬評でもやはり、総合力でやや川人が上だった。大太刀がこの数か月で、

その差をどこまで埋めてきたか・・・

 

 -先鋒戦。東、桜本君。西、陽川君-

 

 春の大会のメンバーでもあった桜本。その押し引きのバランスは絶妙で、春の県予選でも

石神から白星をもぎ取った男でもある。

 が、土俵に上がる陽川も、見送るダチ高相撲部も、その表情に不安は見えない。

 

 -はっきよい!-

 胸で当たり、組み合う両者。左の合四つである両者が、共に力を発揮できる十分の体制。

ここから桜本はがぶり寄りに出る。もし不用意に踏ん張れば、その瞬間に引き技を放つつもりで。

 が、その目論見は失敗に終わる。陽川は腰を落とすと、そのまま105kgの桜本を強引に吊り上げる。

 

 大太刀高校1年、陽川 満。185cm、92kg。

筋肉質で、相撲取りと言うより格闘家と言うべき体躯を持つ。見た目通りその腕力(かいなぢから)は、

ダチ高の中でも群を抜いていた。

将来は大相撲に進むことを決心し、そのために大太刀に入学した男。

 そんな彼の為に、桐仁は腕力を生かした相撲に特化する異能力士としてのメニューを仕込む。

ワカメ漁のおじさんのツテを頼り、一本釣りの船に乗せてもらい仕事を手伝う。

揺れる船の上でバランスを取りながら、重い魚に合わせて繊細に竿を上げる訓練。

部室でも熱心にバーベルを上げ、筋力増強にいそしんだ結果、彼の吊り、投げは恐るべき

破壊力を持つに至った。

 桜本を吊り上げた陽川は、そこからひねりを加えて相手を土俵に転がす。

まずは大太刀が1勝。

 

 -東、鳥飼君。西、幸田君-

 

 二陣はお互い春の大会では出番のなかった両者。成長が問われる一戦。

 

 -はっきよい!-

 仕切り線のはるか後ろら幸田が突撃する。それを予測していた鳥飼は体重を利用して受けた後

右に身をかわす。

が、幸田は体に手ごたえが無いと悟るや、すぐに重心を戻し、横っ飛びで鳥飼に食らいつく。

 

 大太刀高校1年、幸田純一。175cm、79kg

ラグビー経験者であった彼は、押しとぶちかましだけは素人離れしていた。それを生かすべく

彼は蛍とペア特訓を行ってきた。突進に特化した彼にとって、変化は最大の敵である。

相手の重心の取り方や、肌で感じる相手の押し引きを素早く感じ取り、即座に対応する。

軽量で俊敏な彼は、そうした対応力を確実に身につけて行った。

 頭を付け、体重で上回る相手をぐいぐい押す。鳥飼が土俵際につまったその時、右からの

ひねりを加えた投げが炸裂する。彼の投げの師匠は桐仁、タイミングの見切りは一級品だ。

なすすべなく転がる鳥飼、ダチ高2連勝!

 

 -東、佐々木君。西、松本君-

 

 関東新人戦の覇者、松本の登場に会場が沸く。

 

 大太刀高校1年、松本 康太。188cm、145kg

坊主頭ににこやかで温厚な表情と性格、そしてそれに習うように、彼の体はとても柔らかかった。

そんな彼はこの3か月、受けに特化した粘りの相撲を仕込まれる。

ダチ高相撲部にはそんな格好のサンプルがあった、前部長の小関信也である。

彼がやっていた水を口に含んでの無呼吸相撲に、数人で別方向から押し込んでも

粘り腰を発揮できるよう、柔軟性とバランス感覚を養ってきた。その結果、彼は関東の新人王となる。

 佐々木は攻めに攻めるが、ついには力尽き、息も絶え絶えに土俵を割る。

 

「大太刀が川人を3タテかよ!」

「強えぇーっ!」

 

 誰もが注目の1回戦が、まさか3試合で決着を見るとは思っていなかった。無論名塚も例外ではない。

「(昨年は鬼丸がいたけど、今年も負けて無いわねこれは・・・さぁて、お次は?)」

 

 -東、堀田君、西、大峰君-

 

 すでに負けが決まっている川人だが、このまま終わるわけにはいかない。大河内が堀田に

「全国レベルの実力、見せてやれ!」と激を飛ばす。

おう!と答えて土俵に上がる堀田。が、仕切り線の向こうの相手を見て若干ひるんでしまう。

 

 大太刀高校1年、大峰 浩二。180cm、132kg

 パンチパーマかと思うような天然パーマに薄い眉毛、切れ上がる吊り目、

そして相撲取り然としたあんこ型の体形。睨み合うだけで凄まじいまでの威圧感を放つ彼は

その見た目だけでなく、相撲の取り口も非常に激しいものがあった。

松本が受けの相撲なら、大峰は攻めの相撲。突っ張り、かち上げ、そしてがぶり寄り。

 その成長を促進したのが、猛稽古で知られる柴木山部屋への出稽古だ。親方に竹刀で撃たれながら

闘志を漲らせ、より苛烈な攻めを身につけるに至った。

 激しい打撃戦の中、堀田はやがて後の個人戦のことを考えてしまう。このまま激戦を続けて

もしケガでもしたら・・・そう思考が流れた瞬間、勝負は決する。

 

 -大将戦。東、大河内君。西、三ツ橋君-

 

 まさかの川人4連敗。しかし大将はあの国宝『三日月』をも破った大河内だ。

対する三ツ橋は昨年公式戦全敗、今年に入ってようやく白星を挙げられた程度の相手。

川人が一矢を報いる可能性は十分にあった・・・のだが。

 

 -手をついて-

 

 仕切りながら大河内は考える。彼は変化を使う選手、だが自分は無理に突進するスタイルではない。

長い腕を使って、相手と距離を取っても相撲が取れる、無論密着したなら変化させずに勝てる。

彼にとって僕のような相撲は天敵のはず、大丈夫、勝てる。自信を持て-

 そこまで思って、ふと前を見る。そこには、まるで蛍火のようにらんらんと輝く三ツ橋の眼光が

大河内の目を射抜くように睨めすえる。

「くっ・・・」

負けるか、ビビるな!僕は川人のエースなんだ。意を決し睨み返す-

 

 大河内は気付かなかった。その時すでに彼は三ツ橋の術中に嵌っていることに。

 

 -はっきよい!-

 

 その瞬間、大河内の視界から、蛍火のような眼光だけを残し、三ツ橋の姿がかき消える。

「・・・なっ!」

彼の腕が虚空を掴んでいた時、蛍はすでに大河内を飛び越し、その背中を取っていた。

 

「八艘飛び!」

相撲で背後を取られることは『死』を意味する。大河内の長い腕も、この時点で意味を成さなくなった。

 

 大太刀高校2年、三ツ橋 蛍

様々な相撲のスタイルを取り入れようとしてきた彼に、思わぬアドバイスを与えたのは

新顧問でもあり、レスリング部の顧問を兼用している諸岡であった。

 レスリングという競技は、相手の後ろを取る事が重要なテクニックになっている、しかしお互い

ソレを狙っている以上簡単にはいかない。

そんな時の戦術のひとつとして教わったのが、『視線による相手心理の誘導』であった。

 

「いいかいミスター三ツ橋、まずは相手の目を睨むんだ。相手じゃなくて相手の『目』ね。

そして目と目があったら、ほんの少し目線を逸らす。そうすれば相手は必ずその逸らした方向に

意識が飛んでしまうんだ、あとはその逆をつけばいい。」

 そんなテクニックを身につけるため、蛍は度々レスリング部の練習に参加していた。

強豪とは言えない大太刀レスリング部員でも、この『視線の誘導』は様々に駆使されている。

 そんな連中に揉まれた彼は、真っ向勝負を良しとする相撲ではタブーとされる変化に加え

その逆をつく目線の動きを身につけてきた。

 この1番もそうだ、大河内と目が合った瞬間、彼は一瞬だけ目線を下に落とす。と同時に立ち合い。

意識が下に向いたその刹那に蛍は飛ぶ。大河内の肩越しに彼を飛び超えてみせた。

 

 懸命に抵抗する大河内をがむしゃらに寄り立てる蛍。場内は思わぬ金星の予感と

八艘飛びにに全く対応出来なかった大河内に驚きを隠せない。名塚もその例外ではなかった。

 

「(三ツ橋君・・・貴方一体、何をしたの?)」

やがて歓声。ついに三ツ橋が大河内を寄り切って退ける。最高のスタートが切れたようだ。

 

 -以上、5-0で大太刀の勝ち!-

 

 選手たちを控えの桐仁が、部長のレイナが、柚子香が迎える。

「全勝とは出来過ぎだな、これは俺も負けていられないな。」

桐仁は体力の温存のため、幸田か蛍のどちらかと1戦交代の予定だ。しかし川人戦で出なくても

全勝とは、俺の影が薄くなるじゃねぇか、と笑う。

 

 そして確信する。これなら昨年に続き全国出場、いや優勝も夢ではない、と。

大太刀の全員が、そんな手ごたえを確信していた。

 

 ただひとり、堀 千鶴子を覗いて。

 

 

 

 

 -以上、5-0で石神高校の勝ち-

 

 別の土俵、春の大会準優勝チームである柏実業を文字通り圧倒した石神高校。

偵察に来ていた千鶴子は思わず漏らす、この会場の全ての人間と同じ感情を。

 

 

「・・・強い、強すぎる・・・」




ダチ高1年紹介回でした。

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