蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第109番 蛍火、大相撲に舞う

「おはようございます。」

 明けて2日目、いよいよ今日は蛍丸の角界デビュー戦。幕下以下は2日に一番のため

彼は今日、初日を迎えるわけだ。

西の支度部屋に入った蛍丸は、その中に見知った顔を見つける。

「お!三ツ橋部長もいよいよデビューっすか。」

「おいおい陽鉈、部長はねーだろ、今は蛍丸さんだ。」

「さん、は要りませんよ、お二人の方が番付は上なんですから。」

 

 陽川満、四股名『陽鉈』。大峰浩二、四股名『薫峰』。かつての二人の後輩も

今は三段目上位の地位。番付社会の角界にとって今の蛍丸より目上の存在だ。

「大和国部屋は蛍丸ひとり?」

「いえ、もうひとり居ますけど、東のほうに。」

 同部屋の鵜池は今日東の割だ、同じ三段目ということもあり、場所前の稽古も彼とは

多く番数を取っていたし、色々なアドバイスも貰っていた。

まぁ『先輩を立てろよ、本割で俺より多く勝つなよ・・・』などと本気かどうかわからない

アドバイスもしっかり頂いていたが。

 ちなみにその鵜池は今日、陽鉈との一番が組まれている、正直どう贔屓目に見ても

鵜池の勝ち目は薄そうだが。

 

「俺は立場上応援するわけにはいきませんけど、いい相撲を期待してますよ。」

そう薫峰が声をかける。今日の蛍丸の相手は彼と同じ柴木山部屋の大河内、四股名『國平大河』。

 彼もまた今場所から三段目に昇格し、それに合わせて刀剣銘を四股名に当てて来た。

本名と刀剣銘を組み合わせる所に彼らしいセンスを感じる。

 

 係員に呼び出され、通路から花道に進む。と、会場の一角から声援。

「三ツ橋部長ー、頑張れーっ!」

「ほったるまるーっ!」

「行ったれやーっ!」

「蛍ーっ!しっかりねーーーっ!」

 かつてのダチ高相撲部の仲間たち。柚子香、松本、幸田、赤池、沼田、柳沢、小林、

諸岡顧問に五條佑真まで。

さらにその一団の後ろには下山と葉山、加えて香山らテニス部の女子達の姿も見える。

 

「(みんな・・・平日なのにわざわざ見に来てくれたのか。)」

蛍丸は親方の言葉を思い出す、ファンを楽しませる力士になれ、と。ならばまだガラガラの

この会場で自分を応援してくれる彼らを喜ばせる事、それが今日の一番の課題だ。

 

 土俵下のたまりに腰を下ろす蛍丸。その所作を東の通路から眺めつつ、思わずこぼす力士がいた。

「とうとう蛍も来たか・・・あの蛍がのう。」

「おいおい、アイツを過小評価してねぇか?」

 幕内力士、鬼丸の言葉に鬼切がそう返す。2人の明らかに早すぎる会場入りの原因が、

そのお目当てがいよいよこれからプロデビューを果たすのだ。

 

「鬼関、何かアドバイスは?」

 いつのまにか後ろに控える國平がそう問う。鬼丸はお前の相撲を取れ、と國平の背中を叩く。

彼はそれを受け、土俵に歩を進める。それを見送りつつ鬼切が一言。

「しっかし、よりによって大河内がデビュー戦とは、大変だな三ツ橋も。」

「國平は強いぞ、特にここ最近の稽古ではワシや冴さんも不覚を取る事があるからのう。」

 え、マジで?と顔色を変える鬼切。そんな彼に鬼丸はこう返す。

「あいつの思い付きにはいつも驚かされることがあってな、役に立たんモノも多いが、時に凄い

発想を見せてくれるんじゃ。」

 

 唸る鬼切。確かに彼は高校時代から『逆鞘』や『荒贄』等、他の選手が考え付かない戦法を

独自に編み出して来ていた。

 思えば蛍もそんなタイプだ。相撲のあらゆる戦法を取り入れようとする過程で、彼独自の技を

いくつも編み出してきた。ならばこの一番、お互いの個性が存分に出る相撲になるだろう。

 鬼切は珍しく鬼丸と逆のベクトルの思考をしていた、弟弟子の応援をする火ノ丸の対戦相手に

エールを送る。

「(勝てよ・・・三ツ橋!)」

 

 -ひが~ぁし~、國平。にぃ~しぃ、蛍丸。-

 

 行事の呼び出しに応じ、両者が東西から土俵に上がる。蹲踞から塵手水に移るまで、

國平の表情は穏やかだった。

「そういえば君には高校時代に不覚を取ったね、借りは返させてもらうよ。」

そう語る國平に、蛍丸は目線を合わせずにこう返す。

「あの時は意表を突いただけでしたからね、今日こそはしっかり勝ちますよ。」

 

 そして仕切り線を挟んだその時、土俵にびりっ!とした空気が満ちる。

眼から、全身から炎を纏わせるが如く、闘気を漲らせる國平大河。

その瞳から、らんらんとした蛍火の様な眼光を放ち、相手を射抜く蛍丸。

「おお、両者気合十分。」

「さて、三段目デビューを飾るのはどっちかな?」

 両者が仕切りに入る。薫峰も陽鉈も、鬼丸も鬼切も、鵜池はじめ他の三段目力士たちも、

柚子香やかつてのチームメイトも皆、その瞬間に注目する。

 

 -はっきよい-

 蛍丸が立つ、國平が突っ込む。両者頭で激突したその瞬間、蛍丸は横っ飛びに距離を

開けようとする。だが國平はその動きに合わせるかのようにサイドスレップし、蛍丸を正面に

捕らえる。

「その『蛍火の如し』は元々冴関の『水の如し』の変形だ、柴木山部屋の僕には通用しないよ!」

 

「シッ!」

 蛍丸は追いかけてきた相手にすかさず突っ張りを見舞う。追いつかれることも予想済みで

流れるように攻撃を続ける。

 ならばと返す刀で張られた國平の横薙ぎの『張り手』を、蛍丸は体を沈めて躱し、

体ごと突っ込む。

「読んでいたな!」

 大相撲から解禁される横からの張り。今日がデビュー戦の蛍丸に対し、プロの洗礼をと

放った國平の攻めは、実はその心理を誘導され『打たされた』攻撃だったのだ。

 

 相手の懐に潜り込み、両下手を引く蛍丸。國平もすかさず両上手を引きつつ覆い被さる。

「(相変わらずこっちの心理を読んでくれるね、でもこれは予想できまい、行くぞ!)」

 突然、二人が回転を始める。右に左に蛍丸を振り回しつつ、自らも旋回ステップを踏む國平。

なんだ!?といぶかしがる鬼切の横で、鬼丸がふふん、と笑い、こう続ける。

「出たな、國平の『力士禁則の舞い』」

「何だそりゃ?」

 

 その回転を生んでいるのは、両上手を取った國平が相手のマワシをまるで

車のハンドルのように右に左にネジ回しての動きだった。ひねりとも投げとも違う、

相手の体の軸そのものを上から回転させにかかるその様は、まるで遊園地のティーカップの

ようだった。

 

 稽古場で大河内は鬼丸の胸を借りていた時、何度も懐に潜り込まれ投げ飛ばされた。

そんなことを繰り返す内、彼が編み出した対策はとにかく上から崩してふんばりを利かせず

投げさせない事。試行錯誤の結果、ヘタに引きつけたり押し下げたりせずに両手で回転

させつつ自らも回転する事で相手の軸をずらし、技に移行させないこの技を編み出して見せた。

「関取は車の運転が出来んからのう。」

「それで『力士禁則の舞い』かよ、なんつーネーミングだよ。」

 

 土俵上でワルツを踊る両者。蛍丸は止まらない動きに巻き込まれ、技に移行できないでいた。

得意の潜る相撲に入ったにもかかわらず相手に振り回され、凌ぐのに精いっぱいだ。

 國平もそれは同じで、振り回してはいるもののこれだけでは決定打にはならない、

激しく振り回しながら、彼は決めるチャンスを伺っていた。

 

「くっ!」

 大きな流れの中で蛍丸が右足を出して踏ん張る、そのスキを國平は見逃さない、貰った!と

その足を外掛けで絡め取る、そこから体重を浴びせて相手を倒そうとした瞬間、蛍丸は

刈られた自分の足首を右手でつかみ取り、前傾の体制を取る。

「根太起!狙ってたな。」

陽鉈の叫びに、隣の薫峰はにやりと笑って言い返す。

「狙ってたのは國平の方だよ。」

 

 蛍丸が片手片足になった瞬間、國平は刈っていた足を下ろして大きくスタンスを取る。

そして相手の投げの方向に流れるように先回りし、そのまま上手出し投げに移行する。

大きく崩れる蛍丸、その蛍火のように光る目が泳ぎ、波打つ。

 

 決まった!そう確信した時、國平の体は崩れていた。

「なっ!?」

蛍丸は離していた右手で相手のマワシをなんと『上から』掴んで耐えていた、

左手で下から、右手で上から、國平の前ミツの一点を両手で握りしめ、未だに体は大きく

泳いだままでバランスを取る。

 

 -崩し技『綱錨(つないかり)』!-

 そのまま自らの体を引き付ける蛍丸。すり足が2本のレールを引き、國平の懐まで伸びる。

かつてIHで荒木に決めた『無限蛍火落とし』。その基盤ともいえる体の引きつけで

完全に相手の懐を取り、なおかつ相手を完璧に崩してみせる。

 

 蛍は大和国部屋でかつての『相手のマワシに捕まって自らの体を引き付ける』を

何度か試してみた。しかし流石は大相撲力士、特に十両や幕内の力士には体の引きつけは

成功しても、相手はどっしりと安定して崩れなかった。

 持っている両下手の距離が離れていることで、引きつけの力が分散していることを

指摘された蛍は、それならいっそ両手で相手のマワシの一点を掴んで引けばと考え、

この上下からマワシの一点を握りしめる『綱錨』を形にして見せる。

 その威力はあの重量級の大和号をも崩して見せ、ダニエルに仕掛けた時はなんとマワシが

ほどけてしまい、生涯二度目の『不浄負け』を相手に強要してしまったほどだ。

 その際の姿をおかみさんに見られ「もうおムコに行けない」とダニエルが涙したことは

おいておこう。

 

「くっ!」

崩されながらも國平は足を踏ん張り、耐える。確かこの崩しからの百千夜叉落としが

一連の流れのはずだ、それも鬼関と同じ部屋の僕には・・・

 

 蛍火が土俵に舞い、飛ぶ。大屋根を横切って國平の背後に回り、音も無く降り立つ。

 

「ここで八艘飛びかよ!」

 鬼切が思わず叫ぶ。相変わらず相手の裏をかかせたら天下一品だなお前は!と拳を握る。

隣の鬼丸はその様を呆然と眺める。自分も使う八艘飛びだが、まさか相手を崩したその流れで

投げも寄りも使わずに飛ぶとは、なんという奴じゃ!

 

 実は蛍丸にとってこの流れは不自然では無いのだ。両手で相手のマワシ1点を掴んで引き付ける

崩し技『繋錨』は、崩しには有効でもその後は結局両手を広げてマワシを掴み直さなければならない。

その行動を取っている間に相手は立ち直るだろう、なら崩れているスキに組む以外のアクションを

取った方がマシだと考え、八艘飛びへの連携を稽古し身につけていたのだ。

 

「さ・せ・な・いっ!!」

 國平がコマのように体を回し、後ろ手で蛍丸のマワシを探る。先程からの『力士禁則の舞い』

からの円を描く機動力を再び発揮し、なんとか相手を正面に戻そうとする。

「(高校時代も八艘飛びで背後を取られて負けた、同じ轍を二度も踏んでたまるかあぁっ!)」

 

 辛うじて半身まで姿勢を戻した國平の腰に、蛍丸は腰を割って深々と食らいつく。

そしてここから、高校時代には無かった『蛍丸』の真骨頂が炸裂する。

 

「せいやあああぁぁぁっ!!」

 気合一閃、横から組み付いた蛍丸は、120kgの國平を軽々と持ち上げる。

後輩から、そしてライバルから学んだ、気を吐いて乾坤一擲の力を出すその吊り技を。

 

 土俵際まで2本のレールを引き、走る。そして相手を土俵の下に降ろす。

その蛍丸のらんらんとした目の光が、髪を伝いしたたる汗が、蛍火のように土俵に輝く。

 

 三ツ橋蛍、四股名『蛍丸』。その大相撲のデビュー戦に、白い丸が、白星が描かれた。

 

 國平と礼をし、勝ち名乗りを受ける。かつてのチームメイト達に祝福され、共に競い合った

ライバル達に今の自分を見せつける。

 そして、今はまだ少ない観客にその名を刻みつけた。

 

 -ここから『蛍丸』の物語が、始まる-

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